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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第八章 天の高み 地の深み
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第152話 友だちの定義

「ああ、やってやるよ」

 

 遠ざっていくライカールの背中に向かって言い切ってみせたものの、『神雷』の直撃を三度も耐え切った『超金属』を破壊出来るのだろうか? 

 心の奥底に火を灯し、その場に膝を突く。ひとまずは得意とする火炎系魔術『猛炎の塔』を発動させよう。

 軽く念じただけで『錬金仕掛けの腕』が赤く輝き、炎に包まれた。しかし、心の迷いを汲み取ったのか、炎は俺のイメージよりも弱々しく、いま一つ勢いが無い。


「燃え上がれ! 『猛炎の塔』!」


 右手を床に叩きつけて魔術発動を宣告すると、そこから真っ直ぐに何本もの炎の柱が突き上がり、『レジスタシールド』を包みこんだ。


「そのまま燃え尽きろ!」


 しかし、やはりというか予想通りというか。炎に巻かれて舞い上がった金属板は、木の葉の様に緩やかに、何事も無かったように元の位置に落ちてきた。


「くっそぅ……」


 すぐさま追撃態勢に入ったが、突然に視界がぐにゃりと歪み、両手を床に突いてしまった。


「おいおい、どうした! ビビッてんのか!?」

「具合悪いの、ボクちゃん? さっさと病院に帰れ!」


 浴びせられる雑音を無視して、心の中の消えかけてしまった炎をもう一度呼び覚ます。だが、罵声の中に混じって「残り一分!」と、ヘイフォード教官の声が聞こえた。


「ちっくしょう……」

 

 焦るほど炎は揺らめくばかりで、ちっとも大きくなってくれない。体調が万全だったら、こんなの簡単にやっつけちまうのに! 

 悔しさをバネに立ち上がり、罵詈雑言を浴びせてくる取り巻きたち睨みつけると、野次を飛ばしてくる雑魚どもの中で、ライカールだけが腕を組んで強い視線を送ってきていた。


「ねえ、シンナバル。ちょっと良いかい?」


 焦りと悔しさに唇を噛む俺の隣に、いつの間にかモディアが立っていた。


「あっ、危ないだろ、モディア! 魔術の発動中には近づかないって、基本中の基本だぞ!」

「そんな事は分かっているよ。でも、もう時間が無いだろう?」

「お前、たまに思い切り良いよな」

「考えがあるんだ。でも、説明している時間が無いから僕の指示に従ってくれないかい?」

「上手くいくのか?」


 俺がそう訊くと、モディアは「さあ?」と頼りなげに笑った。


「さあって、お前さあ……」

「でも、このままだとタイムオーバーだよ」

「……分かったよ。どーすりゃ良い?」

「何でも良いから火炎系の魔術をアレに向けて撃ってくれるかな」


 俺は右腕に宿る『辰砂の杖(シンナバル)』に念を送り、杖の形をイメージした。すると、鋼鉄の腕を飾る装飾が一瞬のうちに伸びて、炎がそのまま固定されたような形状の杖が完成した。

 絶好調には程遠い今は、『辰砂の杖』で足りない魔力を補うしかない。俺は最も負担無く発動出来る『第一位魔術・小炎』を連発することにした。


「行けっ! 『小炎』!」

 

 炎の杖の先に、いつもの俺にしては物足りない大きさの火球を宿し、狙いを定めて『レジスタシールド』に向けて放つ。

 どん! と、腹の底に響く爆発音。砕け散るような火の粉が散る。

 火球は狙い通りに直撃したものの、金属板は熱を帯びたのか、ちょっと赤くなっただけのように見えた。


「なあ、これで良いのか?」


 二発目、三発目と連続で『小炎』を生み出し、『超金属』向けて射出しながらモディアに訊いてみた。


「二百何発まで、あとどれくらいだ?」

「はは、そんなに撃たなくても良いよ」


 五発目を直撃させたとき、「おーい! そろそろ終わりにするぞ!」と、ヘイフォード教官の声が聞こえてきた。


「モディア、もう終りだってよ」


 もう諦めというよりも、半ば不貞腐れたような気持ちになってモディアに声を掛けた。


「ま、これで単位は貰えんだし――――」


 そう投げかけた俺のすぐ傍で、急速に魔力の気配が高まった。慌てて振り向くと、モディアが真っ直ぐに突き出した両手の間に冷気を孕んだ魔力が集まっていく。


「それ、第三位魔術じゃないか!?」


 高々と掲げたモディアの両手には、投槍(ジャベリン)ほどの氷の槍が握られていた。

 第二位魔術『氷の矢』を単純に大きくしただけにも見える第三位魔術『氷槍』は、そのまんまジャベリンのように投げ付けるだけでも十分な威力を発揮する。 しかし、術者によっては床や壁に叩きつけて砕けた氷塊で敵を攻撃したり、天井にぶつけては鋭い氷の刃を雨の様に降らせる、といったように術者の工夫次第では『氷の矢』とは比べ物にならないくらいに強力な攻撃魔術にもなる。


「いつの間にマスターしたんだよ!? 凄いじゃんか!」

「うへへ……でも、ちょっとばかり無理してるんだよね」


 いつもの飄々とした笑みを返すモディアの額には玉のような汗が浮かび、蟀谷(こめかみ)に太い血管が浮かんでいる。


「ちょっ、おい馬鹿、止めろよ! こんなの、たかが遊びみたいなもんじゃねえか!」

「あれ? 君もライカールも遊びでやってたのかい? 僕にはそうは見えなかったけど」


 術者の力量を超えた魔術を発動しようとすると、制御不能に陥った魔力が逆流して肉体と精神の両方に傷が残る。それどころか、消しがたいトラウマが残って「その系統」の魔術が使えなくなる恐れすらある。だから俺たち魔術科の生徒は、実技の試験に合格しなければ己のレベル以上の魔術の行使を許されない。それなのにこいつは――――!!


「僕だってさあ、魔術師である前にオトコなんだよね。年に一度のお祭くらい、羽目外しても良いんじゃないかい?」


 顎から滴るほどの油汗を垂らしながら、モディアは不敵な微笑を浮かべた。膝も肘もガタガタに震えていて笑っちまうくらいにサマになっていないが、でっかい氷柱みたいな『氷槍』を頭の上に高くに掲げたモディアの姿に、何だか腹の辺りがグッときた。


「ぐふふ、ウチらも混ぜていただきたい」

「ねえねえ。発動するのは氷系魔術で良いのかな?」

「シンナバルは下がってなよ。キミ、氷系魔術使えないでしょ」


 壁際で眺めていた「学食メンバー」の三人が、もう堪らないといった顔でモディアの隣に駆け寄り、それぞれが氷系魔術の発動準備に入った。

 俺は「ちょっと待てって。落ち着けよ」と、声を掛けたが、三人は聞く耳を持たずに魔術を次々と完成させていく。


「むふぅ、稀に見る熱い展開である」

「魔術科って、こういうの中々無いじゃない?」

「友だちが頑張っているのに、黙ってられないっしょ!」


 ……友だち? そうか、こいつら友だちなんだ。

 アッシュやシロウ、それにネイト隊長や師匠の顔を思い浮かべてみた。彼らは素直に凄い人たちだと思うし、尊敬だってしている。でも、あの人たちは『友だち』と呼ぶには何かが違う。セハトはどうかな? うん、シックリきた。あいつが一番友だちに近いか。じゃあアリスは? アリスは俺の何だ?


「だ、だっ、だい、第三位魔術っ!」


 モディアの気合いの入ったような、気の抜けた様な発動宣告に、考え事を中断する。


「当たってくれ! 『氷槍』!!」


 大きく仰け反ったモディアは、両手に振りかざした氷のジャベリンを思いっきりよく『超金属』に向けて投げ付けた。それを合図に三人組からも氷の矢が次々と放たれる。

 氷と氷、槍と矢が空中でぶつかり合い、巨大な氷塊となって『レジスタシールド』を直撃する。一気に室内の温度が下がり、思わず身を竦めた次の瞬間、重さに耐えかねたように氷塊が床に落ちた。


「やったか!?」


 実験場にいた全員が注視する中、「キィイン」と澄んだ音を響かせて、氷塊は二つに割れて転がった。

 すぐさま錬金術科の教官と生徒たちが真っ二つになった氷の塊の前に駆け寄り、囲むようにしてしゃがみ込んだ。

 錬金術科の面々は氷塊を中心に輪になって話し込んでいたが、暫くして教官が立ち上がった。


「やったな、君たち。端っこが欠けたよ」

 

 息を飲んで見守る俺たちに向かって、錬金術科の教官が呆れたような笑みを浮かべて言った。

 「わあ!」とか「やった!」と歓声が湧いたのと同時に、ライカールの取り巻きたちからは不満げなブーイングが上がった。

 モディアたちと肩を叩きあって喜びながら、ライカールはどうしているかと目で探した。彼は取り巻きと一緒に実験場から出ていくところだった。

 立ち去るその背を眺めていると俺の視線に気が付いたのか、ライカールは顔だけで振り返り、憎々しげな目を向けてきた。負けじと睨み返してやるとライカールは口元を歪め、マントを翻して去っていった。

 あいつ、いま笑ったのか? ムカつくけど、何となく悪い気はしないな。そんな不思議な気持ちを抱えたまま、学食メンバーと未だに(はしゃ)いでいるモディアに疑問をぶつけてみた。


「なあ、モディア。聞きたい事があるんだけど」

「やあ、シンナバル! やっぱり君の炎系魔術は凄いね! あれほどの火力が無くっちゃ、こうはいかなかったよ!」

「だから、それを訊きたいんだ。どうして氷系魔術を使ったんだ? あのまま炎系魔術じゃあダメだったのか?」

「ああ、その事か。あのさ、僕の実家って農業やってるの、知ってるよね」

「だから何?」

(くわ)とか(すき)とか、ちょっとした農具の鍛冶仕事もやってるんだ」

「だ・か・ら・な・に!!」

「シンナバルは気が短いなぁ。話には順番があるんだよ」

「確かに俺は気が短いかも知れないけど、それ以上にお前は話が長過ぎるんだ。要点を話せ」


 モディアはやれやれと言った顔で肩を竦めた。


「金属はね、高温で加熱した後に水とかで急に冷やすと、とっても硬くなるんだ。でもね、度を超して『硬い』というのは、ともすれば『脆い』とも言える」

「硬いけど脆い?」

「そう。ガラスは割れやすいけど、粘土はグンニャリするだけだね」

「極端な話だな」

「使いやすい農具を作るには、硬さと粘り強さの両方を追い求めなくちゃならない。硬過ぎる鍬はすぐに欠けちゃうし、柔らかい鋤はすぐに曲がっちゃうね。だから、何度も鉄に熱を加えては冷やすを繰り返して、ちょうど良い硬さと柔らかさのバランスに整えるんだ」

「あ、何か分かってきた。じゃあ、俺が炎系魔術で『超金属』を熱して……」

「僕らが氷系魔術で一気に冷やしたんだ」


 うんうんと頷きならが、モディアはモジャモジャ頭を揺らした。


「駄目で元々だと思っていたけど、みんなが手伝ってくれたから上手くいったんだ。あんな風に氷の塊になって落ちるところまでは想像していなかったからね」

「さっすがモディア。座学でトップ獲るだけはある!」

「それと、もう一つあるんだ。さっき『銀髪の剣士』だけが『超金属』の破壊に成功したって言ったよね」

「ああ、六万ウン千発殴ったんだっけか?」

「誰が六万発殴ったんだって? 君、あんまり聞いてなかったでしょう。『銀髪の剣士』の右手に常にあったとされる『宝石の剣』は、敵の弱点に応じて属性を変化させるファンタズマゴリック・ウェポンだったと伝えられているんだ。そこに僕は着想を得て……」


 モディアが嬉しそうに語ろうとしたところで、パチパチと拍手が聞こえた。俺たち全員が一斉に拍手の主に顔を向けると、そこにはヘイフォード教官が立っていた。


「良くやったな、お前ら。褒めてやる」


 ヘイフォード教官からのお褒めの御言葉に、俺を除いた全員が誇らしげに胸を張った。俺を除いて。


「錬金術科の皆さんは、良いデータが取れたと喜んでいらっしゃる。だがなぁ」


 そこで教官は無精ヒゲを震わせて、引き攣った笑みを浮かべた。


「シンナバル」

「はっ、はいっ!」

「魔導総合実験場の禁則を暗唱せよ」

「一つ! 当該施設の使用は、原則として魔術・錬金術・神聖術の実験のみに限られ、それ以外の目的使用を禁ずる!」

「続けろ」

「一つ! 許可なく耐魔術結界、及び設備の移動、形状の変更を禁ずる!」

「その次は?」

「一つ……ふ、複数術者による魔術の同時発動を厳禁とする……」


 誰かがごくり、と唾を飲みこむ音が聞こえた。

 俺は横目でモディアがどんな顔をしているのか探ってみたが、顔の上半分が手入れの悪いクセっ毛に覆われいて、半開きになった口元しか見て取れない。


「床の結界が一部剥がれちまったんだよなぁ。監督者が責任取らされるんだよなぁ。こういう場合ってなぁ」

「お、俺は一応、止めました。『ちょっと待て。落ち着け』って言いました」

「うわっ! きったねえ、シンナバル!」


 じゃっ、俺、用事あるんで! と、一声叫んで入口に向けて猛ダッシュ。すると、俺の後を追いかけるようにモディアと学食三人組が続いた。

 それぞれが口々に「ふざけんな! 覚えてろよ!」と、口汚く罵ってきやがったが、みんな子供みたいに笑っている。


「悪い! 今度、学食奢るから!」

 

 そう早口で謝りつつ、俺はみんなが逃げる学院とは反対方向、総合訓練場へと走った。

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