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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第八章 天の高み 地の深み
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第179話 大陸王 アイリスレイア

 アリスの手から放たれた光の槍は空中で分裂し、さながら流星群のようにアッシュの全身へと降り注ぐ。


「アリス!! アッシュ!!」


 叫んだ俺の目の前で眩い光が次々と炸裂し、追って耳を(つんざ)く轟音が身体の芯を震わせる。

 その瞬間に俺は、「止めろ」とか「駄目だ」みたいな事を口走った気がするし、悲鳴を上げただけなような気も、ただ喚き散らしただけな気もする。

 けれども俺は、結局のところ指一本動かす事も出来なかった。こんなにも残酷な光景を前にしても。


「これが……こんな事が、君が求めた結末なのか……アリス」

 

 言い終えた途端に、アッシュは赤黒い血の塊を吐いた。

 「武器屋さんで大枚叩いて手に入れたのですよ」と、嬉しそうに自慢していた堅牢なはずの金属鎧にはコイン大の穴が無数に開き、まるで穴あきチーズのような有様だ。

 アッシュの全身を貫いた光の槍はすでに消失していたが、そこから流れ出る血の量から見ても、彼が致命的な重傷を負ったのは明らかだった。


「障害は徹底的に穿ち、貫き、押し通してでも排除する。それが山王都の……いえい、リサデルからの教えよ」


 アッシュの全身から噴き上がった血飛沫に怯むどころか避けようともせず、アリスはいよいよ黄金の剣を引き抜きにかかった。


 ***王の手に栄光を! 王の手に黄金を! 王の手に剣を!***


 剣身が引き抜かれていくのと同調するように、合唱の声は更に大きくなっていく。

 それでも柄頭から右手を離さず、腰の立たない老人が杖にしがみ付くような恰好になってアッシュは苦しい息と血を吐いた。そんな無残な姿のアッシュを見ても、アリスは顔色ひとつ変えずに剣柄を握る手に力を込める。


「君は僕を……仲間である僕を殺めてでも、その剣が欲しいのか」

「ふふっ、可哀想な人。貴方はつくづく己に合わせた物の考え方しか出来ないのね」


 ***王の手に剣を! 王の手に剣を! 王の手に剣を!***


「王に仲間など必要ないわ。王はただ君臨するのみ」


 全身を返り血に濡らし、アリスは感情の欠片も感じない、錬金人形みたいな微笑みを浮かべた。彼女はその細い身体に、後ろ暗い背徳的な美しさと、吐き気を催す悍ましい気配を纏っていた。


「我が名はアイリスレイア。大陸王なり」


 圧倒的な存在感に強烈に心を惹かれてしまった自分が……心を奪われてしまった自分を……俺は一生許せないだろう。


「アッシュ、とっても残念だわ。貴方は良い臣下になったでしょうに。私、貴方にならリサデルを与えても良いかも、って思っていたのよ」


 血を流し過ぎたか、ついに力尽きて膝を崩したアッシュを、アリスは尊大な態度で見下していた。俺はその姿に、女王に(かしず)く騎士を連想した。


「おのれ……たかが人間族の小娘如きが……」


 騎士は敬愛に満ちた忠誠の言葉では無く、血と呪いを吐き出すような声を上げ、全身を震わせながらも立ち上がろうとしていた。


「ふふふっ、大した生命力ね。本当、爬虫類(トカゲ)並みだわ」

「貴様……鱗の女帝の末裔(すえ)たるこの僕を愚弄するか……」

「下郎、王に対する口の利き方を知らないようね。そこで大人しく(ひざまず)いてなさい」


 再び掲げたアリスの右手に光が集まっていく。それはアッシュに致命傷を負わせた光よりも大きく、より強烈な魔力を伴って頭上に輝いた。


「貴方には、私の靴にキスする名誉を与えてあげる。そして死ね――――」


 光を宿した右手が振り下ろされる寸前、見様によっては大蛇の様にも見えるアッシュの左腕が、それこそ蛇が獲物に一直線に襲い掛かるような素早さでアリスの身体を捉えた。

 主の手から離れて行き場を失った光の槍が、天井に激突して岩石の雨を降らせる。


「うくっ、くはっうぅ……」


 激しい水飛沫を上げて瓦礫がドボドボと落水する音の中に、絞り出すようなアリスの呻き声を聞いた瞬間、頭が真っ白になって俺は叫び出していた。


「アッシュ、止めろ!」


 アリスのか細い胴を、鱗に覆われたアッシュの腕がギリギリと締め上げる。それはウサギを捕らえた蛇が、哀れな獲物を絞め殺そうとしているのと同じだ。

 苦悶とも悲鳴ともつかない声を上げながらも、それでもアリスは黄金の剣から手を離そうとしない。みるみるうちに新雪のように白かったアリスの顔が、赤から紫へと変色していく。


「ごおうっ、おぐうっ、ごぶあぁああ――――!!」


 舌を突き出して苦しげに天を仰いだアリスの口からは、ゴボゴボと音を立てて血液と黄色がかった液体が噴き出し、圧迫されて見開かられた目からは、溢れる涙と共に眼球が飛び出しかけていた。

 

「止めろ! 止めてくれ!!」


 ポキポキと枯枝を折るような音が続けて鳴り、その度にアリスの喉からは詰まったパイプから聞こえるような音が漏れ、身体が奇妙な形に捻じれていく。

 ついには腕が曲がってはいけない方向に折れ、ようやく剣柄から手が離れる。そして、代わりを務めるようにアッシュの手が黄金の剣を引き抜いた。


「アリスが、アリスが死んじまうっ!!」


 心のどこかで、「アリスを止めなかったくせに」、「アッシュを見殺しにしたくせに」って言葉が駆け巡っていたが、そんなコトは知った事じゃない。彼女が何であろうとも、俺は護ると決めたんだ。


 ――――燃やせ あの呪物を焼き尽くせ

 

 いつの間にか合唱は止み、少年の声がはっきりと聞こえるようになっていた。

 俺は声に導かれるようにして、心の炎を燃焼させた。


「うおぉおおォ!!」


 今までにないくらいに膨れ上がった火炎を腕に纏わりつかせて、龍の背を走り、よじ登り、黄金の大剣に身体を預けるアッシュに向かって飛び掛かる。


 ――――燃やせ

「――――燃えろォ!!」


 少年の声に突き動かされて、アッシュが握る黄金の剣に向かって炎の腕を振るう。

 赤熱する銀の拳が透き通った剣身を打ち砕く寸前に、横合いから飛んできた物体に激突され、足裏の感覚が消失するのと同時に、ボキボキボキッと骨が砕ける音が聞こえた。


「ぐあぁああ!!」


 脊椎を砕くような激しい衝撃に意識が飛び、全身を覆う生温い水温に眠気にも似た感覚に襲われる。

 自分の身体が水中に没した音を聞いたのを最後に、意識が途切れた。


 


 *



「あったかいなぁ。このまま水に沈んじまうのも、そんなに悪くないか」


 クタクタに疲れ果てた身体の悲鳴を素直に聞き入れて全身の力を抜くと、そんなに水深は無いはずなのに身体がどんどん沈んでいくような気がした。

 

 ――――ふざけんなよ 死ぬなら一人で溺死しろ


 突然、耳元で聞こえた声に思わず身が固くなった。


「君……だれ? もしかしてヴァーミリアン?」

 ――――お前なんか石コロらしく沈没すんのがお似合いだ シンナバル

 

「だってさぁ、もう立ち上がる気力も無いよ」

 ――――黙れ腰抜け 僕の身体はそんなにヤワじゃないぞ


「ンなこと言ったって、骨がボキボキって折れるの、聞こえただろ? もうダメだよ」

 ――――お前、自分の骨が折れたとでも思っているのか


「違うの? だったら何の音? あれって確実にヤバいトコが折れた音だよ」

 ――――じゃあ アリスのヤバいトコが折れたんだろうな


「何でアリスが?」

 ――――横から飛んできて俺たちを吹っ飛ばしたの あれ アリスの身体だよ 


「ど、どうしてそんな!」

 ――――俺たちに向かってブン投げてきたんだよ あのドラゴンもどきが


「ドラゴンもどき?」

 ――――あんまり長く話している時間は無い このままじゃあ僕まで溺死してしまう だから良く聞けよ シンナバル


「う、うん」

 ――――あの黄金の剣は 手にした者の欲望を極限まで増大させて 願望を現実化する能力を授ける呪物だ 僕と姉さんは あの呪物に殺られたんだ

 

「姉さん……」

 ――――僕は姉さんを救えなかった だけど お前はアリスを救いたいだろ あの呪物を滅ぼさない限り アリスを救う事すら出来ないぞ


「俺はどうすれば良い?」

 ――――炎の事だけを考えろ お前の炎なら 黄金の剣を焼き滅ぼせる お前はその為に作られたんだ


「それで、君はどうするんだ?」

 ――――僕の身体は僕が一番上手く扱える お前の炎をあの呪物に叩きつけてやるんだ 僕は姉さんの仇を取りたい

 

「君を信じても良いんだね」

 ――――シンナバル お前は僕を『相棒』と呼んだだろう 言ったからには責任を取ってもらうからな


 

 

 *



 目覚めたばかりのように意識がはっきりして、俺は全身を縛る重たい水の中から立ち上がった。

 水を振り払い、びしょ濡れな頭を振る。すると、妙にクリアな視界の片隅に、重傷を負ったアリスに対して懸命に治療を施すリサデルの背中が入った。


「……燃やすんだ」


 今はただ、呪物を滅ぼす事だけに集中しよう。身体のコントロールはヴァンがやってくれる。この後、自分がどうなっちまうかなんて、今はどうでも良い。相棒と共にアリスを救うんだ。


「さあ、行こう!」


 重さを感じない身体は水面を蹴るように走り、あっという間にドラゴンの丘まで辿り着いた。

 軽い! 信じられないくらいに身体が、心が軽い! 三段跳びで龍の背を駆け上がり、頂上にいるはずのアッシュを探す。

 だが、そこにいた醜悪な姿をした怪物を前に足が止まり、浮かれた気持ちは粉々に打ち砕かれた。


「お前……アッシュ、なのか?」

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