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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第八章 天の高み 地の深み
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第140話 ピリオドの向こう側へ

 どんなに詰まらないアイテムでも、その正体を完全に見破った時の達成感は他に例えようが無い。まったく、鑑定士ってのは最高だぜ。


「セハト、これはだな……」


 奇妙な針金細工の鑑定結果をセハトに伝えるのと同時に店のドアが開いた。冷え冷えとした外気と共に店内に侵入してきたのは、タイトな黒スーツ姿のディミータだった。俺はふと、その細すぎて長過ぎる手足にこそ針金細工の人形を連想した。


「また珍しい格好じゃないか。ディミータさんも学院祭に参加すんの?」


 軍服の様なデザインのスーツに身を包んだディミータは、まるで地下訓練施設を探索するかのように店内を見渡していたが、暖炉の上に丸まるエレクトラを見つけた一瞬だけ、険しい表情を和らげた。


「ちょいとディミータさん?」


 どうした事か、いつものように軽口に乗ってこないディミータに、俺は本能的な危険を感じ取った。


「カース、説明している暇が無い。悪いが一緒に――――」


 言い終わるか終らないかのうちに出入り口の扉が乱暴に開け放たれ、黒服の男たちが店に押し入ってきた。ディミータは乱入してきた仮面を被った男たちを一瞥して、忌々しげに舌打ちをした。


「お前ら、『錬金仕掛けの騎士団(アルキャミスツ)』だな。揃いも揃って俺の店に何の用だ?」


 広いとは言えない店内が、人で一杯になる。ディミータと同じ意匠の制服を着た男たちは全員が全員、腕や脚などの身体の何処かが錬金強化されているのが見て取れた。

 異形、としか形容出来ない団員たちの姿に、無意識に手がショートソードの柄に掛かる。だが、それよりも速くディミータのククリナイフが俺の喉元に突き付けられた。いつ、抜刀したのか分からないほどの一閃に、俺は息を吸うのも忘れて立ち竦んだ。


「動くな!」


 ディミータの甲高い声が店内に響く。それは俺に対する警告なのか、配下の騎士団員に対する抑止の命令なのだろうか。


「……ディミータ副長。お言葉ですが」


 仮面の団員たちの中から一際屈強なガタイの男が、俺にナイフを突きつけたままのディミータの前に歩み出た。男の体格は、俺よりも上背のあるディミータよりも頭半個分ほど高い上に、肩幅は彼女二人分はありそうだ。


「貴官は今作戦には無関係のはず。指揮権はこの自分にあります」


 指揮官を自称した団員が、ディミータの猫耳に仮面に覆われた顔を寄せ、横柄にも取れる口調で言った。


「グルルルル……」


 首筋に触れる冷たい鋭さに身動き出来ない俺の耳に、喉を鳴らす獣の唸り声が届いた。視線だけを走らせて唸り声の主を追うと、ルルモニを背に乗せたままパブロフが立ち上がるのが見えた。


「グゥオオォンン!」


 総毛立たせた白い巨獣が怒りの咆哮を上げると、団員たちは反射的に各々の得物を手に取った。そのどれもが武器屋である俺ですら見たことのない、尋常では無い形状をしていた。


 ある者は両腕に仕込んだ弩弓を。

 ある者は恐ろしく巨大な戦槌を。

 ある者は腕と一体化した鉄球を。


 いずれもが汎用性や携帯性などを無視した、敵を殲滅する事だけに特化した武装だ。


「私は『動くな』と言ったぞ」


 ディミータが、仮面のような表情を動かさずに吐き捨てた。

 彼女は俺の喉元にナイフの切っ先を突きつけたまま微動だにしなかったが、黒蛇のような尻尾だけが大きく左右に揺れた。


「聞こえてんのか! このクソムシどもが!」


 膨れ上がった殺気が(ほとばし)り、ディミータが動いた。俺は一瞬、死を覚悟したが、斬り飛ばされたのは俺の首では無く、ディミータを見下ろしていた指揮官の耳だった。


「み? みみみっ、耳が!? おうっ、おれっ、俺の耳がぁああ!!」


 野獣のような絶叫。耳を押さえてへたり込んだ自称指揮官の後頭部を、ディミータはコンバットブーツの爪先がめり込むほどに蹴り飛ばした。


(やかま)しい。ぎゃあぎゃあ喚くな!」


 もんどり打って昏倒した男の頭を分厚いヒールで踏みにじりながら、ディミータは窓ガラスが震えるほどの怒声を上げた。


「貴様ら全員、もう一遍ブチ殺して再強化してやろうか!? 首を刎ねられたいヤツから私の前に立て!!」


 店内の空気が凍り付き、無言の団員たちは武器を降ろしてディミータに向かい敬礼した。

 いまだに身を低くして攻撃姿勢を取るパブロフの唸り声と、嗚咽を上げるルルモニを(なだ)めるセハトの声だけが店内に響く。


「さっさと片付けろ」


 ディミータが独り言のように呟くと、持ち主から切り離されてしまった耳と、その持ち主だった男の身体を団員たちが外へと運び出した。床に飛んだ血液も拭き取られたが、点々とした赤黒い不吉な跡は床に染み込んでしまっていた。


「全員、外で待機してろ」


 ディミータがそう命令すると、店内に残った団員たちは、そそくさと店を後にした。俺は全員が外に出たのを見計らってから、アルキャミスツの副隊長に向き直った。


「……ディミータさん。あんた、どういうつもりだ」


 ディミータの金色の瞳が、何かを思案するように揺れる。そして、彼女は(おもむろ)に口を開いた。


「カース、同行してもらえるか。これ以上、事を荒げたくは無い」

「ネイトの命令……いや、違うな。アイザック博士か」

「違う。ルルティアの頼みだ」

「ルルティアが? なんで今更……」


 自分から姿を消したルルティアが、いまさら俺に何の用だ? と、口から出掛ったが「時間が無い。付いて来てくれ」と、切羽詰まった様子のディミータに遮られた。

 俺は持ったままだった針金細工と、腰に下げてた店の鍵をセハトに渡し、「悪い。戸締り宜しく」と声を掛けた。


「ねえ、大丈夫なの?」


 受け取った鍵を大事そうに握りしめながら、セハトは眉を寄せて俺の顔を見上げた。

 今は暖炉の前に再び身を伏せたパブロフに目を向けると、その背の上でルルモニは、ひっくひっくとしゃくり上げて何度もコートの袖で涙を拭っていた。


「ああ、心配ないよ。ディミータさんは信用できる人だ」


 俺はセハトの小さな頭をグリグリ撫でながら「ルルモニを慰めてくれ。なっ」と念を押し、先に扉を開けて出て行ったディミータの後を追った。




 *




「早く後ろに乗れ」


 店の外に出た俺に、木馬のような乗り物に跨ったディミータが声を掛けてきた。前後に二つの車輪が備わった滑らかなフォルムの乗り物は、当然初めて目にする物だ。


「な、ナニそれ?」

「説明は後だ。連中の指揮が混乱しているウチに巻こう」


 遠巻きにするようにこちらを眺めている『錬金仕掛けの騎士団』の面々の視線を感じながら、ディミータの後ろに腰を下ろす。

 金属で出来た木馬もどきには鞍が備え付けてあって、腰の収まりはそれほど悪くはない。


「掴まれ! 出すぞ!」


 キュルルルルッ! と車輪が地を擦る音が聞こえた瞬間、ぐんっ、と身体が後ろに引っ張られるような奇妙な感覚に襲われた。


「うわっうわうわうわわっ!」


 喉の奥から変に引き攣った声が漏れる。凄まじい勢いで走り出した木馬から振り落とされないように、必死になってディミータの身体にしがみ付く。


「んのぁああぁっ!!」


 細い路地に突入しようとディミータは右に舵を切る。すると、木馬が右へと倒れ込むほどに傾いだ。


「地面が近いぃ!」


 見た事の無い景色がとんでもない速度で流れて行く。

 彼女の細すぎる腰は、俺の命を預けるにしては余りに頼りない。


「ちょっ、カース! どこ触ってんのよぉ!」

「だあって俺! こーゆー乗り物が苦手なんだっての!!」

「だからって力いっぱい掴むな! そして揉むな! ブチ殺すぞ!!」


 ジグザグに路地を縫い、石畳の上をギュンギュン走り抜ける。通りを幾つか(また)いだところでやっとこさ木馬が緩やかに減速し、俺はようやく人心地付く事が出来た。


「うああ、怖かったよぅ……」


 俺は自然に流れていた涙を袖で拭った。「ディミータさん。何なんだよ、この乗りモンは」


「これ? これはルルティアの作った新しい乗り物さ。錬金駆動(アルケミィ・ギア)っていう」

「またアイツは性懲りも無く……」


 恨み事が口を突いて出たが、ルルティアの開発意欲が健在な事に少しは嬉しくもなった。


「少し速度を落とすよ」


 それでも馬の駈歩(キャンター)並みの速度で走る錬金駆動にソワソワしながらも、「一体どうゆう事なんだ?」と、背中越しにディミータに尋ねた。


「私はルルティアに頼まれて、あんたを迎えに来ただけ」

「じゃあ、さっきの連中、あれは何だよ? ディミータさんの部下じゃないのか」

「部下っちゃあ部下だけど、多分、ドクの命令で動いてるね」

「アイザック博士が? 何でまた俺を?」


 今度はアルケミィ・ギアが左に傾いだ。慣れてきて気が緩んでいた俺は、慌ててディミータの腰に回した腕に力を込めた。


「あんたをとっ捕まえて、取引に使おうとでも思ったんじゃない?」

「俺を? 何の取引に?」


 いつから俺は、取引の材料になるほどの価値をこの身に(そな)えたのだろう?


「この頃のルルティアはねえ、まーったくドクの言う事を聞かなくなっちゃってねぇ。研究が進まない、って困っちゃってんのよぅ」

「ディミータさんが?」

「あはは、私のワケないじゃない。アイザックが、よぅ」

「だからって、俺を捕まえて何の取引に使うんだっての」


 ディミータの手が錬金駆動のハンドルを操作すると、クンッとスピードが上がった。俺はまたまたディミータの身体にしがみ付く事になる。


「怖いっての! ディミータさんっ!」

「あはあは。ルルティアったら、どうしてカースなんかに惚れてんのかしらねぇ」

「……俺が知るかよ」

「ネイトもネイトよぅ。どうしてカース(ごと)きに惚れてんのかしらねぇ。どうかしてるわぁ」

「ンなこた知るかっ! しかも『如き』ってなんだよ!」


 ディミータの後頭に向かって悪態を付くと、また一段とスピードが上がった!


「ひぃいいいぃ!」

「あはあはあは。愉快痛快そして爽快。カッ飛ばすって気持ちイイわねぇ。お姉さん、クセになりそお」

「やめてよしてごめんなさいっ!!」

「ルルティアはねぇ、魔導塔の研究室に籠ったまま出て来ないのよぅ」

「……だから何だっての。俺には関係ないっ」

「それをどうにかしようにも、ルルティアにはネイトがベッタリだから、誰も手が出せないの。もう、お姉さんジェラシィでおかしくなりそお」


 後ろに向かって流れて行く景色が、とうとう目では捉えきれなくなり、風を切る音すら変わった。なのにディミータの声だけは彼女の背中を通してはっきりと聞こえ、伝わってくる。


「カース。あんたは今や魔導院最高の頭脳と最強の戦力に重大な影響を及ぼすキーパソン。ここらで消しておいた方が、万事丸く収まるかもね」


 体感したことの無いスピードに対する恐怖とは、また違った種類の恐怖に背筋が冷たくなる。

 そうだ。俺の命はいま、ディミータに握られている。

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