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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第二章 眼鏡の女錬金術師
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第29話 七日間の魔術 最後の一瞬

 たったの七日間とはいえ、寮の部屋にも愛着は出た。自分一人で自由に部屋を使うなんて、私には経験の無いことだった。

 自宅は一間を間借りして、ママと二人で暮らしていたから自分の部屋なんてあるわけが無い。

 学校に行っている間以外は、ずっとママと一緒。ママは必要以上には外に出ないで、家に篭っては針を動かしていた。一心不乱に針を動かしてるママを見るのはスキ。魔術みたいに服が出来上がるの。あんまり可愛くない服だったけど。

 借りた物ばかりだったから、持ち帰る荷物なんて何も無い。寮長さんに仕立て直してもらった制服は名残惜しいけど、私の物じゃないから返さなくっちゃ。 

 着てきた中学校の制服に着替えたら、途端に自分がつまらない人間になった気がした。違う。元に戻っただけ。元のつまらない私に戻っただけ。


 七日間の魔術が解けただけ。帰らなきゃ。元のつまらない世界に。


 寮長さんに会いに行こう。ルームウェアは洗って返したかったけど仕方が無い。でも、お別れはちゃんとしたい。自分で出来るメイクの仕方も教わったし、背筋が伸びて姿勢が良くなった。そのせいか、胸が痛くなる事も、咳が出る事も前よりずっと減った。少しは自信だって付いた。私は綺麗! と、までは、まだ思えないけれど。


 寮長さんは、寮の仕事があるから朝が早い。それを見計らって、私も早起きした。

 この七日間、毎晩通った部屋のドアを控えめにノックする。周りの部屋の人達は、まだ寝ているかも知れない。大きな音を出すの(はばか)られる。

 返事が無いので「寮長さーん」と、声を抑えて呼びかけてみた。


「……だれ?」


 いた。おかしいな? 寮長さんならこの時間には起き出していて、バリバリテキパキ仕事をこなしているはずなのに。


「あの、私です。お別れの挨拶に伺いました。入ってもいいですか?」


 小声で言ったけど、返事が無い。聞き逃しただけかも知れない。私は「すいません、失礼します」と、断って部屋に入った。

 カーテンが引かれたままの部屋の中は薄暗かった。魔陽灯も点いていない。

 寮長さんはベッドに腰掛けながら、私に背を向けていた。どうしたのだろう。ルームウェアを着たままだし、頭がボサボサのままだ。寮長さんらしくない。


「あの……短い間でしたが、ありがとうございました。お礼を言い尽くせないくらいに感謝してます。手紙を出しますから……」


 私に背を向けていた寮長さんが、こちらを振り向いた。目の周りが真っ赤だし、酷いクマが出来ている。風邪を引いてしまったのだろうか?


「やだ」


 ――早く薬学科で薬をもらいに行かなくちゃ。


「いやだよ」


 ――さあ、寮長さん。早く着替えて受診しましょう。


「かえっちゃいやだ」


 ――え? 何て言ったの? 寮長さん?


 寮長さんが私の胸に飛び込んで来た。子供みたいにわんわん泣いている年上のお姉さんを胸に、私はどうしたら良いのか途方に暮れた。


 ――寮長さん、私はあなたが大スキです。だから、だからどうか泣かないで。




 ダークエルフの女将軍、もとい特務機関の隊長さんにも挨拶に行かなきゃ。寮長さんを(なだ)めるのに時間がかかってしまった。結局、引き剥がす様に部屋を出てしまって心が傷む。


「あなたも私を一人にするの?」


 あれは効いた。十三歳の中学生にかける言葉じゃないと思う。




 特務機関の事務所を魔導院の総合案内所で探したけど、それらしき事務所は無い。事務員のおじさんに聞いたら、「そんな組織は聞いた事が無い。冒険小説の読み過ぎだよ」って笑われた。ムカっときたけど、冒険小説はスキ。悪い? でも、隊長さんと仮面の隊員たちは、いったい何処に消えてしまったのだろう。


 釈然としないまま、訓練所に向かった。ステータス鑑定師のお兄さんに挨拶して家に帰ろう。ママが家で待ってる。もう、何年もママに会っていないような気がする。

 もう、すっかり道順も覚えてしまった。顔馴染みになった生徒も多い。一人に一人にお別れを言っていたら思ったよりも時間がかかってしまった。

 皆が「宝石ちゃん、元気でね」とか「宝石ちゃん、俺、寂しいよ」って言ってくれた。

 「宝石ちゃん」は語呂が悪い。でもキライじゃない。


「遅かったじゃないか、待ち兼ねたよ」


 ステータス鑑定師は、心底待ちくたびれた顔をした。

 待ちかねた? お別れを? 別れは待ち兼ねるものでは無いと思う。


「君、何で中学校の制服着てるの? 早く学院の制服に着替えて。職業適性検査に行くよ」


 何ですか? ショクギョーテキセー? まだ検査が残っていたの?


「あ、そうだ。宝石さん、君、今日付で学院の生徒だから。長老会議が昨夜に決めた。第七条だから。これからも宜しくね。さ、早く急いで」


 絶句。耳から「知恵」がサラサラと流れ出て行く音を聞いた気がした。

 七日間も掛けてかけ続けた魔術は、最後の一瞬に発動した。


 私は「普通の中学生」から「学院の生徒」にクラスチェンジしたのだ。

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