第27話 寮長さんは敏腕スタイリスト
私に充てがわれた女子寮の部屋には、小さなベッドと机くらいしか家具は無かったけど、自分の部屋なんて持った事の無い私には広過ぎた。自分の気持ちと部屋の広さを持て余して、すぐには着替える気にもならない。
制服のままベッドに寝転がってみたものの、硬めのマットレスがいま一つ身体に馴染まなくて、私は何度も寝返りをうった。
「……一人部屋って、やっぱり寂しいな」
私は友達の家にお泊りに行ったことが無い。それどころか小学校の修学旅行も不参加。私の体質の弱さを心配したママが、泊りがけで出かける事を許してくれなかったからだ。当然、不満だったけど、泣きながら私の身体の心配をするママの顔を見たら、反抗する気にもならなかった。
「ママ、何してるかな……」
魔導院の偉い人が、ママに事情を説明しに行ってくれたそうだけど、ママは今、どんな気持ちでいるのだろう。私が一人ぼっちの夜を迎えるように、ママも今、一人ぼっち。その事実が私の胸を締め付ける。
ママ……私は十三歳になっても、まだ一人で寝られる自信が無いよ。
「ごめんなさい。まだ起きているかしら?」
ドアをノックする音で我に返った。すぐに自分の世界に入ってしまう癖は、環境が変わっても、そう簡単には変わらない。
誰だろう? そろそろ就寝時間のはず。女子寮だから必要以上に警戒する必要は無いと思うけど、こんな時間に私に何の用があるのだろう?
恐る恐るドアを開けると、足元まで隠れるほどの裾の長いワンピースを着た女性がニコニコしながら立っていた。この人は確か……?
「良かった。まだ制服着てたね。ごめんね、こんな遅くに」
寮に入ったときに軽く挨拶をした寮長さんだ。長い髪を三つ編みにして、可愛いマキシワンピを着てる。就寝前だからルームウェアかな? 良いなあ。あんな素敵なルームウェアを着て寝たら、良い夢が見れそう。
「ちょっと気になる事があってね。中に入っても良いかしら?」
さっき会った時の彼女は、「寮長」なんて硬い響きと、厳粛な雰囲気の神聖術科の制服のせいで、何だか近寄りがたくて冷たい印象があったのだけど、こうして見ると私と並んでもそんなに変わらない身長と、小さなリボンがいっぱい付いた可愛いワンピースの相乗効果で、とってもカワイイお姉さん。ちょっとスキの予感がする。
「あ、あ、あの……ど、どうぞ」
寮長さんを部屋に招き入れると、彼女は突然、私の前に片膝を突いて頭を下げた。
え? なっ、なに? 実は、私の出自は庶民に預けられた貴族の令嬢だったとか? それとも亡国の王女様だったとか?
「裾が長い。靴のヒールが低すぎる」
はい? これから舞踏会の予定でもあるのかしら。急がなきゃ。
「ベルトの幅が気に入らない。バックルが安っぽい。スカートの位置が悪い」
寮長さんは立ち上がって、私の全身を隈なく点検する。
「はい、両手を上げて。シャツの身幅が広すぎて余った生地でだらしなく見えちゃう。これ、Mサイズ?」
「は、はい。そうです、多分。いえ、Mサイズです。間違い無く」
「顎を引いて。ううーん、姿勢が悪い。大きいバストを隠そうとしたいのは分かるけど、姿勢が悪いと折角の恵まれたスタイルが台無しよ」
「め、恵まれたスタイル? ですか? 私が?」
「そう。キュートなくせにクールっぽさが入り混じりつつも整った顔だち。クセの無いアッシュブラウンのストレートヘア。ボリュームのあるバストに綺麗なウエストライン。長くて細くて真っ直ぐな手足。あぁあ、最近の中学生は恐ろしい」
「私……自分の事、そんな風に思ったことありません」
「ダメダメダメ。私は綺麗だ! 文句あるか! って、自信を持って」
「そんな自信は持てません。寮長さんはスタイリストなんですか?」
「私、素質のある女の子が埋もれたまま輝きを失っていくのが、どうしても許せないの。ね、お願い。貴方がここにいる間、貴女を私の好きにさせて。私の色に染めさせて」
「わ、私の色って……?」
どうして学院には、こうも上から下まで押しが強い人が多いのだろう? 魔導院法に「押しは強くあるべし」って文言でもあるのかしら?
「このルームウェアも貸してあげるから。貴女のイメージに合うのを探して持って来たの」
寮長さんが広げたのは、深いドレープが入ったシックなワンピース。裾や襟口には細かい銀のレースがたっぷり。
「あうぅ……凄くカワイイ……」
「さ、手に取って。肌触りも最高なのよ」
半ば無理やりに手渡されたワンピースの柔らかな感触に負けて、吸い付くようにしっとりとした生地についつい頬擦りをしてしまう。この誘惑には、とてもじゃないけど逆らえそうにない。
「わ、私……」
思わずワンピースを抱きしめた私の顔を、寮長さんは満足そうに微笑んで、その青い瞳で見つめてきた。
「私を寮長さんの好きにして下さい。寮長さんの色に染めて下さい」
言っちゃった……これから私、どうなっちゃうんだろう? なんだか大変な事が起りそうな予感。ママ、私は、どうしたら良いの?