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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第八章 天の高み 地の深み
141/206

第141話 それが彼女の知るすべて

 ……まずい。これは非常に危機的な状況だ。

 実際、この不吉な黒猫のような美女に殺されそうになったのは、一度や二度や三度や四度の話じゃない。そのいずれもが彼女の気紛れや勘違いからくるものだったが、これほどまでに生殺与奪の権をガッチリ握られた事があっただろうか。

 いっそディミータの腰から手を放して飛び降りてみるか? いや、俺の卓越した状況判断スキルに頼るまでも無く、猛スピードで地面に激突。はい、それまでよ……ってのが目に見えている。


「――――ふふふん、バリケードか」


 途切れ途切れにディミータの声が聞こえる。猛烈な向かい風に耐え、ディミータの背中越しに顔だけ出して前方を確認すると、狭い路地の横一杯に障害物を積み上げる黒服の男たちの姿が見えた。


「もう追いつかれたのか?」

「違うね。新手だ」


 事も無げに言うディミータは、減速する気も停止する気も更々無いようだ。


「ねえ、カース。ドクに捕まって生き恥を晒すのと、私とスピードの向こう側を覗いてみるの、どっちが良い?」


 考えているヒマは無い。俺は即答した。


「前者でお願いします!」

「なーにー? 声が小さくって、なーんも聞こえなーい」

「嘘つけっ! ふざけんなっ!!」


 もう、バリケードは目と鼻の先に迫っている! だが、錬金駆動(アルケミィ・ギア)はスピードを落とすどころか、ますます加速度を増した。すると、あれほど煩かった風の音が急に静かになり、耳鳴りのような音と自分の呼吸音だけがハッキリと聞こえ始めた。これがスピードの向こう側か……って冗談じゃないぞ!


「飛ばすぜぃ! しっかり掴まってな!」

「たっ、助けて! 婆ちゃーん!!」


 指が埋まるほどに柔らかかったディミータの身体が、いきなり鋼の様に引き締まった。俺はもう、(わら)をも掴む気持ちでディミータの身体にしがみ付いた。


「行くぞ、カース!! ターボブーストだあ!!」

「この距離では危険ですって! ぎいやぁあああ!!」


 ぐわっ、と身体が浮き上がり、内臓全部がでんぐり返るような気持ち悪さを味わった直後、棍棒でぶん殴られたような衝撃が臀部を襲った。


「うぉお……ケツがぁ」


 尻の痛みに悶えながらも、遠ざかって行くバリケードを後ろを振り返って確認した。そこでようやくアルケミィ・ギアごと宙を跳んだのだと気が付いて、今更ながら背筋に変な汗が伝った。


「さあて、そろそろ到着するわあ」


 ディミータの間延びした呑気な声が聞こえた。

 確かにこの速度なら、あと五分もしないで魔導院に着くだろう。

 ようやく錬金駆動の速度にも慣れて、辺りを見渡す余裕も出てきた。高く(そび)える魔導塔を眺めていると、俺の腰回りをベルトのようにして、長い尻尾が固く巻き付いていた事に気が付いた。


「まったく……ディミータさんは、俺を一体どうしたいんですか?」


 おそらくディミータは、俺が転落しないように気を払っていたのだろう。それだけに彼女の思惑が読めない。


「私はカースを危ない目に遭わせたいのよう。あはあは」

「何だよ、それ。どんだけドSなんだよ」

「あんたを危険に近づけるとねぇ、いっつも面白い事が起きるのよぅ」

「人の不幸を面白がるな。趣味悪いな」


 何が言いたいのだろう? また猫っぽい気紛れだろうか。

 学院の正門が目に見えて近づいてくると、ディミータは舵を操作して錬金駆動の速度を緩めた。


「はい、着いた。降りて降りて」

 

 正門の脇に錬金駆動を横づけし、ディミータは俺に降りるように促した。俺が鞍から降りると彼女もアルケミィ・ギアから降りて、その金属で出来た木馬もどきを押しながら歩き始めた。


「なあ、ディミータさん」


 錬金駆動を押し歩くディミータの後姿に声を掛けてみたが、彼女は返事をするどころか、立ち止まりもしなかった。ただ、その猫耳だけがピクリと動いたのだけが見えた。


 何の気無しにディミータの後に付いて歩いたが、この門を潜ったのは何時(いつ)振りだろう。

 久々に訪れる学院は、やはり活気に満ち満ちていた。様々な種族の、そして大勢の生徒たちが行き交い、語らい、笑い合っている。懐かしいその空気を吸い込んで、ほんの少しだけ感傷に浸った。

 俺たち二人は無言のまま立ち並ぶ建物の間を通り抜けた。やがて魔導塔に近づくにつれて生徒たちの数は減り、めっきりと人気が無くなる。それもそのはず、魔導院の中枢である魔導塔に立ち入りが許可されるのは、極めて限られた者だけだからだ。当然、俺なんか塔そのものに近づいた事すらない。


「やっぱデカいな」


 こんなに間近で魔導塔を見上げた事は記憶にない。首を反らせるだけ反らして仰ぎ見ても、その先端を目にする事は出来なかった。


「ねえ、カース」


 ディミータは、アルケミィ・ギアを魔導塔のエントランス脇の、大理石であろう太い柱に立て掛けながら、ようやく俺に向き直った。


「貴方って、運命信じるタイプ?」


 小首を傾げて(しな)を作るディミータの態度に、もはや溜息しか出ない。こんな時の彼女はアレだ。ウチの可愛いエレクトラが猫じゃらしを咥えて持ってくるのと同じ、遊んでもらいたいだけだ。


「俺はまあまあ信じてる方だよ。俺とディミータさんが知り合ったのだって、運命みたいなモンじゃないか?」

「いやぁん、ステキ。カースって、意外にロマンティストよねぇ」

「ははっ、ロマンティストでもなきゃ、今どき武器屋なんかやってらんねえよ」

「いいわぁ。出会いは運命、ってねぇ」


 俺の返事が気に入ったのか、気取った風だったディミータの笑顔が自然な形に綻んだ。俺は、この黒猫美女との他愛の無い話は嫌いじゃない。


「それに、お宅の隊長とだってあン時にさ……あれ?」


 額に手をやって記憶の底を探った。ネイトの『錬金仕掛けの腕(アームズ)』と激突した、金色の槍を振う少女。あれは……


「出会いは偶然だった? それとも必然かしら?」


 占い師みたいな台詞を吐き、悪戯っぽく微笑むディミータ。だが、彼女の錬金仕掛けの瞳は、俺の心を記憶ごと見透かしているようにも見えた。


「ふふん。『こいつは何か仕組まれてる』って、感じたことは無いかしらん?」

「ディミータさん……何か知っているのか?」

 

 俺の前に現れた英雄の子孫たちと、揃いつつある英雄の遺物。

 それを偶然として片づけるには、あまりにも作為に満ちている。


「色々と知ってるわ。だけど、まだ全てを知っている訳では無いの」

「教えてくれ。一体、何が起ころうとしてるんだ?」

「それは私が一番知りたい事と同じ」

 

 ディミータの瞳に一瞬だけ、暗い色が宿る。


「あの時の金髪の女の子、あの子の事は知っているのか?」

「騎士科のアリス。山王都の出身。家名も聞いた事が無いくらいの没落貴族の子女ね」

「やっぱりそうか」


 貴族は貴族でも没落した貴族だったのか。金儲けのアテは外れたが、もう一つの疑問をディミータにぶつけてみた。


「アリスは六英雄の子孫なのか?」


 ディミータは辺りを見渡してからエントランスの階段を登り始めた。俺は返答を待たずに、その背中を追って階段に足を掛けた。


「カース。あの時の黄金の槍、覚えてる?」


 ちらり、と振り返ったディミータが訊いてきた。


「あれは六英雄、『金色(こんじき)の戦乙女』の愛槍。全てを貫き穿(うが)つ『女神の聖槍(トリプティカ)』だ」

「……そうね。だけどアリスはエルフ族では無い。それに黄金の槍を完全には御しきれていなかった」

「じゃあ、彼女は英雄の子孫では無い?」

「確かめる術は無いわ」


 ディミータの後を追って階段を登る俺の目の前で、長い尻尾が左右に揺れていた。それだけでは彼女の心の動きは読み取れない。

 階段を登り切ると、そこには磨き抜かれた透明なガラスが一面に並んでいた。継ぎ目すら無いガラスの壁の、一体どこに入口があるのだろうと目で探していると、ディミータが迷いの無い歩調でガラスに向かって突き進んでいった。

 おいおい、ぶつかりますよ、と思いながら眺めていると、触れてもいないのに二枚のガラスが真ん中で分かれ、音も無く左右にスライドした。


「ほら、ぼんやりしてないで早く付いて来て」


 ディミータに急かされて魔導塔の中に入ると、誰もいないのに背後で勝手にガラス戸が閉まった。

 急に透明な檻に閉じ込められたような気分になり、ついつい振り返ってガラスに向かって手を伸ばしてみた。すると、何事も無くガラスがスライドしたのを見て、俺は何だか妙に安心した。


「私は受付を済ましてくるから、あんたはそこで大人しく遊んでなさい」


 そう言って、ディミータはカウンターへ向かった。

 お前は俺の母ちゃんか? と、心の中で舌を出しながらも、初めて足を踏み入れた魔導塔の中を見渡してみた。

 そこらの公園くらいはありそうな、だだっ広いフロアに太い柱が立ち並ぶ様は、山王都にある大聖堂(カテドラル)みたいに厳かな雰囲気だ。だが、徹底的に装飾を排した内装からは、神聖な厳粛さどころか冷え冷えとした無機質さしか感じない。それに、向かいの壁が見当たらないほどに広いのに、人の姿は疎らだった。


「ほれ、受付が済んだよ」


 天井に埋め込まれた魔陽灯を指差して数えていると、ディミータが戻ってきた。


「すんごい金かかってんな」

「そりゃあ魔導院の中枢だからねえ」


 俺の話には、あんまり興味が無さそうにディミータはつかつかと歩いて行く。


「それで、どこ行くの?」

「ルルティアの研究室」

「それって何階にあるの?」

「さあ? 五十階あたりじゃない? 直通の錬金昇降機に乗るから、階数は分からないわ」


 専用の研究室に専用の錬金昇降機か。どんだけ偉くなっちまったんだ、あいつは。


 *


 それから暫く、俺たち二人は一言も交わす事なく歩いた。大理石の床に響く固い足音だけが耳に届いた。

 辺りに他人の気配を感じなくなってから、俺はディミータに声を掛けた。


「ディミータさん。さっき、『仕組まれている』って言ったな。これから俺がルルティアに会うのも『仕組まれている』って事なのか?」


 ディミータは歩みを止め、ぐるりと辺りを見渡した。それは先日、初めて獣医に連れて行った時のエレクトラの仕草と良く似ていた。


「カースにとって、愉快な話では無いかもよ。それでも貴方は知りたいかしら?」

「ああ、何も知らないで事に当たるのは、ポリシーに反するんでね」


 俺は軽く咳払いをして、話の続きを促した。ディミータは俺の意を汲んだのか、ぼそぼそと小さな声で話し始めた。


「大陸北部を治める聖王には、一人の王が就くのが習わし。王位継承者が複数名存在した場合、最もステータス数値が高い者が王位に就くっての、知ってた?」

「ああ、だから双子として生まれちまった二人の王女は、海王都と山王都に別れてそれぞれを統治する女王になったんだろ」

「実はね、三人目の王女がいたのよ」

「なんだそれ? 初めて聞く話だぞ」


 三人目の王女? どこかで聞いたようなキーワードだ。


「それが、三人目の王女は妾腹だったの」

「なんだ。別に珍しい話じゃないだろ。昔っから良くある話だ」

「ところがね、その妾腹の子ってのが、過去の英雄にも劣らない素質を秘めているのが分かっちゃったの」

「そりゃあ双子の女王にとっては面白く無い話だな」

「そうよねえ。しかも、そのお妾さんってのが、家名も聞いた事が無いくらいの没落貴族の出だったから、ムカつくのも当然よね」

「家名を聞いた事がないくらいの没落貴族? それってアリスの……」

「あら、分かっちゃった? ブランドフォード家よ」

「なっ――――」


 なんだって!? と、大声が出かかって、俺は自分で自分の口を慌てて覆った。


「どうしてそこでリサデルが出てくるんだ」

「私はリサデルの事なんて一言も言ってないわ。とにかくね、第三王女はブランドフォード家出身の妾の子だったの」

「ちょっと待ってくれ。頭が混乱してきた」

「待たないわ。ありのままの事実だけを知りなさい。事実、平民と大して変わらない暮らしを送っていた、貴族としては最下層のブランドフォード家は、その第三王女を足掛かりにして成り上がろうと目論んだの」


 俺は口元を抑えたまま、ディミータの話を聞くしかなかった。


「ブランドフォード家は、山王都預かりとなった第三王女の侍女として、一族の娘の多くを王宮に潜り込ませたの。身辺の護衛や、もしもの時の身代わりの為にね」

「じゃあリサデルは、その……」

「話は最後まで聞きなさいな。山王都の聖女王は、第三王女を飼い殺しにする気だったのよ。一応は血を分けた姉妹だからね。でもね、野心に駆られたブランドフォード家の一部の人間が、魔導院に通じていたのが聖女王にバレちゃったの」


 ディミータは歩きながら「あ、そこそこ」と指をさした。その先に目をやると、壁際に設置された錬金昇降機の扉が見えた。


「第三王女と娘たちは王宮に入れたんだろ。それでもう、目的達成じゃないか。それに、どうしてそこで魔導院が出てくるんだ?」

「人間族の欲望って本当に底無しよねぇ。お姉さん、感心しちゃうわぁ。最もステータス数値の高い者が王となるのなら、第三王女こそが聖王に相応しい、ってブランドフォード家の人は考えちゃったのよね。そして、魔導院が第三王女を正当な王として宣言、即位させる、って算段よ」

「どうして魔導院が、そんな」

「さあね。魔導院にも大陸制覇に燃える野心家がいたんじゃない? 当然、絵を描いたのは長老会議だろうけど」


 ようやく昇降機の扉の前に辿り着くと、ディミータは扉の脇に備え付けられていたボタンを押した。


「ちょっ、なによ。研究室のフロアで止まったままじゃないの。めんどくさっ」

「それで、その第三王女ってのはどうなったんだ?」


 イライラとボタンを連打するディミータに、焦る気持ちを抑えて訊いてみた。


「御静養先で残虐非道な盗賊団に襲撃され、非業の死を遂げられた、って話になってるわ。まあ、そんなのは表向きの話で、実際は聖女王が手を下したんだろうけど」

「第三王女は死んだのか?」

「いいや。今も地下に潜って元気にしてらっしゃるわ」

「なあ、ディミータさん。頼むからはぐらかさないで教えてくれ。リサデルは……結局、リサデルは何者だったんだ」

「いいわ。ズバリ言ってあげる。リサデルとアリスのどちらかが第三王女その人か、もしくは野心に溺れてクーデターを企てたブランドフォード家の残党よ」

「そんな……そんなリサデルが……」

「どっちにしてもリサデルは、地下訓練施設の最下層に封印された英雄遺物を狙っているの。それこそが第三王女を正統な対立王として擁立する為に必要な物だから」


 俺は眩暈に襲われて、思わず壁に手を突いた。ディミータはそんな俺に手を差し伸べて、優しい手つきで髪を撫でてくれた。


「カース……ショックだと思うけど、これが私の知る全て。これが『女王計画』の全容よ」

「どうして、どうしてそんな事まで調べ上げたんだ!? ディミータさんには何の関わりの無い話じゃないですか!!」


 ディミータは何も言わずに俺の顔を覗き込み、短く息を吐いてから泣き笑いみたいな顔をして微笑んだ。


「妹がね、このネタを追っているうちに長老会議に殺されちゃったの」

「……復讐、ですか」

「いいや。妹を手に掛けた下っ端どもは、とっくの昔に(バラ)してやったさ。私はね、全てを見届けて、全てを知らなくちゃいけないの。妹のために」

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