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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第八章 天の高み 地の深み
166/206

第166話 こころのかたち

 *****






「……目覚めるのです」


 どこからか声が聞こえた。


「……目覚めの時です」


 不思議な声に従って薄目を開けてみたが、カーテンの隙間から入ってくる光が眩しくて、声の主はシルエットでしか確認出来ない。


「さあ、今こそ目を覚ますのです。勇者よ!」


 俺はベッドの上に半身を起こし、真面目くさった顔でアホな事を口走っているセハトの頭を、ペシッと引っ(ぱた)いてやった。


「痛ったーい」

「うるさい。誰が勇者だ……って、あれ? ここは?」


 寝ぼけた目を(しばた)かせて殺風景(シンプル)な部屋を見渡してみたが、間違い無くここは学生寮の俺の部屋だ。どういうことだ? 俺は確か姉さんの研究室で……


「貴方は魔王に敗れ、命からがら村の入り口まで辿りついた所で気を失っていたのですよ」

「いつまで続くんだよ、それ」


 反射的に放った渾身の一撃(ツッコミ)を、セハトは素早く頭を下げて回避しやがった。ちょっとむきになって今度は右手を振り上げると、思いも寄らない軽さによろけてベッドの上に倒れ込んでしまった。


「どした? だいじょぶ? 貧血?」

「あ、うん……心配ないよ。ちょっとバランス崩しただけ」


 仰向けに寝転がりながら、右腕を顔の前に翳してみた。傷一つ無い真新しい義手は、朝の光を受けて白銀の輝きを放っている。


「夢じゃないよな。これは」


 前に装着していた『錬金仕掛けの腕(アームズ)』に比べて随分と華奢に見えるが、レスポンスの良さは格別だ。

 小指から順に動作を確かめていると、手の甲にあたる部分に埋め込まれた『魔術符号(コア)』が目に入った。


「それ、新しいアームズ?」


 セハトの声で我に返る。ほんの一瞬だけど、赤い輝きに心を奪われていた。


「ああ、姉さんの最新作なんだ」


 さっそく馴染み始めたアームズの反応を楽しみつつベッドから抜け出すと、セハトは興味津々といった顔をして寄ってきた。


「どう? 良い感じ?」

「うん、絶好調……って、ちょっと待て」

「ん、なに?」

「お前、どっから入って来たんだよ? ここ、男子寮だぞ」


 いくら見た目が少年っぽいとはいえ、いまセハトが着ているのは盗賊科の女子用制服だ。基本的に女子禁制なこの男子寮に、玄関通って廊下を歩いて、ってワケにはいかないはず。


「んー? どこから、と言われましても。ねえ」


 セハトは返事の代わりに、俺の頭の辺りに目をやった。


「何だよ? 俺の頭に何か付いてんのか?」

「いや、そうじゃ無くて、上」

「……うえ?」


 天上を指差したセハトに釣られて真上を見上げ、思わずポカンとしてしまった。なんで天井から人の脚がっ!?


「どいて! そこどいて! 手がっ、もうっ、ムリっ!」

「はっ? えっ?」

「きゃあっ!」


 悲鳴と共に天井から人が落ちてきた!


 ――――ここは受け止めるべきか? それとも避けるべきか!? 


 なんて考えている間も無く、俺は無残にも床に押し潰された。


「むぐぐぐぐ……」


 重さと痛みに呻いていると、何やら柔らかなモノに両頬を挟みこまれている事に気が付いた。


「おわあっ!」


 それが女性の内腿だと気が付いて、痛いのとは違うタイプの悲鳴が喉から勝手に出る。

 あたふた踠いているうちに、俺の胸の上に馬乗りになった女性の正体に気が付いた。


「せっ、先輩!?」

「シンナバル~~う」


 アリスは涙ぐみながら、俺の顔を覗き込んできた。


「会いたかった。私、シンナバルに会いたかったの」

「わっ、分かりましたから、とりあえずどいて下さい」


 苦しいのが半分、嬉しいのも半分。こういうのも悪く無い、と思いつつもアリスにどいて貰った。


「それで、何のつもりですか?」


 セハトのニヤニヤした視線を無視して立ち上がり、何故か揃いの制服を着ている二人に尋ねてみた。


「セハトはともかく、先輩が男子寮に忍び込むなんて」

「むおー! ともかくって何だ! ともかくって!」

「やかましい。お前は黙ってろ」

「だって、私……会いたかったんだもん」

「昨日の夜に会ってましたよね。そらみみ亭で」


 ぷうっ、と膨れるアリスの隣で様子を見ていたセハトが、「まあまあ」と口を挟んできた。


「アリスはね、君と二人だけで話がしたかったんだよ」

「話なんて、いつでも出来んじゃんか」

「くあーっ! 分かってない、分かってないなぁ!」


 セハトは自分の両肩を抱きしめて、クネクネと妙な動きをし始めた。


「愛しの彼に今すぐ会いたいの。私、このままじゃ一睡も出来なぁい」

「ちょ、ちょっと! 私、そんなこと言って無いし!」

「シンナバルに会いたいのぉ。お願いセハトぉ、力を貸してぇん」

「そんな言い方してない!」

「内容は合ってるでしょ」


 ギャーギャードタバタし始めた女子二人の間に、「静かに」と割って入った。


男子寮(ここ)に許可無く女子が忍び込んだなんてのがバレたら、俺たち三人、学院を追放されますよ」


 互いの頬っぺを(つね)り合っていた女子二人が、途端に静かになった。


「そうだった、そうだった。地下七階の調査目前で退学なんてシャレになんないね」  


 両頬を赤く腫らしたセハトが、うんうん頷く。


「じゃあ、先に戻ってるね」

「一人だけで帰んのか?」

「うん。ボク、道案内しただけだし。アリス、帰り道って分かるよね?」


 両頬を(さす)りながら頷き返したアリスに、セハトは「じゃっ、また後で」と言い放ったのと同時にベッドの上に飛び乗って、スプリングの反動を利用して天井まで跳び上がった。


「あっ! ちょっ、お前!」


 セハトは実にホビレイル族らしい身軽さで、天井に空いた穴に姿を消した。

 俺は天井板の外された天井と、踏み荒らされたベッドを交互に眺めて、思わず溜息を吐いた。


「あいつ、俺のベッドに土足で上がりやがって……」

「ご、ごめんね、私が悪いの。私がシンナバルに会いたい、ってセハトにお願いして、それで……」


 俺が怒っているとでも思ったのだろうか。アリスは(すが)るような目をして、俺の寝間着の袖を掴んできた。


「別に怒ってないですよ、先輩。寝起きでビックリしただけです。ところでその、どうして先輩が盗賊科の制服着てるんですか?」


 見慣れない恰好をしたアリスの、爪先から頭の天辺まで眺めつつ訊いてみた。

 盗賊科の制服は、とにかく機能性重視であんまり制服らしくないデザインだ。素早い動きが身上の職種(クラス)なだけに男女とも身体の動きを邪魔しない作りなんだけど、女の子の制服は男子生徒たちに隠れた人気がある。その……ピッタリしたショートパンツが。


「あ、あんまり見ないで。そんなにじっくり見られると恥ずかしい」


 総合戦闘科の制服とも勇ましい甲冑姿とも、ましてや普段着とも違うその姿に、ちょっと見惚れていた自分がいる。


「こっ、これはね、セハトが貸してくれた予備の制服で、私は別に良いって言ったのに、忍び込むには形からってセハトが……」


 しどろもどろに言い(つくろ)いながらも、アリスは剥き出しになった肩や足を隠す様にモジモジしている。これは多分、サイズが合っていないのだろう。身動(みじろ)ぐ度に、せっせとショートパンツの裾を引っ張っている。


「と、とにかくそんなにジロジロ見ないで」


 照れ隠しに振り上げたアリスの手が、アームズに当たった。


「新しい義手……?」

「ええ、昨日の夜に換装して貰ったんです」


 そう言えば、それからどうやってここまで帰ってきたんだろう? ちょっと考えこんでいると、アリスは俺の新しい義手を手に取った。


「すっごく綺麗。シンナバルのお姉さんが作った感じがする」

「分かるんですか? 姉さんの作品だって」

「だって、お姉さんって、こういう感じのデザインが好きじゃない?」


 アリスは優しい手つきで繊細な装飾をなぞった。言われてみれば、アリスの言う通りだ。姉さんの好み、それは六英雄時代風な意匠に他ならない。


「この赤い宝石も、とってもシンナバルに似合ってる」


 細い指がすすっ、とアームズの上を滑り、『魔術符号』に触れた。すると突然、アリスは驚いたように手を引っ込めた。


「先輩、どうかしました?」

「熱くてびっくりした。その宝石、何だか熱いよ」


 アリスに言われて、左手で『魔術符号』に触れてみた。


「あ、ホントだ。熱くて触れないって程じゃないですけど」


 その、じんわりとした熱に、寒い日でも手が(かじか)まないようにと、シロウが懐に入れている温石(おんじゃく)を思い出した。


「その石、シンナバルっぽいね」


 アリスは柔らかな笑みを浮かべて、銀色の腕と俺の顔を交互に見た。


「俺っぽい……ですか?」

「そう。赤くて透き通っていて、冷たく見えるのに実はちょっと熱くって」

「へへへっ。俺って、そんな感じですか?」


 笑って誤魔化しながらも、内心どきりとしていた。アリスは何か勘付いているんじゃないだろうか。


「そうだ! 私が宝石だとしたら、どんな石だと思う?」

「え? 先輩がですか?」

「思ったままを言ってみて」

「ええっと、やっぱり色は金色、かな」


 ――――どんな宝石よりも綺麗で、とても眩しくて。


「そんで、キラキラ光って……ます」


 ――――どんなに深い闇の中でも強い輝きを絶やさない、大粒の金剛石。


「うーん、貧弱なボキャブラリィ」

「当の本人が目の前にいるのに、そんなん恥ずかしくって上手く言えないですよ」


 子供みたいな俺の返事にアリスは不満げな顔をしていたが、何か良い事を思いついたようにパッと明るい顔なった。


「じゃあ、私が金色でキラキラじゃなくっても、好きでいてくれる?」

「また意味が分からない事を……」

「リサデルが何を言ったとしても、私は私だからね」

「……先輩?」

「それが言いたかっただけなの。ごめんね、朝から忍び込むような真似をして」


 そう言って背を向けたアリスを、俺は後から抱きしめた。驚くほど自然に、身体が勝手に動いていた。


「何があったって、先輩は先輩です。だから――――」


 柔らかな金色の髪に顔を埋めながら言うと、アリスは俺の腕の中でくるりと反転して、真正面から俺の目を覗き込んできた。


「何があったって、俺は先輩の傍にいます」


 濁りの無い緑色の瞳の中に、俺の顔が浮かんでいる。自分の存在すらあやふやな俺だけど、この気持ちだけは強くて、そして確かだ。


 ――――もしも想いを形に出来るとしたら、どんな想いを形にしてみたい?


 姉さんが言ってた事の意味が、今なら良く分かる。目に見えない物に手を伸ばしたって、何も掴めやしない。それでも俺は、この手の中に包んで確かめてみたい。

 俺は大切な宝石を包み込むような気持ちで、アリスの全身を抱きしめた。ただ、俺の身長は、未だに彼女を包み込めるほど高くないのが悔しい。



 *



 来た時というか、落ちてきた時の天井の穴によじ登って、アリスは帰って行った。リサデルからの「本日の十〇時をもって、地下七階への調査を開始する」との伝言を残して。


「食堂は、もうタイムオーバーだよな」

 

 女子二人が外していった天井板を嵌め直しているうちに、結構時間を喰ってしまった。

 俺は部屋にある物の中で唯一オシャレっぽい錬金時計を眺めつつ、準備を始めることにした。


「これと、これ。それからこれ、と」


 非常食と言う名のスナック菓子を頬張りながら探索に必要な装備を並べてみたが、持ってかなくちゃいけない物なんて、身に纏うローブと履きなれたブーツくらいしかない。魔術師必携とも言われる魔力増幅器『魔術の杖』は、義手に埋め込まれた『辰砂の杖(シンナバル)』があるので必要ない。

 俺はふと、仲間たちが普段どんな装備をしていたのか思い浮かべてみた。


 『重装騎士(アーマーナイト)』のアッシュは、全身ガチガチの金属鎧だもんな。あれは重くて大変そうだ。

 『戦乙女(ヴァルキリー)』のアリスはそれに比べたら軽装備だけど、それでも完全武装には違いない。

 『サムライ』のシロウが身に着けている装備といえば、あれは殆ど普段着だ。よくもあの格好で前衛張って大怪我しないもんだ。

 『地図士(マッパー)』のセハトは盗賊科の制服をそのまま流用しているけど、あいつの鞄だけは謎だ。どう考えても容量以上の物が詰まっているようにしか見えない。あれこそ冒険小説に良く出てくる『何でも入る魔法の鞄(マジカルバッグ)』ではないだろうか。


 それにしても、よくよく考えてみたら『神聖術師(プリーステス)』のリサデル以外は皆、師匠の武器屋で装備を整えているんだよな。そうだ、今回の探索が終わったら、真っ先に師匠に報告しに行こう。そんでアリスも誘ってシーフードカレーが美味いあの店に……うん、ついでにセハトも連れてくか。


「良しっ! 行こう!」


 俺は楽しい事だけを考えるようにして、師匠の教え通りに気負わず、平常心を胸に自室を後にした。


 すでに授業が始まっているこの時間では、廊下には俺以外には誰も歩いていない。人っ気の無い男子寮から表に出ると、強い木枯らしが吹き下ろしてきた。冬晴れの空を見上げてみたが、北の方角に見える雲の色が怪しい。


「ここらも、そろそろ雪降んのかな」


 身を切る寒さに襟元の紐を絞り直した。俺が着込んだ『姉さんお手製・錬金強化ローブ』は耐冷性能も抜群とはいえ、決して暖かいワケでは無い。

 学生寮から学院は、目と鼻の先だ。寒いのを我慢して小走りで学院のエントランスに向かうと、俺の行く手に魔術科の制服を着た連中がぞろぞろと列をなして歩いてくるのが見えた。

 集団の中に知った顔を何人か見つけて声を掛けようとしたが、どいつもこいつも浮かない顔で手を振り返してくるだけで、どうも様子がおかしい。

 釈然としない気持ちで目の前を通り過ぎていく魔術師たちを眺めていると、列の中にひょこひょこ見え隠れしているモジャモジャ頭を見つけた。


「おーい、モジャ」

「あれ? シンナバル?」


 モディアは列から抜け出て、満面の笑みを浮かべて俺の元まで駆け寄ってきた。


「久しぶりだね。これから地下七階?」

「知ってるのか?」

「もう、魔術科は君の話でもちきりだよ」


 色んな意味でね、と付け加えて、モディアは苦笑いを浮かべた。


「色んな意味って、どんな意味だよ?」

「ねえ、シンナバル。これから僕ら、どこで何しに行くんだと思う?」

「え? 図書館で調べもの?」


 そう言ってはみたものの、行列が向かう方向は図書館とはまるで逆方向だ。


「週一の体育か? いや、曜日が違うよな」

「うん、惜しいね」

「惜しい? 惜しいって?」

「僕ら魔術科の生徒全員で、これから寒中水泳大会なのさ」

「はあ? 水泳!?」


 思わず大きな声で訊き返すと、行列の中から「おい見ろよ、シンナバルだぜ」、「ズルいよなアイツ」、「マジで死ねばいいのに」なんて、身に覚えの無い怨嗟の声が聞こえてきた。


「……どういう事だよ。水泳なんて、魔術科にそんな単元あったか?」


 静かに殺気立つクラスメイトを刺激しないように抑えた声で訊くと、何故かモディアまで小声で返してきた。


「教授会で決まったらしいよ。『強靭な精神は、頑強な肉体に宿る』だって」

「マジか……何でまた寒中水泳なんだよ」

「ヘイフォード教官が『魂魄に凍氷を刻め』って」

「あのオッサンが言い出しそうな話だな」


 ヘイフォード教官の無精ヒゲに覆われた顔が目に浮かぶ。


「水泳大会は、女子も容赦無しなんだ。だから今回、参加を免除された君は、皆から目の敵にされてるんだよ」

「そんなん俺のせいじゃないだろ」

「あ、ごめん。そろそろ行かなきゃだね。じゃあ、地下七階の話、楽しみにしてるよ」


 複雑な笑みを浮かべてモディアは列に戻って行った。

 俺は、あまりの気まずさに立ち去る事も出来ず、たまに敵意に満ちた視線を向けてくる感じの悪い行列を見送っていると、悠然とした歩調で最後尾を歩いていた面倒臭いのと目が合ってしまった。


「やあやあ、これは地下七階の調査に大抜擢されたシンナバル君じゃあないか」

「俺は自分から立候補したんじゃないぜ、ライカール。文句なら長老会議に言えよ」


 言い返した俺に向かい、貴族出身のエリート魔術師は自慢の金髪を掻き上げて鼻で笑った。


「ふふん、今回は幸運だったじゃないか」

「だから、言っただろ。別に俺が……」

「泳ぎでは私には敵わないだろう。君に、我がバランシン一族に伝わる秘伝の古式泳法を見せつける好機だったのだがな」

「ああ、そういう意味……」


 上背の高いライカールは、ぞんざいな態度と表情で俺の顔を見下ろしていたが、突然、腰を折り、「ああ、そうだ」と言って目線を合わせてきた。


「来月、バランシン家主催の料理大会があるんだ。どうだ、そこで雌雄を決しようではないか」

「はあ? 料理?」

「君に、我がバランシン一族に伝わる門外不出の伝統調理術を見せつけてやろう」

「ちょっと待て。それは流石におかしいだろ」

「ふふふ、臆したか。やっぱり君は魔術だけにしか能がないのだな。アリス君も詰まらぬ男に引っ掛かったものだ」

「くっ……いや、でも、それは俺じゃなくても……」


 意外に鋭いライカールの眼力に気押され、不覚にも目を逸らすと、奴の大きな手が俺の両肩を鷲掴みにした。


「何を言っている。私は、君と競い合いたいんだ」

「ライカール? お前……」


 俺を見るライカールの表情が和らいだ。


「そして、君が敗北の恥辱に塗れ、泣いて伏して詫びて許しを請うところを見たいんだ」

「てめぇ……」


 ほんの少しでも心を許したかけた俺が甘かった。


「さて、君とじゃれ合っている暇は無いんだ。私は行くよ」

「バーカ! 死ね! 凍死しろ! 魚に喰われちまえ!」


 思いつく限りの罵詈雑言もどこ吹く風に、ライカールは俺に背を向けたが、「最後に一つ」と言って振り返った。


「何だよ。足攣って溺死しろ」


 気取った笑いの張り付いた顔を睨み付けてやると、ライカールは急に真剣な顔をして、「無事を祈っているよ」なんて言ってきやがった。


「突然、なに言って……」

「怪我を敗北の言い訳に使われても困るのでね」

「なっ……お前……」


 言い返す言葉が見つからない俺を置き去りにして、ライカールは走り去った。


「くそっ、調子狂うな……ったく」


 遠ざかっていくクラスメイトたちを見送っていると、不思議な気持ちが湧き上がってきて、ふと右腕で胸を押さえてみた。


 ――――この気持ちは、どんな形を、どんな色をしてるんだろう


 俺はくすぐったいような奇妙な気持ちを胸に、仲間が待つ地下への入り口へと足を向けた。

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