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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
最終章 彼女の愛は世界を壊す
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第186話 計画の終りに

「ディミータさん……あんたも何か知ってたんだな。知っていたくせに、素知らぬ振りして俺の店に通っていたんだな」


 抑えきれない怒りの籠った彼の詰問に、ディミータは眉ひとつ動かさずに答えた。


「だってさぁ、カースって天の邪鬼じゃない? 他人の事なんて関心無さそうな顔してるクセに首突っ込みたがるし、冷めてるフリして、すぐ熱くなるでしょ?」


 的確すぎる指摘に、彼は唇を噛んで目を伏せた。そう、そんな所もプラティナにそっくりだ。だけど彼はプラティナでは無い。ただ、彼がせめてプラティナの能力の半分でも、その身に受け継いでくれていれば。


「でもね、私が長老会議の正体に気が付いたのは、ついさっきなの。お姉さんったら、完全に見た目に騙されていたわぁ」


 ボクの顔をチラチラと盗み見るディミータの忍び笑いが耳に付く。


「私ったら、てっきりブランドフォード家の人間が長老会議の一員なのかと思ってたわ。でも、君はリサデルも利用してたのよねぇ、セハトくぅん」

「……お前はボクの計画を邪魔しに来たのか? 『錬金仕掛けの騎士団(アルキャミスツ)』はそんなに暇なのか」

「あはあはあは。いいわぁ、その物言い。黒幕っぽくてステキ。でもね、お姉さんはアルキャミスツの研究主任の命で来たの。お仕事なのよ、オ・シ・ゴ・ト」


 ディミータは足元に絡みついていた黒猫を抱え上げて、何が何だか分からない、といった顔をしている彼に向き直った。


「ねえ、カース。ルルティアの計画は素敵よ。なんたって、あんたの事を一番に思って考えてあるんだもの」

「俺の為の……計画」

「そうよ。私は満足には動けないルルティアの手となり足となり、彼女の練りに練った計画の手助けをしていたの」

「ディミータさんがルルティアの手助けを? 何の為に?」

「長老会議の計画を御破算にする為よ。それが私の復讐なの」


 エレクトラに頬ずりをしながら、ディミータはボクを見て嗤った。

 ただ、笑わない金色の瞳だけが、冷たくボクを心を射抜いている。


「さあ、魔導塔でルルティアが待っているわ」

「駄目だ! 行っちゃダメだ!」


 ボクは叫ぶしかなかった。駄目なんだ。いま、魔導塔に行ってはいけない。


「あら? どうして魔導塔に行っちゃダメなのかしら?」

「そ、それは……」


 その時、微かだけど確かな振動が足元に伝わってきた。窓枠がカタカタ震え、ディミータの腕の中で黒猫が鳴いた。


「な、なんの揺れだ? こりゃ地震か? 学院都市で地震なんか、産まれてこのかた経験無いぞ」

「地下からドラゴンが上って来てるのよ」

「ドラゴン? ンな馬鹿な!? 魔導院の封鎖結界は鉄壁のはずだ!」

「王の剣は所有した者の願望を叶える英雄遺物。それくらいの力を持っていてもおかしくないわ」

「王の剣だって!? 誰かが手に入れたのか?」

「中途半端に資格のある者が手にしちゃったのよ。あんたも見覚えあるでしょ? 『装備条件』を満たさない者が『力ある武具』を装備したらどうなっちゃうのか」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 誰が王の剣を手に入れたんだ!?」

「そんなの誰でもイイじゃない。ほら、店のどっかに『竜殺しの剣』とかあったでしょ? それでチャッチャとドラゴンやっつけんのよぅ」

「なに言ってんだよ!? なんで俺がドラゴンなんかと!」

「それであんたは魔導院を救う英雄になれるのよ。憧れてたでしょ? 竜殺しの英雄に。リーザ姫の聖騎士に」

 

 まるでミュージカルのように歌いだしたディミータは、そこにはいないドラゴンを相手に見えない剣を振るい、舞い踊った。両手に抱えたエレクトラは時に聖剣に、時にはリーザ姫に見立てられた。


「それがルルティアの計画なのか」


 やっと一言だけ、ボクは言い返せた。

 一時、立ち止まったディミータは、鼻白んだ様子で肩を竦めてみせた。


「そんな行き当たりばったりの計画をルルティアが立てると思う? ドラゴン退治は付録みたいなものよ、おまけなのよ。オ・マ・ケ」

「そんなの無理だよ。彼の能力では暴走した……いや、あのドラゴンを倒す事は出来ない」

「そうかしら? 御陵士郎の犠牲でもって、かなりの深手を負わせたわ。ま、倒しきるには『鋼玉石の剣』か『辰砂の杖』のどちらかが必要だけど」

「おっ、おい! シロウが何だって!? 犠牲って、どういう意味だよ!!」


 彼は動揺を抑えきれずにディミータに詰め寄った。だけど、軽やかに舞うディミータは、するりと逃げるようなステップを踏んだ。

 広いとは言えない店内を、エレクトラを両手に抱え上げてディミータは優雅に踊る、巡る。


「そう思うと鳳山の息子もトートの娘も、あんたらの計画の犠牲者よね」


 そう呟いてディミータは、ボクの前で突然、足を止めた。

 不気味な沈黙に耐えきれなくなって顔を上げると、彼女は長身を屈めてボクの顔を覗き込んできた。


「これから私は、あんたが隠そうとしている事も含め、全てをカースに話す。それを聞いてどう行動するかは彼次第よね」

「止めてよ! ボクらがどんな想いでここまで計画を進めてきたと思っているんだ!!」

「そんなの知ったこっちゃないわ。さっき言ったでしょ? 私の目的は、長老会議の計画を台無しにする事なんだし」

「何でそんな……」

「何でそんな、って笑わせんじゃないよ。アリスもリサデルも……そうね、シンナバルですら計画の犠牲に捧げたくせに」

「だって、仕方が無いじゃ――――」

 

 ディミータの白い腕が獲物を見つけた蛇のように伸びてきて、ボクの喉を鷲掴みにした。

 ギリギリと喉を締め上げる握力に悲鳴すら上げられない。だけど呼吸が出来ない苦しみよりも先に、視界が急速に暗くなっていく。


「仕方が無いだと……ふざけんじゃないよ!」


 だって、仕方が無いじゃないか。ボクは頭が悪いんだから。

 みんなが考えた計画を進める事しか、ボクには出来なかったんだ。

 でも、本当に仕方が無かったのかな。

 ボクにはもう……分かんないよ。


「ディミータさん、止めてくれ! セハトが死んじまう!」


 君は優しいな。ボクは散々に君を騙し、欺き、裏切ってきたというのに。

 とことん疑り深かったプラティナとは大違いだよ。

 ああ、そっか。そういう所はルカに似たのかな。

 いいや、それとも――――

 


 








「セハト、起きて」


 促されるまま目を開けると、ライムグリーンの瞳とバッチリ目が合った。

 アリス? いや、違う。似ているけど、もっと明るい優しい色をした瞳。


「話の続きを聞かせてくれる約束でしょ?」


 辺り一面が光り輝いているように眩しくて、ボクの隣に座っているのが誰なのかが分からない。だけど、そこから感じるのは、とても懐かしくて、とても大切にしていた誰かの気配。

 

「ごめん……何の話だったっけ?」

「ひどーい。忘れたの? 旅の話だよ」

「ああ、そうだったね。ちょっとウトウトしちゃってさ」


 気配の主を逃がしたくなくて、ボクは話を繋げる事にした。


「じゃあ、どこに行った話をしようか?」

「ん~とね、ん~とねぇ」


 舌ったらずな幼い声。たぶん、女の子。


「お父さんとお母さんと、一緒に行った所の話が聞きたいな」


 お父さんとお母さん…… 

 ボクは眩しいのを我慢して、薄く目を開けてみた。

 真っ先に目に入ったのは、月光を浴びた滝のように落ちる長い髪。

 ボクは思わず、その愛して止まなかった銀色の髪に手を伸ばした。


「セハト、どうしたの?」

「スティル、ボクは……」

「どうして泣いてるの?」

「ごめん、ごめんよ。ボクは君を……」


 きらきら輝く長い髪に指先が届きかける寸前に、スティルはすく、と立ち上がった。


「わたし、もう行かなくちゃ」

「待って! まだここに居てよ!」

「お父さんとお母さんが呼んでる」


 たたたっ、と駆ける小さな足音が遠ざかっていく。

 ボクは床に横たわったまま、スティルが走り去った先に顔を横向けた。


「ねえ、スティル。そこにルカとプラティナがいるの?」


 溢れる涙のせいで、何もかもが滲んでしまっていた。

 涙ひとつ、ボクは思い通りに出来ないんだ。


「ごめんね……ボクは君を守ってあげられなかった」


 ボクは誰の為に、何の為に泣いているのだろう。

 もしかしたら、自分の為なのかも知れない。










 目尻に擦り付けられる、しっとり柔らかいくせに、妙にザラザラした感触。

 ハッとして半身を起こすと、びっくりしたようにエレクトラが飛び退いた。

 一目散に黒猫が逃げて行った方へと顔を向けると、ディミータが暖炉に向かって服を乾かしていた。ぴったりとしたタイツ状の服のせいで気が付かなかったけど、彼女もボクと同じくビショ濡れだった。

 ぼうっ、とした頭でディミータの姿を眺めているうちに、店内に彼の姿が無い事に気が付いた。


「彼は――――」


 どこに行った!? そう言い掛けたところで、痛みを伴う咳が止まらなくなった。

 喉を押えて、どうにも止まらない咳に苦しんでいると、目の前にマグカップが差し出された。殆ど無意識にそれを受け取り、冷たくてコクのある液体を飲み干すと、やっと人心地ついた。


「カースは魔導塔に向かったよ」


 マグカップから顔を上げると、ディミータと至近距離で目が合った。だけどもう、錬金仕掛けの瞳からは危険な色は消えていた。


「全部……話したの?」

「ええ。私の知っている事は全部ね」

「そう……」


 魂が抜け出ちゃうんじゃないか、ってくらいに長い溜息を吐いて、ボクは空っぽになったマグカップの底を見つめた。


「どうしてボクを殺さなかった?」


 マグを傾けて、ちょっぴりだけ底に溜まった牛乳を転がしながら、独り言みたいに呟いてみた。


「あんたを殺して、私に何の得があんのよ?」


 呆れたような声が返ってきた。きっと、彼女は小馬鹿にしたような表情を浮かべているに違いない。


「だって、復讐って……」

「私の復讐は”長老会議の計画を台無しにすること”って、さっき言ったでしょ。聞いてなかったの?」

「だから、ボクが長老会議の一人で……」

「本当に、あんたが生きててくれて良かったわ」


 音も無く歩み寄ってきたディミータが、ボクの手からマグカップを取り上げた。


「墓石を蹴とばしたって、空しいだけだからね」


 重石みたいな捨て台詞を吐いて、ディミータはどこかに行ってしまった。


「……それが君の復讐なんだね」


 生き残ったボクに計画の終焉を見せつける事が、彼女の復讐なのか。

 多くの犠牲を払い、何十年もの年月を掛けたのに、ボクらの計画は無意味に終わってしまった。

 このまま彼が死んでしまったら、リュカルオンを、スティルを呪殺した『王の剣』を破壊するのは数十年後、いや、もしかしたら『鋼玉石の剣』を操れる者の血筋が途絶えてしまうかも知れない。

 悔しさと後悔に両手を握り締める。そうだ……今ならまだ、追いかければ間に合うかも知れない。

 

「追いかけたってムダだよ」


 心を見透かしたような一言に思わず振り向く。すると、ボクの背中に張り付くような位置にディミータが立っていた。


「ほれ、ミルクのおかわりだ」


 余りの近さに驚いて後ずさってしまったボクに、ディミータはなみなみとミルクに満たされたマグカップを再び差し出してきた。


「飲め」


 マグを受け取ろうか躊躇していると、ディミータは肩を竦めて笑った。


錬金駆動(アルケミィ・ギア)って知ってる? すんごい速いんだよ。カースはそれに乗ってっちゃったから、もう追い付けないよ」

「……ディミータ。君はそれで満足なのか」

「満足? 何が?」

「彼では暴走したアッシュには勝てない。力の差があり過ぎる」

「そうかしら? いま、魔導塔にはルルティアの持てる全戦力が集結している。あんたら長老会議に為し得なかった事を、必ず彼女が可能にするわ」

「ルルティアは、いったい何をしようとしているの?」

「う~ん、どうしよっかな。知りたい? 知りたい?」


 頷いてみせると、ディミータは満足げな顔をしてマグカップを押し付けてきた。


「じゃあ、その代わりに『女王計画』について喋って貰おうか」

「女王計画を? ルルティアからは聞いて無いの?」

「山王都と海王都を牽制しつつ、教授会を操る為に立案された偽りの計画だとしか聞いてない。いくら魔導院の最高頭脳と言ったって、過去に起きた事の何から何までを知っているわけでは無いわ」

「いま君が言ったこと、それが全てだよ」

「いいからチャッチャと教えなさいよ。私の妹と、私の目を奪った『女王計画』の全てを。それを知らないと私は前に進めない。それを知らないと私の復讐は完了しない」


 狂気を孕んだ瞳に圧され、ボクはマグカップを受け取った。

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