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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第三章 異端の女
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第39話 世界には美味しい物がいっぱい

 ***



 「学院都市」は巨大な湖の中央に浮かぶ、ほぼ円形の島に築かれた水の都である。陸地と学院都市を繋ぐ巨大な橋を渡れば、そこが大陸で最も人と物が集まる巨大都市、「魔導学院都市」だ。


「やっと着いたー!」

 

 父からは徒歩で一週間はかかると言われていたが、気が急くあまりに五日で踏破してしまった。自分の健脚を褒めよう。

 私は南北を繋ぐメインアベニューという通りの入り口に立ち、両手を伸ばしてクルリと見渡してみた。


 大きい! 広い! 明るい! 賑やか! これが街! これが学院都市!!


 灰色の煉瓦作りの建物が立ち並び、灰色の石畳で整然と舗装された路面に行きかう人、人、人! 喧噪と活気と物が溢れる商店。野菜や果物、香辛料を売る露店。肉や野菜を挟んだパンを食べながら歩く若者。綺麗な服を着た可愛らしい女の子たち。見た事が無い物がいっぱい! 凄い!

 私の目指す『魔導院』は巨大な建築物、『魔導塔』が目印だとお父様から聞いていたが、どの建物が魔導塔だろうかと悩む必要も無かった。


「凄い……大きい……」


 街の中心に、天を突くほどの巨大な塔が見えた。その存在自体も驚異的だが、あんなに大きな建物を人の手で作った事実が驚きだ。

 魔導院は五百年前の大戦での戦死者を弔う寺院が発祥だと父から聞いた。


「うわあ……綺麗……」


 そのせいだろうか、街の至る所には教会が建っていた。我々エルフ族は基本的には特定の神を信仰しないので、私は教会というものを初めて見たが、威容を誇る立派な教会や、それを彩る美しいステンドグラスは信仰心を持たない私ですら厳粛な気持ちにさせる。

 街中を散策して気が付いたが、魔導院の建つ都市の中心に近くなるほどに建物が古くなるようだ。住宅も店舗も教会も、魔導院に近づくほどに歴史を感じさせる雰囲気を帯びてくる。

 時間を立つのも忘れて歩き回っているうちに空腹を覚えたので、食事の取れる店を探すことにした。昼時は外したので何処もそれほどの混雑は無い。私は年季の入った古びた小さな食堂を選んだ。


「あの……空いてますか?」


 がたつく引き戸を開けると、食欲を刺激する良い香りが狭い店内に充満していた。郷では嗅いだ事の無い香りにお腹が鳴りそうになる。


「いらっしゃい。お嬢ちゃん」


 優しそうな顔をした人間族の老婆が、テーブル席に案内してくれた。私は恐縮しながらも勧められた椅子に座った。


「おう、嬢ちゃん! 何にするかい?」


 老婆の夫であろうか、くすんだ色の布を頭に巻いた老爺が厨房から顔を出す。


「その……森から出てきたばかりで注文の仕方も分からないのです。お任せしても良いですか?」

「食べられない物とか、苦手な物はあるかい?」

「脂が強いのは、ちょっと苦手です。」

「そうかい。じゃあ、当店自慢の煮魚定食が良いかな。待ってなよ。パパパッと作っちまうからな!」


 老爺は威勢良く答え、パンパンと手を叩きながら厨房に戻って行った。入れ替わるようにして、老婆がコップを乗せたトレイを持ってやってきた。


「良く焼けているわねえ」


 老婆は水の入ったコップをテーブルの上に置きながら、私の顔をまじまじと見ながら言った。

 焼けている? たしか注文では煮魚を作ってくれるのでは?


「綺麗な小麦色ねえ」


 小麦? 付け合せのパンの話だろうか? 残念ながら私は、小麦に関して語り合えるほどの知識を持ち合わせていない。


「あなた、エルフの子でしょう? 耳の形で分かるわ」

「はい。森から出てきたばかりなんです。あの……お婆さんには、私の肌の色は気になりませんか?」


 私は思い切って聞いてみた。エルフ族には相談出来ないが、人間族には私の肌はどう見えるのだろう。優しそうな老婆の顔を見ていると、なんだって相談出来てしまいそうな気持ちになる。


「エルフの子たちは、男の子も女の子も、みんな真っ白よねぇ。もっと外で遊びなさいって言っているのよ」


 そうか。この人にとっては、私は日に焼けたエルフなのか。

 笑いが込み上げてきた。私が思い悩んできた肌の色は、この人には日焼けにしか見えないのか。


「あらあらあら、何で泣いてるの? ごめんなさいね。嫌なこと言っちゃったかしら?」

「違うんです。嬉しいんです。ごめんなさい」

「日焼けしてるって言われたのが嬉しかったの? 面白い子ねえ。でも、嬉しくて泣けるなんて若い証拠よ」


 老婆は首を傾げていたが、老爺の呼び声で厨房に戻っていた。


 学院都市に来て、早くも私は自分が何者かを知った。

 賢者のあり難い言葉でもなく、神官の聖なる宣託でもなく、学者の研究結果でもなく、定食屋のお婆さんの一言に救われた。

 私の正体は日焼けしたエルフ。さすが学院都市。


「はい、おまちどうさま。今朝、湖で獲れたばかりのお魚の煮つけよ」


 煮込まれて茶色く色付いた魚と付け合せの茹で野菜、そして掌ほどの大きさのパンを乗せたトレイが目の前に置かれた。

 焼き魚は森でも良く食べていたが、煮た魚を食べるのは初めてだ。食べ方が分からないが、とりあえずフォークで突き刺してみる。すると、魚の身が柔らかく崩れた。ほろほろした魚の身を、恐る恐る口に運んでみる。


「おっ、美味しい! 何これっ!?」


 魚という食材は煮たらこんなに美味しくなる食材だったのか!!

 焼いた魚しか食べた事が無い私には驚きの食感だ。柔らかいのに締まった身は歯ごたえ抜群。噛みしめる度に旨味と白身の甘さが口いっぱいに広がる。そして、臭み消しに使われたハーブが舌にピリっとした辛味を残して口をさっぱりとさせてくれる。

 付け合せの野菜は、どうやって茹でたらこんなに甘くなるのだろう? 砂糖をかけてあるようには見えない。甘さの奥に仄かに残る土の味に舌が、心が癒される。パンだってこんなに柔らかくてフワフワしたのは食べた事が無い。干した果実の欠片が練りこまれていて、甘さと塩気のコントラストが素晴らしい。煮魚とのバランスが絶妙! 

 私は考えうる最高のコンビネーション攻撃に完璧に打ちのめされてしまった。


「おかわり下さい!!」


 私はまた新たな事を知った。

 この世界には美味しい物がいっぱい!!

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