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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第八章 天の高み 地の深み
167/206

第167話 自分らしくあるために

 *


 授業の真っ最中だからか、それとも魔術科の生徒たちが皆揃ってごっそり外出したせいか。いや、多分その両方なのだろう。校舎は、しぃんと静まり返っている。

 モザイク煉瓦に彩られたエントランスを渡り、デカくて重厚な受付カウンターの脇を抜けると、カウンターの奥で書き物をしていた事務員のおっさんと目が合った。普段なら気にも留めないでスルーしている所だが、ふと事務員の座る背後の壁に貼られた標語が気になった。『挨拶は心の鏡』、か。


「……ちわ」


 『心の鏡』というフレーズに刺激されて、柄では無いと思いつつも短く挨拶してみた。だが、おっさんは俺の事なんて目にも入らないように再び書き物を始めた。

 俺を無視した事務員を横目に連絡通路へ向かうと、コツコツと煉瓦を刻む足音だけが、冷たい廊下に響き渡った。

 学院の天井って、こんなに高かったか? 廊下はこんなに広かったっけ? たった一人で擦れ違う人もいない廊下を歩いていると、今までに感じた事の無い心細さが湧き上がってきた。


「大丈夫。俺は、俺だ」


 銀の腕を握り締めて、独り言を呟いてみた。

 アリスもセハトも、モディアもライカールも、俺を認識してくれていたじゃないか。あの事務員は……たまたまだ。

 モヤモヤした不安を抱えたまま地下訓練施設入口への連絡通路を渡ると、閑散としたロビーの一角には、すでに仲間たち全員が集まっていた。事務員と別れて数分しか経っていないのに、自分以外の人の姿を見て、ホッとしている自分が不思議だ。


「みんな揃ってんな」


 殆ど無意識にアリスの姿を目で探すと、彼女はアッシュと二人して互いの装備を点検し合っていた。その近くの壁には、不穏な殺気を身に(まと)い、木刀を抱えたシロウが黒い影のように寄り掛かっている。

 そんな緊張感(みなぎ)る前衛職たちの雰囲気に気圧されて、自然とセハトとリサデルが寛いでいるベンチに足が向いた。

 俺が近づくと、打ち合わせでもしていたのだろうか、長椅子に座ったまま二人は地図から顔を上げた。


「おお、勇者よ。貴方がここへ来るのを待ち侘びておりました」


 仰仰しい台詞とは裏腹に、セハトは気の抜けた仕草で掌をこっちに向けてきた。


「待たせたな。さあ、魔王退治といこうじゃないか」


 その掌をパチンと弾くと、セハトは「ふぁっ?」と、驚いたような声を上げて俺の顔を見た。


「シンナバルがノってきた」

「なんだよ。悪いかよ」

「だって、いつも『その喧しい口に手ェ突っ込んで、内臓という内臓を全部掻き出してやろうか』とか言って、ボクのこと脅すじゃん」

「ンな事、俺がいつ言ったんだよ」


 セハトの首根っこを掴んで揺さぶってやると、リサデルが心配そうな顔をして俺のローブの裾を引っ張った。


「シンナバル。そんな酷い事を口にしては駄目」

「ちょっとリサデルさん。俺とコイツのどっちを信じるんですか!?」

「どっち、だなんて、そんな私を試す様なことを言って……」


 真剣な目を向けた俺とヘラヘラ笑うセハトの顔を見比べて、リサデルは困ったように眉を寄せた。


「六対四でセハトかしら」

「……マジすか」


 しれっと答えたリサデルの態度に、俺は普段、彼女からどう見られているのか、物凄く不安になってきた。

 そんな不当な扱いを嘆いていると、装備の点検が終わったのか、全身鎧(フルプレート)をガチャガチャさせてアッシュが声を掛けてきた。


「シンナバル、また遅刻ですよ」


 ……俺の顔見りゃまず小言、って決めてんだろうか、この人は。それでも俺は、「すいません」と謝ってから壁掛け時計に目をやった。確かに五分の遅刻だ。


「へへっ、友だちと話してたら長くなっちゃって」

「こんな大切な作戦の前にも遅れてくるなんて、君は将来、大物になるよ」

「それって教官にも良く言われます」


 はぁあ、と呆れたようにアッシュは溜息を吐いた。


「まったく……君らしいと言えば、君らしいか」

「えっ? 『君らしい』ってのは、俺らしいって事ですか!?」

「妙な所に喰い付いてきましたね」

「遅刻すると俺らしいですか!?」


 『君らしい』という一言が嬉しくて思わず詰め寄ると、アッシュは「いや、それは……」と、引き攣った笑いを顔中に張りつかせて一歩後ろに下がった。


「多少の語弊があるが、まあ、そう言うこと……なのだろうか」

「よぉし! じゃあ俺、これからも俺らしく遅刻します!」


 力強く宣言すると、突然、背後から頭を叩かれた。


「痛ってえ……って、アリス先輩?」

「なに馬鹿なこと言ってるの。アッシュが困っているじゃない」


 後ろ頭を押さえて振り向くと、普段よりも軽装備に整えたアリスが苦笑いを浮かべて立っていた。


「だってアッシュが遅刻すると俺らしいって言ってくれたから、俺、これからも遅刻しようって思って――――」

「何をそんなに(はしゃ)いでるの? 何だかシンナバルらしく無いよ」


 アリスの一言で一気にテンションが下がった。『冷や水を浴びせられる』とは、正にこの事か。


「あの……俺らしく無かった、ですか?」

「私、言ったよね。『赤くて透き通っていて、冷たく見えるのに実はちょっと熱くって』って」


 アリスの言葉に、銀の腕に光る赤い宝石に目をやる。


「ちょっとクールに構えてるくらいの方が、シンナバルらしいと思うよ」

「でも、それって、この石の話ですよね?」

「うーん、鈍ちん。でもね、その鈍さも大好き!」

「先輩……」

 

 臆面なく思った事をそのまんま口に出せるのは、とてもアリスらしいと思う。そして俺だって、彼女のそんな所が……大好きだ。

 俺も思ったまんまに自分の気持ちに正直になって、はにかむアリスに向かって手を伸ばすと――――


「手前ぇら、イチャイチャすんのはそこまでだ! 続きは調査が終わったからにしろぃ!」


 俺とアリスの間を、一刀両断するような勢いでセハトが割って入ってきた。


「セハトの言う通りですよ。しかも君たち、途中から僕の姿が目に入らなくなっていましたね」


 またもやアッシュの小言が始まった。


「これから僕たちのパーティは何人も足を踏み入れていないと言われている地下七階に挑むのだと言うのに君たち二人の緊張感と危機感と集中力の無さと言ったら最早呆れるのを通り越して心配の念すら抱かざるを得ないよ。まずシンナバル、だいたい遅刻をするという行為自体が自己管理を怠っている証拠であり……」

 

 しまった、これは本気の小言ラッシュだ。反省するフリをしながらアリスの顔を盗み見すると、彼女はしおらしく顔を伏せてはいたものの、クスクスと笑いを堪えるのに必死なようだった。どうして女の子って、こういう時に笑いが出てくるのだろう? でも、さすがにこれはバレたら小言じゃ済まないよな。


「皆さん、準備は整いましたか?」


 顔を赤くしてプルプル震えているアリスの様子にヒヤヒヤしていると、良いタイミングでリサデルが声を上げた。その声に弾かれたように振り返ったアッシュは、俺たちを置き去りにリサデルの方へと走って行ってしまった。やれやれ、助かった。


「いま、彼らに地下へと挑む心意気を、改めて注入していた所です」


 高揚した様子で語るアッシュと、両手を前に組んで聞き入るリサデル。


「まあ、さすがですね。油断も抜かりも無いその姿勢を、神様は必ずやご覧になっておいでですよ」

「あ、いや、僕は神様よりもリサデルさんに見ていていただきたく……」

「ご安心を。私はいつでも後方から注意して見守っていますよ」


 アッシュとリサデルのやり取りを見て、ついにアリスは我慢し切れなくなって吹き出した。


「あははははっ! あの二人、やっぱりブレないよね~!」

「ちょっ、先輩、声大きい。また怒られちゃいますって」


 腹を抱えて身を捩るアリスを小声で(たしな)めていると、壁際に寄りかかっていたシロウが、じろり、と険しい視線を向けてきた。


「ほっ、ほら、先輩。シロウさん、怒ってるって」

「あっははは~! シロウが怒ってるトコ、見たい! 見てみたい~!」


 このままではどんなに注意しても、かえって彼女のツボを刺激するだけな気がする。

 ひーひー言ってるアリスを放っておいて、シロウに一言謝っておくことにしよう。


「あの、すんません……先輩、緊張の糸が切れてしまったみたいで」


 適当な事を言って誤魔化そうと思ったが、刺すような右目がアリスに向けられ、視線の刃はそのままの鋭さで俺を突き刺してきた。入学してからたったの数か月で『サムライマスター』とも称されたシロウの眼光に、俺は思わず息を飲み込んだ。


「……騒々しいな」


 孤高のサムライは小言なんて口にはしないだろう。きっと、鋭い一言でぶった斬ってくるに違いない。俺は覚悟を決めた。


「……もう出立か?」

「えっ? ああ、そうみたいです」

「……すまぬ。寝ていた」

「寝て? ああ、そうなんですね」


 うん。この人も、ある意味ブレないな。




 *



「さあ、では参りましょう。皆に生命神のご加護を」


 受付票に全員の名前を書き込んで、リサデルは静かに出発の号令をかけた。その声にアッシュだけが気合いを入れて応えていたが、セハトは「おー」、アリスは「はーい」と、気の抜けた返事をした。それもそのはず、錬金昇降機の設置された部屋までは、訓練施設の係員によって魔物の類は完全に排除されているからだ。


「エレベータルームの前に着いたら、隊列を整えましょう」


 アッシュはそう言うが、結局、俺たちのパーティは、シロウを先頭にしたいつもの隊列で地下への階段を下りた。

 最後尾を歩くセハトが持った錬金ランタンの光が、階段の先までを照らし出している。その光を受けてキラキラ輝く金色ポニーテールに疑問を感じ、俺の前を行くアリスに声を掛けてみた。


「先輩、なんかいつもよりも軽装ですね」

「うん。だって、おじ様がその方が良い、ってアドバイスくれたから」

「おじ様って、誰ですか?」

「武器屋さん」

「武器屋さんって、師匠がですか?」

「そうよ」


 階段を下りきったところで、アリスが振り返った。

 改めてその全身を眺めると、いつものカッチリとした『戦乙女(ヴァルキリー)』らしい装備では無く、『弓兵アーチャー』や『猟兵レンジャー』にも似た出で立ちに感じる。


「ねえ、この胸鎧(ブレストプレート)、どう? すっごく可愛いでしょ?」


 グッと突き出してきた胸鎧は、細かな花の装飾に彩られていて『いかにも女性用の防具』って感じがする。


「ほら、この手甲(ガントレット)脛当(グリーブ)も全部お揃いなの」

「あ、言われてみたらそうですね」

「ぜーんぶ、武器屋さんが見立ててくれたの。『お前さんらしさ(・・・)を最大限に引き立てるには、この装備しかない!』って力説されちゃって」

「へえ、師匠がですか」


 あの人、最近は猫と遊んでばっかりだけど、やっぱりプロ意識が高い人なんだ。


「その時のこと、詳しく教えてくれませんか?」

「ん、良いよ。あの日、どこの武具店に行っても良いのが無くって……」


 


 **********




「あーあ、あんまり良いの、無かったな」


 夕方になるまで散々歩き回ったのに、どこの武具屋にも気に入るような装備が見つからなかった。

 がっかりして寮に帰る途中、ばったりとシンナバルのお師匠様こと、武器屋さんに出会った。


「あ。お前、シンナバルの」

「はい。婚約者です」

「……あ、そうだったんだ。それじゃ、末永くお幸せに」

「おじ様、ちょっと待って!」

「ぬおっ! 首を掴むな、首を!」


 大袈裟に咽せる御主人に「お店で装備を見せて下さい」って、お願いすると、


「俺、これからエレクトラと一緒に夕ご飯なんですけど」


 なんて遠慮なさるものだから、ちょっとだけ腕に心を込めて、改めてもう一度お願いしてみたら、


「分かりました。喜んで」


 って、彼は気持ち良く了解してくれた。とっても紳士的な方よね。


 それから御主人と一緒にお店に入ると、可愛い黒猫ちゃんが出迎えてくれた。だけど、どうしてなのかな? 私の顔を見てサッと逃げちゃった。


「あれ? 前はあんなに懐いてくれたのに」

「……猫なりに思うところがあるんだろ。で、お前さんは何をお探しで?」


 この間の『紅翼竜カーディナル・ファング』との闘いで鎧が痛んでしまった事を伝えると、御主人は暫く考え込んでから「ちょっと待ってろ」と店の奥に入って探し物を始めた。

 私はその間、逃げ回る黒猫ちゃんと楽しく追い駆けっこをして、ご主人の探し物が終わるのを待った。


「お待たせ。ほら、これ見てみろ」

 

 カウンターに置かれた可愛い木箱の中には、凄く綺麗な胸鎧が納められていた。その繊細な薔薇の装飾と美しいフォルムに、私は目も心も奪われてしまった。


「どうだ? これぞ女性用胸部鎧の最高峰、『暁の詩(オーバ・ドゥ)』だ」

「こんなに素敵な防具……私、初めて見た」

「ほほう。こいつはお目が高い」

「でも、これは胸鎧でしょう? 私、いつもは全身鎧を装備していて……」


 私は自分の職種が『戦乙女』であり、主に長槍を主武器に使っていると伝えると、御主人は分かっているといった風に、うんうんと頷いた。


「お前さんの敏捷性と長槍のリーチを考えると、足が殺される全身鎧よりも機動力を活かせる軽武装の方が、お前さん『らしさ』を活かせると俺は思う」

「私、らしさ?」

「ああ。そうだ。お前さん……確かアリス、っていったよな。これからも、ずっとシンナバルと一緒にいるつもりだろ?」

「ええ、生涯の伴侶ですから」

「……言いたい事は色々あるが、まあ良いや。んで、そのシンナバルだけど、あいつは魔術師のクセに敵陣に飛び込んでいく妙なクセがある。しかも、動きも魔術発動も異様に速い」


 思い当たる節がありすぎて、私は何度も頭を縦に振った。


「そこに重たい全身鎧を着込んだお前さんがサポートに回っても、後手に回る可能性が高い」

「それで軽装に固めた私が、遠間から最速援護する、と」


 御主人は少し驚いたような顔をして、銀灰色の瞳をパチパチと(しばた)いた。


「アリス。お前、センスあるな」

「えへへへへ。褒められちゃった」

「ただなぁ、この胸鎧、結構お高いんですよ」


 腕を組んで難しい顔をした御主人の前で、私は財布を取りだした。


「寮に戻ればもう少し持って来れるのですけど、今はこれしか手持ちが無くて」


 カウンターの上に財布の中の金貨をあるだけ並べると、御主人は「ぬぉ!?」と変な声を上げた。


「おじ様? どうかなさいましたか?」

「六、七、八……って、お前、こんな大金どっから持ってきた!?」

「あの、足りるでしょうか?」

「たっ、足りるも何も……お、お嬢様、少々お待ちいただけますでございましょうか?」


 御主人は慌てた様子で再び店の奥に探し物に行ってしまった。

 仕方が無いから、もう一回、黒猫ちゃんと追い駆けっこをしよっと。うん、今日はとっても実りある一日になった!





 **********





「それから御主人は私だけの為に、店の奥から秘蔵の品を沢山持ってきてくれたの」

 

 嬉しそうに語るアリスに、俺は「良かったですね」と、だけ言っておいた。

 あの人、掃けない在庫を片っ端からアリスに売りつけたな……でも、それこそが商人、それこそが武器屋らしさ(・・・)なのかな。


「シンナバルは、武器屋さんの話をすると嬉しそうな顔をするね」

「ええ。だってあの人、俺の師匠ですから」

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