第33話 俺の話を聞いてくれ
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あいつの呼び名は「錬金術の宝石」とか「生ける賢者の石」とか「巨乳メガネ」とか、色々あるから何て名前だったか……最初に会った時は、確か……いーっ、何だっけ? まぁいい。
「いま、私のこと考えていたでしょう?」」
おわ!? メガネっ娘!? いつから其処にいた?
このメガネに関わるとロクな事にならん。つい先日も、伸びたり縮んだりする錬金爪楊枝なんて、ワケの分からん武器の実験台にされたばかりだ。
「ねえ、これ見て」
白魚の様な細い指には、一つ目ドクロのゴツイ指輪。
「そんなモンを装備して、頭大丈夫か?」
女のセンスは分からん。しかも、また「呪物」だ。こいつが「呪物」に引き寄せられるのか「呪物」がこいつに寄って来るのか?
「大丈夫よ。問題無い。ただ外れないだけ」
「気に入ったからって素性の分からん物をホイホイ身に付けるな」
「ねえ。は・ず・し・てぇん」
こいつは崖の下に興味があったら、俺がどんなに止めても断崖絶壁から平気で飛び降りる様なヤツだ。
あぁ今回も駄目だったよ。こいつは人の話を聞かないからな。久々に教会にでも行って神に相談でもするか。
……面倒だな。神と直接コンタクト出来る錬金アイテムでも作ってくれよ。継ぎ目すら無い美しい巨大爪楊枝なんて作ってるヒマがあったらさ。
おや? 外は雨が降って来たな。お前、傘持って来たか? 無かったら貸すよ。俺用の地味なのしか無いけど。お前も変な物ばっかり作らないで、こういう便利な物作れよ。
あぁ、これ? これは傘だよ。人間の知恵の結晶って所か。洗練されたモノ……って、人の傘を投げ飛ばすとは失礼なヤツだな。人の話は最後まで聞けよ。
俺はカウンター越しに、椅子に腰掛けた彼女の手を軽く握った。学院都市で最近流行ってるネイルサロンみたいな感じだ。
「鋼玉石の剣」を逆手に握り、「呪物破壊」の能力を最小出力で開放した。
「チクッと感じるかもよ。えい! 粉砕っ」
極小の炎が指輪を焼く。ドクロの指輪はホロホロと崩れて粉になった。
「あはぁん。いたぁい。もっと優しくしてぇ」
「アホか。変な声出すな」
「ありがとね。あ、肩が、すうっとしてきた」
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「第一等級呪物・ドクロの指輪」
その効果は「肩凝り」
かけられた呪いは「肩凝りの辛さを知れ」
◇◆◇
鋼玉石の剣に巻きついた蛇は、不満そうに蜷局を巻いた。
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俺の貸した傘を差して、彼女は雨の中を帰って行った。
適当に店の片づけをしてから、結晶の塊のような鋼玉の剣をカウンターの上に置き、戸棚から酒瓶を出した。
瓶の中味を魔陽灯の灯りに透かしてみたが、酒は瓶の半分も減っていない。俺はあまり酒が得意では無い。
グラスを二つ取り出し、濃い琥珀色の液体を注ぐ。
一つは自分の前に。
一つは鋼玉石の剣の前に。
「なあ、ご先祖様。あんた六英雄だったよな。ちょっと話を聞いてくれよ」
俺はグラスを傾けた。
もう一つのグラスは魔陽灯の光を反射しているだけだった。冷たく。ただ冷たく。
俺さあ、あの娘の事が好きなんだ
誤解しないでくれよ。彼女にしたいとか、そういうのじゃなくてさ
魂の美しさ、その健気な強さに魅せられたんだ
美しい魂。それは愛でられ、慈しまれて育まれた花では無く、荒れた岩場に咲く一輪の花
強靭な心。それは荒れ狂う嵐に立ち向かう、凛とした美しい大輪の花
しかし……花はもう長くはもたない。
あまりに長い時間を嵐に曝され続けたせいで、花の根が、彼女の魂が少しずつ腐り始めている。彼女の存在の根源、魂にまで呪いが到達していたからだ。
魂を蝕む呪いが彼女の身体を破壊するのが先か――――婆ちゃんのように
魂を蝕む呪いが彼女を「呪物」と化すのが先か――――ご先祖、あんたのように
もしも、もしも彼女が「呪物」に成り果てたその時に、俺は彼女を「粉砕」出来るのだろうか。
ご先祖様よ。あんた「銀髪の剣士」だったんだろ? だったら彼女を救ってくれよ。簡単だろ? あんたは伝説の大英雄なんだからさ。
……無理か。あんたの剣はへし折れたんだったな。だから俺が、あんたのへし折れた剣でもって、彼女を粉砕しなくちゃならないんだ。
抑えきれない激情に駆られ、グラスを壁に叩きつけた。
鋭い破砕音が店内に響く。
「俺は! 俺は! 俺は――――」
俺には彼女を「粉砕」することなんて出来ない。
出来ないよ……出来ないんだ……
お願いだ。銀髪のソードマスター。
彼女を、彼女の魂を救ってくれ。
***第二章・完***