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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第八章 天の高み 地の深み
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第137話 ぼくらの理由

「それなに? 皿?」

「これはね、『円盤刃(リングスライサー)』って武器なんだ」


 取り出した薄っぺらい数枚の円盤を、セハトはこれから手品でも始めるかの様に片手で広げて見せてきたが、俺には穴の開いた銀の小皿にしか見えなかった。


「それは、あの時の円盤ですね」


 アッシュが何かを思い出したかのように言う。俺は釣られて「あの時って、なに?」と訊いた。


「えーっと、それは君が猫になっていた時と言いますか」

「あぁ、あの時の。うぅ……嫌なこと思い出した」


 猫の森のあの(・・)事件か……肩と首と腰と膝に鈍い痛みの記憶が蘇る。

 俺はあの事件以来、しばらくは語尾に「にゃー」が付いたり、気が付いたら自分の身体を舐めてたり、手を使わずに皿から直接メシを喰ったりと、なかなか猫の習性が抜けなくて大変な思いをしたんだ。

 学院でもいい笑い者だった……思えばアリスと知り合ったのもあのタイミングだったっけ。


「そんな強力な武器を持っているのに、どうして今まで使わなかったのですか?」

 

 アッシュの疑問はもっともだ。セハトは地下では拾った煉瓦や小石、もしくは錬金術科の作った炸裂弾や薬学科の精製した火炎瓶を投げつけるのが主な攻撃方法だった。俺の知る盗賊科の生徒の殆どは、短弓(ショート・ボウ)短刀(アタック・ナイフ)を得物にしていたから、セハトの()リ方を珍しいとは思っていた。


「リングスライサーは狭い場所では使い難いし、何より敵味方が入り乱れる地下の戦場(バトル・フィールド)で使うには、危なくって仕方ないからね」


 俺は驚愕の余りに目を見張った。


「セ、セハトが……」

「なに? ボクがどうかしたの?」

「まともな事を言っている!?」

「うっさいな! ぶっとばすぞ!」

「君たち! じゃれるのは後にして下さい!!」


 睨み合う俺とセハトの間にアッシュが割って入る。知性の無い大ミミズのような動きとはいえ、ドラゴンは確実に接近してきている。


「それで、鎖をどう使うのですか?」

「うん。リングスライサーは風の影響をもろに受けちゃうから、ドラゴンがあの風を起こす限り、狙った所に当てるのが難しいんだ」

「それで鎖で動きを止めろ、って事か」


 金の鎖を封じた魔術偽典をセハトに見せると、彼女はコックリと頷いた。


「ドラゴンが翼を広げた瞬間、ほんの一瞬で良いから動きを止めて欲しい」


 セハトの手にした銀の円盤が、炎を反射してギラギラした光を放つ。カーディナル・ドレイクはもう、すぐ近くまで迫っていた。


「僕が前に出て暴風(ゲイル・ストーム)を誘いましょう」


 盾を構え直したアッシュが一歩前に出る。

 激しい戦闘など無かったような余裕を見せつけるアッシュ。だけど、その姿をよくよく眺めてみると、いつでも完璧にセットしてある髪は乱れ、毛先なんて所々が焦げてチリチリになってしまっている。それに、鎧に守られていない肌には酷い火傷や水ぶくれが浮いていた。

 思っていたよりも、ずっと深刻なダメージを受けていたアッシュがやっぱり心配になり、そんな野暮な事は言わない方が良いとは思いながらも、「アッシュ、大丈夫?」と訊いてしまった。


「いい加減、僕も信用されていないようですね。残念です」

「ごめん、そういうつもりで言ったんじゃ無いんだ」

「ふふっ、分かっていますよ。だが、僕は重装騎士(アーマー・ナイト)です。仲間を守るのが役目……いや」


 言い淀んだアッシュが照れた顔をして笑った。


「僕は君たちを……友だちを護りたいのです」

「アッシュ……」

「シンナバル、セハト。君たちならやれると信じています。だから、君たちも僕を信頼して下さい」


 アッシュはきっぱりと言い切って、炎を巻き散らしながら暴れ狂うドラゴンへと立ち向かっていった。

 そうだったんだ。俺がアリスを護りたいと思うのと同じように、アッシュは俺たち全員を護りたいと思っていたんだ。そう思うと、何だか無性に嬉しくなった。


「ちょっとぉ、何をニヤニヤしてるんだよ。アリスの事なら後でゆっくり考えて」

「はああっ!? 先輩のことなんて考えてないって!」


 ちょっとばかり図星を衝かれ、上ずった声が出てしまった。くそっ! 平常心を保ちたいってのに、何でコイツは俺の邪魔ばっかりしてくるんだ!

 俺のそんな気持ちを余所に、セハトは両手に持った円盤、リングスライサーを扇の様に広げた。


「危ないからボクの後ろに回って」


 刃物同士が擦れ合う、鋭く乾いた金属音に思わずはっとして、セハトの顔を見た。


「な、何だよ。いきなり……」


 聞いた事の無いくらいに真剣なセハトの声に、浮ついた気持ちが吹き飛んだ。

 石を投げれば当たりそうな距離で、アッシュと紅翼竜の闘いが始まっている。俺は言われるままにセハトの背後に付いた。


「ねえ、シンナバル」


 両腕を広げて姿勢を低くしたセハトが、背中越しに訊いてきた。


「キミは、どうしてこんな深い処まで来たの?」


 それは問い掛けでは無く、確認をするかのような口調だった。どうしてこんなところに一人でいるの? と、道に迷った子供に訊くような。


「どうして、って……それは、あの……」


 まさか任務の事を話す訳にもいかず、かといって他に明確な理由も思い付かない俺は、口ごもるしか無かった。


「ボクは今まで色んなトコに行って、本当に色んなモノを見てきたんだ」


 紅翼竜に立ち向かう真っ赤な鎧のアッシュの後姿は、まるで騎士物語からそのまま抜け出してきたみたいだ。


「真白な山頂へ至るのも」


 剣で斬りつけようが、盾で防ごうが、炎は容赦なく騎士の全身に降り注ぐ。


「真暗な谷底へ降りるのも」


 それでも騎士は、一歩たりとも退きはしない。


「強くて確かな理由が必要なんだ」


 退く理由なんて一つも無い。騎士の背中がそう叫んでいる。そんな騎士を嘲笑い「打ち斃してやる」とでも言わんばかりに、竜の翼が開いていくのが見えた。


「だから見つけて。君が君でいられる理由を」


 俺は魔術偽典の封を切った。


「だから探して。君がここまで来た理由を」


 ――――開封


 身を低くしたセハトの頭上に、八条の鎖を(かたど)った魔術紋様が浮かび上がる。

 俺は強烈にイメージした。強くて確かな黄金の鎖を。そして、ルルティア姉さんの姿を。


「固縛せよ」


 俺の呼びかけに応えたかのように、頼りなく(おぼろ)だった紋様が、鈍くて重たい金色の輝きを放つ。

 フォーン、と聴きなれない不思議な音を耳が拾う。それはセハトの手元から聞こえてきた。


「第三層錬金術! 『金の鎖』!!」


 俺は一杯に広げた掌を、金色の魔法陣に叩きつけた。瞬時に広がった魔術の鎖は壁に当たるたびに軌道を変えて、カーディナル・ファングの全身を包み込むようにして縛り上げた。


「アッシュ! 伏せて!!」


 絶叫に近いセハトの声を受けて、アッシュは全身を投げ出すようにして床の上に倒れ込んだ。その上を無数の円盤が飛び交い、鎖で出来た蜘蛛の巣に絡め捕られたカーディナル・ファングに襲い掛かっていく。その殆どが分厚い鱗に弾かれて堕ちていったが、その内の数枚がドラゴンの翼をズタズタに切り裂いていく。


「やった! 完璧だ!」


 上出来すぎる戦果に拳を握ったのも束の間、翼を失いバランスを崩したドラゴンの巨体が、まだ床に伏したままのアッシュに向かって倒れかかる。


「アッシュ! 早く逃げて!!」


 重厚な鎧がこの時ばかりは仇となった。立ち上がるよりも先に、大木のように倒れてきたドラゴンの胴体がアッシュの身体を圧し潰した。


「そ、そんな……くそおおぉ!!」


 怒りの衝動に突き動かされて駆け出そうとする俺に、セハトがしがみ付いてきた。


「離せよセハト! あいつを焼き尽くしてやる! 欠片も残らず灰にしてやるんだ!!」

「待って! 落ち着いて良く見てよ!」


 見た目よりもずっと力強いセハトに易々と引きずり倒された俺は、うつ伏せになりながらアッシュのいた辺りを凝視した。


 ――――キィン

 

 どこかで聴いた音が……そう思った次の瞬間に、金の鎖ごと竜の胴体が両断された。

 迸る血液にたちまち火が着き、燃え広がった炎で辺りが火の海になる。その向こうに刀を鞘に納めるシロウの姿と、膝に手を置いて肩で息をするアッシュの姿が垣間見えた。


「アッシュ……良かった」

「でも、どうしよう。早く止めを刺さないと」


 槍が刺さったままの頭部を残した首が、切断面から火を噴きながら床の上を転げ回っている。頭を半分吹き飛ばされようが、身体を真っ二つにされようが、尚も活動を止めない竜族の生命力に改めて怖気が走った。

 今、この状態で新手が現れたとしたら、炎にパーティを二分されたまま戦闘に突入することになる。ダメージを負った俺たちには、かなり危険な状況だ。


「いつまでも寝っ転がってないで、早く魔術でパーッとやっつけてよ!」


 俺の背中に馬乗りになってきたセハトが、三つ編みにした俺の髪を掴んで引っ張りやがった。


「んな都合の良い魔術なんて、ある訳ないだろ! それに転がしたのはお前だっての!」


 背中でギャーギャー喚くセハトに向かって毒づくと、炎へと向かって凄まじい勢いで金色の光が突き抜けたのが見えた。


「せっ、先輩!?」


 光に見えたのが(なび)くブロンドだと気が付いた時には、アリスは火の海の中に飛び込んでいた。


「くうぉのおぉー!!」


 炎の中で仁王立ちしたアリスは、ドラゴンの顎に刺さったままの槍の柄を両手で掴んで吠えた。


「私の槍を――――」


 アリスのあまりの行動に絶句した俺と、そんな俺の三つ編みを掴んだままに固まったセハトの目の前で、首だけになったとはいえカーディナル・ファングの大蛇のような巨体を、アリスは突き刺さった愛用の槍ごと持ち上げた。


「う、嘘だろ……」


 銀色だった槍が、アリスの叫びに呼応するかの様に金色の光を放つ。辺りに漂う精霊が槍の穂先に集まるのを、俺は魔術師の直感で感じていた。


「返せっ!!」


 輝く槍の表面に魔術紋様らしき文字が浮かび上がったのを見た瞬間、カーディナル・ファングの首が四散した。それと同時にあれだけ燃え盛っていた炎の勢いが、みるみるうちに収まっていく。


「……勝った」


 勝利を確信して大きく息を吐いたその時、「アリスすごーい!!」と叫んだセハトが、いきなり俺の三つ編みを手放したうえ、人の背中を踏みつけて駆け出した。


「ぐはあっ!!」


 肺の中の空気が一気に押し出されたのと、床に顔面を強打したダメージで、俺はその場に伏せたまま(しばら)く悶絶した。


「シンナバル、大丈夫?」


 暖かい掌が背中に当てられたと感じた途端に、背中の痛みが消えて無くなった。


「あ……リサデルさん」


 リサデルの胸に抱かれるような姿勢になった俺は、包み込まれるような暖かさと、顔に押し当てられた柔らかな感触に、何だかフワフワした気持ちになってきた。


「頑張ったね、シンナバル」


 そう言ってリサデルは、俺の頭を撫でながら短い歌を口にした。すると、今度はぶつけた部分のズキズキする痛みが治まった。


「綺麗な顔をしてるけど、君はやっぱり男の子ね」


 俺の顔を見つめるリサデルの瞳は、穏やかに凪いだ湖面の様に優しい。そこにはあの、深くて暗い陰鬱な色は見当たらなかった。

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