第14話 これが俺の物語
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今年初めての雪が学院都市に降った。
比較的温暖な地域に位置する学院都市にだって、一冬に何度かは雪が積もる。ただ、今日の雪にはそこまでの勢いは無い。
婆ちゃんが構えるのは「第一等級呪物・ロングソード-1」
――――その効果は「回避不可」
――――かけられた呪いは「アイツ怪我しろ」
はっきり言ってショボイ呪いだ。
対する俺が構えるのは「第七等級呪物・鋼玉石の剣」
――――その効果は「呪物破壊」
――――かけられた呪いは「血に連なる最後の一人が果てるまで呪物を狩る」
最終審査にしては大甘なハンデだが、婆ちゃんと俺の実力差なら妥当かと思えた。
考えてみたら、婆ちゃんから聞かされた冒険物語ってのは、婆ちゃんの物語だったんじゃないかと思ってるんだよね。余所では聞いた事の無い物語だったし、何故か必ず「銀髪の可憐な美少女剣士」が登場していたし。殊更に「可憐な美少女」を強調していたし。
店の屋根裏部屋が俺の剣術の練習場だった。今日は、そこが最終試験場だ。俺と婆ちゃんは軽戦闘用装備で身を固め、互いに向き合って一礼した。
俺は鋼玉石の剣を掲げ「屋根からの構え」を取った。俺の腕前では、一撃でロングソード-1を破壊しなければ婆ちゃんの反撃でコテンパンだ。
婆ちゃんはロングソード-1を腰だめに構え「鋤の構え」を取った。呪いの効果で回避が出来ないのなら、防ぎ切るしか無いので当然の構えだろう。ただし、防ぎ切られた場合は……まぁ、反撃でコテンパンだ。
俺は今までの鍛錬の結果を、悲しみと後悔を、呪物への怒りと憎しみを鋼玉石の剣に乗せて婆ちゃんの構えるロングソード-1に叩き込んだ。
「その呪い……粉砕してやる!」
ちょっと婆ちゃんのマネをしてみた。カッコイイだろ?
鋼玉石の剣の、透明に近い程に青い結晶から猛烈な吹雪が噴出して剣身を形成する。
瞬時に反応した婆ちゃんは、咄嗟に防御姿勢を取った。
ガキィィィィィン!!
聞こえるはずのない、金属と金属がぶつかり合う音が聞こえた気がした。
「……くっ」
ロングソード-1の剣身が二つに折れ、残った剣柄が婆ちゃんの手から滑り落ちる。
呪われた長剣の残骸は、ガラス細工さながらに床に落ちて砕け散った。
「ふん、やるじゃあないか」
婆ちゃんは片膝を突いて、俺の顔を見上げて笑った。
俺はニヤリと笑い返し、親指を立てて見せた。汗ダクダク膝ガクガクで、いまいち様にはなっていなかったけど。
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俺は旅支度を整えながら地図を眺めていた。実は学校での旅行以外、碌に学院都市を出た経験が無かったりする。
学院都市の北西に位置する海洋都市、「海王都」に住む婆ちゃんの妹、すなわち俺の大叔母さんが、更なる「呪物鑑定」を教えてくれることになった。
「そう言えばお前、幾つになったんだ」
「十八だよ、婆ちゃん。いよいよボケたか?」
「そうか。婆ちゃんが鋼玉石の剣を持って旅に出た歳と同じ。私の娘が……お前の母さんが、お前を産んだ歳と同じ」
婆ちゃんは目を細めて俺を眺めた。その目には、慈愛と誇らしさに満ちているように思えた。
「これはどうするんだい?」
婆ちゃんは『聖なる騎士と魔法の竜』を持って来てくれた。
俺は古びた本を受け取って、何年か振りに表紙を捲った。
*****聖なる騎士と魔法の竜*****
むかしむかし、あるお城にリーザ姫という、それはそれは美しいお姫様が住んでいました。
美しいリーザ姫とけっこんしたくて、となりの国の王子がやってきました。
「リーザ姫、おれとけっこんしてください」
でも、リーザ姫には心にきめた人がいました。
それは、しゅぎょうの旅に出ている聖騎士です。
「ごめんなさい。私は聖騎士様とけっこんしたいのです」
となりの国の王子はくやしくてなりません。
王子は国に帰るなり、家来の魔法使いをよびました。
「魔法使いよ。おれはリーザ姫とけっこんしたいのだ」
「では、なまいきな聖騎士をやっつけて、王子様が聖騎士よりも強いところをリーザ姫に見せつけるとよいでしょう」
魔法使いは王子に魔法をかけてドラゴンに変えてしまいました。
ドラゴンは、リーザ姫のお城にもどってきて、火をはいてお城をもやしてしまいました。
「なぜこんなひどいことをするのですか」
リーザ姫は、こわくてぶるぶるとふるえながらドラゴンに聞きました。
「おれはおまえがほしいのだ」
ドラゴンはリーザ姫をさらって、じぶんの国に帰りました。
いっぽうそのころ、しゅぎょうの旅に出ていた聖騎士は、リーザ姫がドラゴンにさらわれたと耳にして、いそいでお城に帰りました。
でも、そこにはもえてしまったお城しかありませんでした。
「リーザ姫、いますぐ助けにまいります」
聖騎士は、聖なる剣を持って、となりの国に向かいました。
「リーザ姫をかえせ。悪いドラゴンめ」
聖騎士とドラゴンは、はげしくたたかいました。
でも、自由に空をとぶドラゴンに、聖騎士の剣はなかなかとどきません。
ついにはドラゴンのしっぽが聖騎士をうちたおしました。
大けがをした聖騎士は、もう一歩も動けません。
そこに、たたかいを見守っていたリーザ姫がかけよってきました。
「いけません、リーザ姫。私を置いてにげてください」
はあはあと苦しい息をはきながら、聖騎士はいいました。
「そんなことはできません。私はあなたのそばにいたいのです」
リーザ姫はよわった聖騎士に、やさしく口づけをしました。
するとどうでしょう。聖騎士の体にあふれるような力がみなぎりました。
「ありがとうリーザ姫。今度こそ、あのドラゴンをたいじします」
ドラゴンは聖騎士が死んだと思っていたので、ゆだんして昼ねをしていました。
「おきろ! ドラゴンめ!」
聖騎士の声に、ドラゴンはびっくりしてとびおきました。
姫から勇気をもらった聖騎士は、もうドラゴンには負けません。
そして戦いのすえ、ついに聖騎士はドラゴンの首を切りおとしました。
「リーザ姫、悪いドラゴンをたいじしました」
「ありがとう聖騎士様。でもお城がもえてしまいました」
「だいじょうぶ。ほら、ごらんください!」
そういって聖騎士がゆびさした先には、なんと新しいお城がたっているではありませんか!
そう、聖騎士がドラゴンとたたかっている間に、
聖騎士のなかまたちが新しいお城を作ってくれたのです。
そして聖騎士は一輪のバラの花をさしだして、リーザ姫の前にひざまづきました。
「リーザ姫。どうか私とけっこんしてください」
「ありがとう。とってもうれしいわ」
聖騎士とリーザ姫は、いつまでもしあわせにくらしました。
*****おわり*****
最後のページを捲ると、挟んであった数十枚の黄色く変色した紙片が、はらはらと床に散らばった。
しゃがみこんで一枚一枚拾って気が付いた。リーザ姫の似顔絵か。自分で言うのも何だが、下手くそだな。こんなのに似てるなんて言われたら、あいつ怒るぞ。いや、爆笑するかもな。
はたはたと似顔絵の上に涙が落ちた。
婆ちゃんは見ない振りをしてくれた。
暖炉の炎が揺れる。
雪は勢いを増したようだ。
それでも店内は、優しい熱気に包まれていた。
「でかくなったな。少年」
婆ちゃんは俺の顔を眩しそうに眺めた。俺はこの半年で少しだけ背が伸びた。
俺は『聖なる騎士と魔法の竜』を、今や愛用バッグになったズダ袋に押し込もうとしていた。
その時だ。突然、婆ちゃんがカウンターに両拳を叩きつけた。店内に大きな打撃音が鳴り響く。
俺は遂に婆ちゃんがボケたのかと思って、慌てて止めに入った。
そして、俺は見たんだ。婆ちゃんの姿をした「呪物」を。
「最後にお前に伝えよう。お前の両親は事故で死んだのでは無い。私の目の前で呪物に喰い殺されたのだ。忘れるか……忘れるものか! この怒りを! この憎しみを! この痛みを! この悲しみを!」
血の涙を流し、両拳から血を滴らせて婆ちゃんは叫んだ。
「呪物を狩れ。狩り尽くせ。滅ぼせ。滅ぼし尽くせ。征け! 征って呪物を粉砕しろ! 我ら一族はその為に在る。その鋼玉石の剣は何の為に在るか!」
「呪物を滅ぼし尽くす為。俺は全ての呪物を粉砕する」
俺は暖炉に『聖なる騎士と魔法の竜』を放り込んだ。ビーフィンの指を燃やした時と同じ様に。
俺はもう、騎士には憧れない。
英雄譚に焦がれる少年時代は終わった。
じゃあな ビーフィン
さようなら リーザ姫
これが俺の物語。