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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
最終章 彼女の愛は世界を壊す

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第194話 宣告なき急襲

「私の為って……それは、どう言う意味なの?」 

 

 私の理解力が足りないだけなのか、それともルルティアの『知恵』のステータスが高すぎるからなのか、じっと、強い眼差しを向けてくる彼女の真意が全く分からない。


「半身を焼かれ、死にかけていたヴァーミリアンが、それでも手放さなかった炎の両剣水晶ダブル・ターミネイテッド。それは、私が持てる全ての技術を注いでも得る事の出来なかった超高純度の魔陽石だったの」

「超高純度の魔陽石?」


 私はふと、部屋を照らす天井に埋め込まれた魔陽灯を見上げた。それは今や学院都市だけでは無く、大陸の遍く所に普及している便利な照明器具だ。だけど、私はあまり魔陽灯が好きでは無かった。アリスの言葉を借りるのなら「温かみを感じない光。嘘っぽくて嫌い」。そう、私も同じように感じていた。

 ルルティアは突然、右手を掲げて、パチンと指を鳴らした。すると、一度に部屋中の魔陽灯が明るさを増した。目が眩むような強い光に、私は反射的に天井から顔を逸らしていた。


「リサデル、神聖術師の貴女なら薄々気が付いているでしょう? 魔陽石とは何なのか」

 

 ――――ルルティアの研究所である、このフロア全体に漂う説明の付かない不穏な雰囲気。

 ――――『琺瑯質の瞳の乙女(オリンピアン)』と擦れ違う度に感じる、濃厚な呪いの気配。

 

「どうして魔陽石が古戦場や、過去に大災害の起きた地域から大量に採掘されるのか」

「まさか……」


 辿り着いてしまった真実に、全身に震えが走る。

 未だにチカチカしている目で、ルルティアの顔を見返した。彼女の双眸は落ち窪んだ眼窩の底に沈んでしまっていて、窺い知る事が出来なかった。


「人は死の直前に何を想うのかしら? 痛い。苦しい。死にたくない……もっと生きたい! どうして? どうして私がこんな目に!?」


 強い口調で捲し立てた途端、ルルティアは激しく咳き込み始めた。慌てて駆け寄ると、彼女は「大丈夫よ」と苦しげな息を吐いていたが、拭った手の甲には血の跡が残っていた。


「人は死の間際に光を求める。だからこそ、魔陽石は光を放つの。では、『辰砂の杖』に込められた想いとは?」


 ルルティアは一呼吸置き、演説するかのように両手を広げた。朗々と語るその唇が、拭いきれなかった血液のせいで真っ赤な口紅を塗ったかのように見えた。

 

「それは英雄が遺した燃え上がるような怒りの結晶。それは呪物を砕く英雄遺物、『鋼玉石の剣(コランダム)』の失われた剣身だった……それを知った私は『辰砂の杖』に宿る炎なら、『王の剣』を焼き滅ぼす事が出来ると考えた。リサデル、貴女の為に。そして――――」


 あの人の為に、とルルティアは小さく呟き、そして続けた。


「私はリサデルを自由にしてあげたかった。籠の鳥のように女子寮に閉じ込められた寮長さんを」

「自由? 私に自由を?」

「リサデルが『女王計画』に従って、アリスに『王の剣』を取らせようとしていたの、私、知っていたの。でも、仮にアリスが新たな女王となったとしても、貴女は決して自由になれない。英雄遺物『聖女の救済(エイフェミア)』の所持者である貴女には、自由なんて訪れるはずが無いから」

「あなた、そんな事まで知っていたの……」


 目を瞑ると、過去の記憶が瞼の裏を過った。


 お洋服屋さんになりたかった、幼い頃の私。

 焼却炉に放り込まれる、可愛い布地と大切にしていたお裁縫箱。

 そして、(イバラ)の鞭を振るい、私に神聖詠唱術を叩き込む祖母の恐ろしい形相。


「見て。雪が強くなってきた」


 目を開けると、いつの間にか窓辺にいたルルティアが、私に向かって手招きをしていた。

 誘われるまま外を覗いてみたが、勢いを増した降雪なんかよりも、街全体に広がり始めた炎と黒煙に目を奪われた。


「世界はこんなにも美しい物を生み出せるのに、人間って本当に馬鹿ばっかりね」


 そう呟くように言ったルルティアの横顔を見る。

 病魔に蝕まれ、潤いを失ってしまった肌。血の気のない、痩せてしまった頬。それでも落ち窪んだ眼窩の奥の瞳は輝きを失っていない。こんなに衰えてしまっても、いや、だからこそ彼女は、一片の無駄も無い研ぎ澄まされた美しさを、確実にその身に湛えていた。


「湖の対岸に陣を張っているのが海王都の軍勢。街を燃やし、魔導塔(ここ)に攻め寄せて来ているのが山王都の軍勢。ふふっ、血気盛んな聖女王(アグライア)らしい。それに対して静観を選び取った海女王(ラティスレイア)はさすがに賢明ね」


 まるで戦術家のような口ぶり。この子は本当に、底が知れない。


「この事態も、あなたが仕組んだの?」

「いいえ。ここまで魔導院を取り巻く環境が悪化したのは、(ひとえ)に長老会議の無策のせいよ。リサデル班が地下七階に到達したのを契機に、『女王計画』に賛同してた教授会が暴走したの。それが、この惨状の原因ね」


 すっと伸びてきた白い腕が、悲しいくらいに冷たい掌が、私の手を取った。そしてルルティアは、私の手首を飾る銀のバングルを愛おしそうに撫でた。


「でも安心して。手は打ってあるから。ネイト、そこに居るんでしょう?」


 ルルティアが部屋の外へと声を掛けると、控え目な音を立てて扉が開いた。


「二人の邪魔をしてはいけないな、と思ってね。もう、話は済んだのか?」


 軽く屈むようにして部屋に入ってきたのは、『錬金仕掛けの騎士団』の副指令、ダークエルフのネイトだった。長身の彼女にとって、ルルティアの身体つきに合わせられた研究所内の造作は、ちょっと窮屈みたいだ。


「報告がある。敵勢力に第三街区まで突破された。それに、第六街区まで延焼が広がっている。東西の橋は落ち、南北の橋は寝返った風紀委員会の手によって封鎖された」

「戦況は?」

「志願を募った訳でも無いのに、学院の生徒たちは善く闘っているよ」

「屋外訓練中に突然、襲撃を受けた(てい)だからね。宣告も無く(いわ)れのない攻撃を受ければ誰だって頭に来るわ」

「策士だな、ルルティア」


 鋼鉄の手甲(ガントレット)のような腕を組んで、ネイトは豪快に笑った。

 私は口を挟む事も無く、戦況について語り合う二人の顔を交互に見遣った。


「それで、海王都の軍勢はどうしている?」

「湖上の小島に配置された魔術科の生徒たちと睨み合っているよ。弓矢の一本でも射掛けたら最後、猛烈な魔術の反撃に遭うと、向こう側も分かっているのだろう。しかし……」

「しかし、なに?」

「よく魔術科の生徒をあんな所に配置出来たな。どんなカラクリだ?」

「ふふふっ、寒中水泳大会を企画したの。内通者を欺くには、まずは味方からよ。それで被害の規模は?」

 

 それまで、にこやかな笑みを浮かべていたネイトだったが、一瞬、逡巡するように黙り込んでから厳しい表情で口を開いた。


「戦力的被害は軽微だが、奴らは殲滅戦のエキスパートだな。第五街区までは壊滅的な状況だ。若年女性を中心に多数の死傷者が出ている。人間族に限らず学院都市にいる女性を無差別に殺害するつもりらしい」

「それって、まさか!?」


 思わず口を挟んだ私に、ルルティアが頷いてみせた。


「山王都はね、第三王女(アイリスレイア)を自称する大逆人を誅殺するのを理由に攻め入ってきたの。彼らの狙いはアリスただ一人」

「そ、そんな!」

「海王都の軍勢の手前、山王都は少数精鋭部隊で魔導塔を制圧するしかない。おそらく『聖堂騎士団(セイクリッド・ガーズ)」を投入しているはずね」

「聖堂騎士団……」

 

 聖女王より賜った『真紅の聖衣(ガーヴ・オブ・ローズ)』を羽織る事を許された精鋭騎士団。一人が一部隊に匹敵するとも言われる屈強な騎士たちが、アリスの命を狙っているなんて……


「そんな顔をしないで、リサデル。その為に隊長が来てくれたんだから」


 そう言ってルルティアが逞しい鋼鉄の腕を取ると、満更でも無い顔をしたネイトはルルティアの細い腰を抱き寄せた。


「感謝しているよ、ルルティア。君は私に闘う力と意味を授けてくれた」

「貴女は魔導院の最強の闘士、『錬金仕掛けの腕(アームズ)のネイト』よ。あんな田舎騎士たちなんかに負けないで」

「ああ、我ら『錬金仕掛けの騎士団(アルキャミスツ)』こそが最強の戦闘集団だと大陸中に知らしめてやろう。ところで……」

「ルルモニなら早朝、猫の森へ向かったわ。今頃は猫と遊んでいるんじゃないかしら?」

「そうか。では、私に恐れる物は何も無いな。ありがとう、ルルティア。私は行くよ」

「ダークエルフの女将軍様、大スキよ」


 二人は名残惜しそうに見つめ合ってから身体を離した。

 颯爽と身を翻して立ち去るネイトの背を、ルルティアは熱っぽく見守っていた。同性同士だというのに、まるで恋人のような二人の姿に、何故か私は嫉妬を覚えていた。


「急に静かになっちゃったね」


 ネイト率いるアルキャミスツが出払うと、研究所内は普段の静寂を取り戻した。この間にも甲斐甲斐しく働いているであろう錬金人形たちは気配を発しないから、それも当然だと思う。

 ただただ、水槽の底から立ち上る空気の泡だけが、断続的に音を立てていた。

 

「さて、シンナバルの調整を終わらせないと」


 静寂を破ったのは、ルルティアの方からだった。


「ねえ、ルルティア。調整が終わったらシンナバルはどうなってしまうの? その……ヴァーミリアンとかいう殺人鬼になってしまうの?」


 私の問いにルルティアは眼鏡に手をやり、彼女にしては長考してから返事をした。


「二人の記憶が混在した新たな人格が発生すると私は予測している。どちらが優位になるのかは分からないけど」

「そう……シンナバルが居なくなってしまったら、目を覚ました時にアリスが悲しむわね」

「シンナバルという存在が、全く損なわれる事は無いと想定しているの」


 窓を背にしたルルティアが微笑むと、まるで後光に照らされた儚げな聖女が微笑んでいるように見えた。


「この手で作ったんだもの。私だってシンナバルを可愛く思ってるわ。それに彼を被験体にした錬金人形をより人へと近づける為の実験が中断したままだし……」


 また研究者らしい事を言い出した……そう思った時、ルルティアを照らす後光が強くなったように感じた。いや、気のせいじゃない。みるみる内に強さを増してきた光に強い魔力を感じる。この光は地下七階で見た――――


「ルルティア! 伏せて!!」

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