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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
最終章 彼女の愛は世界を壊す
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第197話 戦場の黒き女主人

「バックラー! 死ぬなよ!!」

 

 飛び越えた正門の向こうへ声を限りに叫んでみたものの、悲鳴と怒号の真っ只中にいるバックラーの元に届いたかだろうか。

 俺は唇を噛み締め、鉄と鉄がぶつかり合う音を背に受けながら、木馬の鼻先を魔導塔に向けた。


 魔導院構内の通路は整然としているように見えて、実は玉突き的に建物の増築を繰り返しているせいで複雑に入り組んでいる。俺は学生だった頃を思い出しながら、魔導塔への最短ルートを(ひた)走った。

 石畳の上を薄っすらと覆い始めた雪に車輪を取られないよう路面に目を光らせていると、通路の端々に血を流し座り込む生徒や、倒れたまま動かない者の姿が目立ち始めた。それは山王都の急襲部隊がここを通過して魔導塔へと向かった事を意味している。


「参ったな……」


 敵ながら、その見事な用兵術に唸るしかない。こいつは相当に優秀な指揮官が率いているのだろう。

 離れた第七街区に火を放って最重要拠点である魔導塔から守備兵を引き剥がし、突破力に優れた先遣隊で急襲する。さらに速射性よりも威力と命中率を優先するクロスボウを装備した弓兵隊が配置されていたとなると、間を置かずに後詰ごづめの部隊が雪崩れ込んで来るのは火を見るよりも明らかだ。


 嫌な予感を胸に雲に突き刺さるような魔導塔を見上げると、塔の中腹に大きな穴が開き、そこから煙が上がっているのが見えた。

 例の赤いドラゴンの姿は見当たらない。すでに塔の内部に侵入したのだろうか。


「ルルティア、リサデル……無事でいてくれ」


 いよいよ魔導塔のエントランスに続く階段が迫ってきていた。だが、半ば予想していた通り、そこでは階段を背に陣取る魔導院の防衛隊と、突破を計る赤備えの部隊が、互いに一歩も譲らぬ激しい闘いを繰り広げていた。


 塔へと続く長い階段こそが最終防衛ラインだ。そこには『錬金仕掛けの騎士団(アルキャミスツ)』のみならず、生徒や院生、それに年配の教官たちですら戦列に加わっているようだ。しかし、かつて海星傭兵騎士団(シーザスターズ)に所属していた俺には、その布陣はいま一つ統制が取れていないように見えた。


「指揮官がいないのか?」


 防衛隊の背後には魔術科や神聖術科の院生の姿も見えるが、彼らのサポートを最大限に活かす為には、もっと組織だった陣を敷くべきだ。

 ただ漫然と階段の前に立ち塞がる防衛隊に対し、攻め手の山王都側は三列横隊でもって波状攻撃を仕掛けている。今のところ防衛隊は押し返してはいるが、一か所でも崩れたら堤防が決壊するように総崩れになっちまうだろう。


 俺は錬金駆動のスピードを落とし、防衛隊の列にネイト隊長の姿を探した。彼女はアルキャミスツのような隠密性の高い特殊部隊の指揮官としては優れているのだろうが、これほどの大所帯の指揮経験は無いはず。しかし、カリスマ性に優れた彼女に一言でも助言が出来れば、この状況を打破出来るかも知れない。


「あれは……?」


 ネイトを探す俺の目に、防衛隊に合流し損ねたのだろうか、神聖術科の院生らしき女生徒と、彼女を取り囲む槍兵の一団の姿が飛び込んできた。

 ディミータの話では、リサデルは魔導塔の中層にあるルルティアの研究所にいるはずだ。しかし、魔導院の危機を見兼ねて衛生班に加わっている可能性は否定出来ない。

 槍を突き付けられる女生徒の姿にリサデルの面影を見出した俺は、槍兵たちに向かって錬金駆動を加速させた。


「ンの野郎――――!!」


 なんでまたそんな事をしたのか、自分でも良く分からない。その神聖術科の院生がリサデルなのか、確認もしていないのに。

 俺は錬金駆動の前輪で兵士の一人を撥ね飛ばし、勢いのまま輪乗りのように一周して、群がる槍兵たちを蹴散らした。


「大丈夫か!」


 声を掛けると、座り込んでいた女生徒は、ハッと顔を上げた。整った顔の左右に長く伸びた耳はエルフ族に違いない。「今の内に逃げろ!」と促すと、彼女は俺のこじ開けた合間を縫って、階段の方へと駆け出していった。

 女生徒がリサデルでは無かった事で余計に複雑な心境になったが、敵の真っ只中に突っ込んでしまった事には変わりはない。ここはとにかく逃げ出すのが先決だ。しかし、気を取り直して鞍に腰を落とした俺の頭の上を、ふっと大きな影が遮った。


「おおっと、そう簡単には逃がさないわよ」


 デカい図体に似合わない甲高い声を上げ、巨大なハンマーを担いだ大男が片手を広げて立ち塞がった。 

 俺は岩のような男の巨躯よりも、その身に着けている牛を模した鎧に目を奪われた。それは山王都が保管しているとされる、六大神の一柱『生命神』の坐する牡牛を模した『聖牛の鎧』に間違いは無い。そして、全身を覆う真紅のマント……こいつ、聖堂騎士か!


「あなた、妙な物に跨ってるわね。魔導院では流行っているのかしら? そういうの」

「まあね。山王都のド田舎じゃあ珍しいだろ? こういうの」


 半笑いで言い返してやると、大男はフッホホホと、やけに薄気味悪い声で嗤い返してきた。


「ところであなた、どこかで会った事があったかしら。その銀髪、見覚えがあるわ」

「はははっ、お前なんか見た事ねぇよ。商売柄、人の顔は忘れない性質(タチ)でね。オカマ騎士なんてインパクトのあるヤツは忘れようが無いって」

「ふほっ、その減らず口も何故か覚えがあるわ。ほほほっ……どうしてかしら? その銀髪、今すぐに毟り取ってやりたい気持ちになってきたわ」


 大男がその図体に相応しい巨大なハンマーを構えるのを見て、俺は胸ポケに挿しておいた魔術偽典に指を掛けた。ドラゴンとの闘いに備えて温存しておきたかったが、一介の武器屋であるこの俺が真面に()り合って勝てる相手とは到底思えない。


「うぉら死ねぇえ――――い!!」


 鉄槌を振りかぶった男のドテッ腹に一発カマしてやろうと魔術の巻物を抜き放ったその時、紅蓮の閃光が俺の眼前を横切った。


「ぐぼろあらっ!!」


 奇っ怪な悲鳴を上げ、大男は兵士たちを巻き添えにして吹っ飛んでいった。

 突然、鮮血の色をした長い髪が目の前にふわりと舞った。


「隊長!!」


 辺りを睥睨するダークエルフの姿は、正に戦場の女主人だ。その圧倒的な闘気に当てられたか、槍を構えた兵士たちが怖れをなしたように後ずさった。

 しんしんと降る雪の中で、その褐色の肌と紅蓮の髪は強烈な存在感を放っていた。


「すまない。伏兵の始末に手間取った」


 ネイトは散歩でもしてきたような呑気な口調で言ったが、ぴったりとした錬金レオタードに身を包んだ全身は、大小さまざまな傷を負っていた。


「隊長、その身体は……」

「なっ、なんだ? イヤらしい目で見るなっ」


 慌てて胸元を隠した腕は(たお)やかな女性のそれでは無く、戦闘用の鋼鉄の義手だ。


「気にすんな。お前がどう思おうが、この目付きは生まれつきだ。ンな事より俺に考えがある」

「また得意の悪巧みか?」

「悪巧み言うな。とにかく聞いてくれ。敵は強いが治療班も補給部隊も見当たらない。って事はヤツらは短期制圧が狙――――」


 言いかけた俺の耳が、ブゥウンと空気が唸る音を拾った。危ない! そう思った時には、すでにネイトの放った拳が背後に立っていた大男の腹に突き刺さっていた。


「私は話の途中に割り込まれるのが嫌いだ」

「ふほほ……女の弱々しい拳なぞ、陛下から賜ったこの『聖牛の鎧』には通用せぬわ」


 弾かれたように距離を取るネイトと聖堂騎士の間にビリビリとした緊張が走る。巻き添えを恐れてか、山王都の兵士たちは互いに顔を見合わせて動けないでいるようだ。


「黒い肌に鉄の義手……あなたが噂の『錬金仕掛けの腕(アームズ)』のネイトね。魔導院最強の闘士と聞いているけど、その実力、如何ほどの物かしら」

「試してみるがいい」

「ふほほほほほ! まったく、魔導院は口の減らない者が多いわね。良いでしょう。この『聖鎚のゴレストン』が、陛下より賜わりし聖鎚でもって一撃の元に屠って――――」


 すっ、とネイトの身体が沈んだ次の瞬間には、俺の視界から彼女の姿は消えていた。


「私は長い話が嫌いだ」

「ばっ、馬鹿な……!? 陛下より賜りし『聖牛の鎧』がぁ!!」


 信じられない、そんな顔しして大男は苦しげに血を吐いた。ネイトが拳を引き抜くと、鎧の腹部がベッコリと凹んでいるのが見えた。

 信じられないのは俺も同じだ。『聖牛の鎧』は英雄遺物に次ぐ、伝説に名を残す武具の一つだ。それがパンチ一発で破壊されるとは……なんて、なんて勿体無いんだ。

 ずどぉん、と地響きを上げて巨体が地に伏した。ただの一撃で聖堂騎士が撃破された現実に、兵士たちの顔に動揺が走るのが見て取れる。


「隊長! 後ろに乗ってくれ!!」


 呆然とする兵士たちの隙を突いて錬金駆動を走らせると、ネイトが後部座席に飛び乗り、俺の腰に手を回した。


「とりあえず離脱する。しっかり掴まって!」

「分かった。こっ、こうか?」

「た、隊長、しっかり掴まり過ぎだって! うぐぐぅ……しっ、死ぬ俺が死ぬ!」

「ああ、すまん……でも、前にもこんな事があったな」

「え? 何か言ったか?」


 全速力で敵陣から離脱すると、ようやく落ち着いて戦況を把握する事が出来た。 例のオカマ騎士が倒れた所で、山王都の波状攻撃には微塵の乱れも無いようだ。と、いう事は指揮官は別にいる。


「隊長、さっきの続きだ。ヤツらは部隊を多数展開しているくせに不気味なくらいに統制が取れている。それは有能な指揮官が采配しているって事だ」

「では、そいつを討てば良いんだな」


 ネイトが気合いの入った声を上げると、背中越しに密着していた柔らかな肉体が鋼のように硬くなった。女の子の身体ってのは、もっと素敵なモンじゃ無かっただろうか。


「さすが隊長、話が早い。で、どうする?」

「カース、このまま敵陣に突入してくれないか。お前は操縦だけに気を配ってくれればいい。お前の身体は命に代えても私が護る」

「……分かった」


 ここで引いたら男が廃る。俺は覚悟を決め、前だけを見据えて錬金駆動を加速させた。風を切る音が変わり、グングンと敵陣が近づいてくる。


「行けぇ――――!!」


 俺とネイトは示し合わせたのでも無いのに同時に叫んでいた。

 俺はとにかく錬金駆動を駆る事だけに集中し、スピードを殺さずジグザグに敵陣を切り裂き、反対側に突き抜けた。すると階段の方からは大きな歓声が、どよめく声が山王都側から上がった。


「カース、目星は付いたぞ。二列目と三列目の間に赤マントが三人いる。そのどれかだ」


 首だけで振り向くと、ネイトはいつの間に強奪したのだろうか、長槍を手にしていた。


「そこを目掛けて突っ込んでくれ。一撃で仕留めてやる」


 そう言ってネイトは腰を浮かせ、頭上でブンブンと長槍を回転させた。すると、防衛隊からは再び大きな歓声が上がった。きっと、傍から見たら突撃する槍騎兵みたいに見えるんだろうな。何だか幼い頃に憧れた騎士みたいじゃないか……って、俺は馬の役か。

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