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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第三章 異端の女
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第35話 追放命令

 **********




「お前は、どちらを選ぶのだ?」


 幼い頃から父の執務室が苦手だ。

 黒光りする大きな机、高い天井、磨かれた床。部屋全体に漂う重厚な雰囲気が、どうしても肌に馴染まない。いや、苦手に感じているのは、私の目の前に佇む父の存在そのものではないだろうか。


「……はい」


 私は自分の足元に目を落とした。いよいよ来るべき時が来た、そう感じていた。


「お前が郷に残りたいと言うのなら、それも良しとしよう。川沿いに歩き、森を抜けたあたりに小屋があるのを知っているな。郷の者たちが、お前にはその小屋に住んで欲しいと言っているのだ」


 ――――それはお父様のお考えでしょうか!?


 喚き出したくなるような衝動に駆られたが、父である郷長(さとおさ)の冷徹な顔を一目見ただけで、昂ぶる感情は萎えてしまった。いつ頃からだろうか。父とまともに話が出来なくなってしまったのは。


「……考えておきます」


 結局、父の顔をまともに見ることすら出来ず、私は執務室から逃げ出した。




 まるで追放命令のような提案を受けた後、気分を換えたくなって水浴びをしようと思い立った。今日は天気が良い。水に入るには絶好の日和だろう。

 私たちの一族は、泉の(ほとり)に石と木で作った家を建て、寄り集まって住んでいる。岩場に囲まれた清水を湛える泉には、水精が住んでいると伝え聞いている。


「良かった。誰も来て無い」


 水浴びに使う物を揃えて泉に向かうと、幸い岩場には誰も居ないようだった。周囲を見渡してから服を脱ぎ、冷たい水に腰まで浸かって持参した目の粗い布で体を擦る。

 天気さえ良ければ毎日のように泉に通うくらいに水浴びが好きだが、泉に棲む魚を獲るのも大好きだ。男の子のような所業に父は良い顔をしないけど。

 尖らせた木の棒を(もり)にして魚を獲ろうかな。このところ体調を崩し気味な母に、精の付く物を食べさせてあげたい。


「どうしようかな」


 高い岩場から飛び込もうか、それともこのまま潜ろうかと思案していると、遠くに少女たちの声が聞こえた。

  遠目の利く郷の者の中でも、私の視力は飛び抜けている。向こうの岩陰で水浴びをしていたのは、私と同じ頃に生まれた三人の少女だった。

 私は慌てて自分の姿が乙女たちから見えない場所に身を隠した。郷の少女たちは私がいるだけで逃げ出してしまう。彼女たちは、私に近づいただけで肌の色が伝染ると信じているらしい。

 私の目は乙女たちの中でも際立って色の白い少女の姿に釘付けになった。白銀色の真っ直ぐに落ちる美しい髪。若木の様な細い手足。そして、透けているかと思わせるほどの白い肌。


 私の一族は、みな例外なく透き通る様な白い肌を持つ。

 細い手足に華奢な身体。長く尖った耳と、美しく整った容貌。それが『森の妖精』とも称されるエルフ族の特徴。


 輝く様な白い裸体を見たあと、まじまじと自分の身体を見た。不吉を感じさせる赤い髪。粗野でゴツゴツした筋肉質な身体。そして……エルフにあるまじき褐色の肌。血を分けた私の姉様は、エルフ族の中でも一際白い肌なのに。

 手にした粗い布で思いっきり腕を擦ってみた。肌がじんじんと痛んだが、構わず力を込めて、もっともっと強く擦った。皮膚が傷つき血が滲むと、自然に涙も滲んできた。

 私は少女たちに見つからないように素早く服を着て、逃げるようにして泉から離れた。

 歌でも歌って惨めな気持ちを忘れようと思ったが、じんじんする腕の痛みに邪魔されて、何のメロディも頭に浮かばない。何よりも涙が止まらない。どうしたら止まってくれるのだろう。


 しくしく泣きながら歩いていたら、いつしか森を抜けそうになっていたのに気が付いた。郷長の許しが無く森から出る事はエルフ族にとっては禁忌に等しい。森から出るのは余程の用事があるときか、森から追放された時だけだ。

 遠くに小さな小屋が見えた。あれがお父様の言っていた小屋だ。遠くから見たことはあっても、中を確認したことは無い。

 

「あそこに住むことになるのかな」

 

 独り言は、幼い頃から一人ぼっちだった私の癖だ。どうせやる事もないし、森から追放されるのも時間の問題だろう。だったら住居の下見くらいしておこうかな。

 湧き上がる好奇心に抗えず、私は小屋に向かって歩き出した。


「誰かがいたら引き返そう」


 自分を勇気付ける様に呟いてみた。もし良からぬ事を考える悪人がいても、遠目の利く私の目で見通せば、気付かれる前に森に逃げ込めるだろう。

 小屋の中まで見通せる距離まで来て、心が踊った。中に人影は無いし気配も感じられない。

 私は迷わずに走り出した。

 小屋の扉には、鍵すら掛かっていなかった。簡素な扉を開けると木の香りが鼻をくすぐった。部屋の角には小さな暖炉があり、飾り気の無いテーブルと椅子が置いてあるだけだった。ちょっと拍子抜けしたが、郷の者を気にしなくて良いのは気が楽だ。


 暖炉の中を火掻き棒で掻き回した。何も無い。

 椅子に登って天井や高い場所を調べた。何も無い。

 テーブルに刻まれた謎のメッセージを探した。何も無い。


 なんにもなーい! もう飽きた。鳥でも捕まえに行こう。

 がっかりして小屋から出ていこうとした時に、暖炉の上に置かれた一冊の本に気がついた。グレーの装丁の本は、灰色の暖炉と同じ色だったので気が付かなかった。

 本を手に取ってみると、分厚くてずっしりと重い。古びた紙の質感からも相当に読み込まれているようだった。表紙を眺めてみた。これは……人間族の文字?

 エルフ族の言語と人間族の言語は共通点も多いが、正しく学んだ事が無いので、私には人間族の言語は今一つ解せない。


「ろく? ろく、えー、ゆー? うーん、何て書いてあるんだろ?」


 数字は大陸共通だが「六」の後に続く文字は読めない。本を持ち帰ろうかとも思ったが、郷の者に知られると面倒だ。彼らは森の外のモノを積極的に受け入れようとはしない。この間も人間族の行商人の話を、良く聞きもしないで追い返していた。もったいない。背負った袋に面白そうな物を一杯入れて来ていたのに。

 辞書を持って、また明日ここに来よう。翻訳には時間が掛かりそうだが、幸い時間だけはたっぷりある。何だか楽しいことが始まりそうな予感がする。

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