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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第八章 天の高み 地の深み
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第169話 海の女王 自由と富を総べる者

「ぼっく、いっちぶァーん!」


 開いた扉の向こうへと駆け込んだセハトの後を追ってアリスも……と思いきや、どうしてだろう。彼女は悲しげな表情を浮かべて、俺の顔をじいっ、と見つめてきた。

 その視線の意図を計りかねて、とりあえず、ニッと笑って返してみたが、アリスは顔を伏せ、昇降機の中へ入ってしまった。

 さっきまでの元気はどこへ行ってしまったのだろう? これじゃあ昨夜のアリスに逆戻りじゃないか。


「どうしました? 今頃になって魔術の反動が来ましたか?」


 トントンと肩を叩かれ、はっと我に返って振り向くと、俺とアッシュを除いた全員は、すでに昇降機に乗り込んでいた。


「すんません。考え事してました」


 また怒られる、と覚悟したが、アッシュは見た覚えがないくらいの優しい笑顔を浮かべ、俺の肩に手を置いてきた。


「さ、中に入ってリサデルさんの話を聞きましょう」

「……はい」


 アッシュは口ごもった俺の顔を見て、長身を屈めた。俺を見るアイスグリーンの眼差しは、冷たい色合いだけど年長者らしい親しみが込められていた。


「不安ですか? リサデルさんの話を聞くのが」

「俺は別に……」

「彼女たちが地下に潜る理由、そして、彼女たちが何者なのかを知るのが」


 ――――じゃあ、私が金色でキラキラじゃなくっても、好きでいてくれる?

 おどけたように笑い、肩を竦めるアリスの顔が目に浮かんだ。


「別に何も……って言ったら、ウソになります」


 俺がそう言うと、アッシュは軽く頷いた。彼は、俺の心の奥底に(くすぶ)(わだかま)りを見抜いていたようだ。


「自分からそうは言いませんでしたが、先輩はリサデルさんから何か口止めをされているみたいでした」


 ――――リサデルが何を言ったとしても、私は私だからね

 どうしてアリスはそんな事を言ったのだろう。


「シンナバル。君はさっき、妙に”自分らしさ”に拘っていましたね」

「え? あぁ……そう、ですね」

「とても良く理解出来ます。僕にもそんな時期、ありましたから」

「アッシュにも?」

「もちろんです」


 岩のような、いや鉄塊のように動じないアッシュにも、そんな時期があったのか。いや、どうせ「その頃から確固たる自己を持っていました」なんて、自慢されるのが関の山か。


「あれは三度目の脱皮の頃でしたか……」

「だっぴ?」


 日常会話では久々に出てきた単語に、ついつい変な声が出た。


「君、僕が竜人族だというのを忘れていませんか?」

「あっ、ああ、そうだった。びっくりした」

「三度も脱皮を繰り返せば、さすがに成人に近い身体つきになるというのに、まったく竜人族らしく成長しない自分の身体に嫌気が差していました」

「それって、何歳くらいの頃なんですか?」


 何歳……と呟いて、アッシュは難しい顔をした。


「僕たち竜人族は、脱皮の回数が年齢みたいなものなのです。季節が一巡する事を一年と定める人間族の風習に(なぞら)えるなら、多分、卵から孵って三十年目くらいの頃でしょうか」

「はあ……」


 ダメだ。卵の時点でピンと来ない。


「ですから、君の”自分らしくありたい”という気持ちは良く分かっているつもりです」

「じゃあ……」


 どうやって、その時期を乗り越えたのか、と聞き出すよりも先に、アッシュは話しを続けた。


「アリス君も、君と同じだと思いますよ」

「同じ? 同じって、俺と先輩の何が同じなんですか?」

「彼女も自分らしさを求めて必死なのですよ」

「先輩が?」


 意外ともいえるアッシュの意見に、思わず声が裏返る。


「だって先輩は、誰もが認める学院一番の美人で男女ともに人気があって、いつだって元気で自信満々だし、ちょっと勉強は苦手みたいですけど騎士科でもトップクラスの成績で――――」


 まだまだアリスの美点を並べ立てる自信があったのに、アッシュは抑えるような仕草で制してきた。


「シンナバル。君は彼女を本気でそんな風に見ていたのか」

「そんな風って、どういう意味ですか?」


 その言い方は、ちょっとどうかと思う。自分でも声が(うわ)ずるのが分かった。


「すまない、言い方が悪かった。怒らせるつもりじゃ無いんだ」


 驚いたような顔をして謝るアッシュの顔を見て、こっちの方が驚いた。この人、年下の俺なんかが相手でも、こんな風に謝れる人だったんだ。今まで面と向かって、きちんと話す機会が無かったから知らなかった。


「だが、年長者からの意見として聞いてくれないか」

「……はい」

「彼女は無理に陽気に振る舞おうとしている。僕にはそう見える」

「陽気に振る舞う……?」

「大きな声で笑ったり、無邪気に(はしゃ)いで見せたり、だ。内気で消極的な少女が、無理をして友だちに合わせているように思えて仕方が無い」

「笑ったり、燥いだり……」


 ふと、猫の森でアリスと過ごした一週間を思い出した。


 明け透けな愛を叫ぶ、情熱的な唇。

 暖炉の炎に合わせて、不安げに揺れる瞳。


 窓の外の雪景色を眺める、青白い横顔。

 朗らかで、真夏の太陽みたいに輝く笑顔。


 活力と自信に満ち溢れた、真っ直ぐに伸びた背筋。

 独り言のように小さく、切ないくらいに透明な歌声。


 どっちが本当のアリス、そして、彼女はいったい何を隠しているのだろう。

 だけど、俺がそれを知ったところで、何が出来るって言うんだ。

 自分の事だけで精いっぱいな、この俺に。


「傍にいるだけで、良いのではないですか」


 戸惑い、黙り込んでしまった俺を見兼ねてか、アッシュが励ますように言った。だけど、俺が欲しい答えは、そんな大人な意見じゃない。


「傍にいるだけじゃダメなんです。俺は先輩を守りたいんです」

「見守るのも、守っているうちに入らないかな?」


 アッシュが屈んだ姿勢を戻して背筋を伸ばす。ガチャリ、と金属鎧が軋む音がした。


「要護衛者をあらゆる攻撃から庇い、弾き返すのが最良の防御と思ったら大間違いだ」

「なんで防御の話?」


 突然始まった防御術の講釈に口を挟むと、アッシュは「最後まで聞きたまえ」と、渋い顔をした。


「時には手を出さずに、だが全力で支える事が、要護衛者を脅威から遠ざける事だってあるんだよ」

「でも、見守るだけなんて俺には……」

「ならば、傍にいて彼女を暖めるんだ。真っ暗な足元を、彼女の行く先を明るく照らすんだ。君の炎は敵を倒すためだけの炎では無いだろう?」

「俺の炎……」


 アッシュの力強い言葉の一つ一つが心に沁み込む。今まで、そんな風に考えた事は無かった。目の前に立ちはだかる敵を、焼き滅ぼすのが最善の手段だと思っていた。


「ああ、そうだ」


 アッシュは真剣な顔で言った。


「これはあくまで比喩ですからね。本当に火を着けてはいけませんよ」


 ……この人は馬鹿なのか。それとも俺を馬鹿にしてるのだろうか。

 だけど、その口元に張り付いたキザな微笑みに、それが冗談なのだと気が付いた。


「ンな事、分かってますよ」


 でも、おかげで覚悟が出来た。彼女が何であろうが、俺は、俺のやり方でアリスを支えるんだ。俺の炎で彼女を暖め、足元を照らし、闇を払おう。


「あの、アッシュ、俺……」

「はい? なんですか?」


 いつもクドクド小言しか言わないアッシュが、俺の事をそんな風に見守ってくれていた事が嬉しくて感謝の言葉を口にしようとすると、「んもー! 閉じるボタン、押しちゃうぞ!」と、昇降機の中からセハトの催促が聞こえてきた。


「あ、やべ。押しちった」


 セハトの声に、アッシュが慌てて振り返った。


「いけない! 一度下に行ってしまたら、籠が戻るのに三十分は掛かります!」

「いっ!? そんなに掛かるんでしたっけ!?」

「片道十五分ですよ! 忘れましたか!?」

「うぇえええ~!!」

 

 俺とアッシュは大慌てで、閉じかけた扉に向かって走った。


 *


 「てめっ、ふざっけんなよ」


 荒い息と一緒に悪態を吐くと、当のセハトはヘラヘラ笑って返してきやがった。


「あのさあ、ホントに置いてけぼりにする訳ないじゃん。『開くボタン』もあるんですけど」

「お前の事だからっ、本当に押すかもっ、しんないだろっ」

「シンナバル、運動不足なんじゃない? ほら、アッシュ見てみなよ」


 アッシュは呼吸どころか姿勢も乱さず、重たい金属鎧を着て全力疾走したとは思えないくらいに平然としている。そして、真剣そのもの顔をしてリサデルの方を向いていた。


「ちょっと明かり落とすね」


 空気を察してか、セハトは目がチカチカするほど明るかった錬金ランタンのシェードを絞った。すると、ちょっとした部屋ほどに広い昇降機の籠の中は、向かい合った相手の表情が読めるくらいの程よい明るさになった。


「それでは約束通り、昨夜、聞かせていただけなかったお話を聞かせていただきましょうか」


 リサデルに対してはとことん甘くて弱いアッシュが、珍しく強い口調で言う。

 いつになく険しい顔になったリサデルの前に、俺たちは横並びになった。アリスは隠れるように、リサデルの一歩後ろに控えていた。


「決して(やま)しい気持ちがあって、隠し立てしていたのではありません。それだけは信じて頂いて結構です」


 高く澄んだ女性らしい声だけど、強靭な意志を感じさせるリサデルの声に俺は自然に頷いていた。


「それは僕たちにも、生死を共にした仲間たちにも隠さなくてはならないような内容ですか」

 

 詰問するようなアッシュの横顔に驚いた。まるで戦闘の直前のような厳しさだ。

 その言葉にリサデルは強く唇を噛んで目を伏せたが、すぐに顔を上げて俺たちの顔を見渡した。


「あなた方を生死を共にした仲間と信じてお話します。そして、話を聞いた上で私とアリスに手を貸して欲しいのです」

「話の内容によります」

「……私とアリスは山王都と海王都、その両方から追われる身なのです」


 リサデルは、まるで熟練の語り部のように、どのようにしてアリスと二人、互いに身を寄せ合い、今まで生きてきたのかを語り始めた。

 

「アリス様はさる高貴な家柄のご出身でございます。私は教育係として務めさせていただいておりました」


 いまいち人の話を聞くのが苦手な俺でも、彼女たちの置かれた状況が良く分かった。

 貴族とはいえ末娘のアリスは割と自由を許されていたのだけど、お家乗っ取りを画策する悪人どもに利用されかけて、幼い頃に魔導院に保護される運びとなった、そんな話だった。


「んー、だいたい話は分かったんだけど、どうして地下訓練施設なんかに出入りしてんの? 危ないじゃん」


 セハトの疑問はもっともだ。長槍振り回す貴族のお嬢様なんて……まあ、学院には少数派だがいなくもないか。でも、その殆どが田舎貴族の出身で、魔導院卒業の肩書きを得て一旗上げるのが目的だ。


「まずは暗殺者や誘拐犯から自衛する為の術を身に着ける事。それと……」


 いままで淀みなく話し続けていたリサデルが口籠る。


「地下七階に正当後継者の証となる家宝が安置されていると、長老会議から伝えられているのです」

「ふむ……」


 揺れる昇降機の壁は背中を預けるには具合が悪いのだろう。珍しく壁に寄り掛かっていないシロウが口を開いた。


「その家宝を横取りされては敵わぬ、とな」

「ええ、その通りです。だから私たちは信用の出来る仲間を得て、地下七階に挑まなくてはならなかったのです」


 腕組みしながら話を聞いていたアッシュが「質問、宜しいですか?」と手を挙げた。


「その家宝を得て、貴女方はどうするつもりですか? 自分たちをこんな所に追いやった者どもに復讐でもするのですか? それとも家宝を手に正当後継者を名乗るとでも?」


 いちいちトゲのある言葉選びに違和感を感じるが、それは俺も知りたいところだ。なんだかアリスが手の届かない人になっていくようで、不安で仕方がない。


「いいえ。魔導院の後ろ盾を得て新家を立ち上げる事となっております。その折には、貴方たちにも相応の謝礼と身分を用意するつもりです。ときにシンナバル」


 突然、名前を呼ばれ「はい!」と、バカみたいな返事が喉から出た。


「貴方さえ良ければ、アリスと一緒になって新家を盛り立てて欲しいの」

「えええっ!? そっ、それって……」


 降って湧いたようなリサデルの話に、気持ちがまったく追い付かない。でも、なんか浮かれたような気持ちになってアリスの様子を窺ったが、彼女はリサデルの背後に寄り添い、ずっと床を眺めているだけだった。


「先輩……」


 どうも様子がおかしいアリスに声を掛けよう歩み出る前に、アッシュが一歩先に出た。


「リサデルさん、貴女は何一つ嘘は言っていないようですね」

「ええ。神に誓って」


 いつものミーティングと同じように、アッシュとリサデルの二人は向き合った。だけど、何というか雰囲気がおかしい。張りつめた空気が……


「だが、貴女は本当の事も何一つ言っていない」


 カチリ、とアリスの腰の辺りから金属音がした。俺の目に、アリスがショートソードの柄に手を掛けるところが見えた。


「そうですね。あれは人間族でいうところの十数年前ですか」


 アッシュは腕組みを解かず、淡々とした口調で昔話を始めた。


「僕は海王都で、『さる高貴な御方』の従士を務めていた事がありましてね」


 リサデルのただでさえ大きな瞳が、零れるほどに見開かれる。


「アッシュ!! 貴方、まさか海星傭兵騎士団(シーザスターズ)の!?」


 リサデルが叫ぶのと同時にアリスがショートソードを抜き放ったが、アッシュは慌てる様子もなく、笑みすら浮かべて話し続けた。


「アリス、君は海女王(ラティスレイア)と生き写しの様に良く似ている。勿論、当時のラティスレイア様に、ですがね」

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