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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第八章 天の高み 地の深み
139/206

第139話 武器屋の日常、再び

 *****






 へい、らっしゃい! って何だ、お前らか。一、二、三、四……と、全員無事で何よりだ。

 俺かい? 俺は相変わらずだよ。強いて言えば、医者から「もっと野菜を採れ」って言われたくらいかな。

 だったら料理の上手い嫁を貰えって? よ・け・い・な・お・世・話・だっての。大体なぁ、ウチみたいに小さな店の売上じゃあ、家族養うなんてドラゴン退治並みに過酷なミッションよ。

 お前らさあ、ちょっとコレ見ろよ。この長剣の仕入れ値って、いくらだと思う? なんと、一本売れたところで昼メシ代くらいの儲けしか出ないのよ。もし、お前らン中に「引退したら武器屋やりたい」、なんて思ってる殊勝で健気な世間知らずがいらっしゃるようでございましたら、まあ止めとけ、としかアドバイス出来ないな。


 北部紛争で儲かってるんじゃないかって? バカ言うな。あんなん一時の特需景気ってヤツだ。現に早くも売上が鈍り始めてんだぜ。

 前にも言ったけど、お前ら新聞読んでるか? 海王都と山王都の研究チームが、共同で魔陽石の採掘調査なんて始めるそうじゃないか。結局のところ、どっちも本気でやり合う気なんてサラッサラ無いんだよ。たまに小競り合ったり、突っつき合っておかないと緊張感が保てないんだろ。軍も官も民も、双子の女王様も。


 それにさあ、俺は全面戦争になって武器がジャンジャカ売れるよりも、可愛い可愛い後輩たちに質の良い武器を提供するだけで十分やり甲斐があるし、たまにお前らみたいな連中が顔を見せに来てくれるから、嫁なんていなくても寂しくないの。

 え? 彼女はいるのかって? まったくもう、寒い季節になると彼女が欲しくなるよなぁ。はっはっはっ……止めろよ。寂しくなるじゃないか。


 んで、お前ら今日は何の用よ? なに? 一番安い装備で良いから一式まとめて欲しいって? まあ、『これさえあれば今日から君も冒険者! 特選スターティングセット』ってのを用意してあるけど、お前らみたいなマスターレベルも間近な連中が、初心者用の装備なんて何に使うつもりだ?

 はあっ? 女物が欲しいだと? しかも、試着させろって!? お前ら、遂に「あちらの世界」に興味をお持ちになられましたか……。



 

 『勇敢なセクシー女戦士セット』やら、『萌え萌え魔女っ子なりきりセット』、はたまた『天使な癒し系修道女セット』を和気藹々と楽しそうに試着し、ホクホクしながら帰って行った野郎どもと入れ替わるように、いかにも旅人風の(すす)けた外套を羽織ったセハトと、冬毛に生え換って一回り巨大化したパブロフがやってきた。


「ちわー!」


 店に入るなり一声かけてきたセハトは、暖炉の前に丸まっていたエレクトラを抱えて上げて、「キミは今日も黒々ツヤッツヤだなー」と頬擦りした。パブロフといえば、俺の顔を一瞥してから挨拶代わりに一声吠え、へっへっと笑っているかのように舌を出した。


「よう、セハト」


 セハトに声を掛けつつパブロフに水を張ったボウルを出してやると、巨犬はボウルに顔を突っ込んで、凄まじい勢いで水を飲み始めた。


「しっかしお前、これまた色気のない格好してきたな」

「なに? ボクにそんなの期待してんの?」


 少年のような太い眉を寄せたセハトの顔を見て、俺は首を横に振った。


「さっきの連中さあ、女装するんだってよ」

「ああ、学院祭の出し物だね。男子が女装して、女子が男装するコンテスト」

「ん~嘆かわしい。俺が学院の生徒だった頃の学院祭ってのは、もっと硬派な催しだったんだぜ」

「ふぅん。おじさんが若い頃の学院祭って、どんな感じだったの?」

「まあ、武術大会とか、魔術競技会とかさ。で、お前も女装……いや、男の子の格好すんの?」


 おっと危ない。どんなに可愛げの無い格好(ナリ)をして来たとはいえ、セハトは一応、女の子だった。


「ボクは出ないよ。『逆ミス・ミスターコンテスト』は、総合戦闘科の催しなんだ」

「どこのどいつが思いついたんだよ、そんなロクでもないコンテスト」


 魔術科や神聖術科などの学術科とは違い、総合戦闘科は男性比率が高い。女装した屈強な男どもが溢れ返る、それはそれは見るも(おぞ)ましいコンテストになりそうだ。


「で、お前ら盗賊科は何やんの?」

「ボクらがやるのは、『必見! プロが伝授する防犯対策』の実演講習だよ」

「それはまた……ある意味シュールだな」


 苦笑いしつつ、「ま、座れよ」と席を勧めると、セハトはひょい、っと身軽な動作でカウンター席に腰掛けた。

 彼女が愛用のボディバッグから数枚の紙を取り出すのを眺めながら、俺は声を潜め改まって声を掛けた。


「なあ、お前らのパーティ、地下六階を踏破したそうだな」

「……早いね。どこから?」

「蛇の道はなんとやら、だ。それで地下七階へはアタックしたのか?」

 

 セハトは鉛筆の尻を前歯で噛み、考え込んでいる風だったが、しばらくして口を開いた。


「長老会議から地下七階への進入禁止命令が出たんだ」

「そうか……」

 

 先日、地下倉庫の封印結界を確認しに来た神聖術師たちの慌てっぷりからしても、地下で何かイレギュラーな事態が起きていることは想像に難くない。


「ねえ、おじさん。この地図、どう思う?」


 すっ、とカウンターの上に差し出された紙片は、コンプリートされた地下六階の地図だった。俺はそれを一瞥して、直感的な感想を口にした。


「……お兄さん的に、これはどう見ても城郭のグラウンドフロアだ。地下訓練施設六階は、中規模な城塞の一階部分だったんだな」

「やっぱりそう思う? じゃあ、地下七階は『地下の地下』と言う事になるね。そこは一体、何の為のフロアだったんだろ?」

「城塞の地下と言ったら、倉庫とか牢獄、あるいは……」


 遺体安置所(モルグ)、とは流石に言わなかったが、セハトは俺の答えに、うんともすんとも言わなかった。


「んで、お前らのパーティはどうすんだ? これから」

「実は……七階に行かなかった理由はね、シンナバルが大変なんだ」

「なに? シンナバルがどうしたって?」


 自分でも驚くくらいに動揺した声が出た。色々と聞き出してやろうと言葉を選んでいたが、そんな思惑は吹っ飛んで、思わずカウンター越しに身を乗り出してしまった。

 セハトは、そんな俺に鉛筆の尖がった方を突きつけて、「おじさん、近い」と言い放った。

 ああ、悪い……と、冷静さを取り戻すと、セハトは俺に突き付けた鉛筆の尻を、己の額にトントンと押し当てた。


「あいつ、どっか怪我でもしたのか?」


 俺の問いに、セハトは首を小さく横に振った。


「それが良く分からないんだ。だから今、検査の為に入院してる」

「どこに?」

「魔導院病院だよ」

「ああ、あそこか……」


 前にルルティアを見舞ったあの病院を思い出した。人で溢れかえる一階のロビーに対し、閑静にして瀟洒なエグゼクティブフロアとのコントラスト。格差社会の縮図を見た気分だ。


「夕方にでも、見舞いに行こうかな」

「それがね、面会謝絶なんだ」

「……そんなに酷い状態なのか?」

「そうじゃ無いんだよね。目を覚まさないだけで身体に異常は無い、ってお医者さんが言ってた」


 じゃあ、なんで面会謝絶? と訊くと、セハトは幾分表情を和らげて、いつもの調子に戻った。


「アリスがね、シンナバルの為に最上階の一室を借り切っちゃって、病院の人と自分以外は締め出しちゃってるんだ」

「なんだそりゃ? 大体、あそこの差額ベッド代って知ってるか? 一流ホテルの三倍はするんだぞ」

「そんなのボクが知る訳ないでしょ。ボクがお金出してるんじゃないんだし」


 アリス先輩ってのは、お気に入りの下級生の為にポンと大金が出せるほどの金持ちなのだろうか? もしや、どこぞの大富豪の娘か何かか? いや、そんなのが総合戦闘科にいるのも妙だな。あの肌の白さと微妙な訛りは、たぶん山王都の方の出身だろう。それに、彼女の貴族的な立ち振る舞いと品のある仕草は一朝一夕で身に付く物とも思えない。そうなると山王都の高級武官の娘、そんなトコか。


「商売のタネになるかも知れん……」


 そうほくそ笑んだとき、「んちわー!」と元気よく、モッコモコの白いコートを羽織ったアホノームが店に入ってきた。


「わーおー! ルルモニもまぜて!」


 ルルモニは挨拶もそこそこに、パブロフの毛皮を掻き分ける様にして潜り込んだ。すると、先客だったエレクトラが迷惑そうな素振りで背中から飛び降りた。


「よう、アホモニ。久しぶりだな」


 逃げ帰ってきたエレクトラを抱えると、愛猫はルルモニの悪行を非難するように「にゃっ」と短く鳴いた。セハトは鉛筆を手にしたまま、ルルモニに手を振っていた。


「おう、ぶきや。おまえはまだ生きてたのか」

「ああ、残念ながら野菜不足さえ解消すれば完調だ」

「ほう、やさいがたりてないのか。きさまは」


 ルルモニは自分の着てきたコートとパブロフの毛皮にもっさり埋まって、殆ど顔しか判別出来ない。そんな白くて巨大な毛玉がモゾモゾ動いて、中からニョッキリと手が伸びてきた。


「何だ? それ?」


 小さな手に握られていたのは、疲労回復滋養強壮の劇薬、『ルルモニン』と同じくらいの大きさの瓶だったが、その透明な瓶の中には見るからに怪しげな緑褐色の液体が波打っていた。


「のむがよい。やさいぶそくに効くぞ」

「いやいやいやいや、これ絶対に飲んじゃダメなヤツだろ。まず色がおかしい」

「酷いわ。私、早起きして貴方の為に頑張って作ってきたのに」

「お前、俺が野菜不足だってのは、いま知ったんだろ」

「貴方に信じて貰えないのなら、私、生きている価値なんて無い。いっそのこと、これを飲んで一思いに死ぬわ」

「おいおい。飲んだら一思いに死ねちゃう様なモンを俺に勧めるな」


 毒づく俺の背後に、いつの間にか立っていたセハトが、「ふーん、じゃあボクが飲んじゃおっかな」と、ルルモニの手から小瓶を受け取った。


「おい、止めとけよ」

「ぐーっと飲め。いっきにのめ。とちゅうでやすむとつらいぞ」

「何だよ、その罰ゲームのアドバイスみたいのは。セハト、いいから止めなさいって」


 心の底からの忠告を余所に、セハトは何の躊躇(ためら)いもなくコルク栓を抜き、何の躊躇(ちゅうちょ)も無く、苔の繁殖した沼水みたいなのを、ぐうーっと飲み干した。

 俺は何だか自分が沼水を飲み干したような気分になり、「大丈夫か」と、瓶を口に当てたまま仰け反っていたセハトに訊ねると、彼女は天井に向かってひっく、と短いしゃっくりをして、反らした身体を元に戻した。


「おい、生きてるか?」


 心配になって訊いてみると、口の端に残る緑の粘液を手で拭ったセハトは「うーん、まずい。もう一杯」と、どこかで聞いた事のあるフレーズを口走った。


「やれやれ……で、ルルモニ。お前は何の用だ?」

「ざいりょうのくすりをかいに」

「薬の材料を買いに来たんだな」

「おう。そうともいう」


 こいつと話すと何だか調子が狂う、そう思いながらも妙な事に思い当たった。


「お前、こないだルルティアの薬の材料を買いにきたばかりだろう。もう足りなくなったのか?」

「いいや。がくいんさいにつかうぶんを、かいにきたのだ」

「ああ、学院祭ね。薬学科も何かやるんだな」

「うん。しんやくのはっぴょうかい。さっきのもそうだ」

「さっきのって、さっきの緑色のか!?」

「おう、それは『もにじる』という。十六種類の厳選された薬草をバランス良くブレンドし、肝・心・脾・肺・腎・胆・小腸・胃・大腸・膀胱の各臓器に効果的に作用し」

「分かりました。もう良いです」

「ルルモニンに炭酸を足し、飲みやすくなった『ルルモニンZ』も発売予定です」

「それはもう、結構です」


 ルルモニと不毛な会話を繰り広げていると、「あ、そうだ!」とセハトが一つ手を叩いた。思いがけない大きな音に、胸に抱いたエレクトラが大きな目を(しばた)かせた。


「モニさんに気付け薬を作って貰えば良いんだ!」


 これ以上の名案は無い! と、ばかりに跳び上がるセハトの(はしゃ)ぎっぷりに、先ほどの沼汁には興奮作用でもあるんじゃないかと勘繰った。


「きつけぐすり?」


 モコモコの中から顔を突きだしたまま、不思議そうな表情を浮かべるルルモニ。まあ、無理も無い。


「順序立てて説明しないと、ルルモニに伝わらないだろ。こいつ、ただでさえアレなんだから」


 セハトを窘めると、彼女は「それもそうだね」と言い、パブロフの背中に向かって話し始めた。


「えーっと、シンナバルが倒れちゃって、意識が戻らないんだ」

「ふむふむ。どんなジョーキョーでたおれたんだ? あたまうったか? なにかすいこんだか?」

「ああ、そうだ。これ見てくれるかな? これを見た直後に倒れたんだ」


 ボディバッグをゴソゴソやり始めたセハトは、中から針金みたいなのを取り出して、俺とルルモニに見えやすい位置に掲げて見せた。


「ねえ、これって何だかわかる?」


 セハトの手に握られた針金細工をじっくりと眺めてみる。赤い塗料が点々と残った金属の棒は、針金にしては太いし平べったい。間違いなく人の手による工業製品のようだが、奇妙な具合に歪んでしまっていて原型が想像できない。


「触っても良いか?」


 エレクトラを床に放し、針金細工を受け取ってみた。想像した通りに軽い金属棒を両手に持ち、ちょっと力を込めてみたが、意外にしっかりした素材で出来ていて簡単に歪みそうな代物ではなかった。


「知恵の輪、なワケないよな。しかし、金属がこんな風にひん曲がるなんて、窯の中にでも入ってたのか?」

「それって、溶けた煉瓦の壁に埋まっていたんだ」

「溶けた煉瓦だって? どんな状況だ、そりゃ」


 穏やかな熱気を生み出している煉瓦作りの暖炉に目をやると、その上でエレクトラが丸まっていた。彼女は居心地の良い場所を見つけるのが上手い。ほんのり温まった煉瓦が、寝っ転がるには丁度良い塩梅なのだろう。だが、どんなに薪に風を送ろうが、仮に油を注ごうが、煉瓦が溶けるほどの炎なんて起こせるはずがない。

 そう考えながら平たい金属棒を指でなぞっていると、固く冷たい金属とは違う、滑らかな質感を指先が拾った。


「これは……ガラスか?」


 爪で何度も擦ってみたが、へばり付いた透明な物質はガラスに違いなさそうだ。これも高温で溶けだして、金属棒に付着したのだろう。

 両手に乗るような金属の細工物にガラス……もう少しで何かに繋がりそうだ。


「おい、ぶきや。ルルモニにもみせてみろ」

「ん? ああ、ちょっと待ってろ」


 正体不明な細工物の両端を手に持ち、ルルモニに見えやすい様にして差し出してやると、針金細工越しにクリクリとした大きな瞳が目に入った。

 その瞬間、このぐんにゃり歪んでしまった針金の、在るべき形が頭に浮かんだ。

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