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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第八章 天の高み 地の深み
165/206

第165話 人間であること その証明の在処

 **********






「そして、錬金強化手術を施してから三日後に少年は目を覚ました。たった一言、『シンナバル』という名詞以外、全ての記憶を失って」


 姉さんは話を一区切りして、俺の髪を撫でる手を止めた。それを寂しいと思いつつ、俺は機械の中に埋もれた赤い輝きに目をやった。


「じゃあ、やっぱりこれが英雄遺物、『辰砂の杖(シンナバル)』なんですか?」

「検証も裏付けも足りていないけど、そう考えるのが自然じゃないかしら」

「杖の形をしていないんだ」


 水晶はせいぜい掌サイズだ。とてもじゃないけど杖の役には立ちそうにも無い。


「『六英雄物語』は五百年も昔の史伝よ。著者の主観や伝聞が混じっていてもおかしくはないわ」


 そこで姉さんは声色を変え、「赤き魔女の右手には、常に炎が渦巻いていた」と、時代掛かった口調で(そら)んじた。


「魔女の手に相応しいのは、『魔法の杖』か『魔女の(ほうき)』じゃない?」


 姉さんは自分で言って自分でクスクス笑っていたが、俺は『右手に渦巻く炎』の一節が気になった。右手の炎……それは『紅炎(プロミネンス)』の事ではないだろうか? そうなると、俺と同じ名前を持つこの両剣水晶は何なのだろう? 

 赤い水晶は一定のリズムを保ち、明るくなったり暗くなったりを繰り返している。さっき姉さんが聞かせてくれた話では、瀕死の少年の命を繫ぎ止めたのは『これ(・・)』に違いない。


「『辰砂の杖』ってのは、いったい――――」

 

 そう言い掛けたところで、スワンソングが細長い包みを両腕に抱えて戻って来た。

 俺は膝枕してもらっていたのが急に恥ずかしくなって、慌てて立ち上がった。


「遅かったわね。スワンソング」

「申し訳ございません。マスター」


 姉さんの叱責に恐縮した様子でスワンソングが腰を折ると、その勢いでカクン、と頭が曲がっちゃいけない角度に傾いた。それを見て、俺は反射的に短い悲鳴を上げてしまった。


「先ほどから視界に異常が発生しております。真っ直ぐに歩く事もままなりません」


 立ち上がり、スワンソングが差し出した包みを受け取りながら「貴女も直してあげないとね」と、姉さんは苦笑いを浮かべた。

 俺はその包みの中に垣間見えた物を見て、再び声を上げてしまった。


「姉さん、それは……?」


 姉さんが包みから取り出したのは、銀色に輝く鋼鉄の義手だった。今までのアームズと比べると、ずいぶんと細身で洗練されたデザインに見える。


「これは最新型の『錬金仕掛けの腕(アームズ)」。そして、これがきっと私の最後の作品」


 愛おしそうな目でアームズを眺めながら、姉さんは義手の甲に痩せた頬を寄せた。


「ねえ、シンナバル。貴方はこのアームズでもって、私の最高傑作になるの」


 不思議な色を帯びた視線が、義手から俺の顔へと移る。

 ぞっとするほどに美しい微笑を前に、俺は金縛りに遭ったように動けなくなった。


「……でも、その前にこの子を直しておかないと、後が面倒ね」


 姉さんはそう言って、首をおかしな方に向けている以外は礼儀正しく佇んでいるメイド人形へと目を向けた。その途端に、邪眼蜥蜴(バシリスク)蛇女怪メドゥサに睨まれたかのように硬直していた身体が自由になった。恐るべし、姉さんの眼力。


「スワンソング、第三レベルまでの自律保安機能解除」

「それは御命令でしょうか?」

「そうよ。修理が完了するまでの間、保安機能を停止しなさい」

「かしこまりました。制御・検知・保護の各種装置停止。修理・点検モードに切り替えます」


 二人の間で意味の解らない遣り取りが終わったと思った直後、「ぷしゅうー」と空気が漏れたような音を口にして、スワンソングは床に座り込んでしまった。


「ど、どうしたんですか? 壊れた!?」

 

 力無くペタンコ座りをするスワンソングに駆け寄ると、姉さんは「心配ないから見ていなさい」と笑い、項垂(うなだ)れた小さな頭を両手で掴んだ。


「よいしょっ、と」


 姉さんは何の躊躇も無く、建て付けの悪い抽斗を無理矢理引くような感じでスワンソングの頭を引っこ抜いた。

 えっ? と、喉から出掛かった声が、すぐに「うえええええええええ!?」に変わった。


「どうしたの? 大きな声を出して?」

「いや、あの、それって……」

「ふふふ、変な子ね」


 姉さんは人形の頭を抱えたまま椅子に座り、部屋の隅を指差した。


「ほら、そこのワゴン持ってきて」

「ワゴン?」

「そこのドライバとかスパナが乗っている作業ワゴン」


 目の覚めるような美人が、美少女の生首を逆さに抱えて切り口を覗き込んでいる姿は、『地下』で散々な惨状を見てきた俺からしても、ドッキリする光景だ。

 頭の中ではスワンソングが人形だってのは分かっている。それでも怖さの方が勝ってしまい、首と胴とが離れ離れになったメイド人形の姿を見ないようにしてワゴンを運んだ。


「ワゴン、ここに置きますねっ」


 そそくさとその場を離れようとしていたのに、無心に人形の頭の中をほじくり回している姉さんから、「ちょっと、こっちに来なさい」と呼ばれてしまった。


「いや、俺は別にココで良いかな、なんて」

「どうしたの? なにビビってるの?」

「びっ、ビビビってなんか無いし!」

「大切な事なの。こっちに来て」

「……はい」


 何だか上手く丸め込まれた気もするけど、俺は渋々、姉さんの傍に立った。


「ほら」


 姉さんは読みかけの雑誌でも見せるような気軽さで、生首の切断面を突き付けてきた。俺は、またしても「ううっ」と声を上げてしまったが、人形の頭の中には、分解中のアームズのそれと良く似た機械がみっしり詰まっていた。

 ああ、やっぱりコイツも錬金仕掛けなんだ、冷静になってそう思っていると、幾重にも折り重なった歯車の合間にキラキラした光を放つ小石を見つけた。


「あれ? これって……」


 俺の右腕に宿る輝きと、機械の中に埋もれた輝きを交互に見比べた。光の色は違っても、ゆっくりと明滅する感じが良く似ている。


「もしかして、『魔術符号(コア)』ですか?」


 思ったままを口に出すと、姉さんはゆっくりと頷いた。


「そう。それがこの子の存在を確かにしている理由にして、彼女の全てを司る結晶回路。すなわち『魔術符号』よ」

「存在を確かにする理由……」


 俺の呟きに答えるように頷いて、姉さんは抱えた人形の首に目を戻した。


「そしてこれは、魔陽石で出来ているの」

「魔陽石?」


 思いも寄らなかった言葉に、俺は天井を見上げてみた。そこには照明として埋め込まれた魔陽石がオレンジ色の光を放ち、部屋の中を照らしていた。


「十三才で魔導院に入ってからずっと、私は魔陽灯の研究をしてきたの。子供の頃は家が貧しくて、本を読む灯りにも苦労したから」


 姉さんは天井を見上てからドライバを手に取り、スワンソングの修理をしながら話し始めた。


「そして、最高の照度と高効率の照明を追い求めているうちに、魔陽灯の光源となる魔陽石には様々な特徴がある事に気が付いたの」

「魔陽石って、光るだけの石じゃ無いんですか?」

「ええ。石が帯びた色や純度によって特性に違いがあるのよ。赤みが強い魔陽石は発熱作用があるから錬金ボイラーに、青みかかった物は冷却作用があるから保冷箱に、とかね」

「へえ、知りませんでした」


 未知の事実に腹の底から唸った。普段から目にしている魔陽石に、そんな違いがあったとは。


「でも俺、オレンジ色のしか見たこと無いですけど」

「相当に経験を積んだ錬金術師じゃないと、なかなか魔陽石の見分けは付かないわ。ただし、一つの例外を除いて」

「例外?」

「魔陽石はね、精製を重ねて純度を高めていくと明度と彩度が上り、より透明度が増すの」


 姉さんはうっとりとした眼差しで、スワンソングのコアを見つめていた。機械の中から漏れ出る輝きは、俺の目にはオレンジ色を通り越して金色にも見えた。


「だけど、精製限界を超えた瞬間に結晶は崩壊を始め、より純粋で、より高度な存在に昇華する。そうして生まれた存在を、私とアイザック博士で『錬金妖精』と名付けたわ」

「錬金……妖精?」


 俺が呟くのと同時に、スワンソングの修理が終わったようだ。姉さんは人形の頭部と頸部を慎重に合わせてグイグイ押し込み、「これで良し」と、大きく息を吐いた。


「ふふふ……次は貴方の番よ」

 

 姉さんは妖しい微笑みを浮かべ、ドライバを握り締めて近づいてきた。


「そこの手術台に横になって」


 その狂気的な笑みに思わず逃げ出したくなったが、何も首を引っこ抜かれるワケでも無いだろう。俺は大人しくベッドに横になって姉さんを待った。


「良い子ね。さあ、これを飲んで」


 差し出された掌の上には、一粒の小さな錠剤が乗っていた。

 

「これは?」

「ルルモニ特製の睡眠薬。良く効くわ。どんな痛みがあっても朝までグッスリ」


 睡眠薬を受け取りながらも、『どんな痛みがあっても』の一節に物凄い不安を覚える。ちっぽけな錠剤を口にするのを躊躇していると「お水が無いと飲めない?」と、姉さんが小首を傾げて訊いてきた。


「飲めますよ! 子供扱いしないで下さい」


 正直、水無しで錠剤を飲み込むのは大の苦手だったが、ここは見栄を張っておこう。俺が錠剤を口に放り込んだのを見届けると、姉さんは錬金手術の準備を始めた。

 ぼんやりと天井を見上げていると、嫌でも魔陽灯の光が目に入る。大して眩しくも無かったが、瞼を閉じた途端に睡魔が襲ってきた。


「アイザック博士は錬金妖精の、私は魔陽石の超高純度精製の研究を進めたわ」


 姉さんの透き通るような声は、まるで子守唄のようだ。


「方向性は違うけど、私と博士が共に目指したのは、知性ある錬金生命体の創造」

「知性ある、生命体?」

「そう。そしてあの日、まるで神様からの贈り物のように現れた、信じられないくらいに純度の高い魔陽石を『魔術符号』に使い、私は貴方を生み出した」

「じゃあ、やっぱり俺は……」


 もう、驚きは無かった。涙も出ない。俺はやっぱりスワンソングたちと同じ、錬金人形だったんだ。

 だけど姉さんは、慰めも励ましも無く淡々と話を続けた。


「聞いて、シン。その後はね、どんなに限界まで精製した魔陽石を使っても、貴方みたいに喜んで、怒って、泣いて、笑う事が出来る『心』を持った存在は造りだせなかったの」

「……どうして俺だけが?」

「これは私の推論に過ぎないのだけど、魔陽石は人の想いが結晶化した物なのかも知れない。強い想いが魔陽石に鮮やかな色彩と力を与えるのではないかと、私は考えているの」

「そんな事ってあり得るんですか?」

「あら、魔術師の言葉とは思えないわね。貴方たち魔術師はイメージを仲立ちにして、無から有を作り出すのでしょう? 大昔の神聖術師たちは、見た事も無い神様の像まで作り上げたわ」


 俺は『辰砂の杖』が見たくなって、重たい瞼を上げた。赤く力強い輝きと共に、確かな鼓動と暖かさを右腕に感じる。


「人間と人形の違いって、何かしらね。私には、貴方は普通の男の子にしか見えないわ」

「姉さんは……姉さんじゃなかったんですね」

「ごめんね、シン。でも私は貴方を本当の弟と思って……」

「姉さんは、姉さんじゃなくて、どちらかと言うと母さんだったんですね」

「それ、ヤダ。今まで通り、姉さんって呼んで。お願いだから」

「……ぷふっ」「くっくく……」

 

 どちらが先に笑い出したのか、俺と姉さんはこれ以上は無いくらいに笑って笑って笑い転げた。でも、面白くって、楽しくって、笑えちゃって仕方が無いのに、どうしてだろう涙が止まらない。


「まったくもう。今後・絶対・何があっても『母さん』なんて呼ばないで」

「はい。分かりました、姉さん」

「うん、宜しい」


 満足げに頷いた姉さんは「さあ、そろそろ起きなさい。スワンソング」と、座り込んだままの錬金人形に声を掛けた。


「了解しました。修理・点検モード終了。自律保安システム・再起動」


 錬金人形の華奢な身体の中からは、人間ではありえない駆動音や、歯車同士が噛み合うカチカチとした機械音が聞こえてきた。俺はその音を耳にしながら左手を何度も開閉してみた。大丈夫。俺は、俺だ。

 姉さんは一つずつ指差し確認をしながら、ワゴンの上に工具を並べている。その姿を横になりながら眺めていると、スワンソングがベッドの傍まで寄ってきた。


「貴方はシンナバル様ですか? それともヴァーミリアンですか?」


 スワンソングは、未だに調子がおかしいのか、首を妙な角度に傾けて訊いてきた。


「俺はシンナバルだよ。スワンソング」

「了解しました。貴方を攻撃対象から除外いたします」

「ああ、頼むよ。ホントに」


 こんな状態で攻撃されたらと思うと、何だか落ち着かなくなってきた。そんな俺の心配を余所に、スワンソングは不自然に首を傾けたまま質問を続けてきた。


「シンナバル様は、ヴァーミリアンの消滅を望まれますか?」


 ほんのちょっとだけ考えてから、首を横に振ってみせた。


「……あいつはそんなに悪いヤツじゃない。何となく、そう思う」


 あいつは姉さんが好き過ぎて、すぐにキレちゃう情緒不安定・反抗期真っ盛りな子供なんだ。なんか、あいつの気持ちが分かったような気がする。

 そんな事を考えていたら、いよいよ眠くなってきた。薬のせいだけじゃないだろう。今日は色々あり過ぎて、もうヘトヘトだ。

 

「シンナバル様」

「んん……なに?」


 微睡みかけてきたところに声を掛けられても,、曖昧な返事しか出来ない。


「シンナバル様は、私たちの兄様だったのですね」

「はあ? ……ああ、そういう考え方もあるか」

「今後は『兄様』と、呼ばせていただきます」

「ええっ? ん……まあ、いいや……好きにしなよ」


 もう、眠くて眠くて仕方が無いんだ。

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