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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第八章 天の高み 地の深み
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第168話 煉瓦の巨人

 アリスと二人して師匠の、いかにも師匠らしい話に花を咲かせていると、前を歩いていたアッシュが首だけを振り向かせて、「その話、僕も加わりたい所ですが……」と前置きして、残念そうな笑みを浮かべた。


「到着しましたよ」


 アッシュの背中越しに薄闇の向こうに目を凝らすと、エレベータールームの扉はもう目と鼻の先だった。

 先頭を歩くシロウが立ち止まると、俺も含めた全員の歩みも止まった。


「今度の敵は、どんな相手かな? もしかして魔族(デーモン)かな。それとも竜族(ドラゴン)だったりして」

「あら、セハト? エレベータールームに出るのは煉瓦で出来た人形よ?」

「寮長さんはホント真面目だなぁ……」


 後ろから聞こえてくる二人の遣り取りに、つい口元が緩む。


「昨夜のミーティングの通り、この先に立ちふさがる『煉瓦の守護者(ガーディアン )』を撃破しましょう」


 アッシュの号令に、全員の顔つきが変わった。


「まずはシロさんが先陣を切るんだよね」


 セハトの声に、シロウが頷く。


「次に私が長槍で突撃。それからアッシュが状況を判断して指示を出す」


 長槍を担ぎ直してアリスが言うと、アッシュが「ええ、そのプラン通りに」と強く頷いた。


「俺たち後衛は、指示待ちで良いんだよね?」


 アッシュら前衛の三人が戦いの準備を整えるのを見守りながら、改めて訊いてみた。


「目が効くセハトは敵の編成を確認次第、大声で報告。リサデルさんは若しもの時の為にサポートを。それから……」


 アッシュは、わざわざ咳払いをしてから俺の名を呼んだ。


「君は時に魔術師らしくない行動を取ることが多々ある」

「……はい」

「規律を守るという事がどれだけ大切な事か、分からなくは無いだろう?」

「……分かってます」


 頭上から落ちてくる重くて強い正論に顔が上げられない。ところがその時、シロウが助け舟を出すかのようなタイミングでアッシュの肩を叩いた。


「シロウさん? どうされましたか?」

「拙者に考えがある。聞いて貰えぬか」

「えっ? ええ、勿論です」


 全員が一斉にシロウの顔を見た。普段から積極的な意見は言わないシロウが口を開いたことに、皆が驚きを隠し切れないみたいだ。


「シンナバルは闇雲に突撃しているのでは無い。拙者はその踏込に、剣術に近しき心意気を見た」

「剣術、ですか? 彼は魔術師ですよ」

「敵を斃す事に変わりはあるまい」

「いや、しかし……」

「瞬時に敵を屠る事が出来れば、消耗は最少に抑えられよう」

「確かにシロウさんの仰る通りですが……」


 低い声で淀みなく語るシロウに、珍しくアッシュが論破されかかっているのを、俺は不思議な気持ちで眺めた。


「……それで、シロウさんはどうされたいのですか?」

「この戦闘に限り、彼を自由にさせてみてはどうだろうか」


 思いもよらない一言に、「えっ?」と声が漏れてしまった。この場にいる誰よりも、きっと俺が一番驚いているに違いない。


「それは余りにもセオリーに反しています。魔術師は後方支援、と古来から決まっています」

「ふむ。(ぬし)が固いのは、守りの技だけでは無いようだな」

「……こんな時に人をからかうのは止めて下さい」

「主の言う、その『せおりぃ』とは『定石』の事であろう?」

「定石? ああ、そうですね」


 あの理論派のアッシュがすっかり翻弄されている。シロウの弁舌は、まるで師匠の弁舌、いや、師匠得意の揚げ足取りのようだ。


「拙者はこの地下訓練施設にて多くの人外のモノどもと争い、考えた。彼奴(きゃつ)らには対人を想定した戦術は通用せぬ」

「セオリーを破れ、と仰りたいのですか」


 アッシュの言葉に、シロウは軽く頷いた。


「拙者の生国では、シンナバルが使うような妖術はさほど発展しておらぬ。よって、かような恐るべき妖術を目にして、正に心胆奪われたわ」


 どうやら俺の名前が出てきたようだけど、ヤマト訛りがキツくて、半分くらいしか意味が分からない。


「それだけに拙者は己が妖術使いであればと、あの強力な妖術を活かす術を考えてみた。より速く、より深く敵陣に踏み込む事さえ叶えば」

「シンナバルの、あの無謀な飛び込みが、そうだと?」

「あの術をもってすれば一撃の元に敵を殲滅する事も出来よう」


 シロウとアッシュ、二人が同時に俺を見た。


「シンナバル」


 そして、二人同時に口を開いた。


「君はどう思う?」

「主はどう思う?」


 迫る二人の勢いに、さすがに一歩引いた。


「ええっと俺は、別にどっちでも良いかなぁ、なんて?」


 どう答えるのが正解か分からなくって、成人男性二人の顔を交互に見比べてみる。


「……どっちでも?」

「……良い、だと?」


 鬼気迫る顔で詰め寄ってくる二人の前から逃げ出す事も出来ず、俺は助けを求める気持ちでアリスの方を見た。

 すると、アリスは呑気にポニーテールを三つ編みするのに夢中なようだったが、俺の視線に気が付いて、いつもの向日葵みたいな微笑みを俺に向けてくれた。


「自分らしく、いたいんでしょ?」


 その一言で、俺の答えは決まった。




 ***



「みんな、行くよ!!」


 セハトが勢い良く扉を開け放ち、シロウを先頭にして俺たちはエレベータールームに雪崩れ込んだ。

 室内は一度に二十人が昇降機を待てる程の広さがある。セハトの錬金ランタンの光も奥までは届かない。


「敵影、三体! 大きいよ!!」


 セハトの声に目を細める。暗さにようやく慣れてきた目が、固い動作で立ち上げる巨影を捉えた。

 敵の正体はまだ分からないが、その存在を確認し、魔術発動を開始する。


「……仕掛ける」


 薄闇の先へ目を凝らす俺の前から、シロウの姿が掻き消えた。次の瞬間、暗がりの向こうから壁が崩れるような轟音が聞こえた。


「ギガント・ブリック! (ざん)二!!」


 セハトの叫ぶような声に目を見張った。

 煉瓦造りの小屋に、石柱のような手足を生やした異様な巨体。あれは『煉瓦の巨人(ギガント・ブリック)』だ。

 最上位のゴーレム、『鋼鉄の巨人兵(アイアン・ゴーレム)』並みの守備力を誇り、中途半端な攻撃では、あっという間に再生、いや、その辺に落ちてる煉瓦で壊れた部位を再構築してしまう難敵だ。しかも、心を持たない錬金人形にはフェイントや小細工は通用しない。


  ――――どうする?


 俺は、ちらりとアリスの様子を窺った。

 彼女は俺の迷いを断ち切るように、力強く頷いた。


「俺、やります!」


 味方を爆風に巻き込まない位置へと駆け出し、火炎系魔術を発動する。

 走りながら両腕を広げ、燃え盛る炎をイメージすると、たちまち両掌に炎が生じた。


「うぉおおおお!」


 勝手に喉の奥から雄叫びが迸る。魔術師らしくない? ああ、そうだろう。だけど俺は――――

 両手に宿った炎を胸の前で一つに圧縮すると、揺らめいていた炎は、真っ赤に輝く球体に姿を変えた。


「ボディーが――――」


 ギリギリまで身を低くして床を蹴り、ギガント・ブリックの懐に飛び込む。

 研究中の最新魔術だ。心して喰らいやがれ!


「甘いぜっ!」


 俺の頭上に一抱えもある太い腕が振りかざされた。だが、もう遅い!!


「燃えて散れ! 『準六位魔術・破裂の絶火』!!」


 巨人の股間に当たる位置に、練りに練った炎塊を叩きつけ、力の限りに押し込んだ。


 ズドオォン――――!!


 激しい火炎が一瞬、部屋中を昼間の様に照らし、凄まじい爆発音と衝撃が地下の壁を震わせる。一拍遅れて、煉瓦の巨体が爆散した。

 爆風を身体に受けて後方に跳び退くと、ギガント・ブリックを構成していた煉瓦が砕け散り、石礫(いしつぶて)と化して後続の巨人を襲うのが見えた。


「私に任せて!」


 いつもとは段違いの敏捷性で、ギガント・ブリックの前にアリスが駆け込んだ。

 鈍重な、だけど正確に振り下ろされる巨人の剛腕を掻い潜り、アリスは振り被るように銀色の長槍を構える。


「喰ゥらえ――――」


 疾走する勢いのまま、アリスは長槍を投擲(とうてき)した。


「フォルス・ストレイト!!」


 金色の光を尾の様に(なび)かせながら、銀の長槍がギガント・ブリックに驀進する!

 腹のド真ん中に風穴の空いた巨人は、砕けた煉瓦をまき散らし、力尽きたかのように前のめりに崩れ落ちた。


「アリス! 危ない!」


 だが、倒れざまに横薙ぎに振るわれた煉瓦の腕が、恐ろしげな唸りを上げてアリスを巻き込んだ。


「ここは僕がっ!」


 石柱のような腕が直撃する寸前、アリスの前に大盾を構えたアッシュが割り込んだ。

 グワァアアン! と、重たい鉄鍋が床に落ちたような金属音に思わず息を飲む。


「アリス!! アッシュ!!」


 リサデルの悲鳴に、シールドの裏で膝を突いたアッシュは「何のこれしき!」と、豪快な返事を寄越す。だが、防ぎ切ったとはいえ、床が陥没するほどの一撃にすぐには立ち上がれそうに無い。その間にも、ギガント・ブリックは緩慢な動きで起き上がった。

 追撃するか? 味方に任せるか? 躊躇(ちゅうちょ)する俺の視界の端にシロウの姿が入った。


点火(イグニッション)!!」


 ――――俺らしく


 身体が勝手に動いた。


 ――――あるために


 銀の腕に紅い輝きが弾ける。

 飛び込む俺の動きを察知したか、ギガント・ブリックは両腕を交差するようにして目の前に立ち塞がった。


「たかが煉瓦ごときで――――」


 錬金仕掛けの腕が、瞬く間に紅の炎に包まれる。


「俺の炎が防げるかよ!!」


 飛び込みざまに放った拳から、もはや炎とは呼べない熱の塊が放出される。

 ジュワッ、とお湯が蒸発するのと同じ音が聞こえた途端、煉瓦の巨人は膝から下だけを残して消滅していた。


「すっ――――ぐぉーい!」


 自分がやったことに自分で驚いていると、飛び跳ねるようにしてセハトが寄ってきた。


「凄い! 凄いよ、シンナバル!」

「ああ……自分でも驚いてるんだ」


 手応えも何も残っていない銀の腕を握ったり開いたりしていると、満面の笑みを浮かべてアリスも駆け寄ってきた。


「カッコ良かったよ。シンナバル」

「ホントホント! カッコイイ!」


 女子二人が熱っぽい目で俺を見ている。うん……悪くない気分だ。

 ちょっと良い気分な俺の目の前で、セハトとアリスは二人して拳を構えた。


「たかが煉瓦ごときでっ!」

「俺の炎が防げるかよっ!」


 俺に向かって見せつけるようにして互いにストレートパンチを振るい、女子二人はキャッキャッと(はしゃ)ぎ始めた。


「ねえねえ、あのセリフって、前もって準備してたの?」

「やっぱり師匠直伝? あの人、そういうところ、あるよね」

「お前ら……褒めてんのか馬鹿にしてんのか」

 

 言いようの無い羞恥と怒りに震える俺の前から「わぁ~シンナバルが怒った~」と、女子二人は手を取り合って部屋の隅に逃げて行った。

 なんかやり切れない気持ちでいると、背後から肩を叩かれて振り返った。そこにはアッシュが困ったような笑みを浮かべて立っていた。


「アッシュ、怪我は?」


 俺は反射的に、砂埃に塗れた重装騎士の全身を確認した。


「心配には及びません。ほら、この通り。あれしきの攻撃では掠り傷すら負いませんよ」


 はっはっは、と笑いながら、盾を持った腕をグルグル回してアッシュは答えた。


「先ほどの戦闘、良かったですよ」

「アッシュも俺をからかうんですか?」


 ちょっとイラっとして文句を言うと、アッシュは「からかう? 何の事ですか?」と怪訝な顔をした。


「いや、こっちの話です。ただの被害妄想です。自意識が過剰気味で肥大してるんです」

「……うん? まあ、難しい年頃ですからね」


 アッシュは分かったような分からないような大人顔をして、俺の顔を覗き込んできた。


「素晴らしい動きでしたよ。ギガント・ブリックを前にしてあれほど動けるとは」

「それは……夢中でしたから」

「ゴーレムのような巨大な敵と相対すると、どんな戦士でも恐怖に竦んで動きが悪くなるものですが、君の動きは無謀な怖い物知らずというよりも、まるで熟練の剣士のようでした」

「熟練の剣士……」


 その響きに引っかかるものを感じる。俺は剣の修行どころか、手解きすら受けた覚えは無い。だけど、どこに飛び込めば最も効果的な攻撃が出来るのか、どこに走り込めば危険な一撃を回避出来るのかが、脳裏に閃く時がある。これは、もしかしたらヴァーミリオンの記憶なのだろうか。


「シロウさんの慧眼と、君の闘い方には実に感心させられました。ただし――――」

「ただし?」

「かなり強力な魔術を立て続けに行使しましたね」

「ああ、そうですね」

「あのような闘い方を、毎回許可する訳にはいきません」


 完全に使いこなせているとは言えない準六位魔術と、魔術といえるのかも分からない、ギガント・ブリックに止めを刺した紅炎の一撃。今のところ精神の消耗は感じないが、無駄撃ちは避けたい。


「分かりました。自重します」


 神妙な顔をして答えると、アッシュは眉を寄せて頬を掻いた。


「すまない。君と話していると、どうしても叱っているような感じになってしまうな」

「気にしないで下さい。俺、馬鹿だから叱って貰わないと気が付かないんで」

「シンナバル……君はこの数日で見違えるように成長しましたね」


 素直な気持ちで答えたつもりだったが、アッシュは感心したような声を上げた。


「その気持ち、いつまでも大切にして下さい。その気持ちが君をより高みに導いて……」


 アッシュがそう言い掛けたところで、リサデルが「怪我はありませんでしたか?」と言いながら歩いてきた。途端、アッシュは顔を顰めつつ肩を抑えて俺に背を向けた。


「恥ずかしながら、先ほどの一撃を受けて少し痛めたようです。看ていただけませんか?」

「まあ、大変。すぐに治療を」

「ええ、是非ともお願いします」


 多分、アッシュは為になる事を教えてようとしてくれていたんだろうけど、これじゃあ台無しも良いところだ。


「成長、か」


 誰にも聞こえないように独り言を呟き、部屋の隅に目をやると、相変わらずセハトとアリスは二人してふざけ合っている。

 アッシュは絶対に大したこと無いはずなのに、リサデルに肩を摩られて嬉しそうな顔を隠し切れていないし、シロウはいつものように壁に寄り掛かって、一人の空間を作り上げていた。


 ――――これが俺のパーティ、俺の仲間たち。そして、俺は俺だ。


 思いを新たにして右手の甲に目をやると、赤い水晶は力強い輝きを返してきた。

 そして、誰かが押したのだろう。チャイムが鳴り、昇降機の扉がゆっくりと開いた。

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