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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第八章 天の高み 地の深み
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第181話 結末に至る道筋 その全てを知る者

 *****



 あれ? お前らどうした、こんな時間に。いま、昼休みの時間だろ? 良いのかよ? 学院の外に出ちまって。

 なに? 午後から全科合同の戦闘訓練だと? 武具の不備が見つかるとヤバいって?

 はっ! んなこた俺が知ったことか!! 普段から手入れしとかねぇからだぞ。

 お前ら、忘れたとは言わせねえからな。俺は口を酸っぱくして言ったはずだぜ。『ケツ拭き忘れても剣身拭くのは忘れんな』ってな。自業自得、って言葉を噛みしめろ。

 ……ったく、んな顔すんなよ。ほら、見してみろ、その汚ぇ盾。まったく、こんなに汚しやがって。これ、ホントに俺が売った盾かよ。

 おいおいおい。何だよこれ? グリップがガッタガタじゃねえか! 仕方ねえなあ。ちょっと待ってろ。新しいボルトで締め直して……って、何だと? 兜の尾も一緒に? え? お前は剣柄? そんでお前は鎧の留具? ざけんな! 俺はこれから昼飯だっての!

 ……あ~分かった分かった。直してやるよ。だからそんな情けない顔すんなって。

 しっかし腹減ったなぁ。お前らさあ、今度来るときは差し入れくらい持って来いよ。そんくらいの気を利かせるのって、けっこう大事な事だぜ。





 やれやれだ。すっかり昼飯を食いそびれてしまった。

 エレクトラの餌皿にカリカリを用意していると、愛猫は甘えた声で鳴きながら俺の足元に額を擦り付けてきた。


「悪かったな。お前のメシまで遅くなっちまった」


 待ってました、とばかりに猛烈な勢いでガッつくエレクトラの背中を眺めてから、錬金保冷箱に牛乳を取りに行く。ところが牛乳が入っているはずの缶を持ち上げてみると、俺の手には底の方でピチャピチャする手応えしか伝わってこなかった。


「ありゃ、しまった。在庫切れかよ」


 俺の独り言に、エレクトラが反応して「にゃ~」と鳴く。


「だよなあ。ミルク飲みたいよなあ。じゃあ、買ってくるから良い子で留守番しててくれよ」


 俺は番猫? に留守を任せ、牛乳を買いに行くついでに昼飯を食いに外に出ることにした。

 入り口の扉に鍵を掛けていると、身を切るような冷気が吹き付けてきた。俺は身を縮めながら、今にも雪が降ってきそうな灰色の空を、恨みを込めて睨みつけた。


「うおっ寒みぃ。もう一枚、着てくりゃ良かった」


 真冬の寒さを甘く見た自分と、外套を取りに戻るのを面倒臭がっている自分を呪う。ふと道端に目をやると、先日わずかに降った雪が、まだ溶けずにへばり付くようにして残っていた。


「あったけぇモン食いたいな。シチューとか良いな」


 よぅし、ネルさんの宿に食べに行こう。クリームシチューにするか、ビーフシチューにするか、それが問題だ。

 大通りに出て、昼食を終えたであろう人々の列に合流する。賑やかで忙しない人の波に混ざりながら、白いのと赤いのの、どっちを注文しようか考えていると、たまたま目についた本屋の張り紙に『月刊・冒険者の友/本日発売』とあった。


「おっと。今日が発売日だったか……こりゃエフェメラんトコに寄るのが先だな」


 つい独り言が漏れる。幼馴染の書痴っエフェメラは、「雑誌は新鮮なうちに読め!」とか言って、雑誌を鮮魚か朝採り野菜のように扱う。前に新刊を発売してから三日後くらいに買いに行ったら「……どうしてもっと早く来てくれなかったの? 酷い人!!」なんて、放ったらかしにされた愛人2号みたいな顔して待ってやがった事がある。これは早めに回収するのが身の為だ。

 人波の本流から外れて細い路地に入ると、静かになるのと同時に寒さが増した。薄手のオイルドジャケットじゃあ風除けにしかならない。俺は上着の前を掻き合せて、底冷えのする路地を急いだ。


「ん? あの三つ編みお下げは……」

 

 エフェメラ堂に向かって歩いていると、どういう事だか目当てのエフェメラが路地の向こうから歩いて来るのが見えた。出迎え……のワケないか。


「よう、お前が外出するなんて珍しいな」


 やや遠目から声を掛けると、エフェメラは目を細めて、じぃっ、と警戒するような視線を向けてきた。


「俺だよ、俺」


 ようやく俺が誰だか分かったのか、エフェメラはパチパチと目を瞬かせてから口元を綻ばせた。これは表情の薄い彼女の、最大限の親愛の念を意味している。


「……お店はどうしたの?」

「そりゃこっちのセリフだ。俺は昼飯食いに出てきたんだ。で、その荷物は何?」


 見ればエフェメラは、まるで旅行にでも出かけるような出で立ちだ。お気に入りの、と言うか、もう十年は着ているであろうモスグリーンのハーフコートにボンボンの付いたニット帽は彼女の冬の外出着だが、足元に転がしているスーツケースは見覚えが無い。


「……何だと思う? 当ててみて」

「夜逃げ?」

「……まだお昼」


 俺たちは互いの顔を見合わせてニヤニヤと笑い合った。この空気は幼馴染じゃないと出せないな。ところが長い付き合いであるエフェメラの口からは、俺にとって聞き覚えの無い、意外過ぎる一言が飛び出た。


「……これから旅行なの」

「旅行? お前が旅行!?」


 俺の第一印象は当たっていた訳だが、やはり驚きは隠せなかった。


「……私だって、旅行くらい出来るもん」

「いやいや、そういう意味じゃなくてさ。お前、旅行なんて紀行文を読むだけで満足、なんて言ってなかったか?」


 ()ねたように口を尖らせたエフェメラに慌ててフォローを入れると、彼女はお下げの先っちょを指で弄り始めた。これは機嫌の良い時の仕草。


「……珍しい本がたくさんあるって聞いたの」

「やっぱ本が目当てか。んで、どこに行くんだ?」

「……猫の森、っていうところ」

「猫の森だって?」


 猫の森って、あの猫の森か? 確か、あの廃屋を旅館に改装中だとは聞いてはいるが、あそこに本なんてあっただろうか?


「……大丈夫。一人じゃないから」


 俺が首を傾げたのを心配しているとでも思ったのか、エフェメラは三つ編みの先端から顔を上げた。


「……ネルさんが先に行ってるの」

「え? ネルさんが? じゃあ、俺のシチューは!?」

「……シチュー?」

「あ、いや、何でも無い。あのさ、ネルさんの宿って、いつまで休み?」

「……一週間くらい」


 溜息を吐いた俺を見て、エフェメラは不思議そうな顔をした。

 しばらく立ち話をしてから彼女と別れると、何だか奇妙な気分に陥った。それはシチューを食い損ねたガッカリとは違う、何か胸騒ぎにも似た喪失感だった。エフェメラとネルさんが、揃って俺の前から居なくなる? いつだって傍にいてくれたあの二人が?

 俺は嫌な予感に駆られて、エレクトラの為の牛乳を買い、そのまま家路へと急いだ。


「うああ――――! 弁当買い忘れたぁ――――!!」


 俺は馬鹿か――――!! 何しにクソ寒い中、外に出たんだ――――!?

 頭を抱えそうになったが、とりあえずエレクトラに暖めたミルクを飲ませてやろう。そう思って鍵束から店の鍵を探していると、鍵穴の向きで開錠されていることに気が付いた。


「開いてる? ……おかしいな」


 鍵を締め忘れたか? いや、自分で言うのも何だが、俺の警戒心のステータス数値はマックスだ。施錠を忘れるなんて考えられない。

 俺は腰に差したショートソードの柄を握り締めながら、ゆっくりと扉を押し開いた。ざっ、と店内を見渡すと、何者かが暖炉の前に座り込んでいるのが目に入った。


「何だ……お前かよ」


 暖炉の火で温まっている常連客の姿に安堵の息を吐きつつも、俺は後ろ手に握ったショートソードの柄を離さなかった。


「お前さあ、人の店に勝手に入んなよ」


 そう声を掛けると、そいつは暖炉の前で膝を抱えたまま俺の顔を見て笑った。その隣で寝そべりながら、エレクトラが同じ角度で俺を見上げていた。


「ったく。しかもビショ濡れじゃねえか。寒中水泳でもしてきたのか?」


 そう言えば、魔術科の生徒たちが寒中水泳に挑戦中だったっけ。この寒空の下にご苦労なこった、そう思いながら油断無く距離を取る。


「お前、一人か? 相棒はどうした?」

「……」


 返事は無い。俺は一つ溜息を吐いて「何か暖かいモンでも飲むか?」と訊いた。


「絞りたての牛乳、買ってきたんだ。あっためミルクでも飲むか?」

「……飲む」


 俺は肩を竦めて見せてから、休憩室に入って深めのミルクパンに牛乳を注ぎ、火にかけた。

 あいつ、何のつもりだ? 警戒心の強いエレクトラが傍にいるってことは、殺意や害意は無いとみるか。

 膜を張るギリギリまで温めたミルクをマグカップに移し、暖炉の前へと戻る。


「ほらよ。熱すぎたらゴメンな」


 マグカップを手渡しながらも、さり気無く短剣の柄に手を添えた。


「そんで、お前は何しに来たんだ? 服を乾かしにか?」


 ふ~ふ~しながらマグカップの(ふち)に口を付けて、慌てて顔を離すのを眺めながら俺は話を続けた。


「……そろそろ教えてくれないか。お前は一体何者なんだ?」

「どうして、そう思う?」

「何のつもりか知らねえが、ネルさんとエフェメラを同時に猫の森に送り込んだのは、ちょっと軽率だったんじゃないか? 俺じゃなくても怪しく思うぜ」


 ようやく適温になったか、暖かいミルクを嚥下する喉元がコクリ、と動く。


「お前がルルティアと接触したのを聞いて、さすがに鈍感な俺でも気が付いたぜ。お前は”俺の大切にしている人、その全員に関わっている”んだ」

「そんなの気のせいだよ」

「それだけじゃない。お前はこの店に慣れ過ぎている。地下に通じる階段が証拠だ。あの階段は、俺と婆ちゃん以外には見つけられる筈が無いんだ」


 俺はショートソードを抜き放ち、腰を落として身構えた。


「なあ、教えてくれよ。お前は何の目的で、俺に近づいた?」


 暖炉の炎に煌めく剣身に目を据えたまま、そいつは残ったミルクを飲み干した。


「懐かしいな。その目つき、プラティナにそっくりだ」

「お前、婆ちゃんを知っていたのか」

「プラティナだけじゃないよ。スティル……君のお母さんの事も、それに君の事だって、ずっと昔から知っていた」

「母さんの事まで……」

「君が産まれた日の事だって覚えている。あれは今日みたいな……雪の日だった」


 動揺を悟られるな。そう思ったが、ショートソードの切っ先がブレる。

 遠い視線に釣られて窓の外を見ると、雪が降り始めていた。その勢いから、これは積もりそうだと直感した。


「銀の髪と瞳をもって産まれてきた君を見て、プラティナは”命に代えても君を守る”と誓った。それが全ての答えさ」

「悪いけど俺は頭が悪いんだ。だから、分かるように言ってくれ」

「六英雄の筆頭、銀髪の剣士の直系男子。君を保護する事が長老会議の計画の要だったんだ。それも、最後の最後でしくじっちゃったけどね」

「セハト……お前、長老会議の一員だったんだな」

「違う。ちょっとだけ違う」


 音も無く立ち上がったセハトは、突き付けられた短剣に微塵も怯まず、俺の顔を見据えて寂しげに微笑んだ。


「ボクは長老会議の最後の一人。ボクが……『長老会議』なんだ」




 ***第八章・終わり***

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