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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
最終章 彼女の愛は世界を壊す
203/206

第203話 少年はただ微笑みながら

 俺は脚を引き摺って、彼女が居たはずの場所に立った。肉離れを起こした腿が引き攣るように痛んだが、例えようも無い喪失感の前では、そんなのは些細な問題だった。


 もしかして、この鎖をどけたらルルティアがそこにいるんじゃないか? 

 また俺を(だま)くらかして、ビックリさせようって魂胆だろう?


 いなくなってしまったルルティアの名を呼びながら、俺は砂場で遊ぶ子供みたいに座り込んで鎖の山を掻き分けた。そうして重たい鎖の束と格闘していると、鎖に埋もれていた赤いフレームが目に入った。


「なんだ、そんなトコに居たのか」


 絡まった鎖を解くのももどかしく、僅かな隙間へと目いっぱい手を突っ込んだ。そして、指先が眼鏡に触れたと思ったその時、背後に気配を感じて首だけで振り返った。


「探し物ですか? 僕も手伝いましょうか?」

「何だよ、お前。生きてたのか」

「ええ、自分でも不思議なのですが」


 アッシュは何事も無かったような顔をして、イヤ味なくらいに爽やかに笑った。俺がヤツの為に大陸中から集めて吟味した鎧も盾も手甲も脛当もブーツまでも……全てが何事も無かったように。


「あいつが鎖になっちまったって言うのに、どうしてお前だけ元通りなんだよ」


 痛む足を庇いながら立ち上がり、ただ一点を睨み付けた。俺が売った覚えの無い、欲望の色を放つ大剣を。


「あの光に飲まれながら、僕は三つめの……最後の願いを開放しました。それがこの結果です」

「へえ、そいつはまた都合の良い呪物だな。そんじゃあよう、そいつを使えばルルティアを元に戻せるのかい?」

「どうでしょう。武器屋さん、試してみますか?」

「……止めとくよ。これ以上、あいつの魂を呪いで穢すワケにはいかねぇんだ」


 床に放り出してあった『鋼玉石の剣』を拾い上げると、俺の手に握られた英雄の遺物は、宿敵と相対した歓喜に震えだした。


「俺は『呪物を狩る者』として、その呪いを粉砕する。呪いに囚われたお前ごとな」

「素晴らしい。それでこそ僕の見込んだ男です」


 大剣を構えたアッシュの挙動が、妙に素早く見えた。それだけじゃない。崩落を続ける天井から降る瓦礫も、外壁に空いた大穴から吹雪いてくる雪も、視界に入るもの全てが異様に早く動いて見える。意識しない間に『加速錬金』の効果が切れていたようだ。


「ただ、見たところ立っているのもやっとの様ですが、その状態で『王の剣』を手にした僕に敵うと?」

「じゃあ、試してみるか? 俺と『鋼玉石の剣(コランダム)』の本気ってヤツを」


 凄まじい速度で放たれた黄金の輝きが、反応する間も無く俺の肩口から胸までを斬り裂いた。想像を絶する激痛に意識が飛び、そのまま前のめりに倒れ込み……ながらコランダムから出現した炎刃で切り返した。


「なにっ!? それは一体!?」

「今更ビビんなよ。これがウチのご先祖が遺した呪い……『呪物を喰らう呪物』だ」


 火花が散る鍔迫り合いの向こうに、驚愕に歪んだアッシュの顔が見える。


「どうした、その顔は? 俺はまだ腕が千切れただけだぜ」


 コランダムの柄頭から伸びた黒いモヤが、千切れかけた俺の腕を繋ぎ留めていた。そして俺は、婆ちゃんですら完全には解放しなかった封印を解いた。


「呪物の完全破壊まで『鋼玉石の剣(コランダム)』封印術式・完全開放!!」


 永年封じられていた英雄の呪いは数百匹もの黒蛇へと姿を変えて、鮮血を吹き出す傷口に潜り込んだ。その途端、痛みと疲労に支配されかけていた全身の隅々にまで、突き抜けるような快感と活力が漲ってきた。


「くはっ、ははは! これが呪いに身を捧げるって感覚かァ!!」

「き、貴様……何なんだ、貴様はっ!?」

「アッシュ、これで俺もお前も”呪いの怪物”ってトコだな」


 甘美にしてゾクゾクする感覚が脳内を駆け巡る。強い酒を一気に(あお)って最高にハイ! って、なった時みたいなこの昂揚感……これほどまでに絶好調な気分は久しぶりだ!!

 剣柄から噴き上がる炎は勢いを増し、翼が生えたように軽い身体でもってアッシュを圧倒する。

 俺は痺れるような愉悦に身を委ね、チャンバラ遊びに興じる子供みたいに滅茶苦茶に斬り込んだ。

 なんだよ、こんなに簡単な事だったのか? だったら勿体付けないで、最初っから全開で行きゃあ良かったんだ。


「お前の力はそんなモンかよ!? アッシュ――――ッ!!」


 その時だ。呪いの力に酔う俺の目に、銀のバングルから放たれた清廉な光が飛び込んできた。その光は、まるでルルティアの瞳に宿る聡明な輝きと同じ――――

 俺はハッとして思いっきり打ち込んだのを最後に大きく飛び退いた。そうだ……力を欲した俺の爺ちゃんや母さんは呪いに飲まれて死んだんだ。

 危うく俺まで呪いに囚われるところだった。


「どうした! 今度はこちらから行くぞ!!」


 生じた隙を見逃さずに突進してきたアッシュの攻撃を、辛うじて弾き返す。だが、木の枝のように軽々と振り回される大剣の斬撃に、全く防御が追い付かない。その息も切らせぬ連続攻撃に、ヤツは今まで俺の攻撃を凌ぐだけ凌いで体力を温存していたのだと思い知った。

 防ぎきれない一撃一撃に全身が斬り刻まれていく。呪いの力は痛みを緩和するようだが、このままでは細切れ肉にされちまう。

 嵐のような猛撃を何とか鍔迫り合いの形に持ち込んで、ようやく息を吐く事が出来た。肩で息をする俺とは対照的に息一つも切らしていないアッシュは、その凍るような眼差しを向けてきた。


「どうやら限界のようですね」

「へへっ、馬鹿言うな。まだまだやれるぜ」

「違います。その剣の事ですよ」

「なに……?」


 圧倒的な膂力をどうにか押し止めていたコランダムの異変に、俺は愕然とするしかなかった。英雄の遺物が……『鋼玉石の剣』が、まるで岩塩のようにボロボロと崩れ始めていた。


「非力ですね。押し返せませんか」

「くっ! クソったれがっ!!」

「同じ英雄遺物と言えど『王の剣』は格が上なんですよ。人間族よりも竜人族がそうであるように」


 このままでは圧し斬られる! 宿主の危機を察知したか、全身に巻き付いていた漆黒の蛇が両腕に集まってきた。だが、俺はそう易々と誘惑には乗るつもりは無い。

 黒蛇たちは不満げに鎌首を(もた)げ、威嚇するように一斉に牙を剥いてきた。


「俺まで呪いに飲まれる訳にいかないんだ……」


 この俺まで呪物に飲まれちまったら、呪いに命を奪われたルルティアに申し訳が立たない。

 だが、このままでは……その時、呪いの誘惑を焼き尽くすような紅蓮の炎が、俺とアッシュの間を引き裂いた。


「こ、これは!? この炎の色は……!?」

「お前、生きてたのか!」


 俺とアッシュは同時にその名を叫んだ。かつて六英雄『赤き魔女』が振るったとされる炎の英雄遺物から名付けられた名を。


「シンナバル!!」


 獰猛な生き物のようにアッシュを追い立てた火炎は瞬く間に渦巻く炎の塔となり、更には天井まで届く炎の壁へと姿を変えた。俺はこれまで多くの魔術師を見てきたが、これほど見事に炎を操る術者を見た事は無い。


「シンナバル、助かったよ」


 最高のタイミングで助太刀に現れた弟子に礼を言う。だが、無表情に炎を操るシンナバルの顔に、俺は妙な既視感を覚えた。


「師匠」

「ど、どうした? お前、何か変だぞ?」


 抑揚の無い声には、違和感しか湧いてこない。こいつの売りは、それこそ声からも熱を感じる暑苦しい生命力のはず。


「姉さん、死んじゃったんですね」

「ああ、ルルティアは俺を護って……お前、どうしてそれを?」

「命令が来たから、分かったんです」

「命令、だと?」

「はい。ルルティア姉さんからの最終命令(ラストオーダー)が」

「最終命令って、お前……?」


 なんでコイツに最終命令が届くんだ? 俺は思わずシンナバルの顔を覗き込んだ。炎を受けているというのに光を反射しない瞳はそう、まるで琺瑯質(エナメル)のような……


「師匠」

「あ? ああ……」


 心の整理の付かないままに真面な返事すら出来ずに、その少女のように整った顔を眺めるしか無かった。だが、見返してくる少年の赤い瞳は俺では無く、俺の背中を透かした向こうを見ているようにも思えた。


「やっと、分かりました。俺はこの日の為に作られたんだって」

「シンナバル、お前は……」

「『辰砂の杖』は『鋼玉石の剣』の失われた剣身。俺は英雄遺物の欠片なんです」

「お前、なにを言って――――!?」


 言葉に詰まる俺の前で、シンナバルは鋼鉄の右腕から真紅の水晶を毟り取った。


「師匠、これが英雄遺物『辰砂の杖』です」


 糸の切れた操り人形のようにシンナバルは膝から崩れ落ちた。

 慌てて助け起こした俺の手に、心臓のように紅く鼓動のように明滅する炎の結晶が手渡された。


「こうする事が、俺に託された最終指令なんです。『紅炎(プロミネンス)』を宿した『辰砂の杖(これ)』で、どうか姉さんの仇を、どうか姉さんの仇を……かたきを、かたきを、かたき、かた、き」

「安心しろ。必ず仇を取るからな」


 ゼンマイの切れたおしゃべり人形のように繰り返していたシンナバルは、最後に一言だけ「アリス……」と呟いた後、ようやく年頃の少年らしい笑顔を取り戻した。

 やがて天井を焼くほど燃え盛っていた炎の壁は燃料を失ったかのように勢いを失い、煙も残らず消えて失せた。

 その人形のように見開いたまま瞳を閉じてやり、幼ささえ残した細い身体を床に横たえている間、アッシュはただ無言で立ち尽くしていた。

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