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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第八章 天の高み 地の深み
158/206

第158話 セハトの実力!

 *


 アリスは口を閉ざしたまま、馬車の窓から外ばかりを眺めていた。

 馬車に酔ってしまったのかと思い、心配になって声を何度か声を掛けてみたが、その度にアリスは「大丈夫」と小さな声で答えるだけだった。


「立派な馬車ですよね」

「……そうね」


 てっきり乗合馬車みたいなのが待っているかと思っていたが、森の入り口に待機していたのは魔導院のエンブレムの入った四頭立ての立派な馬車だった。その乗り心地は、重厚な見た目を微塵も裏切らないくらいに快適で、揺れすらほとんど感じない。

 それなのにアリスは青白い顔をして、流れる景色だけを目で追っていた。


「あの、先輩……」


 もともと暗いのと狭い場所が苦手なアリスは、やっぱり馬車みたいな薄暗くて狭苦しい空間が苦手なのだろうか。だとすると、どうして彼女は『地下』なんかに潜っているんだろう。


「ホントに大丈夫ですか?」

「……うん、ありがとう」


 気弱な笑みを浮かべながらも、アリスは爪が喰い込むくらいに強く俺の手を握り返してきた。俺はもう、それ以上は詮索する気にはなれなかった。



 あの日から断続的に振り続けた雪は、辺りを薄く覆っていた。

 さっき言葉を交わして以来、アリスは口を開かなくなってしまった。せめて景色くらいは共有したいと思い、彼女の視線と同じ方向に目をやった。

 馬車はすでに見覚えのある地域に差し掛かっているようだった。


「先輩、あともう少しで着きますよ」


 努めて明るい声を出してみたが、返事は無かった。ちょっと心配になって覗きこんでみると、アリスは目を閉じて馬車の壁に寄りかかっていた。

 寝ちゃったのかな、とも思ったが、その長い睫が揺れているのを見て、やっぱり声を掛けることは出来なかった。

 彼女の隙間を埋めきるには、俺はまだ子供過ぎるのかも知れない。

 あらゆる物事に経験が足りてない俺に、アッシュやシロウは「時間が解決してくれる」なんてアドバイスをくれるけど、俺はそんなのを待ちきれるほど大人じゃないし、そもそも俺にそんな時間は残されているのだろうか。

 あの『ヴァン』って奴が、気がつかないうちに背後まで忍び寄っているのかも知れないのに。


 座席の下にカタッ、カタッ、と軽い振動を覚え、物思いを中断して外を見ると馬車は湖に架けられた長い橋の上を進んでいた。

 見慣れた景色に「戻ってきたんだ」という思いが強くなる。それは慣れ親しんだ生活圏に戻って来た安心感じゃなくて、寂しさみたいな感情だった。

 行商人や旅人らしき人々が検問所の前に列を作って並んでいるのが気になったが、馬車は速度を緩めることもなく北門を通過する。きっと、魔導院のエンブレムの効能なのだろう。

 学院都市に雪が積もった痕跡は殆ど見当たらない。それは魔導院の敷地内でも同じだった。

 雪合戦、楽しかったな。雪球みたいな繊細なモンを作るには、俺の右腕はイマイチ役に立たなかったけど。そんなに遠くないはずの思い出に浸っていると、馬車停めに神聖術科の院生がひとり、ぽつんと佇んでいるのが見えた。


「先輩、リサデルさんですよ」


 もしかしたらアリスが元気を取り戻すんじゃないかと期待したが、彼女は血の気の引いた顔で頷いただけだった。


「お帰りなさい」


 下車しようとステップに足を掛けた俺に、リサデルは「楽しかったかしら?」と、いつもと変わらぬ優しげな笑みを投げかけてきた。俺はその笑顔に何となく気まずさを覚えて、「ええ」とか「まあ」と曖昧に返事をした。リサデルは同じようにアリスにも声を掛けていたが、アリスはぼそぼそと小さな声で返しただけだった。


「セハトは一緒じゃなかったの?」


 たいして多くも無い荷物を御者から受け取っていると、リサデルが怪訝な顔をして訊いてきた。


「あいつ、猫と遊んだりとか、屋敷でやりたい事が色々あるみたいです。夜には戻るって言ってましたけど。何か用でもありましたか?」

「セハトから話は聞いたかしら」

「……地下七階の件ですね」

「全員の準備が整い次第、アタックするつもりです」

「そんなに――――」


 早くですか? と俺が言い掛けたのを遮る様に、リサデルは続けた。


「貴方たち二人には一週間の時間をあげました。いつでも潜れるよう、準備なさい」

 

 反論を許さない厳しい口調に、俺は頷くしかなかった。


「今夜は『そらみみ亭』でミーティングを行います。必ず来るように」


 リサデルはそう言い残して、アリスを連れて女子寮の方へと去って行った。

 二人の姿が建物の向こうに消えても、俺はしばらく馬車停めに立っていた。

 一度くらいは振り向いてくれるんじゃないかと思いながら。





 日の落ちかけた繁華街には人が溢れているように思えたのに、「そらみみ亭」は想像していたよりも、ずっと空いていた。

 こんなに寒いと酒というものは飲みたくなくなるのだろうか。いや、アッシュは「寒い時にはドワーフ族の造る炎酒が一番!」なんて言ってなかったか? 待てよ、あの人「暑い時期には海王都の銀氷酒が最高!」とか言ってたぞ。どっちにしろ、酒が飲めない俺には理解できない話だけど。


「シンナバル、こっちですよ!」


 受付で予約席の確認をする必要も無かった。すでに気分良さそうなアッシュと、その隣で東洋の置物みたいに佇むシロウが「いつものテーブル」に着いている見えたからだ。

 決めてる訳ではないけど、なんとなく指定席になっているような椅子に座り、「なんか今日、空いてますね」と挨拶代わりに言った。


「そうですね。まだ飲むには早い時間ですから」

「って、もう飲んでんじゃないですか」


 俺がツッこむと、アッシュは大きなジョッキを手に、からからと笑った。


「やっと退院しましたね。身体の具合はもう良いのですか?」

「あれ、聞いていませんでした? 俺、とっくに退院してましたよ」


 俺はこの一週間、「猫の森」に遊びに行っていたことをアッシュに話して聞かせたが、アリスと二人で、と言った途端に彼は渋い顔をした。


「ちょっと待ちたまえ。君たち二人は婚前だというのに、泊りがけの旅行に行ったのか!?」

「うわあ、アッシュって考え方、古っ」

 

 俺とアッシュが唾を飛ばしあう隣で、シロウはニコリともせず手酌で酒を継ぎ足している。


「いいから聞きなさい! 古来から『男女七歳にして席を同じくせず』という言葉が――――」

「そーれーがー古臭いんだって。いまどき誰も言わないよ、そんなの」

「男子たるもの秘めた想いは、グッと胸に仕舞っておくものです」

「ふーん。それってリサデルさんの事?」

「んなっ!? どっ、どうしてそこでリサデルさんが出てくるんですか!」


 くくくっ、動揺してる。いっつも説教されてばっかりだから、たまには反撃してやるぜ!

 もっと掻き回してやろうと思って言葉を探していると「あら、もう飲んでるの?」と、通りの良い声が聞こえた。


「ところで、私の名前が聞こえた気がしたけど?」

「いやあ、はははっ。何でもありませんよ。さあ、お席へどうぞ」


 アッシュはいかにもアッシュらしく、優雅な動作でリサデルの為に椅子を引いた。

 首を傾げて席に着いたリサデルの後ろには、萎らしくアリスが立っていた。優雅に編み込まれた金色の髪が、淑やかな美しさを彼女に与えている。

 いつもと違う姿につい見惚れていると、俺の視線に気づいた彼女は弱々しい微笑みを返してくれた。

 リサデルとアリスが席に着くと、そのタイミングで店員が注文を取りに来た。


「セハトがまだ戻らないけど、予定の時間になったのでミーティングを始めましょう」


 乾杯もそこそこに、リサデルは持参した地図をテーブルの上に広げた。

 俺のすぐ隣に座ったアリスは、飲み物に手を伸ばす事もなく俯いている。目を伏せて静かに佇むその姿は、どこかの品の良いお嬢様みたいだ。だけど、何か様子がおかしい。あの馬車に乗ってから、彼女はどうも元気が無い。


「地下七階に何が潜んでいるか分かりません。そこに辿り着くまでに出来るだけ消耗を避ける方法を考えなくては」

「大回りにはなりますが、このルートはどうでしょう?」

「やはり多少の危険は覚悟してでも、錬金昇降機を使った方が良さそうね」


 熱弁を振い地図の上にペンを走らるリサデルに、アッシュばかりが相槌を打っている。

 シロウは変わらぬピッチでグラスを傾け、アリスは下ばっかり向いていた。なんだろう、俺たちのパーティって、こんな感じだったっけ? 

 そう思ってつい溜息を吐いた途端、テーブルの上に漂う不協和音みたいな空気を「ごめんごめーん!」と、朗らかにして大きな声が打ち砕いた。


「ついつい猫たちと遊び過ぎちゃってさ。遅くなっちった」


 悪びれもせずにセハトがやってきた。カーキ色の防寒着を着こんだままなのを見ると、寮に戻る事も無く直行してきたのだろう。


「ちょっと。寮の外出許可は取ってきたの?」

「え? だって寮長さん、そこにいるからイイじゃん」

「あのねえ、セハト。規則は規則よ」

「はい、分かりました寮長。セハト、外出します。ここに」


 そこでアリスが、ぷっと吹き出した。それを見てリサデルは深く息を吐いて顔を左右に振る。

 次にセハトは分厚いコートを脱ぎもしないでシロウの隣に座り、「あー喉渇いた」と素早く手を伸ばしてシロウからグラスを奪い取った。


「一口ちょうだい!」


 珍しく驚いた顔をしたシロウの前で、セハトは両手に持ったグラスを一気に飲み干してしまった。


「うっはぁ、シロさん。また強いの飲んでるねー」

「それは芋から作ったヤマトの酒だ。クセが強いが……飲めるのか?」

「よゆーよゆー! ホビレイル族、舐めんな。それよりさ、逆ミスコンの景品の事なんだけど――――もがっ?」

 

 シロウは目にも止まらぬ速さでセハトの口を手で塞ぎ、「黙ってろ」とバリトンボイスで呟いた。

 押さえつけるシロウとジタバタもがくセハトの動きに、アリスの口元が綻ぶ。心なしか、その頬にも赤みが戻ったようにも思えた。


「で、コレなにー? アッシュ、何飲んでるのー?」

「ちょっと、駄目ですよ! これは南の果てだけで生産される大変貴重な仙人掌酒でして……ああっ!」


 セハトは自分の椅子に五分と尻を付けずに、自由気ままに動き回っては仲間たちにちょっかいを出しまくった。ついには怒り出したリサデルが、セハトを追いかけ回す始末だ。まったく……俺たちのパーティは、セハトがいるのといないのとじゃ大違いだな。

 白けたようなテーブルの上の空気は、いつの間にか明るくなっていた。

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