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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第八章 天の高み 地の深み
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第149話 弟キャラを有効活用だ!

「ん……眩し」


 ぶ厚いカーテンでも(さえぎ)きれない陽の強さに、昼が近いと感じた。


「ん……腹減った」


 空腹で目が覚めるなんて、ほんと久しぶりだ。ちょっと微睡(まどろ)んだだけだと思っていたけど、しっかり二度寝をしてしまったようだ。だけど、良く寝た気はするけど、全然スッキリした気はしない。

 まるで全身、泥に浸かったみたいに重たい身体を引き摺ってベッドから抜け出し、人の気配の無い室内を見渡してみた。


「あのー、アリスせんぱーい」


 無人の部屋に向かって呼び掛けてみたが、暖炉の中で薪が爆ぜる音しか聞こえない。

 大きく欠伸(あくび)をしてから思いっきり伸びをすると、テーブルの上にメモ書きが残されているのに気が付いた。

 俺はテーブルまで歩き、アリスが書いたであろう端正な字で書かれたメモを手に取り読んでみた。


 ◇◆◇◆◇◆


 薬膳スープを作っておきました。暖炉の上に置いておきます。食欲が無いかも知れないけど、栄養のあるものがいっぱい入っているから、少しでも良いから口にしてね。

 私は学院祭の準備があるので先に行きます。お医者さまに話は通っていますから、体調が良かったら応援に来てね。


 ◇◆◇◆◇◆

 


 アリスは、その美しい外見に見合った綺麗な字を書く。だけど今は、流麗なメモ書きよりもスープだスープ。

 穏やかな暖気を放つ暖炉に目をやると、煉瓦で組まれた暖炉の上にスープ鍋が置かれていた。俺はもう、鍋を目にしただけで胃が痛くなるような空腹感に襲われて、いそいそと鍋蓋に手を掛けた。


「わっちっ!」


 鍋蓋は思いの外に熱々だ。俺は反射的に手を引っ込めて耳たぶを触った。

 布巾とか鍋掴みみたいのは近くに無いだろうかと視線を巡らせてから、はたと自分の右腕に気が付いた。変な夢を見たからだろうか、『錬金仕掛けの腕』に自分の物では無いような違和感を感じる。だけど、やっぱ今はそんな疑念も空腹には勝てない。


「どーれどれどれ」


 温度を感じない右手でもって蓋を持ち上げ、鍋の中身を覗き込んでみると、そこには薬草のような青臭さを放つ、濃緑色の怪しい液体がコトコトと静かに煮立っていた。


「……たっ、食べても平気なヤツか?」


 俺の脳裏に『少しで良いから口にしてね』と、はにかむアリスの笑顔が浮かぶ。

 戸惑いと逡巡と葛藤の末、思い切って鍋にスプーンを突っ込み、恐る恐る掬ってみた。


「……これは?」


 食欲をそそらない色合いにも関わらず、スープから立ち昇る湯気は、独特な草っぽい匂いを漂わせながらも胃袋を刺激してくる。


「……思ったより?」


 俺は、つい一口、また一口と、棒立ちのままに薬草スープを口に運び続けた。


「……まとも?」


 極限まで腹が減っていたからだろうか? 滑らかなのにツブツブ感があり、喉越しが良いのに口の中に後味が残り、苦味の中に甘味を覚え、コクがあるのにサッパリしている。決して美味とは言えないスープだが、不思議なくらいに後を引く珍味だ。


「とりあえず、ごちそうさまでした」


 鍋に向かって手を合わせ、頭を下げる。延々と悩みながらスプーンを動かし続けた結果、鍋ひとつをすっかり空にしてしまった。

 満腹感は無いのに奇妙な満足感に充たされた。何だか凄く身体に良い物を食べた気がする。意外だったけど、アリスって料理が出来たんだ。そう言えば姉さんは料理が下手だったな。いっつも変な料理を作っては毒見? いや、味見させられてたし。

 ……待てよ、ルルティア姉さんは料理上手だったはずだ。異常に凝り性な姉さんはプロ仕様の調理機器を駆使しては、よく手料理を振る舞ってくれていた。


「つつつっ、頭痛て」


 混乱した記憶に(さいな)まれる前に着替えることにした。『深く考えない』、それが混乱の渦に巻き込まれない方法だと知ったのはつい最近だ。

 俺の身長の二倍はありそうなクローゼットの扉を開け、ハンガーに掛けられたバスローブやらナイトガウンを掻き分けた。たかが入院するのにこんなに必要か、と思うほどに大量な衣類の中から魔術科の制服を探し当て、ネームタグに『シンナバル』と縫い込まれているのを目にすると、何となくホッとした気持ちになった。

 制服に着換える前に、脱いで丸めた寝間着をどこに置こうかと悩んでいると、クローゼットの中に几帳面に畳まれたアリスのパジャマが目に入り、ふと手が伸びた。


「ちょい待て! 落ち着け俺」


 いつの間にか桃色パジャマに顔を埋めようとしていた自分にビックリして、頭をブンブン振った。マズイって! こんなシーンを誰かに見られたら、確実に変態だと思われる。

 何故だかセハトのニヤけた顔を思い浮かべながら元あった場所にピンクのパジャマを戻し、そそくさと自分の制服に着替えて鏡台の前に立った。


「むぅ、我ながら酷い顔だ」


 もともと血色の良いタイプでは無いと自覚はしていたけど、いくら何でもこれは酷い。以前、『巨大な鎖蛇ジャイアント・ブッシュマスター』にガブリとやられた時のアッシュよりも酷い顔色だ。目の下のクマなんて、インク汚れでも付いているのかと思って擦ってしまったくらいだ。こんなんじゃ、体調が戻るまで『地下』に潜っている場合じゃない。

 鏡に映った幽鬼みたいな己の顔に辟易しながらも、半ば無意識に後手で髪を編んでいく。『錬金仕掛けの腕』を慣らす為にルルティア姉さんに勧められて始めた三つ編みだったけど、今では寝惚けていても上手く編めるようになった。


「あ、しまった。髪留め無いじゃん」


 鋼鉄の右腕で編み目を押さえつつ、自由な左手で鏡台の抽斗(ひきだし)を探ってみたが、ヘアピンは見つかれど肝心な髪留めが無い。


「ったく。しっかた無いなぁ」


 髪留めを探すのを諦めて三つ編みを解くと、サラサラと音を立てるようにして長い髪が落ちた。

 髪を下してると女の子に間違われるんだよな、とゲンナリしながらも鏡台の上にあったブラシでもって髪を梳く。


 ――――あなたの髪、大スキよ


 そう言って俺の髪を撫でてくれたのはルルティア姉さんだったか? それとも、夢の中で会った『姉さん』だったか? 

 今のは空耳か? 既聴感に手を止めて鏡に映った自分の姿を眺めていると、眼球の奥底に刺す様な痛みを覚えた。どうにか深く考えないように努めてみたが、鏡の中から俺を睨みつけている、目付きと顔色の悪い少女のような面立ちの自分の顔から目が離せなくなっていた。


「姉さん……?」


 自分の口から洩れた言葉に、思いがけず動揺する。そうだ、姉さんは赤毛だったはずだ。ルルティア姉さんの髪は灰色がかった黒髪だ。

 絶え間ない痛みに耐えながら鏡を見つめると、鏡の中の自分も負けじと強い視線を返してくる。


「違う」

 

 見れば見るほど俺とルルティア姉さんは似ていない。変な話だが、いま気が付いたような気がする。

 瞳の色だって違う。鏡の中から俺を見返してくる瞳は暖炉に燃える炎と同じ色だけど、ルルティア姉さんの瞳は、雨の日の湖面の様な青灰色だ。

 瞬きを忘れるほどに鏡を凝視していると、夢で出会った姉さんの顔が徐々に鮮明になっていくのを感じる。


「そうだ、眼鏡だ」


 ルルティア姉さんにあって、夢の中の姉さんに足りない物。そんな単純な物を、どうして今まで忘れていたのだろう? 俺は鏡に顔を近づけて、眼鏡を掛けた姉さんの顔を想像してみたが、頭痛に加えて吐き気までも感じ始めた。


「くそうっ、もう少しなのに!」


 あと、もうちょっとで掴み取れそうなのに、濃い霧の中に手を伸ばしているような気分だ。

 込み上げてくる悪心に負けて思い出すのを諦めようとした時、鏡の中の赤毛の女性が、俺に向かって手を伸ばしているように見えた。


 ――――ヴァン、姉さんを許して


 ガシャン! と、ガラスが砕ける音に我に返った。何が起こったのだろうか? 伸ばした右腕の先に目をやると、鋼鉄の拳が鏡面を無残に打ち砕いていた。

 不思議な気持ちで右腕を引き戻し、幾度となく拳を開閉してみたが、『錬金仕掛けの腕』が誤作動を起こしたのでは無さそうだ。


「……ヴァン? 人の名前なのか?」


 砕けて落ちた鏡の破片に問いかけてみたが、姉さんは答えてはくれなかった。

 床に散った破片の一枚一枚は、姉さんに良く似ているのであろう俺の顔を、ただ静かに映し出しているだけだった。



 *



 病室から出ると、そこは見覚えのある場所だった。妙に幅の広い、病院の中とは思えない豪華な造りのこの廊下を、俺は歩いたことがある。ここは前にルルティア姉さんが入院していた魔導院病院の最上階のフロアに間違いないだろう。

 俺はたまたま通りかかった看護師に声を掛けて、外出したいと伝え、鏡を割ってしまった事を謝った。すると看護師は、怪我が無いかと確認してきた。


「どこか切ってしまった所などはありませんか?」

「あ、いや、無いです。ごめんなさい、鏡は弁償しますんで」


 病室の備品を壊した事を(とが)められるどころか身体の心配されて恐縮していると、看護師はいかにも医療従事者らしい真っ白な歯を見せて微笑んだ。


「それはご心配に及びません。患者様が戻られるまでに新しい物と交換しておきます」

「戻る? 俺、戻って来なくちゃダメですか? もう元気ですよ?」


 元気よく右腕を振り回して見せたが、看護師はそんな俺を一瞥もせずに「まだ、いくつかの検査が残っています」とカルテに目を落としながら言った。


「それに、顔色が悪いですね。頭痛や吐き気、眩暈(めまい)などを感じませんか?」

「あ、ああ。思い当たることが……」

「ちょっと失礼致します」


 看護師は手にしたカルテを小脇に挟み、俺の唇や下(まぶた)を指で引っ張ったりした。


「まだ貧血の徴候が見受けられます。外出は、ちょっと」

「ええーっ! 学院祭に行ったらダメって事ですか」


 俺は出来得る限りにションボリした顔を作り、溜息を吐いて大げさに項垂れて見せた。これは、「俺にはもう使えんが、お前ならば使いこなせるだろう」と師匠が直々に伝授してくれた対人交渉用スキルで、年上の女性ならば教官から食堂のおばちゃんにまで、幅広く効果があるのは実証済みだったりする。


「お姉さん……俺……」


 ちょいと甘えた声を出して半歩踏み出すと、冷静そのものな看護師の表情に困惑の色が浮かんだ。


「学院祭に行きたい、です」


 なんせ、あの(・・)リサデルにも効果があるくらいの必殺スキルだ。おそらくリサデルと同じくらいの年齢であろうこの看護師にも有効なはず。


「でもまだ……君の体調が……」


 戸惑いを隠し切れない声を上げる看護師の胸元の「ニーニャ」と書かれた名札を確認して、もう半歩前に出る。そして、上目遣いに看護師の顔を見上げた。


「俺、ニーニャさんにお土産買ってくるから。お願いっ」


 両手を合わせて拝むようにしてニーニャ看護師の顔を見つめると、その頬に赤みが差すのが見えた。


「ん、もぅ……日が落ちるまでには帰って来なさいね」


 脈でも取るつもりだろうか、首筋に伸びてきたニーニャ看護師の手に撫でられながら、俺は心の中で「ミッションクリア」と快哉を上げた。

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