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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
最終章 彼女の愛は世界を壊す
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第187話 呪歌の歌い手

「女王計画を理解してもらうには、また昔話を聞いてもらうことになるよ」


 ボクは冷たいミルクで唇を湿らせながら言った。


「構いやしないさ。時間は……まだある」


 (おもむろ)に窓の外を見るディミータ。頭頂にピンと立った耳が、ピピッと震える。

 ボクはどうも、外の様子ばかりを気にしている彼女の素振りが気になった。


「ねえ、さっきから外を気にしているみたいだけど?」

「だから構いやしない、って言っただろう。お前が女王計画について一つも隠さずに話したら教えてやるよ」


 頭上から降り注ぐ、氷のように冷たく尖った声。やっぱりボクは、このディミータという女性が苦手だ。


「君は……プラティナがリュカルオンを殺めた事実を知っていたね」

「どっちかが呪物に当てられたんだろ? ルルティアがそう言ってたよ」

「呪われたのはリュカルオンだった……だけどあの時にはもう、プラティナも呪いに蝕まれていたのかも知れない」


 ボクはディミータの金の瞳から逃れるように、暖炉の炎へと目を移した。



 *



 あの日、プラティナを中心としたボクらのチームは、六階までしか無いと思われていた地下訓練施設に隠された『地下七階』への階段を見つけたんだ。

 新発見の驚きと興奮に、ボクらは探索の疲れも忘れた。だけど、何かを守るように地下六階フロアを巡回するドラゴンとの戦闘にプラティナら前衛は消耗しきっていた。


「一度、魔導院に戻って報告をしよう」


 リュカルオンの一言に皆が頷いたんだけど、一人リズリサだけが反対したんだ。


「地下七階があると知れたら、魔導院が調査し終わるまで地下には立ち入りが出来なくなるかも知れません」


 リズリサの意見に、チームの誰もが反論することが出来なかった。

 確かに未踏破地帯の調査との名目で、一週間近くも地下訓練施設自体が利用出来なくなることが度々あった。丸々ワンフロアの調査となれば、一か月どころか半年は立入り禁止になるかも知れない。地図を描く事にすっかりハマっていたボクは、そんなに長いこと地下に潜れなくなるなんて、とてもじゃないけど我慢ならない。

 

「どんなトコなのか、ちょっとだけでも見て行こうよ。敵が現れたらソッコー逃げる、って事にしてさ」


 マッピングだけでしかチームの役に立てないボクは、安易にリズリサに同調した。進む派が2名。


「いや、せめて休養を取り、体力を回復させてから臨もう」


 尖がったルックスに反して慎重派のトートと、うんうん頷くリュカルオン。戻る派が2名。


「拙者はどっちでも良いぞ」


 どっちでも良いのが1名。

 進む派2名と、戻る派2名の視線が、チームリーダーのプラティナに注がれる。


「よぅし! 折角ここまで来たんだし、覗いて行こっか!」


 その返事にリズリサは、プラティナの手を取って喜んだ。プラティナはビックリしていたけど、困ったような照れ臭そうな顔をしていた。

 事あるごとにいがみ合う二人の姿に見慣れていたボクは、驚きつつも嬉しくて仕方なかった。だってボクは、プラティナと同じくらいにリズリサの事も大好きだったから。

 お洒落やお化粧に敏感で、ボクやプラティナの服を仕立ててくれる、女の子らしくて優しいリズ。


 でも、彼女は知っていたんだ。

 地下訓練施設の最奥に、何が眠っていたのかを。






「ここは多分……物置? んんん、それとも倉庫かな?」


 地下七階の天井を見上げ、思ったまんまを口にすると、すぐにトートが訊き返してきた。


「セハトは何でそう思う?」

「奥から風が流れているし、通風孔が見える」

 

 空気の匂いを嗅いでも、埃っぽさを感じこそすれカビの臭いはしない。

 ボクは腰に吊るしたガラスの筒を手に取った。ドワーフ族の職人が作ったこの精密な温湿度計は、微細な気温変化も逃さない。刻まれた細かい目盛は、さっき確認した時と比べても毛ほども動いていなかった。


「随分と古い時代に造られたみたいだけど、このフロアは温度と湿度が一定になるように設計されたとしか思えない。凄い建築技術だよ」

「ほほう。そりゃあ、まるで酒蔵みたいじゃのう。と、いう事は円熟の大古酒でも眠っているかも知れんの」


 ホーザンは舌舐めずりをして、床一面に並べられた古びた木箱に手を伸ばした。


「こらあ! 余計な物を触んない、って約束したばっかじゃないか!」

「ふほほほ……分かっとる、分かっとるがな」


 強く窘めると、ホーザンは名残惜しそうに手を引っ込めた。

 もおーっ! とワザとらしく頬を膨らませながらも、ボクは何の変哲も無く見える木箱の中身を危惧していた。この配置、大きさからして中身は恐らく……そうなると、ここは遺体の安置所なのだろう。

 ぞっ、とするような光景を前に、ボクの本能が警告を発していた。


 ――――早く地上に戻れ


 だけど、魂の底から湧いてくるような好奇心が足を前に進ませた。あと1ブロック先に、あの扉の向こうに何が待っているのだろう。

 そしてボクらは静かに横たわる木箱の中心に、墓標のようにして立つ黄金の大剣を見つけた。

 そこから先、何が起きたのかはあんまり良くは覚えていない。

 ただ、突然に走り出したリュカルオンが、黄金の剣を掴んでリズに斬りかかったんだ。

 迸るような怒号と叫び声。それから悲鳴と泣き声。

 そして、己の血の海に溺れ喘ぐリズリサが口遊んでいたあの歌。


 

 折れた羽根は太陽を目指す

 お前の翼ならば届くだろう


 狂いし王は歓喜に震え 

 民に滅びを……


 *



「それで、その『リズリサ』って女は、いったい何者だったのよ?」


 腕組みをしながら話を聞いていたディミータが訊いてきた。


「彼女は、王弟であるリュカルオンの幼馴染であり教育係であり、従者だった。そして、女性としてルカを愛していた。リズは心の奥底ではプラティナを憎んでいたんだ」

「あははっ! 男の奪い合いか」


 ディミータは甲高い笑い声を上げながらも、大して面白くもなさそうに吐き捨てた。


「で、それがどう女王計画に繋がるのよ?」

「黄金の剣が呪物だと気が付いたプラティナが『鋼玉石の剣(コランダム)』でルカを斬り付けた瞬間、トートの第七位魔術『空間転移』でボクらは地上へと帰還した。だけど、詠唱も準備も無いままに発動した最高位魔術は、ボクらのチームに壊滅的な被害を(もたら)した」

「第七位魔術『空間転移』か……」


 ディミータは、すうっと目を細めて、小さく息を吐いた。

 現在の魔導院では、その行使に著しい制限を設けている最高位魔術『空間転移』。それは術者が思い描いた空間を任意の場所と丸ごと入れ替えるという、『遺失魔法(ロスト・コデックス)』に近しい秘術だ。

 正しい手順を経て行使した場合でも術者に多大な負荷が掛かる『空間転移』を無謀な形で発動させた代償に、トートは魔術師としての能力を失ってしまった。

 

「トートは魔力を失い、プラティナは酷く目を傷めてしまった。そしてリズは瀕死の重傷を負い、ルカはもう……駄目だった」


 ルカの亡骸を抱いたプラティナの絶叫が、今も耳の奥にこびりついている。


「そして、辛うじて無傷だったボクとホーザンの二人で、ルカの棺と一命を取り留めたリズを山王都へと送った」


 ボクらはリュカルオンの亡骸を、彼の生まれ故郷に埋めてあげる事が出来なかった。

 『異国で命を落とした王族の端くれなど、不名誉なだけである』と、聖王都はルカの遺体を引き取る事すら拒否したんだ。


 ホーザンの提案に従って、ヤマトの国の習慣に倣ってルカを送る事にした。参列者はたった三人だけの寂しい葬儀だった。

 人の気配の無い北風の吹き荒ぶ海岸で、ホーザンは東国の祈りを呟きながらルカの遺体に火をかけた。たちまち燃え上がったリュカルオンの前で、リズリサは喉が裂けるような慟哭を上げ続けていた。

 そうしてボクらは燃え残った骨と灰を海に撒き、リュカルオンを送ったんだ。


「リズとホーザンとも別れて山王都を後にしたボクは、そのまま学院都市に帰る気にもならなくて大陸中を巡ったんだ。自分としてはそんなに長く放浪していたつもりは無かったんだけど、やっと気持ちの整理が付いた時には何年も経ってしまっていた」


 人伝えにプラティナが武器屋を始めたと聞いて、ボクは数年ぶりにあの長い橋を渡り、学院都市に戻ってきた。

 不安と期待で胸をいっぱいにしてプラティナの店の扉を開く。だけど、そこで出迎えてくれたのは傷ついた親友では無く、白銀色の髪とルカの面影を強く受け継いだ美しい少女だった。


 ――――わたし、スティル! あなた、おなまえは?

ちょっと短めですが、早く執筆再開してお届けしたかったもんでして……

この意気込みだけは買って下さい(陳謝)

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