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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第八章 天の高み 地の深み
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第130話 日の当たらぬ、地下でのひとときを

 集合の呼びかけに応えた俺とセハトは、大振りな地図帳を手にしたアッシュと、彼に寄り添うリサデルの二人の前に並んだ。それからのんびりした歩調でシロウが続き、最後にアリスが鎧を鳴らして駆けて来て、俺の隣りに立った。

 アッシュは横並びに整列した俺たちの顔を見渡し、満足げな笑みを浮かべて口を開いた。

 

「揃いましたね。では()ず、これを見て下さい」


 大袈裟な口調と仕草で地図帳を広げ、目線の高さに掲げるアッシュ。

 この人、何するにもイチイチ芝居がかった事をするんだけど、それがイヤミに見えない所は、素直に凄い思う。


「皆も目にした事があると思うが、この地図帳は魔導院が正式に配布しているものです。そして――――」


 そこでリサデルがタイミング良く、まるでリハーサルでもしてたかのように一枚の紙をアッシュに差し出した。それを「ありがとう」と受け取りつつ、アッシュは地図帳をリサデルに手渡した。


「こちらが先日、セハトが新たに書き起こしてくれた地図です。これを見比べてみると……」


 要点だけ伝えれば良いのに、なんて面倒臭い。なんて口には出さずに黙って聞いていると、隣りで何故かニヤニヤソワソワしていたアリスが、俺の耳元に口を寄せてきた。


「ねえ、見て。あの二人」


 俺の耳たぶに唇が触れる様な近距離で、アリスはコソコソと呟いた。


「良い雰囲気だと思わない?」


 仄かに香る薔薇のような良い匂いは香水なのか、それとも石鹸の香りなのだろうか?  女の子特有の甘い芳香に動揺しつつも、俺は言われるままに「あの二人」の様子を観察した。

 声高に探索方針を説明するアッシュと、甲斐甲斐しく資料を渡し、手にしたランタンで地図を照らすリサデル。息の合った二人の姿を見て、すぐにピンときた。


「教官とアシスタントみたいですね」


 正面を向いたまま小声で言うと、アリスは、くすっと吹き出した。

 その息が耳の穴に入り、俺は未体験なくすぐったさに、思わず「おわわっ!」と、変な声を上げてしまった。


「こら、そこ! 聞いてますか!」


 まるで教官そのもののような叱責に、俺は「すいません」と、すぐに頭を下げたが、アリスは何事も無かったように澄まし顔で正面を向いていた。ホント、この人は優等生ぶるのが上手い。

 ちゃんと話を聞いていて下さい、と釘を刺してからアッシュは咳払いをし、その隣では困ったような顔をしてリサデルが微笑んでいた。その笑みは俺に向けられたのだろうか?


「そして、ここが肝心なところです。公式の地図では未記入だった部分が、セハトのお陰で、その殆どを埋める事が出来ました」


 高々と掲げられた地図に、シロウは「ほう」と短く声を上げ、アリスは「すごーい」と手を叩いた。


「本日の探索は、『地図に間違いが無いか』の確認が主な目的でしたが、セハトの地図はかなり正確にマッピングがされているようです」


 パーティメンバーの前で褒められて照れ臭そうにして下を向いたセハトに、「やったね」と俺は声を掛けた。するとセハトは、「でもね」と小さな声で返してきた。


「あの地図、武器屋さんのお店で見た地図を元に製図し直したんだ」

「師匠の店で? なんで師匠の店に地下六階の地図が?」


 師匠は学院の生徒だった頃、それほど深くには潜っていない、と聞いた事がある。どういう事だろう?


「じゃあ、師匠は地下六階に行った事があるってこと?」

「ううん、違うよ。武器屋さんのお婆ちゃんが遺した地図帳を見せて貰ったんだ。その中に地下訓練施設の地図があったんだよ」

 

 へえ、そうなんだ、と意外な事実に思わず声が出た。


「と、言うことは、師匠のお婆さんは地下六階まで潜った事がある、ってこと?」

「そうだね。多分そうなんじゃないかな」

「そっかぁ。さすがは師匠のお婆さんだ!」


 俺は、つい手を叩いてしまい、アッシュからジロリと睨まれた。

 師匠も凄いけど、師匠のお婆さんも凄い人だったんだ。戦士(ファイター)だったのかな? それとも騎士(ナイト)? もしかしたら戦乙女(ヴァルキリー)だったのかも知れないな。よし、地上に戻ったら師匠に訊いてみよう。

 俺は、何だか自分の事のように誇らしい気持ちになってきた。

 

「うーん……」


 想像を膨らませる俺の前で、セハトが気まずそうな顔をして頬を掻いた。


「なに? どうかした?」


 俺が訪ねると「あのね……あの地図って、まだ未完成なんだよね」と、返ってきた。

 どういう事? と聞き返そうとする前に、アッシュがセハトの名を呼んだ。「前に出て説明をしてくれるか」

 はーい、と返事をしておずおずと前に出たセハトは、アッシュの手前に立ち、クルリと振り返った。


「セハト、余白部分の説明を頼む」


 命令にも聞こえる口調で地図を掲げたアッシュに対して、セハトはむくれた顔で「高くて届かないよ」と文句を言った。するとアッシュは慌てたように、「ああ、すいません」と言い、両手で広げた地図をセハトの背丈に合わせて下げた。


「褒めて貰ったすぐ後で申し訳ないんだけど、この地図には不備があるんだ。この部分を見てくれる?」


 セハトは、その小柄な身体には不釣り合いな革手袋でもしているような手で、アッシュの掲げた地図の未記入の部分に触れた。


「みんな、どう思うかな?」


 そのまましばらくの間、セハトを除く俺たちのパーティは、第二階位神聖術「妙なる静寂」をかけられたかのように、誰も一言も発しなかった。


「あのう……これを見て、誰も何にも思わない?」


 ぐるりと一同の顔を見渡したセハトが、焦ったかのような顔をする。


「えーっ、と……一部分だけ、何にも描いてないなぁ、ってくらいしか分かんない、かなぁ」


 誤魔化すような半笑いを浮かべ、自信なさげに答えるアリス。正直なところ、俺も同意見だ。


「ちょっ、アッシュ? 寮長さん?」

 

 引き攣った笑顔を浮かべるアッシュと、その隣で微笑みながら首を傾げるリサデル。多分、俺と同様の心境だろう。


「うそっ! シロウさんは!?」


 部屋の隅に目をやったまま、咳払いをするシロウ。釣られるように、俺も咳をしておいた。


「じゃあシンナバルは? って、どうせ分かんないよね」

「お前、それはどういう……むぐぅ」


 思わず大きな声を出しかけた途端に、隣りから伸びてきた手が、柔らかく俺の口を塞いだ。


「地下で大きな声を出しちゃダメ」


 コクコク頷き返すと、アリスは「良い子ね」と微笑んで、俺の口から手を退けた。


「もー、しょうがないなあ。じゃあ、マッピングに興味も知識も愛情も無い君たちに、今から説明するから聞いててね」


 はーい、と返事をしたのは俺とアリスの二人だけで、あとの皆は頷くだけだった。

ちょっと短いですが、次話はややっこしいので、ここで分割します。

131話は、半分以上が書けているので、割と早くに投稿します。

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