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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第八章 天の高み 地の深み
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第174話 欲望の果てに見えたものは

 よーし、さっさと地下七階の探索を終わらして、師匠に報告して褒めて貰おう!

 そう思えば、頼りない紐梯子を降りる足取りも少しは軽くなった……ような気がした。


「おおぅ……やっぱ怖ェ」


 吹き上げてくる湿っぽい風に煽られる度に、ゆらりゆらりと梯子が揺れる。

 俺は特段、高いトコとか暗いトコが苦手な方でも無い。だけど、ランプやランタンの光も十分に届かない闇の中、紐を手で編んだだけの言わば『即席・梯子モドキ』に身体を預けるのはムチャクチャ怖い。まるで命綱無しで空中ブランコに掴まっているような……もちろん、そんな物騒なモンに挑戦した経験は一度たりとも無いけれど。

 銀の腕に灯る赤い光を心の支えに、出来るだけ下を見ないようにして梯子を降りていると、割と近い所からアリスの声が聞こえた。


「シンナバル!」


 俺の名を呼ぶ声に励まされて足元を覗き込むと、飛び降りてもどうにかなりそうなくらいの所に、両腕をいっぱいに拡げたアリスがワクワクした顔で待ち構えているのが見えた。


「おいで! シンナバル!!」

「……あの、そういうは、ちょっと」

「え~滅多に無いシチュエーションなのにぃ」


 もう少しだけ梯子を降りてから、不満げに「もったいない、もったいない」とブツブツ言ってるアリスの隣に飛び降りた。水しぶきが上がらないように気を付けたつもりだったが、それでもやっぱり、ドボンと月並みな音がした。


「ん? そんなに冷たく無い、かも?」


 覚悟はしていたが、一気に水がブーツの中まで侵入してきた。しかし、この雪が降ってもおかしくない時期なのに、そんなに冷たくない水が不思議に思える。


「だよね。私もそう思った」


 揺れないように、と梯子を抑えたアリスの足元からは、例の小洒落た脛当て(グリーブ)が外されていた。その方が動きやすいのだろう。


「どこからか湖水が流れ込んでいるのかも知れませんね」


 ランタンを手に離れた所まで見回っていたアッシュが、ざぶざぶと水を切りながら戻ってきた。

 重厚な金属製の鎧を着込んでいるうえに膝下まで水に浸かっては、流石のアッシュと言えどもその足取りは重たく見える。

 

「思ったほど、高さは無かったみたいですね」

「ほんと、どれだけ深いのか心配しちゃった」

「あ、シロウさんが降りてきた」

「……ちょっ、速くない?」


 滑り降りるように、あっという間に梯子を伝って降りてきたシロウの姿に驚きながら、目を細めてセハトの持っているランプの明かりを探す。

 ちょっとした崖のように切り立った岩壁を見上げる限り、上まではせいぜい二、三階分くらいの高さだろうか。見下ろすのと見上げるのでは、こんなにも違って見えるんだな。


「さあ、僕の手に掴まって下さい」


 シロウに次いで恐る恐る降りてきたリサデルに、アッシュが手を差し伸べる。

 こんな状況でもアッシュはアッシュだな。そのジェントルマンな姿勢に感心しながら、ランタンの強い光に慣れてきた目で、結構広く感じる周囲を見渡してみた。


 黒っぽくてゴツゴツとした岩壁。

 足元を濡らす、流れの感じられない生温い水。

 暗闇の向こうから吹いてくる湿り気を帯びた風。

 どれくらいの高さがあるのだろう、光の届かない天井。


 セハトは「地下七階は城塞の地下フロアだと思う」、なんて言ってたけど、これはまるで天然の洞窟そのものじゃないか。

 ふと岩壁に手を触れてみると、黒い岩肌がポロポロと剥がれ落ちて、下から灰色の地が覗いて見えた。これは……?


「とうちゃ~く」


 相変わらずの緊張感に欠けた声に振り向くと、最後に降りてきたセハトが梯子をツンツン引っ張っているところだった。


「ふむふむ。梯子の強度は十分だな」


 さっそく地図に書き込みを始めたセハトに「なあ、これって何だろう?」と声を掛け、壁から剥がした岩の破片を見せてみた。


「ふぅん」


 セハトは俺の掌に乗った黒い小石みたいな破片をジッと見つめ、(つま)みあげた。


「何かの燃えカス……じゃないかな」


 燃えカス? そう訊き返した時にアッシュから集合の声が掛かった。


「ほら、なにボーッとしてんの。行こ」


 セハトにせっつかれて、掌の上に返された黒い破片から顔を上げる。

 燃えカスだって? それじゃあ、煉瓦の壁を溶け焦がすほどの高熱が発生したのは地下七階(ここ)じゃないのか?

 俺は頭痛に襲われるのを覚悟して記憶を……自分の物では無い、ヴァーミリアンの記憶を掘り起こしてみた。


 姉さんの悲痛な叫び声。

 燃えて焼けて落ちていく世界。

 そして、右手に握られていたのは――――


「……金色の剣」


 グラリ、と揺れる視界にアリスの整った美貌が飛び込んできた。


「危ない!」

「あぁ……すいません」


 眩暈に倒れる寸前、咄嗟に手を伸ばしてくれたアリスに支えられて、危うく水面に突っ伏すのだけは避けられた。


「どうしたの? また頭痛?」

「先輩って、やっぱ……綺麗ですね」

「やぁ~だぁ~もぉ~」


 アリスは片手で俺の身体を支え、余った手で真っ赤になった頬を抑えた。


「そういうのはこんな所じゃなくて、夜景がキレイな場所とか、オシャレなレストランで言って」

 

 照れ臭そうに、でも嬉しそうに睫毛を伏せるアリス。その横顔を見ているだけで、心の底に炎が宿る。

 どうにかしてこの不安を、この疑念を、この忌まわしい記憶を、俺の炎で焼き払うんだ。


「約束します」

 

 改めて決意を胸に刻み、彼女の手を強く握り締めてアッシュの元に向かった。



 *



「んじゃ、続きを話すね」


 すでにある程度の話はついているのだろう。遅れてきた俺たちとアッシュの顔を見比べて、セハトは口を開いた。


「ボク、あんまり憶測を話すのは好きじゃないんだ。客観性が鈍るからね。でも、ここは主観的な憶測で話すしかない」


 また難しいモードのセハトの話が始まりやがった。そう思って隣のアリスの顔を見ると、すでに彼女は難しい顔をしていた。


「先に言っておくけど、ボクは地下訓練施設七階は、元々は地上に建つ城塞の地下階なんじゃないかな? って話したよね。それは憶測じゃなくて推測だからね」


 憶測と推測の違いがイマイチ分からなかったけど、うんうんと頭を上下するアリスに倣って、俺も頷いておいた。


「ここ地下七階は、何が原因なのかは分からないけど、何かとんでもない爆発で吹っ飛んだんだと思う。あの階段もそれが原因で崩れたんだ」


 とんでもない爆発? ……言いたいことが喉まで出掛ったけど、俺も憶測でモノを言うのは止めておこう。仲間たちを混乱させるだけだと思う。


「ちょっとだけ歩いて調べてみたんだけど、奥に行くと少しずつ水の深さが増すみたいだね」

「え!? 大丈夫なの? それって、ここが水に沈んじゃう、って事?」

「あはは……だったら地下訓練施設全体が、とっくに水没しちゃってるよ。どっかから水が浸みこんでいるんだろうけど、同じ分だけ抜けているんだろうね」


 慌てて足元を探るアリスに、セハトは笑って返した。


「要するに、奥に行くほど床に傾斜が付いているんだ」

「それは、この先に爆心がある、という風に考えられると?」


 しかつめらしい顔付きで言うアッシュに、セハトは地図にペンを走らせながら答えた。


「うん、ボクもそう思う。壁もかなり吹っ飛んだみたいで、爆心と想定される位置に向かって空間が広くなってる。予測される爆心の深さは……そうだな、アッシュの腰辺りかな」


 皆に見えるように掲げた地図には、『現在地』とか『爆心』と書かれた×印とそれをぐるっと囲む点線、そして、浅いすり鉢状の断面図が描かれていた。


「では、天井はどうなっていますか?」

「所々に大穴が空いているのは見えるんだけど、天井そのものは崩れてないんだよね。まあ、地下六階と七階の間は城塞の土台だった訳だから、かなりしっかりした基礎工事がされているんだろうね」

「爆心には何があるのでしょう?」

「う~ん。それこそ憶測も出来ないや」


 分かるような分からないような二人の会話を聞いていると、リサデルが遠慮がちに手を挙げた。


「城塞が建てられたのは、随分と昔の話ですよね」

「そうだね。様式から見て六英雄時代の建築じゃないかな」

「では、その爆発があったのは、いつ頃の事なのでしょう?」


 俺は思わず右腕の赤い水晶に目をやった。もしかして、地下七階を吹き飛ばしたのは……


「それは分からないや。魔導院の記録によれば、地下七階に足を踏み入れたのはボクらが初めてだし」

「そう……ですか」

「とりあえず、奥に行ってみるしかないよね。リサデルとアリスが探している家宝とかも見つけてあげたいし」


 そこで突然、アッシュが拳をグイっと突き出した。


「そうです! その通りです! リサデルさんの為に黄金の剣を見つけ出すのが僕たちの使命です」

「僕たちの使命って……その黄金の剣とやらは調査のついででしょ」


 呆れた顔をしたセハトの肩に、アッシュが掴みかかった。


「何を言っているんですか! それでも君はリサデルさんの仲間、いや、それでも友だちですか!?」

「ええっ? とっ、友だちっていうか何というか……ボクにとってはリサデルさんは寮長なんだけど」

「何と嘆かわしい! 昇降機の中で交わした我らの誓いは嘘偽りだったのですか!?」

「えええっ? ボクって、何か誓ったっけ? って、ちょっと苦しい!」


 首を締め上げんばかりのアッシュと、掴まれてジタバタもがくセハトの間に、リサデルが割って入った。


「あの、私たちの探し物は後回しで結構ですので、そろそろ探索を開始しませんか?」

「そうだ、そうです、そうですとも!」


 アッシュは聞いた事の無い三段活用を口にして、セハトの首から手を離した。


「セハト、ここはリサデルさんに免じて許します。さあ、先導して下さい」

「……どうしてボクが悪い事になってんの?」


 愚痴りながらもセハトはランタンを受け取り、自分に良いように明るさを調節し始めた。

 その間にも俺たちは、セハトを先頭にして探索用の隊列に並び直した。


「んじゃ、行こっか。皆も気が付いた事があったら、すぐに報告してね」


 セハトの声に全員が頷き、「了解」とか「分かった」と声を上げた。

 俺は担当の天井付近に目を走らせ、辺りを確認しながら歩いた。ローブの裾が水を含んで重くなってきたけど、歩いているうちにコツを掴んだら大して気にもならなくなってきた。


「何だか、どんどん広くなってきたね」


 アリスの声が聞こえたが、俺は天井から視線を逸らさずに答えた。


「学院の聖堂ホールくらいありそうですね」

「……どんな敵が現れるんだろう。またドラゴンかな」


 その声からは緊張を感じたが、俺は「こんだけ見通しが良ければ、不意打ちは避けられますよ」と声のトーンを上げて励ましてみた。


「それにほら、ドラゴンって金銀財宝を集める癖があるって言うじゃないですか。先輩の探している家宝もドラゴンが隠し持っているのかも」

「シンナバル、それは聞き捨てなりませんね」


 軽い気持ちで言ったつもりだったが、「その認識には大きな誤解があります」と背後から咎めるようなアッシュの声が聞こえてきた。うお……今度は俺が槍玉か。


「僕は竜人族の一員として、竜族(ドラゴン)に対するその認識の誤りを正したいと常々思っていました」

「認識の誤りって、どの辺が?」


 アッシュの反論には振り返らないで、天井を向いたまま答えた。


「ドラゴンには金銀財宝を集める癖がある、の下りです」

「だって、ドラゴンってそういうモンじゃないですか? 子供の絵本から冒険小説まで、ドラゴンってそんな風に書いてあるし」

「少し考えてもみなさい。ドラゴンが金銀財宝を集めたところで、いったい何に使うというのですか?」

「はあ……言われてみれば確かに」


 んんっ、と咳払いが聞こえた。これはアッシュがお説教などなど、長い話をする前の癖みたいなもんだ。ああ、やれやれ。


「ドラゴンとはそもそも精霊に近く、僕ら人類が抱えているような世俗的な欲望からは縁遠い存在です。金銭的な欲望は当然として、食欲なども薄いのです」

「じゃあ、どうして物語ではドラゴンは強欲っぽく描かれているんですか? ほら、金貨とか銀貨とか王冠とかの上に寝そべってたりして」


 俺は最近、何かで見たドラゴンのイラストを思い出して言ってみた。


「あれは何らかの契約に従って、財宝を守護している姿でしょう」

「ははあ、なるほどなるほど」


 納得の余り、思わず二回「なるほど」と言ってしまった。なるほど……そういう考え方は無かった。


「ただし、己のテリトリーから異物を排除する縄張り意識、これは支配欲と言い換える事も出来ます。それと、気に入った物を手放したくなくなる……そうですね、これは独占欲と言えますね。ドラゴンとは、それらが強いの種族なのです」

「それまた、どうしてそんな風なんですか?」

「さて、それは僕にも分かりません。そういう具合になるように神に造られた、と言えばそれまでですが、竜族は人間族のような多産多死とは真逆の、少産少死の存在だからだと物の本で読んだことがあります」

「少産少死って?」


 むむむ、何やら聞き慣れない単語が出てきたぞ。


「いっぱい産まれて、いっぱい死ぬのが多産多死。少ししか産まれないけど、死ぬ個体も少ないのが少産少死よ」


 難しい話をしている時には殆ど貝になっている筈のアリスが、珍しく口を開いた。


「そう、アリスの言う通りです。だからこそ人間族は欲望に満ちた短い一生を生き、欲望を抱いたまま死んでいきます。それに比べて竜族は――――」


 アッシュが捲し立てるように言い掛けたところで、「前方、進行方向に何かあるよ!」とセハトが鋭い声を上げて報告した。

 その声に従って天井から足の向く方向へと目を移す。

 俺たちの進む先、この地底の湖みたいな風景の中心に、ぼうっと輝く何かが見えた。

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