第28話 深い海の聖域 一瞬の七日間
「よーし! じゃあ、明日の朝、起こしに行くから宜しくね」
寮長さんはウキウキを隠せないみたい。さっきから、リップはどーしよーチークはあーしよーファンデはこーしよー、って天井に向かって指を振りながらブツブツ呟いている。もしかして、寝る前のお祈りなのかしら?
「あの……寮長さん……」
熱心に祈りを捧げる寮長さんに、思い切って聞いてみた。
「え? なに? 夜更かしするとニキビが出るタイプ? 普段使ってる化粧水があったら教えて」
「そ、そんなの使った事ありませんし、あんまり良く知りません」
「嘘っ!? 何も使わないでこの肌? 羨まし過ぎる!」
「あの、そう言うのじゃなくて、私……この歳になるまで一人で寝た事が無くて……無理なら諦めます。床で良いので、一緒の部屋で寝させてくれませんか?」
寮長さんはポカンとした次の瞬間、ぱあっ、と花が咲いたような笑顔を満面に浮かべた。
「カっワイイ! 女子中学生カワイイ! うはぁ……早く持って帰ろ」
私はそのまんま、寮長さんの部屋に拉致された。魔導院特務機関特殊作戦部隊よりも強引に。
***
一人用のベッドに二人で寝るのは無理がある。私と寮長さんは、くっつく様にして横になった。
微笑む寮長さんの顔が余りにも近すぎて、私は気恥ずかしくって、ぎゅっと眼を閉じた。
「ねえ、寝る時もペンダントを外さないの?」
小さな声で囁いた寮長さんが、私のペンダントに優しい手付きで、そうっと触れた。
「ママが、母が作ってくれたお守りなんです。小さい頃から外した事がありません」
「あなたは本当に可愛いわ」
「母が心配です。一度も別々に寝たことが無いから」
「私ね、ここに来たのは、あなたと同じ十三歳」
瞑っていた目を開けた。鼻と鼻が触れ合う距離。交錯する瞳と瞳。
寮長さんの、信じらないくらいに綺麗な瞳の色に心を奪われる。
それは何処までも深い海の色
人間には触れえない聖域の色
清らかでいて深い悲しみの色
「大丈夫、あなたは強い子よ。私には分かる。でも、少しだけなら甘えても良いわ」
私は寮長さんの胸に、顔を埋めて丸まった。
お母さんに甘える、小さな小さな子供のように。
「あのう、皆が私をジロジロ見ています」
「私は綺麗だ! 文句あるかっ! って思いなさい。はい、背筋ピン!」
「そんなぁ……一朝一夕には無理な話です」
魔術科の男子生徒がすれ違いざまに、ピュウッと甲高い口笛を吹いた。な、なに今の? もしかして何かの呪い!?
今朝、私は寮長さんの美容術によって、大改造を施されてしまった。
鏡に映った自分を見たときには、綺麗にしてもらった嬉しさよりも、私という身体が分解されて知らない誰かに組み替えられたようだ、と思った。
神聖術科の女子生徒たちが、「ヤバいって、アレ。マジでゲキカワじゃない?」と、遠目から私を指差している。
『ゲキカワ』ってなに? まさか悪霊か何か!?
『ヤバい』って、どういう意味? 早く除霊した方が良いってこと?
「り、寮長さん? 私、どこかおかしいんじゃないですか?」
「うーん、ちょっと気合いを入れ過ぎたかも知れないわね。明日の参考にしましょう」
「明日の参考って……寮長さん、私、このまま一日を過ごすのですか?」
こうして魔導院で過ごす七日間は、あっという間に過ぎ去った。
それは私の人生を変えた、魔術のように一瞬の七日間。




