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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第八章 天の高み 地の深み
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第127話 恋せよ少年

お待たせしました。第八章開幕です。

鉾斧(ハルバード)が7、長槍(ロング・スピア)が13、と……今月は長柄武器ポールウェポンばっかし売れてんな」


 俺の独り言には誰も反応しなかった。

 店のカウンターでは白地図を広げたセハトが、定規と鉛筆を手にせっせマッピングに勤しんでいる。

 そんな彼女の相棒、巨犬パブロフは暖炉の前で敷物のように寝そべり、その隣ではウチの看板娘(エレクトラ)を抱えた赤毛の少年が、自分の髪の毛と同じ色した暖炉の火に見入っていた。


長弓ロング・ボウが15、大盾ラージ・シールドは……何と24枚か」


 俺の店の規模にしては、望外に景気の良い数字を帳簿に書き込みながら独り言を続けると、不意にセハトが顔を上げた。


「それって珍しい事なの?」


 ちょっとは興味を惹かれたのだろう。ホビレイルの少女は『好奇心』が結晶化したような瞳を輝かせて、鉛筆の尻をカリカリ齧りながら訊いてきた。


「ああ、こんなに商品が偏るのは経験に無い。来月の仕入れは気を付けなくっちゃあな」

「なんで偏ってるの?」

「そりゃあやっぱり、北部紛争のせいだろう」

「そっか、ここって武器屋だったね」


 思い出したかのように言ったセハトは鉛筆を置き、地図の傍らに置いたマグカップに手を伸ばした。


「へへっ、なに言ってんだよ」


 セハトの物言いと仕草に、ルルティアを重ねた自分を笑う。

 あの夏の日を最後に、ルルティアは姿を現さなくなった。その日から俺は、もう、あいつの事を考えるのを止めた。


「だいたいウチはだな、喫茶店でもなければ子供動物園でも無いんだっての」

「ボクは好きだよ。このお店」


 にっこりと微笑み店内を見渡したセハトは、その大きな手でマグカップを包み込むように持ち、旨そうにコーヒーを啜った。


「まぁ、そう言われると悪い気はしないな。でもよう、ウチなんかよりも魔導院の図書館で描くのが捗るんじゃないの? 資料もいっぱいあるだろうし」

「図書館でマッピングしてると、色んな人が覗きに来るんだよね。いっぱい質問とかされるし、いちいち答えるのも大変だし」

「ふーん、確かにそうだろうなぁ」


 セハトの描くマップの正確さは折り紙つきだ。しかもリアルタイムで更新されるので確度も高い。命懸けで地下に潜る生徒たちとしては、喉から手が出る情報だろう。かく言う俺だって昔は『地下』に潜っていた身だ。当然、内容が気になる。

 俺は何気無い風を装って、まだまだ余白が目立つ描きかけの地図を覗き込んでみた。


「……お前、何なの? 建築士?」


 まるで建設設計図のような緻密な地図に、感心を通り越して呆れた声が出る。

 セハトはそんな俺には目もくれず、地図に定規を当てて、すいっ、と淀みの無い一本線を引いた。


「違うよ。ボクは地図士(マッパー)だよ。だからね、今度、テストを受けてみようと思ってるんだ」

「テスト? ははあ、そういや魔導院認定の地図検定、ってのがあるらしいな」

「うん。そこで認定証(ディプロマ)を取れば、ボクの描いたマップが魔導院公認の地図になるんだ」

「へえ、そりゃ凄いな。そしたらウチにも並べてやるよ。そうだ、サインの練習もしとけよ。サイン本は価値が上がるからな」

「さっすが武器屋さん。抜け目ないなあ。でもね、最初に置くのはエフェメラ堂に、って約束してるんだ」

「そうか、そりゃあエフェメラも喜ぶだろうな」


 書痴女こと幼馴染のエフェメラは、娯楽小説から哲学書、ゴシップ誌から宗教書まで、なんでもござれの選り好み無し。当然地図だって守備範囲だ。


「で、そりゃあ一体、何の地図なんだ?」


 俺はカウンター越しに地図を指差して訊いてみた。


「これはね、地下訓練施設六階だよ」

「地下六階か!」


 俄然、興味を惹かれ、身を乗り出して地図を覗き込んだ。


「これは……?」


 そこに描かれていたのは、自然が成した洞窟では無く、かといって迷宮なんかでは無い、それは明らかに人が生活する事を意識した建築物の図面だった。


「マッピングをしながら考えていたんだけど、これってやっぱり遺跡だよね」

「……ああ、そうかも」


 何とも奇妙な地下六階の地図に気を取られ、生返事で応えた。

 

「ボクさぁ、思うんだけど、地下五階って、この建物の最上階だと思うんだ」

「最上階?」

「それにね、地下四階が屋上部なんじゃないかなって物証もあるんだ」


 セハトは足元に置いた鞄から分厚い地図帳を取り出し、よいせっ! とカウンターの上に置いた。


「ねえ、これ見てよ」


 ファイルされた地図をバラバラと捲るセハトの手が止まった。そこのページには「地下訓練施設・四階」と題された地図が描かれていた。

 

「地下四階か。この階層は、まだ洞窟みたいな感じだよな」

「ここ、ここ。ここ見て。ここに注目!」


 セハトのころん、とした指が指示(さししめ)した地図の端っこの辺りに目を寄せる。


「なになに? 『煉瓦の破片多数』だって? これがどうかしたのか?」


 地図から顔を上げて首を捻ると、セハトはさも得意気な笑みを浮かべて見返してきた。


「ダメダメ。何でこんな所に煉瓦が散らばっているのか考えないと」

「そりゃお前、地下訓練施設を整備した時の余りかなんかだろ?」

「洞窟の端っこばっかに?」

「生徒の邪魔になんないように避けて置いて……って、ああ、そうか。これ、天井が崩れたって事か?」

「そうだね。建物からしてみたら天井が崩れた、もしくは屋上に穴が空いたんだ」

「そう言えば、魔導院ってのは何かの遺跡の上に建ってるんだったけ」


 何かの遺構の上に土砂が降り積もり、その上に大戦の戦没者を弔う為の寺院を建てたのが魔導院の始まりと教わった覚えがある。


「元々、何があったんだろうな。魔導院って、大昔は寺院だったんだろ? そうなると、やっぱ墓とかかな?」

「だとすると墳墓? でも、それって、なんか違うんだよなぁ」


 セハトは腕を組み、小さな頭を斜めに傾げた。


「みーんな気にしていないみたいだけど、ボクは地下に埋まっているのは『城跡』なんじゃないかと思っているんだ」

「城跡だって? この辺に城塞があったなんて話は聞いた事がないぞ」

「作りからすると、国家政治の中心になるような拠城じゃなくて、砦以上、要塞未満の規模だとボクは考えてる。だから古地図にも残っていないんじゃないかな?」

「前線基地だった、って事か?」

「うーん、でも周囲に連携するような要塞の痕跡が無いから、防衛線とか戦略的永久築城を前提に考えて建てられてはいないと思うんだよね。建材とか設備からしても慌てて建てた感が否めない。急場に拵えたんじゃないかな」


 難解な長台詞を口走り、鉛筆の尻を額に当てながら考え込むセハト。


「お前……マッピングの事になると、まるで別人だな」

「そう? 趣味ってそういう物じゃない?」

「うん、分からんでも無い」

「でしょー」


 俺とセハトは顔を見合わせて、互いにニヤリと笑った。

 ()く言う俺だって、武器とか競馬の話なら、相手の都合も考えないで小一時間語れる自信がある。だから、セハトの気持ちは十分理解出来るし、むしろシンパシーすら感じる。まったく……コイツは女子にしとくのが惜しいぜ。


「ああ、そうだ。俺の婆ちゃんも古城巡りが好きだったな。と、言うか軍事マニアだったか」

「へえ、どんな人だったの?」

「俺の婆ちゃんの事か? お前が他人に興味を持つなんて珍しいな」

「んー。ボク、自分のお爺ちゃんとかお婆ちゃんに会った事なかったから」


 何か事情でもあるのだろうか? ホビレイル族ってのは、血族で固まって生活すしてる、って聞いた事があるんだけどな。とは言え、俺だって両親の記憶が薄いんだし、祖父母と離れて育つなんて珍しい事でも無いか。それぞれ都合、ってもんがある。


「俺の婆ちゃんは厳しかったけど懐の広い優しい人だったよ。ちょっと意地悪で破天荒で口が悪くて悪戯好きだったけね。亡くなってから随分経つけど。俺は今だって尊敬してるんだ」

「良いね。そういうのって。羨ましい」

「へへ、ちょっと照れ臭いな。ああ、そうだ。婆ちゃんが遺した古地図とかあるんだぜ。見たい?」


 俺がそう訊くと、セハトは大袈裟に両手を挙げ「わあ! 見たい! 見たーい!!」と(はしゃ)いだ声を上げ、椅子の上で小躍りする。その声にパブロフが反応し、こちらにグルリと頭を巡らした。


「落ち着けって。じゃあ、上から取ってくるから、客が来たら俺が戻るまで上手くあしらってくれよ。おい、シンナバル」


 セハトだけではちょっと、いや、かなり不安なのでシンナバルにも声を掛けた。だが、相変わらず赤毛の少年は、自分の髪と同じ色した暖炉の炎に魅入られたように動かない。


「シンナバル! 聞いてんのか!」


 大きな声で呼びかけると、シンナバルは床に座り込んだ姿勢で、きょとん、とした顔で振り返った。


「あ……師匠。何か言いました?」

「何か言いました? じゃねえよ。何だ、お前? ぼーっ、としやがって。思春期か?」


 若干、虚ろな表情の少年は、エレクトラを抱いたまま「はぁ……」と気の無い返事をした。


「おいおいおい。お前、あれか? 先輩の事でも考えてたか?」

「ち、ちがっ! ア、アリス先輩の事なんて考えてません!」

「アホか、お前。誰が『アリス』なんて言ったんだ? 俺は『先輩』としか言ってないぞ」


 己の髪の色と同じくらいに真っ赤になって(うつむ)く少年に、呆れながらも微笑ましい気持ちで一杯だ。


「相変わらずだな、シンナバル。お前も魔術師の端くれなら、もうちっと自分の精神をコントロールしろ」

「……すいません、師匠」


 シンナバルは、恥ずかしさを誤魔化すように、エレクトラをぎゅっと抱きしめた。すると、黒猫は「にゃ」と短く鳴いて少年の腕からすり抜けた。


「はぁう……」

 

 シンナバルは妙な声を出し、逃げたエレクトラに手を伸ばしてから、ガックリと項垂れた。こりゃあ思ったより重症だな。


「なあ、シンナバル。お前、幾つになった?」

「え? 俺ですか? あの……実は記憶が飛んで、自分の正確な歳が分からないんです」

「あぁ、そっか。悪い、変な事聞いて」


 そうだった。コイツは大火傷を負って地下訓練施設で倒れていたところを救出されたものの、自分の名前すら忘れ果てていたんだ。


「いえ、良いんです。多分、十四、五くらいじゃないかと思います」

「そうか。俺が本気で人を好きになったのも、それくらいの頃だ」

「師匠……」

「だから、お前が何を思い悩んでいるか知らんが、それは恥ずかしい事じゃないと俺は思う」


 俺はあの頃を思い出しながら悩める少年を諭した。今なお鮮明な、赤く染まる空と天使の歌声を思い出しながら。


「ありがとう……ございます。でも俺、自分の気持ちが分かんないんです」


 俺は口を挟まずに、待った。少年の素直な気持ちを聞いてみたかったからだ。

 マッパー少女は恋愛沙汰には興味が無いのだろう。再び図面に齧りついて線を引いていた。


「あの人……アリス先輩って、怖くて乱暴で大食いでワガママで迷惑で自分勝手で声が大きくて、姉さんとは全然違うんです」

「姉さん、ってルルティアの事か?」

「はい、俺の理想の女性はルルティア姉さんです」

「おっ、お前……」


 頭おかしいのか? と口から出かかったが止めといた。


「でも、気が付いたらアリス先輩の事ばっかり考えてて、何を見てもアリス先輩の事ばっかり連想して……」

「答えが出るまで、とことん悩めよ。急ぐ事じゃないさ」


 師匠、と小声で呟き、シンナバルは固さが残る笑顔を浮かべた。


「俺も散々悩んで結論を出して、そして行動したんだ。お前も後悔の無いように、な」


 くぅう。カッコ良いこと言ってんなぁ、俺。

 ナルシズムに浸る俺の目の前で、鉛筆を止めたセハトが「分かった!」と一声叫んだ。


「分かった、って? 何が?」

「発情期だ。そうでしょ?」


 はっ、発情っ!? と呻き、シンナバルはより真っ赤になって、両手を床に突いた。


「発情期って……お前、身もフタも無いこと言うなよ」


 さすがにシンナバルが気の毒になって、セハトを軽く(たしな)めると、今度は彼女がきょとん、とした顔になる。


「だって、ボクらホビレイル族は二、三年に一度しか発情期が来ないけど、人間族って年中発情期なんでしょう? 良いなぁ。楽しそうだなぁ。発情期ってドキドキして良いよね」

「発情期発情期、連呼すんな。こっちが恥ずかしいわ!」


 俺のフォローを余所に、シンナバルは暖炉に向き合ったまま、膝を抱えて微動だにしなくなってしまった。


「え? なに? ボク、変なこと言った? だって今、発情期来てるんだよね? ねえ、シンナバル? ねえ?」

「止めろ! それ以上は止めろ! シンナバルが可哀そうだろ!」


 俺は今、このデリカシーの欠片もない小娘を止める事しか、悩める少年にしてやれる事が無いと痛感した。

ようやく確定申告が終わりました! 解放感に包まれてますので、解放感溢れる今作のヒロインの姿をヤフーブログに投稿しました。


http://blogs.yahoo.co.jp/lulutialulumoni


活動報告などに直接リンクがあるので、そちらからだとクリック一つで跳べます。

近いうちに違う画像に変更します。期間限定です(笑)

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