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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第八章 天の高み 地の深み
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第162話 銀朱の王者

「……プラティナ、ですか」


 俺は椅子に座り直し、聞き覚えの無い名前に首を捻った。

 騎士科の教官も含めて『魔導院最強の騎士』って呼び名に相応しい人物を片っ端から思い浮かべてみたが、『プラティナ』という名前には思い当たらなかった。


「聞かない名前ですね」


 姉さんも、俺の意見に同意するかのように軽く頷いた。


「彼女が表立って活動していたのは、もう四十年近くも前の話だから」

「四十年前ですか。ずいぶん昔の人なんですね、そのプラティナって人」


 『長老』とか『先代』とか『議長』って言葉の響きに、頭からローブを被ったシワシワの老人を想像した。


「プラティナは学院の生徒として『地下』で腕を磨き、大陸中を駆け巡っては邪竜を退治したり、邪神を退散させたり、邪教団を鎮圧したりと第一級の武功を打ち立てたらしいわ」

「へええ、なんだか昔の英雄みたいですね」


 俺の頭の中で、ヨボヨボした老婆がローブを脱ぎ捨てて、その中から勇ましい女騎士が姿を現した。


「でも、そんな人ならもっと有名になってそうですけど」

「彼女が活躍した期間は、せいぜい数年足らずしかないの」

「たったの数年で邪竜に邪神に邪教団ですか」

「ええ。そして、何らかの理由で学院を去った後に、プラティナは長老会議に名を連ねるようになったの」

「……そうなんですか」


 その時、俺にしては珍しく名案を思いついた。


「じゃあ、その人に会って長老会議について聞けば良いじゃないですか!」


 気分良く手を叩こうとしたが、右のアームズは分解中だった。


「残念だけど、彼女は既に亡くなっているわ」

「あらら……そうなんですか」


 それもそうだ。万事抜け目のない姉さんならば、とっくに手を打っているか。

 だが、俺は再び名案を思い付いた。今日の俺は冴えている。


「そうだ! 今の議長に訊けば良いじゃないですか!」

 

 テンションの上がった俺を見て、姉さんは残念そうに半笑いを浮かべた。


「……って、そっか。どこの誰だか分かんないんだった」


 コホン、と姉さんは一つ咳払いをした。


一時(いっとき)、アイザック博士が議長ではないかと想定していたけど、彼ですら長老会議の駒に過ぎなかったわ」

「議長はともかくとして、他のメンバーの素性も分からないんですか」


 俺からの問いに、姉さんは静かに首を振った。


「長老会議に関する情報は、その殆どを隠蔽、捏造、操作されていて簡単には調べが付かないわ。ただ不思議なのは、プラティナが議長に就く以前の長老会議の方がよっぽど調べやすいの」

「プラティナが議長をやっていた頃の方が情報が少ない、って事ですか?」

「そうまでして隠さなければならない様な仕事は、していないはずだけどね」


 ちょっと、いや、かなり足りてない俺の『知恵』のステータスでは、姉さんの話についていくので精一杯だ。

 俺は(かね)てからの率直な疑問を口にした。


「姉さん。そもそも長老会議って、何の仕事をしてるんですか?」


 姉さんは眼鏡の奥の目を何度か瞬いて、やや真面目な顔をした。


「魔導院は本来、戦没者の霊を慰める寺院が発祥なのは知っているわね」

「はあ、まあ、一応」


 曖昧に頷いておいた。多分、目は泳いでいる事だろう。

 ヤバい……史学か。苦手なんだよな。


「聖職者の中でも特に位階の高い者が『長老』と呼ばれているは知っている?」


 問いかけに頭を縦に振ってみせると、姉さんは回転椅子をクルリとさせて、机の上の本の山から分厚い一冊を引っこ抜いて俺にみせた。その長方形の盾(スクエアシールド)みたいなゴツイ本は、ここにある蔵書の中でも比較的新しい物のように見える。


「歴史的資料としての信憑性が高い、この『最新版・魔導院年代史』によると、設立当初の魔導院には六人の長老と、彼らを率いるリーダーとして『最長老』という存在がいたとあるわ」

「もしかして、それが『議長』になったんですか?」


 姉さんの形の良い薄い唇が「あら」の形に動いた。


「シン、今の話で良く分かったね」

「いや、それくらいは話の流れで」


 俺の返事に、姉さんはクスクスと笑った。


「湖に浮かぶ島の小さな寺院には、いつしか戦乱や権力を厭う識者たちが集まってきて、ちょっとした学術コミュニティが成立したの」

「それって、『狂王の大乱』直後の話ですよね」

「そう。それは今から五百年も前の話」 


 そこで姉さんは小さく咳をして、グラスに口を付けた。

 俺は腰を浮かしかけたが、姉さんは「喉が渇いただけ」と手で制した。


「そうして大陸中から集まった知識人たちが、大乱で親を亡くした子供たちの為に孤児院を建てたの。最終的にはその孤児院が『魔導院』という他に例を見ない一大教育機構に成長を遂げる事となった」

「ははあ、良く分かりました。これは年表で覚えようとしたら頭に入んないや」


 通りの良い姉さんの説明は、史学の講義中には活動を停止している俺の脳味噌にも、染み込むように良く分かった。


「歴史というのはね、人の紡いだ物語よ。数字や記号なんかで分断すべき物では無いわ」

「人の紡いだ物語」


 おうむ返しに答えると、姉さんは満足そうに頷いて話を続けた。


「でもね、平和が長く続く間に肥大化した魔導院は、権威主義に囚われた教授陣が官僚化したり、階層的になり過ぎた現場が暴走を始めたりと、典型的な組織構造の欠陥に直面する事になるの」

「むむむ、いきなり難しくなりましたね」

「そうかしら? 簡単な話よ。人はね、偉くなると欲張りになる。欲望を抑制するには強い理性が必要よ」


 さすがの俺でもピンときた。


「それが長老会議ですか」

「正解。そして、狂王大乱から百年後、第二次女王戦争が勃発する。その影響で内外共に疲弊した魔導院は、一度(ひとたび)崩壊の危機に陥る事となった」


 俺は首を傾げながら、うろ覚えな史学の講義を何とか思い出した。


「第二次女王戦争の混乱の最中、周辺諸侯や政商にそそのか)された教授陣が、魔導院の掲げる絶対中立宣言を破棄して大陸南部に侵攻を開始したの。だけど、それに猛反発した学院の生徒たちが、名誉職みたいな地位に甘んじていた長老会議を擁立して教授陣と学内闘争を始めたの。これを――――」

「えーっと、何でしたっけ? あの、『図書館戦争』?」

「実に惜しい。生徒たちが魔導院図書館を本拠にして立て籠もった事から、後にこれを『図書館紛争』と呼ぶ」

「そうそう、それです。図書館紛争」


 ちょっとワクワクしてきた。年表を覚えるのは大嫌いだけど、こういう物語なら大歓迎だ。


「そして三か月にも及ぶ図書館紛争に勝利した長老会議と生徒たちは、教授陣を一掃して新たな体制を築き上げた」

「色んな事があったんですね」

「そうね。そして図書館紛争以降、長老会議の議長には必ず学院の卒業生が就く事になったの。さあ、もう分かったかしら、シンナバル君。では、長老会議とその議長の役割を答えなさい」

「え、マジすか!?」

 

 うはあ……ホントに史学の講義みたいだ。


「えー、長老会議は、教授陣が勝手な事をしないように……する?」

「それから?」

「うー、議長ってのは、長老会議を管理するリーダー的な……人?」


 俺の答えを聞いて、姉さんは「良く出来ました」と、にっこり笑った。


「より正確に言うならば、長老会議の最も重要な役割、それは教授の選定任命と直接罷免。これにより教授陣は長老会議に対して一切の抵抗力を失う事となった」


 難しい言葉が連発されたが、頭を整理して考えてみた。


「選定任免って事は、自由に教授を選べるって事ですか?」

「そう」

「直設罷免って事は、自由にクビに出来るって事ですか?」

「そう」

「でも、それって長老会議に悪いヤツがいたら、大変な事になりませんか? 例えばコネとか賄賂とかで教授の椅子を買収しちゃうとか。気に入らない教授をクビにしちゃうとか」


 姉さんは「上出来」と呟いて、眼鏡のブリッジを押し上げた。今のは褒められたのかも?


「そこが長老会議の上手い所ね。メンバーが誰なのか分からなくしておくことで、教授陣を互いに牽制させる事に成功したの。もしかして、教授陣の中に一人でもメンバーがいるかも知れないと考えたら、誰も悪さは出来ないわ」

「全然バレないものなんですか? 教授陣って、アイザック博士みたいな人たちばっかじゃないですか」


 姉さんの尖った顎に、何故か『錬金仕掛けの騎士団(ウチ)』の司令(ボス)の色付き眼鏡を思い出した。


「これだけ私とディミータが調べても何も出てこないのだから、相当な隠蔽力よ」

「え? ディミータ副長?」

「ええ。『プラティナ』という名前ですらも、ディミータに冒険者ギルドの資料室に忍び込んでもらって、やっと調べがついたくらい」

「ど、どうやって副長を使ったんですか?」


 ディミータ副長を直接動かせるのは、アルキャミスツの司令官であるアイザック博士と、『局長』の肩書を嫌い、未だに一部隊の隊長としての立場に拘るネイト隊長くらいのはず。


「ディミータも長老会議に人生を狂わされた一人だもの。喜んで協力してくれたわ」

「人生を狂わされた?」

「あなたも知っているでしょう? 彼女がアルキャミスツにいる理由」

「……行方不明になった妹さんの捜索、ですよね」


 俺も含めてアルキャミスツの誰もが、副長の妹が存命しているとは考えていない。

 いっつも隊員(たいがい俺)に面倒な仕事を押し付けては、詰所でゴロゴロゴロゴロしているディミータ副長が定期的に『地下』を掃除する理由。それは『どうにかして遺品だけでも見つけたい』、副長はそんな気持ちで今も『地下』を巡っているんだ。少なくとも俺はそう思っている。


「ディミータの妹はね」


 そう言って姉さんは、切れ長の目を細めて俺を見た。

 

「長老会議に殺されたの」

「こっ、殺された?」

「そう。そして、私の母も同じようにね」

「なっ――――」


 事も無げ言った姉さんは、細めた目をそのままに薄く笑った。

 瞳の色は違っても、その目はディミータ副長と驚くほど良く似ていた。


「それだけじゃないわ。リサデルを魔導院に()んだのも長老会議」

「リサデルさんを……」


 ――――それは……昇降機の中でお話します

 ふと、苦しげに眉を寄せたリサデルと、彼女に寄り添うアリスの姿が目に浮かんだ。


「まさか……」

「シン、良く聞きなさい。あなたの『大切なあの子(アリス)』の存在すらも、長老会議の描いたシナリオの一部よ」


 見えない鈍器で思いっきり頭をブン殴られた気がした。

 目の前が赤く染まり、鋼鉄の腕が熱を帯びる。


「姉さんは先輩の……アリスの事を知っていたんですね」


 無意識に左手を、半ば分解されて骨組みだけになったアームズに添えた。


「知っていたわ。ずっとずっと前から。あなたが私の元に運ばれてくる前からね」


 湧き上がる怒りの感情と発熱を始めた右腕を抑え込んだ。

 呼吸が浅くなって、息が苦しくなる。


「……なんで、知ってて黙っていたんですか」

「あなただって計画の一部だからよ、ヴァン。いや――――」


 眼鏡のレンズに怒りに震える少年の顔が映る。見覚えがあるようで、無いような。

 目の奥がずんずんと痛くなる。酷い耳鳴りの中で、女の声だけが妙にクリアに聞こえた。


「ヴァーミリアン」


 女は僕の名を呼んで、冷え冷えとした目で僕を見た。

 

「あああ……うわああああぁ――――っ!!」


 喉の奥から絶叫が迸る。


 このまま捻り潰して()る!

 その細い首を捩じ切って殺る!

 人の形も残さずに引き裂いて殺る!


 凶暴な殺意に飲まれて、僕は女の首に手を伸ばした。

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