第2話 刃物で遊ぶんじゃありません
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俺の婆ちゃんは、相当な目利きの鑑定士だったんだ。
――――この長剣は数多のドラゴンを斬り伏せてきたのだ
――――この槍の持ち主は、数ある武功を挙げた名のある英雄だったのだ
そんな騎士物語や英雄譚を散々聞かされて育った俺は憧れたワケだ。鑑定士じゃなくて騎士とか英雄にね。
俺が生まれ育ち、こうして武器屋を営んでいる『学院都市』の中心には、『魔導院』と呼ばれる此の世の神秘を研究する機関があり、そこには優秀な研究者を育成する為の『魔導学院』、通称『学院』と呼ばれる教育機構がある。
学院の研究者たちは、部屋に籠って研究する以外にも「見て、触れて、感じる」フィールドワークを大切にしてんだ。だが「珍しいキノコ」を採りに行くには「珍しいキノコ」を主食にする「珍しいモンスター」が障害となる。非力な研究者なんて、あっと言う間に珍しいキノコの副菜にされるのが関の山だ。
そこで学院には、か弱い研究者様の護衛を養成するための『戦闘訓練所』が設けられた。
訓練所の設立当初は、腕の立つ戦士を養成するくらいで十分に事が足りていたのが、研究者様方の御希望・御所望・御要望は果てしなく、
「珍しいキノコ」⇒「珍しいジャイアントスネークの牙」⇒「珍しいドラゴンのウロコ」
てな感じに、要求される資料は研究が進むごとにエスカレートし、それら資料の採取がそれこそ命懸けになっちまった。結果、護衛の能力の向上も要求されたってワケだ。
神の加護を受け邪悪な輩を殲滅する『騎士科』
徒手空拳、近距離戦闘で敵を圧倒する『闘士科』
風変わりな細身の長剣を操る、東方の恐るべき軽戦士『サムライ科』
罠や伏撃など特殊な戦術を得意とする『レンジャー科』
多種多様な戦闘技術を学ぶ科目が設立され、もはや護衛どころか本職さん養成所と成り果てた感がある。
そこで、どっぷりと騎士に憧れてた俺は、入学試験が受けられる十三歳になったその月に『騎士科』を受験したんだが、結果は惨敗。俺が騎士に成るには、絶望的且つ圧倒的に『ステータス数値』が足りていなかった。
魔導院の訓練所には『神聖詠唱術』という儀式で、対象者の『能力』すなわち『ステータス』を数値化する方法がある。それによって被験者の素質や能力を推し量るんだ。
そして、騎士科には『ステータス』が総じて高くないと、入科試験すら受けらさせて貰えない。俺の場合はだな、信じる力である『信仰』のステータス数値の低さがネックだった。
まあ、特定の神なんて信仰していないし、教会なんて菓子が配られるようなイベントくらいでしか行った事がないから、まぁ当然といえば当然だよな。
そんな俺は辛うじて『力』と『生命力』のステータス数値だかは及第点だったもんで、それらのステータスを重視する『戦士科』の入科を許可されたんだ。
『戦士』ってのは、想像し易い職種だろう。剣持って盾持って鎧着て兜被ってるアレだ。とにかく『力』のステータス数値が最重要。『力』のステータス数値が低かったら、重たい武器を持つことすら適わないからな。重たい剣に重たい鎧に重たい盾に重たい兜だ。自重で動けなくなるなんて笑い話にもならん。
『生命力』のステータス数値は”生きる”事に直結している。この数値が低けりゃ痛恨の一撃を喰らってノックアウトだ。
弓矢の一撃くらいは耐えないと男じゃない! と、言いたいところだが、当たり所が悪ければ骨まで達して行動不能。
エルフ族のレンジャーに狙われてみろ。眉間ロックオンで即死確定だ。エイム・ヘッドショット・ファイヤ! で、サヨウナラだ。
だが、『速さ』のステータス数値が高ければ、戦闘速度を活かして攻撃を避けられるかも知れないし、『知恵』のステータス数値が高ければ、相手のクセや挙動を読んで先手が取れるかもな。それに『運』のステータス数値が高ければ、運良く矢が逸れるかも知れない。
結局は、どのステータス数値も高いに越したことは無いって事だ。
ちょいとばかり『ステータス数値』は足りなかったが、俺には同期の連中には無いアドバンテージがあった。そう、何といっても俺ン家は武器屋だ。それこそ生まれた時から色んな武器に囲まれて育ったんだ。長剣の使い方なんて朝飯前ってもんさ。なんせ遊び道具がロングソードだったからな。他にも短刀から戦斧に長槍だろ。メイスにフレイル、モーニングスターだ。扱えない武器を探す方が難しい。勝手に店の商品を弄っては、婆ちゃんに怒られてたけどな。
同期の連中なんて、まずは剣の握り方から教わる始末だった。こりゃ早いとこ経験を積んで、ステータス数値を上げて『騎士科』を受け直そうと思ったよ。
そして半年もかけて、文字通り欠伸が出るよな初等戦闘講座を受講して、いよいよ実地戦闘訓練に赴いたんだ。
ところでお前ら知ってたか? 魔導院の地下は『実地戦闘訓練施設』になっていて、何とモンスターが放し飼いになってんだぜ。初めて聞いた時には耳を疑ったよ。モンスターの頭の上でお勉強してたんですよ、俺たち。
魔導院は地下に埋没した古代遺跡の上に建てられている、って教わったな。最深部にはお約束の『何者か』が『居る』? もしくは『在る』のかも知れない。
大魔王とか古代の秘宝だって? ンなワキャ無ぇだろ。冒険物語じゃあるまいし。そんなモンがあったら、とうの昔に発見されとるわ。
魔導院が設立されたのは五百年に勃発した大戦乱の直後と聞く。正しい記録は度重なる戦乱で失われて残っていないらしいよ。
さて、地下深くに潜るほど”あちらの世界”に近いそうで、それはそれは危険なモンスターがウヨウヨなんだと。だが、地下訓練施設の各層には魔導院の偉い人たちによる結界が張られているんだ。階層が深くなるほどに積み重なった結界は強度を増して、いわゆる危険度の高いモンスター、それこそ竜族や悪魔族などは容易に上がっては来れない仕組みになっている。
ただし結界の薄い上層部には、ダンジョンの環境に適応しちゃった危険な動物や巨大昆虫、そして、そいつらを捕食するこれまた巨大な食虫植物、更には迷惑な話だが、錬金術科の生徒が持て余してコッソリ捨てちゃった実験生物なんかが住み着いちゃってんだ。
しっかし、それを利用して訓練施設に仕立てるとは、魔導院にもコスト計算が上手い奴がいたもんだ。地下一階なんてアトラクションみたいに手入れが行き届いているんだぜ。男女別のトイレまで完備されているのには驚いた。各ポイントには教官や当番の先輩なんかが立っていて、傷の手当や戦闘のアドバイスもくれてサービス満点だ。
生徒たちは地下戦闘訓練施設を、略して『地下』って呼んでいた。「放課後、地下行っちゃう?」とかね。ただし戦闘は本物だ。怪我人も出るし、最悪の場合は……死ぬ。
ホントに人間大の蛞蝓とか出るのよ。で、女の子ってそれ見てホントに卒倒するんだぜ。
だけど剣の鍛錬にはなったな。巨大な蛞蝓の急所なんて知らないし、見当も付かない。回復力だってハンパじゃない。一気に殲滅するには上段からの袈裟斬りが有効だ。突きなんてとんでもない。ナメクジに刺さった剣が抜けなくなる。大剣か戦斧があると良いな。
座布団並みにデカい巨大ゴキと戦うには、予測と先読み、情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ! そして何よりも速さが必要だ。
……で、こいつには突きが有効だ。刺突に適したレイピアやエストック、長槍があれば有利だろう。
ただし、こっちに向かって飛んでくる巨大ゴキには、さすがの俺も絶望的な恐怖を覚えた。速やかに火炎系攻撃魔術『第一位魔術・小炎』で焼き払っていただきたい。
眠気を誘う講義なんて屁の役にも立たなかった。俺は命を懸けた本物の戦いに酔った。
婆ちゃんの語り聞かせてくれた騎士物語の世界が、地下には本当にあったんだ。
立ち塞がる敵は伝説の竜王や邪悪な大悪魔じゃなくって、人喰いバッタやら大ネズミだったけどね。