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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第三章 異端の女
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第38話 人間族 それは多様性の種族


 ***




 故郷の森から魔導院のある学院都市まで、徒歩で一週間の道程と父から聞いた。整備された街道に合流出来れば、後は道なりに歩くだけで魔導院に着くらしい。

 空を覆い隠さんばかりの森の木々は、徐々に背の低い潅木林に姿を変えた。このまま真っ直ぐ北に向かうだけで街道に合流するはずだが、前を向いても後ろを向いても知らない風景。

 ふと空を見上げてみた。青くて高い。そして広い。背の高い森の木々から垣間見える空とは、何て風情が違うのだろう。そうか、同じ空でも見上げる場所で違って見えるんだ。良いことを知って、ちょっと勇気が湧いてきた。

 綿の様に白い雲が、向かうべき方角に流れて行く。それを道標に私は歩いた。もう不安は無い。


 小一時間ほど歩くと、草を刈り、土を踏み固めただけだった道が、石畳で舗装された大きな街道と合流した。


「うわあ、凄い! 面白い!」


 しゃがみ込んで石畳を撫でてみた。こんなに沢山の平べったい石を、どうやって探したのだろう? もしかして、わざわざ石を平らに切り出したのかも知れない。様々な形の石を規則正しく並べて道を作るなんて、人間族は面白い事をする。

 延々と続く石畳の道を下を向いたまま歩いていると、遠く北の方角からゴトゴトと騒がしい音が近付いてきた。エルフ族は総じて耳が良い。長い耳は伊達ではないのだ。

 あれは馬か? 森の中では見かけない大きな四つ足の生き物。その馬に車輪の付いた大きな箱を引かせている。確か馬車という乗り物だ。なるほど、平たい石畳にしているのは馬車が走りやすいようにするためか。

 道の脇で立ち止まり、近付いてくる馬車を眺めた。ぴくり、と耳が動いてしまう。


 私たちエルフは、興味がある物を見ると、どうしても耳が動く。経験を積めば、そうそう耳は動かなくなるそうだが、初めて見る物には好奇心を抑えきれない。


 二頭の逞しい馬が引く馬車には御者を含めて数人の人間族が乗っていた。エルフ族には見られない中年と老人、そして子供たち。


 エルフ族は、少年期までは人間族と同じ様に成長するが、少年期から青年期の姿のまま、長い時を生きる。そして緩やかに老化が進み、青年期の姿のまま寿命を迎える。動物や昆虫が若いのか寿命が尽きる寸前なのか、俄かには見分けがつかないのに似ている。


 遠くには小走りのように見えたが、馬の小走りは思ったよりも速い。馬車は、あっという間に私の前を通り過ぎた。


「おねーさーん! こんにちはー!」


 すれ違い様に馬車から声を掛けられた。驚いて振り返ってみると、馬の曳く馬車の中から子供たちが千切れんばかりに手を振っていた。私も釣られて手を振ってみた。ちょっと不思議な気持ち。他人から挨拶をされるのは久しぶりだ。

 気分が良くなって、歌を歌いながら石畳の上を飛石を蹴るように跳ねながら歩いた。


「お嬢さん、何か良いことでもありましたかな?」


 向かいから歩いて来た人間族から声をかけられた。大きな荷物を背負った中肉中背にさらに中肉を足した様な、横方向に大きな男性だった。


 私の一族は、「太る」ということを知らない。秋には丸々と太った野ウサギが獲れるので「太る」といった意味は理解しているのだが、エルフは元々が少食なのと、森で採れる食材の栄養価の問題なのか、太ったエルフを見た事は無い。郷では一番の大食漢を自負する私でも、大きめのパンと一皿のスープで満腹だ。


「さっきの雨は凄かったですね。この辺りは天気が変わりやすい。お互い気を付けましょう」

「え? あ、はい。そうですね」

 

 人間族の言葉は、翻訳を通じて大概マスターしたと自負していたが、いきなり天気の話を振られるとは思わなかった。

 中肉中背中肉の男性は「では、道中お気をつけて」と言い残し、大きな荷物を、さして重くも無さそうに私の来た道を歩き去って行った。

 ほほう、人間族は天気の話が挨拶代わりか。覚えておこう。


 次に出会ったのは、眼鏡をかけた人間族の青年男性だった。父から「人間族の青年は好色で、若い女性に対して見境が無いから気を付けろ」と何度も念を押された。用心に越したことは無いだろう。


「わお! こんな所でエルフっ子に遭遇だ! キミ、カワウィーね」


 眼鏡の青年が慣れ慣れしく声をかけてきた。

 ほほう、人間族はエルフを「キミ・カワウィー」と呼ぶのか。これも覚えておこう。


「そのエキゾチックなルックス! イケてるねえ〜」


 えきのこっくす? 言ってる意味が分からない。知った風なつもりでいたが、これは人間族の言語を、もっともっと勉強しないといけないな。


「素晴らしいプロポーション! 美しい!」


 プロフュージョン? コスモスに似た赤、白、橙、黄色と美しい花が咲く、茎のしっかりした植物の事だろうか?でも、どこに咲いているのだろう。

 もしかして、この眼鏡の青年は園芸家か植木屋だろうか? 興味はあるが、先を急ぐ旅だ。


「先ほどの雨は凄かったですね。お互い気を付けましょう。では失礼」


 私は人間族の習慣に倣い、天気の話を振って立ち去った。

 若者は何か言いたげな顔をしていたが、私は学院都市への道を急いだ。


 ***


 少しでも早く学院都市に辿り着きたかったが、日が暮れてしまっては、そうも言ってはいられない。一応は女の一人旅だ。慣れない土地での夜歩きは止めた方が良いだろう。

 歩いている途中で気になっていたのだが、街道沿いには様々な店が点在していた。食堂や食べ物を売る露店、土産物店に小道具屋、そして宿屋。街道を行く通行人を相手にしているからだろうが、どの店も軒先を掃き清めていて、街道には馬の糞どころかゴミすら目にしない。

 探す必要も無く、宿はすぐに見つかった。土と木で作られた建物は、少し郷の実家を思い出させる。だが、私のような風変わりなエルフでも快く泊めてくれるだろうか、少し不安にもなった。

 恐る恐る宿の扉を開けてみると、カウンターには人間族の若い女性が立っていた。彼女は、私の姿を見て「こんばんは」と会釈をした。


「あのう……一人なのですが、空き部屋はありますか?」


 人間族の言葉が正しく伝わるか、少し不安があったが空室があるか聞いてみた。


「はぁい、空いていますよ。お食事はいかがなさいますか?」


 父から幾何(いくばく)かの路銀をいただいてはいたが、少しでも節約したいので食事は断ることにした。

 女性に案内されて狭い廊下を歩くと、壁を照らす照明に気を取られた。ガラスの容器の中で小さな炎が揺れている。あまりに熱心に眺めていたせいか、先を歩く女性に声を掛けられた。


「どうかなさいましたか?」

「あ、いえ、エルフの森では火を使わないように心掛けているので珍しくて」

「もしかして、宿は初めてでしょうか?」

「分かるのですか?」

 

 どうして分かるのだろう? 人間族は読心術に長けているのか? これは侮れないぞ。


「お耳が動いてますよ」

「……耳? ああ、これは恥ずかしい」


 これでは興味の有る無しが丸わかりだ。何とか耳の動きを抑える術を身に付けなければ。

 そんな事を考えていると、ふと背後に気配を感じた。振り返ると、何者かが足にしがみ付いた。


「おねえちゃん、だっこしてえ」


 私の腰の高さまでしかない幼い女の子。女性の娘だろうか。

 私を見上げる朗らかな笑顔が可愛らしい。ついつい、その小さな頭を撫でてしまう。


「こ、これ! 御客様ですよ。駄目でしょう!」

「いえ、構いませんよ。じぁあ、抱っこしても良いかな?」

 

 こっくりと頷いたのを見て、女の子を抱え上げる。思ったよりも軽い。柔らかくて暖かい。郷の子供たちは私を見ると逃げてしまうので、子供を抱き上げたのは初めての経験だ。


「お子さんですか? とっても可愛い」


 女の子の頬に、自分の頬をすり寄せると、甘いような優しいような匂いがした。


「ありがとうございます。この子の上にもう一人の娘がいるのですが、いまは厨房で主人の手伝いをしています。さあ、こちらがお部屋ですよ」

 

 私にしがみ付いて離れない女の子を、何とか宥めて引きはがす若い母親の姿が微笑ましかった。ふと、母を思い出して目頭が熱くなるのを感じた。まだ一日も経っていないのに、こんな事で私は大丈夫だろうか。



 簡素なベッドに横たわりながら、今日一日に出会った人々を思い出した。

 子供から老人、痩せた者から太った者、愛想の良い者から不穏な空気を発する者。

 行商人、薄汚れた旅人、鎧を着込んだ傭兵風の男、買い物に行く女性。人間族は驚くほど個性的だ。

 私たちエルフ族は、血が繋がっていない者同士でも良く似ている。だから私の黒い肌は余計に目立つ。

 でも、多種多様な人間の溢れる世界は、私を受け入れてくれるのではないだろうか。


 ――希望、期待、不安


 頭の中に様々な考えが浮かんで消える。やがて私は眠りに落ちた。

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