第32話 第五等級呪物 黒衣
俺は「鋼玉石の剣」を投げ捨てて、少女の元へ走った。すまん、御先祖!
糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる少女を、俺はすんでの所で抱きかかえた。
「第七等級呪物・鋼玉石の剣」は「呪物」に対して絶対的な破壊を齎すが、対人効果は皆無だ。爆炎の柱で焼こうが氷雪の刃で叩き斬ろうが、人体にダメージは通らない。ただし「呪物」に取り込まれた深度が深いほど精神に傷を残す。昔、婆ちゃんに叩き斬られた時には半日寝たきりだった。あれは酷い経験だ。
少女の着ていた黒いワンピースは、俺の見立てでは「第五等級」だ。「鋼玉石の剣」の出力を抑える余裕は無かった。
たまに「呪物」を装備したまま街中を呑気に歩いてるヤツを見かける。「第一等級呪物」程度の大して害の無さそう呪物なら、チャック全開を見たくらいの気持ちでスルーだが、すれ違っただけで鳥肌が立つ程の「呪物」は久しぶりだ。少女の肩に触れて確信したが、生まれたての「第五等級呪物」なんて初めて見た。彼女が店まで来てくれて助かったが、拒否されても力づくで連れてくるつもりだった。
「呪物」は新しいほど「呪い」の内容を色濃く残す。
「呪物」を「鋼玉石の剣」で滅ぼし尽くす寸前に、俺は哀れな女の一生を見た。
女は身籠った
男は、他の女を選んだ
女は恨んだ 男を
女は呪った 腹の中の子を
女は娘を産んだ
そして呪った 娘を
女は縫った
一針一針、呪いを込めて縫い上げた
産衣を
娘に着せた服は全て「呪物」
娘が病に倒れたら必死に看病した
ひとりぼっちは嫌だから
娘が怪我をしたら必死に治療した
ひとりぼっちが怖いから
やがて、娘は美しく成長する
女は嫉妬した――――娘の若さを
女は羨んだ――――娘の未来を
そして、娘は母から旅立った
残されたのは、呪い、恨み、嫉妬、羨望の詰まった老いた女
成功を掴む娘を呪った
自分をひとりぼっちにした娘を呪った
溜まりに溜まった呪いを吐き出す為に、呪いを針と糸に込めた
黒いワンピースを縫い上げ、仕上げに己を供物に捧げ「呪物」が誕生した
「第五等級呪物・黒衣」
呪いの効果は「歩み寄る死」
かけられた呪いは「娘の死」
「黒衣」が燃え上がった瞬間、女は娘の名を呼んだ。
その名の後には、何が続く?
――――謝罪の言葉か?
――――更なる呪詛か?
糸の一本、繊維の欠片が燃え尽きる寸前に確かに聞いた。
俺は聞こえなかったことにした。
怪我はないか? 無事でいてくれ。少女を抱えたまま足元から確認する。
細い足首。白くて長い手足。きめ細かい滑らかな肌。なだらかな曲線を描く腰。豊かな胸。白い喉。大丈夫だ。怪我は無い。
少女が身じろいだ。良かった、気がついたか。もう心配無いぞ。今まで良く頑張ったな。
俺は、少女の強靭な魂に感動した。これほどの呪いに曝され続けても、折れずに凛と立つ美しい魂に。
長い睫毛に隠された、灰色かかった美しい瞳が俺を捉える。
少女は驚いた様に目を見開いた。
「こ……」
――こ?
「の……」
――の?
「この、ロリコン野郎がああぁっ!」
服を燃やされ下着に剥かれた少女の怒りの鉄拳が、俺の顎を真下から貫通した。