第34話 お前ら! ひのきの棒は片付いたぞ!
「お前、雑誌なら寮に帰って読め。ウチは喫茶店と違う」
カウンターで頬杖を突いたメガネ娘は、至極真っ当な俺の意見を完全に無視して、ファッション誌のページを捲った。
今日の彼女の服装は、胸元が大きく開いた鮮やかな赤のワンピースだ。正直、目のやり場に困る。
「ねえ。結局、ひのきの棒はどうしたの?」
……やっぱり人の話を聞いていないな。
この女、週に二度は俺の武器屋にやってきては、カウンターで雑誌を読み耽り、コーヒーをタダ飲みして帰っていく。
「あれは家具屋やってる友だちが全部持っていってくれた」
「あら、それはつまらないわね」
「……だがな、それを材料に作った家具が学院都市で大ヒットなんだよ」
「まあ、それはつまらないわね」
「お前さぁ、人の話を聞かないのは悪い癖だぞ」
「ちゃんと聞いてる。でも、貴方の話って、無駄に長いうえにオチが無いんだもの」
「……真顔で言うなよ。まあ、とにかく聞いてくれよ。その友だちがさ、発案者のお前に店の名前を考えて欲しいんだと」
「ファッションブランドのような感じ?」
「そうそう、ひのきの棒家具店とか、どうだろう?」
「頭ぶつけて零れた中身を確認したら? って、思うくらいにステキ」
「やめろよ。俺、泣きそうになってきた。じゃあ、お前はどうなんだよ。思いつくか? いますぐに?」
「ANTNIO・HINOKI」
「意味は分からんが、なんかカッコイイな。お前、そんなの良く思いつくな」
「伝説の闘士。ひのきの棒の様に硬く、延髄を襲う蹴りの前に多くの闘士たちがマットの海に沈んだの」
「へぇ、さっそく教えてやろっと」
「SAIJYOU・HINOKI」
「それも良いな。お前、さすがだな。そりゃまた、どんな由来なんだ?」
「伝説の吟遊詩人。ひのきの棒のように芯のぶれない歌声が魅力よ。感激するわ。ローラ姫の歌は知らない?」
「あぁ、あれだ。『ロウラァア!』ってやつだろ? お前、すごいな! さすがは錬金術の宝石! 生ける賢者の石!」
「ふふん。もっと褒めて」
魔導院の誇る最高頭脳メガネ娘は、椅子に座ったまま両手を腰に当てて豊かな胸を張った。
教えてもらったばかりの「SAIJYOUなんとか」を忘れないようにメモに書き留めていると店の扉が開いた。「いらっしゃい」と言いかけて、俺は思わず息を呑んだ。
「楽しそうじゃないか」
そう言って、背の高い女が店内に入ってきた。血の色の長い髪。間違えようも無い。
白いカッターシャツが褐色の肌に映える。深いスリットの入ったタイトなロングスカートが女のスタイルの良さを際立たせる。
紅玉石の瞳は燃えるような感情を秘めているのか。
冷たい宝石の凍えるような感情を秘めているのか。
この女を武器に例えるなら、まともな武器では足りない。
抜き身の黒い魔剣。恐ろしいほどの切れ味は、己すらも斬り裂きかねない黒い刃。
「隊長、何故ここに?」
「隊長、お久しぶり!」
俺とメガネ娘が同時に言ったが、いま、お久しぶりとか言わなかったか?
「お前ら知り合いなのか?」
「そう。私が中学生の頃からの付き合い」
どこの中学生が特務機関の隊長と知り合うんだ。まったくもって謎な女だ。
「彼女はね、ダークエルフの女将軍なの。すごいでしょ」
「私は特務機関の隊長だ。将軍ではない」
「ねえ、黒蜜飴持ってる? 私、イチゴの持ってるよ。あ、レモンもあった」
「イチゴ味が良いな」
魔導院最高頭脳と魔導院最強戦力が、仲良く飴を分けあっている。これは一体どういう画だ。
「お前は」
ダークエルフが俺に向かって手を差し出す。その掌には黒い玉と赤い玉。
「どちらを選ぶ?」