第31話 だから大キライ
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そして、夏服の季節が終わった。
最高の環境を得た私は、短い期間に数々の新しい錬金アイテムを開発した。技術は理学を糧に飛躍し、更なる高みを目指す。
魔導院の至宝『錬金術の宝石』。それが私の通り名。気弱で馬鹿な女子中学生は、もうどこにもいない。
――――もう、ママのペンダントなんて必要ない。
魔導院から自由な外出も許されるようになった。それは、私の開発した『魔炎晶石』のご褒美。
第一層錬金術が使えれば、小石大の『魔炎晶石』で一つで、人を焼き尽くせるくらいの熱量を放出する。
ワンピースのポケットの中には『魔炎晶石』がいっぱい。どうしようか? これで私をイジメたあいつらに仕返しにでも行く? 馬鹿馬鹿しい。そんなの時間の無駄よ。
――――どうしたの? 最近おかしいよ?
寮長さんは私を心配してくれた。
寮長さん、何もおかしくありません。
私はもう、誰にもイジメられません。
私にはもう、ママは必要ありません。
ママの仕立てた服を着て、学院都市に買い出しに出た帰りだった。
一つ咳が出る。季節の変わり目は良くない。
近道をしようと裏路地を歩いていると、私と同年代くらいの女の子が石畳にしゃがみこみ、水を張った桶に両手を入れて洗濯をしていた。
ポニーテールに結びあげたフワッフワの金髪……そうか、ここはナナちゃんのママの店の裏だったんだ。
胸が痛い。喉までせり上がる咳の塊。私、弱みを見せるな。
「あ……久しぶりだね」
ナナちゃんは、しゃがみこんだまま私を見上げて寂しそうに笑った。そんなナナちゃんを私は睨みつけた。
「そうだよね。当然だよね」
視線から逃げるように目を逸らしたナナちゃんを見て、私はポケットに手を入れた。「魔炎晶石」を一つ、握りしめる。
私の自慢の作品は、あなたの自慢の金髪を一瞬で焼き尽くすわ。そう……これっぽっちの後悔も残さずに。
だけど、私の殺意を知らないナナちゃんは、突然、地面に手を突いて石畳に頭を擦りつけた。
その弾みで洗濯桶が引っ繰り返り、泡だらけの汚れた水が金色のポニーテールを濡らした。
「許して下さいとは言わない。でも、こうしないと前に進めないの」
私は白々しい気持ちで、べっちゃりと濡れたポニーテールを見下ろした。
かつて憧れた物を、踏みにじるのも面白いかもね。
「わたし、ママみたいな髪結いになりたいの。人の気持ちが分からないヤツは、良い髪結いになれないってママが言うの」
――――ママ? ママ、って言った?
「だから、ごめんなさい。本当にごめんなさい」
――――私のママはね
首吊って死んだんだ。
いつって? つい最近。
ねえ、この服見て。ママの最期の作品よ。
真っ黒でダサくって、全然可愛くないでしょ?
だから大キライ
大キライなのよ
無様に土下座を続けるナナちゃんを置き去りにして、私は路地を彷徨った。
ママに連れられて歩いたな。この道。
ママと食事をしたレストラン。美味しかった。
ママにクマのヌイグルミを買って貰ったおもちゃ屋さんだ。嬉しかったな。
ママ、どうして死んだの?
私に断わりも無く。
「ねぇ君、そこの君だよ」
突然、背後から肩に手を置かれた。全身が総毛立つ。嫌な事を思い出す。
「その服ってどうしたのかなぁ? 買ったの? それとも誰かから貰ったのかなぁ?」
いかにも軽薄そうな男。男はキライ。
「俺さぁ、服飾の研究していてさぁ、気になるんだよね。そういう服」
これが? この黒くてダサい、ママのワンピースが?
「俺のやっている店がさぁ、すぐそこなんだ。そこで見せてよ」
ヘラヘラ笑う男の顔と、ロリコン教師の顔が重なる。
……決めた。
「良いですよ。行きましょう」
私が了承すると、軽薄そうな男は驚いた顔をした。お前が誘ったくせに。
私は被害者よ。猥褻未遂のね。
正当防衛で焼殺してやる。このロリコンめ。
「さ、入って入って」
軽薄ロリコン男は、私に先に入るよう促した。それでエスコートしているつもり? 後ろ手で鍵を閉めるんでしょう? 誘いに乗ってあげるわ。さあ、次はどうするの? 私を押し倒すつもりでしょう?
ポケットの中をまさぐり、『魔炎晶石』を一粒握りしめた。
カチリ、と鍵を閉める音が、狭い部屋の中に響く。ほらね、変態の考える事なんてお見通し。
「頼む。その服、どこで手に入れたのか、教えてくれないか」
ヘラヘラしていた男が、先ほどとは打って変わって別人のように真剣な顔で訊いてきた。
「説明している時間が無い。まずいんだよ、その服。俺、向こうを向いているから、一刻も早く脱いでくれ!」
なっ、何を言っているの? 自分から脱げ? この変態! このロリコンめ!
私は『魔炎晶石』を、男の顔面に目掛け向て力いっぱいに投げつけた。
「燃えろ! 燃えてしまえ!」
だけども小石は男の額に当たっただけだった。
「君、コントロール良いね。でも、ごめんね。この店には全体に耐魔術結界が張ってある」
男は額を摩りながら言った。
耐魔術結界? 魔導院並みのセキュリティがここに? ここは一体、何の店なの?
「すまないが時間切れだ。手荒な事はしたく無かった」
無防備に立ち尽くす私に男が迫る。
絶望的な気持ちに身体が竦んで――――違う。これは、ワンピースが?
ママの最後の作品が、一気に縮んで私の身体を締め上げた!
「待ってろ!」
男が短剣のような物を握って私に駆け寄って来たら、
苦しい。
息が出来ない。
肋骨が軋む音が。
内臓が潰れていく音が。
意識が遠のく。
「すぐに助ける!」
――――助けて、銀髪のソードマスター
「その呪いを!」
――――助けて、ダークエルフの女将軍様
「粉砕する!!」
短剣のような物から魔炎晶石を使ったような紅蓮の炎が噴出した。
燃える。私の身体。
燃える。ママのワンピース。
――――助けて、寮長さん