第20話 人間の価値 それは
いつの間にか、詠唱が終わっていた。 でも、私は目を開けることすら出来ず、込み上げて来る感情と嗚咽を抑えるので必死だった。
「ご、ごめんね。ちょっと怖かったかな?」
「誰だ、怖い声出したのは?」
「女の子なんだから、無理しないで良いんだよ」
私よりも、ずっと頭が良くて、ずっとずっと大人の人たちが、私なんかを心配してくれている。それが何だか可笑しくて、それが何だか嬉しい。
「あの……違うんです」
深呼吸してから目を開き、周りを取り囲んでいる院生たちに向かって、何とか笑って見せた。
「私、あんなに綺麗な歌を聞いたのは生まれて初めてです。その……感動しちゃいました」
自分でも驚くほどに、口からすらすらと言葉が続いた。
「涙って、悲しい時にだけ出るんじゃないんですね。泣いちゃいましたけど、鑑定に影響が出たらごめんなさい」
私の話をお終いまで聞き終えた院生たちは、一様に安心した様子で私の顔を覗き込んできた。
「君はとっても優しい子なんだね。こんな時代にも、君のような子がいるんだと知っただけで、僕は、僕は……」
検査前に私を励ましてくれた男性が突然泣き出した。
優しいなんて、生まれて初めて言われたかも知れない。嬉しくて、胸が痛くて、また涙が溢れてきてしまう。
「ちょっ、ちょっと止めてよ。何なのよ貴方たち。こんなのって、おかしいわよ。わ、私……ふうぅ」
釣られた女性の院生までもが、もらい泣きを始める。
「俺たちの詠唱で、君のような少女が感動してくれるなんて思ってもみなかった。俺はこの仕事を誇りに思うよ」
輪になって号泣する院生たちと中学生。
一体これは何の集まりでしょう。ステータス鑑定という名の、身体測定だったはずでは?
変なの。でも嫌な気持ちはしない。なんだかくすぐったいみたいな、でも良い気持ち。これは……スキ。
ステータス鑑定は、これにて終了。あとは六人のステータス鑑定師が、それぞれ信仰する神さまの託宣に従って、私のステータスを記入してお終い。
きっと「知恵」の数値だけ高めに出るんだろうな。私、ちょっと勉強が得意なくらいしか取り柄がないからなー。
嫌い……きらい……キライ……自分が大っ嫌い!
「知恵」に縋る自分が浅ましい。自分の頭が他人より少し出来が良いからって、それが何なの? ちょっと頭が良いのを自信満々に誇る馬鹿。それが私。
人より頭が良いことが、そんなに誇らしいの? それなら胸の大きさも誇りなさいよ。ホントに下らない女。恥を知りなさい……私。
魔導院になんて来なければ良かったんだ。こんな素敵な所なんて知らなければ良かった。もう忘れよう。やっぱり私には、あの場所がお似合いなんだ。
ママのペンダントを握りしめると、少しだけ気持ちが紛れた。
「あの……私、もう帰ります」
はっきり言ったつもりだったけど聞こえなかったのかな? ステータス鑑定師たちは顔を見合わせて一様に押し黙っていた。
「あの、私、そろそろ帰ります」
もう一度言うと、ステータス鑑定師の六人が一斉に私を見た。驚愕と戸惑いが、それぞれの顔に浮かんでいる。
「ご、ごめんなさい。泣いたのが……ダメでしたか?」
「君……ステータス数値の最高値って知ってるかい?」
さっきまで、優しい笑顔で接してくれていた院生が、怖いモノを見るような目で私を見た。でも、私には見当もつかないので、答える代わりに首を横に振った。
「一般人で、一つのステータス数値は10前後、少し優れている人で12くらいなんだ。だから六つのステータス数値の合計は、一般人でだいたい60前後、優秀と言われる人で70くらいなんだ」
だから何? 何が言いたいの? どうせ私のは、たいした数値じゃないないんでしょう。
「自慢では無いが、僕らは六つのステータス数値の平均は15、合計で90。これは、院生の平均的なステータス合計だ」
へえ、すごいですね。さすがは魔導院生ですね。だから何?
「君のステータス数値の合計は65」
ほら、普通より多少ましなくらいじゃない。数値が人の価値じゃ無いって言ってたくせに。
咳が出た。胸が痛む。ママの待ってる家に早く帰りたい。魔導院なんて、早く忘れたい。
「だが、君の知恵のステータス数値は……」