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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第一章 お前ら!武器屋に感謝しろ!
13/206

第13話 借金した覚えは無い

*****


 硬いが背中には懐かしい感触。

 目に入ったのは久々に見る実家の天井。


「今日は休みにしたよ」


 声が聞こえた方にゆっくりと顔を傾けた。身体中がバキバキに痛い。指一本動かすのだってしんどい。


「まだ寝ていなさい」


 婆ちゃんは、俺の寝ているベッドの側に椅子を持って来て座った。


「どこであんな酷い物を拾って来たんだい?」

「……婆ちゃん、あの短刀は?」

「あんなもん、婆ちゃんが粉々にしてやったよ」


 粉々にした? 第七等級呪物を? 徳を積んだ聖職者でも、高等級の呪物の解呪は難しい。それを粉々に?


「言っただろう。本当の本当に自分の手に負えなくなったら、婆ちゃんに相談しなさいって」


 その通りだ。一日でも早く婆ちゃんに相談していれば、ここまで酷い事態に陥らずに済んだはずだ。


「辛い目に遭ったんだね」


 婆ちゃんは、小さな子供を寝付ける様にして俺の髪を撫でてくれた。

 俺は何とも気恥ずかしい気持ちになって顔を背けようとしたが、婆ちゃんの頬に流れる涙の筋を見て、もう堪え切れなくなった。

 俺は泣いた。幼なかったあの頃に戻ったかのように。





 婆ちゃんは一族に(まつ)わる長い長い話をしてくれた。俺はそれをベッドに横たわりながら聞いた。

 婆ちゃんの昔話によれば、なんと俺のご先祖様は、五百年前の大戦に活躍した六英雄の一人だったらしい。


「何で今まで教えてくれなかった?」

「吹聴して回るでしょう」


 まったく持ってその通り。自分の先祖がかの有名な六英雄なんて知ったら、自慢に自慢を、吹聴に吹聴を重ねて、俺はイジメに遭っていただろう。


 史実を基に書かれた「六英雄物語」は発刊されて五十年以上経つが、今でも増刷を重ねる大ベストセラーで、俺も大好きな英雄譚だ。内容だって暗記するくらいに読み込んだ。クライマックスの、狂王との戦いには胸を躍らせたもんだ。

 ただ、ご先祖様は俺の知っている限り、物語の終盤で奸計に陥り、悲惨な最期を遂げる役回りのはずだ。

 婆ちゃんは一族でしか知りえない物語を訥々(とつとつ)と語り始めた。俺は子供の頃に戻ったようにワクワクしながら話を聞いた。


 多くの勇士たちが狂王に挑み、一人、また一人と力尽き、最後に六人の英雄たちが残った。

 彼らは激闘に次ぐ激闘の中を助け合い、励まし合いながら狂王の居城に迫った。その最中、俺の御先祖たる「銀髪の剣士」は、仲間を守るために呪物に囚われ、愛する妻と幼い子供を一度に失い、本人も七日七夜を苦しみ抜いて最後は壮絶な自死を遂げた。

 だが、死の淵に沈む寸前に英雄は作り上げた。呪物を憎んで憎んで憎み抜き、呪って呪って呪い抜いて、遂には己の命すら供物として練り上げた呪いの結晶を。


「まだ触るんじゃないよ。今のお前じゃ呪いに喰われる」


 婆ちゃんは短刀(レッドキャップ)を砕き、滅ぼした「英雄の呪物」を俺に見せた。

 それは、「第七等級呪物・鋼玉石の剣(コランダム)」。


 その効果は「呪物破壊」

 かけられた呪いは「血に連なる最後の一人が果てるまで呪物を狩る」


 単純にして純粋なる呪物。

 呪物を呪う呪物。


 様々な色の結晶の塊が、剣体から柄頭までを成す剣身の無い剣。


 俺と婆ちゃんだけに見える、鋼玉石の剣(コランダム)に巻きつく漆黒の蛇。英雄の呪いが殆ど実体化しているのだ。


 幾百の呪物を砕いても、幾千の呪物を喰らっても、五百年を経ても未だ鋼玉石の剣は満足していない。


 ――――モット砕ケ

 ――――モット喰ワセロ


 蛇は最後の呪物を砕き、喰らい尽くすまでは満足しないだろう。

 そして、それは俺も同じだ。




***




 その日から俺は、婆ちゃんの元で修業を積んだ。


 武具鑑定の基本と使用方法から手入れの方法。

 婆ちゃん直伝の戦闘術。そして『呪物破壊』を。

 それから帳簿の書き方と掃除と料理とマッサージと接客マナーと笑顔の作り方などなど。

 それこそ寝る間も惜しんで鍛錬に明け暮れた。一日でも早く、一つでも多く呪物を破壊する。それが俺の犯した罪を償う、たった一つの方法だからだ。




 ある晩、婆ちゃんと夕食を取っていた時だった。婆ちゃんはパンを千切りながら言った。


「ああ、そうそう。忘れる所だったよ」

「ん? 何を?」

「昼に、お前を訪ねて女の子が来たよ」


 俺は思わず、口に運びかけていたスプーンを取り落した。


「あらあら、何やってんの。子供じゃあるまいし」


 婆ちゃんは呆れたように言って、俺に台拭きを寄越した。


「綺麗な娘だったねぇ。あれが彼女なの? でも、可哀そうに痩せちゃって。あれは元から痩せてるの?」


 失念していた。そりゃそうだ。学生名簿を調べればウチの店の住所なんて、すぐに分かる。


「そ、そ、それで、婆ちゃんは何て答えたの?」

「長い旅に出た、と言っておいたよ」


 さすがは俺の婆ちゃん! 俺の「嘘つきスキル」は婆ちゃん譲りだったか! これで「呪物鑑定」と「呪物破壊」を身に着け、鋼玉石の剣(コランダム)を使いこなす様になれば、学院にだって戻れるさ!


「借金取りに追われて旅に出ました、って言っといた」


 俺は、思考も活動も停止した。



1・高価な短剣を欲しいとゴネまくる

2・誰にも言わずに、こっそりと寮の部屋を引き払う

3・飲み屋のワリカン代を踏み倒す

4・10000G金貨を取り出して、分不相応なホテルに泊まる

5・ホテルに彼女を残して、夜明け前に消える

6・借金取りに追われて失踪


 見事だ。完全なプロット。完璧すぎる物語だ。

 甘い言葉で囁いて、その気にさせたくせに借金取りに追われて失踪する、稀にみる最低な「女の敵(クソヤロウ)」が今日、ここに誕生した。


 さようなら、俺のリーザ姫。

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