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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第八章 天の高み 地の深み
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第131話 地図士の矜持

「では皆さーん。まずはこちらを配布しまーす。お手に取ってご覧くださーい」


 セハトは背にしたボディバッグから何枚かの紙片を取り出し、シロウ、アリス、俺の順に手渡してきた。渡された紙に目をやると、それは見慣れた地下四階の地図だった。


「私のは五階だね」


 アリスは、俺の持つ地図を覗き込みながら言った。そして、シロウは無言で地下六階の地図を、俺とアリスに見えやすいようにして差し出してきた。


「寮長さんも、みんなと一緒に見て」


 セハトがそう言うと、リサデルはランタンを床に置き、俺とアリスの後ろに立った。


「あのう、僕はどうしたら?」

「アッシュはそこで地図を持って立ってる係」


 むむう、と一言唸ったアッシュに、セハトはニヤニヤと笑いかけた。さっきの命令口調への仕返しか?


「はーい。それでは地下四、五、六階の順に重ねてみて下さい」


 言われるままに三枚の地図を重ねると、アリスが「あっ」と短い声を上げた。


「これ、ダンジョンの端と端が綺麗に揃っている?」


 アリスの言葉に、セハトが頷く。


「そう、アリスのいう通りだね。この事実から分かるように、地下四階から下は何かの建造物だったんじゃないかなと考えられます」

「地下訓練施設は、地面を掘って作ったんじゃ無い、ってこと?」

「ボクには、そうとしか思えない。少なくとも地下四階から下は、ね」


 セハトとアリスの間に、「ちょっと待って」とリサデルが割って入った。


「魔導院は湖の真ん中にあるのよ。その地下に建物が埋まっているなんて、おかしくない? そもそもどうやったら湖の真ん中の建物が地中に埋まるの?」

「そうそう、寮長のいう通り。水が流れ込んじゃう方が先じゃない?」


 リサデルとアリスの疑問はもっともだ。

 魔導院は地中に埋まった古代遺跡の上に建っている、と学院の講義で習った。初めてそれを聞いた時に想像したのは地下墳墓(カタコンベ)だ。湖に浮かぶ島に築かれた学院都市には、利用出来る土地に限りがある。地下に共同墓地を作るのは自然な流れだろう。

 だが俺は、地下訓練施設が元々は何だったかなんて、ちっとも興味が無い。姉さんの治療に欠かせない薬の材料が、地下では容易に手に入るんだ。俺が地下に求めているのは、ただ一つ。それだけだ。


「うん、そう思うのが当然だよね。そこでボクは、学院都市を取り巻く湖の周りを何度も回って調べてみたんだ」

「ああ、それで休みの度にパブロフに乗って街の外に出ていたのか」

「それに、湖の底まで潜ってもみたんだ」

「お前、そんな事までしてたのか……」


 セハトの並外れた探究心に、思わず声が出てしまった。


「うん、そうだよ。おかしいかなぁ?」

「普通じゃないとは思うけど、セハトなら納得する」

「へへへ、照れる。それでね、ボクが湖の底で見つけたのは、骨董品と呼べるくらいに古い剣とか、ボロボロな鎧だったんだ。それが、底一面に沈んでいたんだ」

「古い剣……? 何でそんな物が湖の底に沈んでいたんだろう?」


 見当も付かなくて首を捻っていると、「戦場だったのだろう」と、シロウが独り言のように言った。間髪を入れずに、セハトが一つ、手を叩く。


「そう! シロウさんのいう通り、この辺りで大きな戦争があったんじゃないか、ってボク思うんだ」

「この辺、って、学院都市の周りで? 分かった! 湖に船を浮かべての水上戦だ!」


 俺は、湖の上に浮かぶ無数の船が激突する戦場を想像してみた。

 帆に風を受けて進む軍船! ぶつかり合う衝角(ラム)と衝角! 飛び交う火矢に、唸りを上げる投石器(カタパルト)! うーん、カッコ良い!


「ねえ、シンナバル。湖の周りには幾らでも陸地があるのに、どうして湖に船を浮かべて戦わなくちゃいけないの?」


 肘で突いてきたアリスの指摘で、俺は楽しい空想を中断した。


「それもそうですね……じゃあ、なんで湖に武器が沈んでいたんでしょう?」

「戦争が終わって、使わなくなったから湖に捨てた、とかじゃない?」

「そんなまさかぁ」


 漠然とした気持ちになって腕を組んでみると、アリスも真似て腕を組み、にこりと微笑みかけてきた。俺は急に気恥ずかしくなって、慌てて視線を外した。

 

「これはボクが考えた仮説なんだけど」


 そう前置きして、セハトはバッグから一枚の紙を取り出して、そこにサササッとペンを走らせた。そして、書き上げた地図をアッシュに差し出して「持ってろ」と言い放った。こいつ、意外に根に持ってるな。


「それは、大陸の地図ね」


 セハトの描いた即席の地図を眺めて、リサデルが感心したような声を上げた。

 何も見ないでフリーハンドで描くとは、地図が完全に頭の中に入っている証拠だろう。


「そう、これは大陸の地図だね。さて、五百年前の『狂王大戦』で、聖王都を本拠地とする狂王は、この辺まで連合軍を追い詰めました」


 セハトは、大陸地図に記された海王都の辺りにペンで印を付けた。地図を掲げ持ったアッシュがそれを覗き込もうとすると、「アッシュは地図を広げる係」と言って、セハトは意地悪な笑みを浮かべた。


「さっきのは謝りますから、僕にも見せて下さいよ」


 アッシュが情けない声を上げると、パーティの全員が吹き出した。一頻(ひとしき)り笑った俺は、珍しくシロウの口の端が上っているのを見た。


「むふふ、宜しい宜しい。では」


 満足そうに頷いてから、再び地図にペンを走らせるセハト。そのペンはぐいーっ、と海王都から聖王都に向けて、複雑な軌跡を描きながら進んだ。


「こんな感じに戦線は移動したんだ。そして、人類連合軍は聖王都を陥落させて、この辺で最後の決戦を迎えた」


 ペンは、しゅっー、と大陸の中心まで伸びて、そこで止まった。そこは学院都市のある辺りだった。


「じゃあ、ここが……この学院都市の辺りが『狂王大戦』の最終決戦地だったの?」


 アリスは口元に手を当てて、驚いたような感心したような声を上げた。


「色んな史書と古い地図を照らし合わせてみたんだけど、多分間違いない。だからここは……ボクらのいるこの地下訓練施設の下層階は――――」


 セハトはそこで一旦、話を止めて、全員の顔を見渡した。


「狂王の最後の砦だったんだ」


 ひゅう、っと息を飲む音が、俺の背後から聞こえてきた。ふと振り向くと、ただでさえ大きな目を見開いたリサデルが、穴が空くほどの強い視線で地図を凝視していた。その瞳に宿る狂気にも似た迫力に、俺は見てはいけない物を見たような気になって思わず目を逸らした。


 ……なんだ? リサデルは何にそこまで反応した?


 俺は自分に課せられた使命を思い出した。それは『リサデルの監視』に他ならない。だがディミータ副長からは「監視しろ」という命令を受けただけで、俺はリサデルという女性に関する情報を殆ど持っていない。


 山王都出身の二十代半ばの神聖術師。

 魔導院では、それなりの評価を受けている院生。

 背が低く痩せ形であり、容姿はそれなりに優れている。

 そして、ルルティア姉さんとは永い付き合い。

 俺の持つ、リサデルの情報はそれだけだ。


 だが、情報に付け加えるべき特徴がもう一つある。彼女の瞳が放つ、異様な雰囲気だ。


 その瞳は、紺碧の海を思わせる神秘的な色。

 だがそれは、底の知れない深い海と同じ色。


 俺は……リサデルの深すぎる青に、恐怖を覚えている。

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