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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第八章 天の高み 地の深み

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第136話 ダブル・ターミネイテッド

 *


 いつの間にか焦熱地獄のような幻視(ヴィジョン)は消え去り、不思議な声も聞こえなくなっていた。あんなに酷かった頭痛も嘘のように治まり、眩暈(めまい)がするどころか薄暗いはずの地下が妙にクリアに見えた。


「……どうしたの?」


 胸に抱いたアリスが、心配そうな顔をして訊いてきた。

 血と砂埃に汚れていようが、なおも美しい彼女の顔を見詰めていると、じわりと闘志が湧いてきた。


「先輩、待っていて下さい」


 アッシュに加勢する為に再び彼女を横たえようとしたが、俺の意に反してアリスは力一杯にしがみ付いてきた。


「ダメ。私も行く」

「先輩は先に治療を受けて下さい」

「イヤ。私も闘う」

「だいたいですね、先輩の槍はドラゴンに刺さったままですし」


 どうにかこうにか理由を付けてアリスを諭そうとしたが、彼女はいやいやと首を横に振るばかりだった。


「僕を……いや、俺を信じて下さい」

「ひとりで行っちゃ駄目」

「ひとりじゃ無いです。向こうでアッシュが闘ってます」

「でも……」

 

 尚も食い下がるアリスの身体を鋼鉄の腕で支え、左手で彼女の額に掛かる前髪を掻き上げた。そこにアリスがしてくれたようにキスをしようと顔を寄せてみたが、彼女の被った兜の前飾りが邪魔をした。


「あの、上手く言えないんですけど」


 俺はそう言いながら、アリスの額に自分の額を押し当てた。むむ……女の子が喜びそうな台詞(セリフ)を、師匠から習っておけば良かった。


「俺、やっつけてきます。あいつをやっつけにいってきます」


 額を擦り付けながら至近距離でアリスの瞳を覗き込むと、鼻の頭が触れ合った。そのくすぐったさを感じたとき、ようやくジワジワと恥ずかしさが込み上げてきた。おっ、俺はいま、一体なにをしてたんだ!?


「すすっ、すいません。おっ、おおっ俺、行きますねっ」


 照れ臭さに負けて、半ば無理やりアリスの身体を引き剥がそうとすると、彼女は俺の首に回した腕に力を込めて頬を擦りつけてきた。


「かっこいいよ、シンナバル。何だか違う人みたい」


 アリスはそう言って、俺の頬に唇を押し付けた。


地上(うえ)に戻ったら、ちゃんとキスしてあげる。だからお願い。死なないで」


 潤んだ瞳に見つめられた俺は、やっぱり上手い台詞が頭に浮かばず、「うへへ」だか「ふひひ」みたいな気持ち悪い含み笑いしか返せないままに立ち上がった。そして、闘志と恥ずかしさと、何だか良く分からないモヤモヤしたのを胸に走り出した。

 全速力で駆け抜けながら、シロウの背に手を当てるリサデルの姿を横目で見る。あとどれくらいで治療が完了するのか分からない。それでも耳は無意識に、リサデルの神聖詠唱に聞き入っていた。

 それは優しさに溢れているのに、何故だか力強い歌声。治癒の神聖詠唱は、聴いているだけでも効果があるのだろうか。


「……やってやるさ」


 俺は勇気なんて言葉が嫌いだ。なんか幼稚だし、どうにも嘘くさい。だけど、いま俺の足を前に進ませているのは、たぶん勇気なんだ。

 そんな感情の昂ぶりに応えるように『錬金仕掛けの腕(アームズ)』が、低く唸りをあげた。重くてデカくて邪魔臭く感じる時もあるけど、闘う力を与えてくれる鋼鉄の腕を、こんなに頼もしく思ったことは無い。


「うぉおおおお!!」


 アッシュの後姿とドラゴンの巨体を目にしたとき、勝手に喉の奥から雄叫びが(ほとばし)った。

 右腕が一瞬にして燃え上がり、そこに巻きついていた装飾が解けて一筋の炎の束に変わった。


「らぁああっ!」


 姿勢を深くして踏み込み、鎌首を(もた)げた竜の蛇腹に目掛けて全力で跳ぶ。右手に握った『辰砂の杖』を思いっきり振り切ると、追いかけるように紅の炎が伸びた。

 噴水のように噴き出した血液が炎に変わったが、その全てを右手に握った『辰砂の杖』が吸収していく。


 ――――いけるっ!!


 手応えを感じて勢いのままに三連撃を喰らわすと、ぐうっと持ち上がった竜の首が、打ちつけるようにして落ちてきた。重いが緩慢なその攻撃をサイドステップで(かわ)し、もう一撃を叩き込んでからアッシュの元へと跳び退った。


「アッシュ、大丈夫!?」


 床に壁に巨体をぶつけ、滅茶苦茶に暴れ回るドラゴンから目を離さずにアッシュの隣りに並びかけると、「僕は大丈夫ですが……」と歯切れの悪い答えが返って来た。


「もしかして、どこか怪我した?」

「ああ、いえ、そういう訳では無くて……それは何ですか? 新しい魔術?」


 剣と盾で両手が塞がっているアッシュは、訝しげな目を俺の右腕に送ってきた。その視線に釣られて、自分の右手が握りしめていた物の正体にようやく気が付いた。

 それは炎が結晶化したかのような、深紅の六角柱だった。まるで全体が赤い水晶で出来ているようなその柱は、アッシュの長剣と同じくらいの長さがあり、両剣水晶ダブル・ターミネイテッドのように両端が鋭く尖っていた。


「これは……『辰砂の杖(シンナバル)』なのか?」


 初めて手にしたはずなのに、不思議と手に馴染む感触。目の高さに掲げてみると、結晶の中に火炎が渦巻くのが見えた。


「それだけじゃないですよ。先ほどの踏込、あれは……」


 アッシュが何か言い掛けた時、カーディナル・ファングの翼が大きく広がるのが見えた。


「伏せろ!!」


 アッシュが叫ぶのと同時に、強烈な突風が吹き付けて来た。

 咄嗟に手にした六角柱を床に突き立てると、炎の柱はまるで熱したナイフをバターに刺し入れた時のようにズブズブと床に沈み込んだ。


「うわ! うわわわわ、何だこれ!?」


 ロングソードほどの長さがある両剣水晶が、ショートソード並みに短くなっていくような錯覚に、「止まれ! 止まれ!」と焦りがそのまま口に出る。すると、床に飲み込まれるかけていた水晶柱が急に止まった。今度は打って変わって、床に溶接したかのようにビクともしなくなった水晶柱を両手で握り締めて、嵐が過ぎ去るまで耐えた。

 風が止んだのを見計らって、すぐに顔を上げてドラゴンの動きを確認する。どうやら巨大な翼が狭い通路に引っ掛って、全力での『暴風(ゲイル・ストーム)』は起こせないようだ。

 とりあえず体勢を整える為に、床に突き刺さったままの『辰砂の杖』を引き抜こうと力を込めると、バースデーケーキに刺したロウソクを引き抜くように簡単に引っこ抜けた。


「温度をコントロール出来るのか?」


 握った水晶柱をまじまじと見る。

 ……煉瓦を溶解させるほどの超高温を発生させるというのか? 前代未聞のアイテムだ。姉さんに見られたら、絶対に横取りされるぞ、これ。

 ふと、ルルティア姉さんの顔が脳裏を過ったが、どうしてだろう? 姉さんの顔が上手く思い出せない。


「シンナバル、無事ですか!?」

「う、うん。何とか」


 駆け寄ってきたアッシュの顔を見て、何故か安堵感を覚えた。どうして今、俺は姉さんの顔が分からなくなっていたんだろう?


「殆ど理性を失くしているようですが、あの風のせいで間合いに入れません」

炎の息(ファイア・ブレス)は?」

「顎部に受けた『神雷』のダメージから、上手くは吐けないようですね。ただし、傷口から炎を撒き散らすので油断なりません」


 立ちふさがるような炎の壁を思い出した。アリスとセハトを飲み込んだ炎の……。


「そうだ! セハトは!?」

「それが、全く姿が見当たらないのです。もしかしたら、もう……」

「そんな……ちくしょう」


 種火のように燻る感情に反応したのか、両剣水晶が輝きを増した。

 絶対に、絶対に仇を取ってやるからな。


 ――――シンナバル


 耳が聞こえる筈の無い声を拾った。

 セハト、見ていてくれ。必ずあのドラゴンを倒すから。


 ――――シンナバル、お願い

  

 訴えかけてくる様な切ない声に、ぐっと目頭が熱くなった。

 パブロフの事は心配すんな。師匠と一緒に、ちゃんと面倒見るよ。


 ――――お願い、引っ張って


 分かってるさ。今すぐ引っ張るよ……って、はい? 

 慌てて辺りを見渡すと、すぐ傍の壁に空いた穴から、ショートパンツに包まれた小振りな尻と、その下のモコモコしたフェルトソールの靴の裏が並んで覗いていた。


「……セハト。お前、そんなトコで何やってんの?」

「いーから引っ張って! 早く、はやく引っ張ってー!」

 

 言われるままに、ジタバタもがくセハトの両足首を掴んで思いっきり引っ張ってみたものの、「痛たたた! 膝が痛い!」と痛がるばかりで、びくともしない。仕方なく尻と靴裏に間に空いた僅かな隙間に左手を差し込んで探ると、柔らかいのやら固いのやらが手に触れたが、おそらくベルトのバックルであろう金属に手が掛かった。


「ぎゃあー! えっち! 変なトコ触んなー!」

「馬鹿か!! んなコト言ってる場合か!」


 背後から肩を叩かれて振りかえると、「代わりましょうか」と見兼ねた風のアッシュが、シールドを構えて突撃姿勢を取った。

 アッシュと入れ替わりになるように立ち上がると、長い首を壁に打ち付けながらドラゴンが迫って来ていた。その姿にはもう、明確な意思は感じられない。理性も理屈も無くただただ暴れ回っているだけしか見えないが、危険なのには変わりは無い。


「アッシュ! 急いで!」


 焦って叫んだのと同じタイミングで、アッシュが壁に体当たりをした。大盾が激突した所を中心に壁に亀裂が入る。


「うわうわわっ! 痛て痛て痛て痛てててっ!」


 がらがらと崩れる煉瓦の壁を押しのけて、セハトが瓦礫の中から這い出してきた。


「うはぁ、酷い目に遭った」


 盗賊科らしい黒っぽい装備も、薄暗い中では黒くみえる髪も、頭から瓦礫を被ったせいで全身灰色だ。


「やあ、さっき振り」


 こんこんと咳をしてから、セハトは片手を挙げて挨拶してきた。


「セハト……無事で良かった」

「無事じゃないし。めちゃくちゃ膝が痛いし変なトコ触られたしボクもうお嫁にいけないし。お前、責任取れ」

「そ、それはあれだよ。不可抗力だ」

「へー、シンナバルのくせに便利な言葉、知ってるね」

「う、うるさいな! 助けて貰ってなんなんだよ、その態度は」


 俺の文句が聞こえていないかのようにパタパタと服を叩くセハト。そんな変わらないセハトの姿に胸を撫で下ろすのも束の間、アッシュの「戦闘態勢!」と叫んだ一声に気を引き締め直した。


「あの突風がある限り、思うように攻撃出来ません」


 再び翼を広げようとするドラゴンを睨み付けたまま、アッシュが言う。


「攻撃魔術は、まだいけますか?」

「ごめん、『神雷』は無理だと思う」


 肉体的な疲労と精神の乱れで、(レベル)の高い攻撃魔術を発動できる程の集中を保てる自信が無い。


「ああ、そうだ」

 

 俺は、ルルティア姉さんから『魔術偽典プセウド・エピグラファ』を数本ばかり手渡されたのを思い出して、ポケットの中を(まさぐ)った。


「これは『第一層錬金術・煙幕』か。こっちは『第五層錬金術・反射障壁』だな。これは……」


 封蝋が施されたペン程度の太さの巻物の最後の一本は、『第三層錬金術・金の鎖』だった。姉さんの得意とする、超硬度の鎖で対象を拘束する補助的錬金術だ。


「それは……エピグラファですね」


 横目で俺を見たアッシュが、何故だか苦々しい声で訊いてきた。


「知ってるの?」

「以前、それで痛い目を見ましてね。それは攻撃魔術ですか? 凍結系魔術はありますか?」

「攻撃系のは『甘えるからダメ』って姉さんが渡してくれないんだ。これは全部サポート系錬金術の巻物(スクロール)。ウチのパーティに錬金術師がいないから、って姉さんが」

 

 拾った煉瓦をドラゴンに向かって投げつけていたセハトが「どんなのあるの?」と、俺の手の中を覗き込んできた。


「煙幕と反射スクリーンと鎖。その場(しの)ぎにしかならないよ」


 そう返事をすると、セハトは「鎖? それ、いけるじゃん!」と、目を輝かせた。


「姉さんくらいの術者が使うならともかく、借り物みたいな魔術の鎖じゃ、一瞬動きを止めるくらいの効果しか無いよ」

「むふふ。その一瞬で十分なのだ!」


 ニヤリ、と全然似合っていない不敵な笑みを浮かべ、セハトはベルトポーチの中からギラリと光る銀色の円盤を取り出した。

http://blogs.yahoo.co.jp/lulutialulumoni/12057135.html


上記のブログに「冬服のセハト」の画像を投稿しました。


セハトは、ディミータ並みに使いやすいので作者として好きなキャラクターです。

ちなみに使いにくいのはシロウとリサデルです。真面目だけど抜けてる天然キャラは文章では表現しにくい(笑)


相変わらず展開が遅いのですが、ネット小説というのは、もうちょっと巻いた方が良いのでしょうか? それとも、これくらいジワジワした方が良いのか。御意見をお待ちしております。

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