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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第七章 東の果てからきた男
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第126話 男、ひとり遊園地

 俺の手をガッシリ握りズンズン歩くネイトの歩調は、気が急いているせいか、それともその長い脚が稼ぐ歩幅のせいか思いの外に速く、まるで引き摺られているような気分だ。

 

「なあ、そんなに急いだってパレードは逃げないって」

「駄目だ。良い場所で観たい」

「パレードに人が集まってる間に、()いてる乗り物に乗っちまう、ってのは考えないタイプ?」


 ちなみに俺はパレードには興味の無いタイプだ。


「ディミータも同じ事を言っていたな。そんなの当然、却下だが」

「って事はさ、そん時にパレード観たんだろ? ならもう良いじゃん」

「今月から新しい演目が始まったんだ。見逃せない」

「……あ、そうなんだ」


 このクール系美女は、見かけによらずファンシーな物が好きだったりする。化粧ポーチやハンカチの可愛らしい柄を見れば一目瞭然だ。

 やれやれ、と思いつつ、黒手袋に包まれた細い腕からは想像も付かない力強さに引かれて歩いて行くと、パレードと観客を隔てるパーテーションの前にズラリと群がる人の列が目に入った。時々上がる歓声からすると、すでにパレードは始まっているようだ。


「わあ! ドラゴンだ!」


 そう叫び、人垣に向けて駆け出したネイトの勢いに、引き摺られるどころか半ば身体が宙に浮く。


「ちょっ! 痛てててって!」


 肩がっ、肘がっ、手首が抜ける! お前は(しつけ)の悪い大型犬か!? パブロフはなぁ、こんな風にいきなりダッシュしたりはしないぞ!

 間髪入れず、いきなりの急ブレーキ。俺はそのまんまの勢いでネイトの背中に顔から激突したが、特務機関の隊長は何事も無かったように「わあぁ……見ろ、カース!」と振り返った。「あれ? 何を座り込んでいるんだ?」


「……いや、気にしないでくれ」


 鼻面を強打して涙が止まらない俺は、シャツの袖で目元を拭いながら立ち上がった。女性の身体って、もっとこう、柔らかくって素敵なモンじゃ無かったっけか? まるで、そそり立つ鉄柱に激突したみたいな気分だ。


「ほら、生きてるみたいだぞ!」


 (はしゃ)いだ声を上げる連れの隣りで、涙に霞む目を(しばた)かせながらパレードに目をやると、二階建ての建物ほどの大きさのあるドラゴンが赤い色の煙を吐き散らしていた。そして、こちらに首を巡らしたドラゴンが鋭い牙の並んだ大きな口を開くと、最前列に陣取った子供たちからは、きゃーきゃーと甲高い悲鳴が上がった。


「おぉう、凄いなぁ!」


 勢い良く煙を吐き出すドラゴンの迫力に、つい感嘆の声が漏れる。だが、良く出来ているとはいえ、その足元には車輪が見え隠れしてるし、カクカクとした動きは大人の目からすればコミカルにすら見える。そして、煙を吐く作り物のドラゴンの周りには、これまたギクシャクした動きの兵士たちが群がり、その緩慢な動きで手にした剣や斧を振っていた。

 ……なんだろう? あのギクシャク、どこかで見た覚えが?


「あれは、全部ルルティアが作ったんだ」


 俺は思わず、興奮気味に語るネイトの横顔をまじまじと見た。


「ルルティアが? あいつ、何やってんだ……」

「あの子、喘息の事とか色々な事情があって、子供の頃に遊園地で遊んだ経験が無かったそうだ」

「……ああ、そうらしいな」

「それで、ようやくこの遊園地に遊びに来た時、あまりの寂れ具合に落胆して……」

「いや、まさか……」

「建物も含め敷地ごと買い取って、自分の好きなように作り直したんだ」


 そうか。あの殺人的な遊具の数々は、全部あいつが考えやがったのか。なんか納得した。


「かと言ってさあ、遊園地丸ごと買い取るか? 普通?」

「ふふっ、あの子はいつだって想像の上をいくんだ」

「そりゃ上じゃなくて、向こう側って言うんだ」


 スケールのデカい、だが呆れた話に半笑いを浮かべるしかなかったが、反面、ルルティアらしいとも思う。


「あいつ、良く言ってたもんな。いつか世界を――――」


 変えるような発明を、と言い掛けたその時、俄かに周囲が沸き立った。

 何が始まったのかと辺りを見渡すと、パレードの見物客からは「よっ! 待ってました!」とか「わあぁ! カッコイイ!」と、大喝采が上る。


「カース、あそこだ!」


 ネイトが指差した方向を見やると、輝く鎧を身に着けた完全装備の騎士が、手にした白銀の剣を天に翳す姿が目に入った。


「ドラゴンめ! 姫をどこへ隠した!」


 真っ赤なマントを翻し、颯爽とドラゴンに駆け寄り騎士が叫んだ。


「ヒメヲカエシテホシクバ、ワレヲタオシテミセヨ!!」

 

 轟く雷鳴のような声で言ったドラゴンは、騎士に向かい煙を噴き出した。もうもうと赤い煙が辺りに立ち込めると、騎士の姿は見えなくなってしまった。すると、子供たちから「聖騎士様、頑張れー!!」と声援が上がった。


「皆の応援が、私に力を与えてくれる!」 


 マントを靡かせ、煙を切り払う騎士の姿は、何というかいちいち芝居掛かってて……男心をくすぐるね。

 ネイトに向かい、「なあ。これ、何てヒーロー?」と訊ねると、彼女は俺の方を見ることも無く「聖なる騎士と魔法の竜」と、ワクワクを抑え切れていない顔で言った。


 え? と、つい口に出したその時、雄叫びを上げた騎士が立ち込める煙の中から飛び出し、「とうっ!」と、ばかりにジャンプする。そのあまりに高い跳躍に、観客からは「おお!」と歓声のようなどよめきが巻き起こった。それもそのはず、騎士は大した助走も無く、二階部分に相当するような場所にあるドラゴンの頭の上に飛び乗ったのだ。しかも空中で一回転して。


「あんなトコまで一跳びで!?」


 とても人間技とは思えない所業に目を見張ると、「ああ、あれは錬金人形だからな」と、騎士とドラゴンに釘付けなネイトが、こちらを見ないで言った。


「あれが人形だって?」


 滑らかな動きで剣を振い、巨大なドラゴンと戦う騎士は、どう見ても鎧を着こんだ人間にしか思えない。だが、先ほどの信じ難い跳躍力は人間族を含め、どのような種族でも持ち得ないだろう。

 

「ルルティアの奴、なに作ってんだ……」


 そう思いながらも、子供の頃に夢中になったあの童話を思い出し、ドラゴンと騎士が立ち回っている辺りに目を走らせる。

 俺は探していた。夢に見るほど憧れたリーザ姫の姿を。そして、こんなところに居るはずのないリサデルの姿を。


 その時、そうっと誰かが俺の腕に触れ、優しく掴んだ。立ち位置的にネイトでは有り得ない。

 俺は淡い期待を込めて、後ろを振り返る。

 そこには――――


「あいたたたたたっ!」


 突然の激痛に耐えかねて、身体が勝手に仰け反る。何とか首だけを曲げると、俺の腕を完璧に絡め取ったサブミッションの達人と目が合った。

 爛々と輝く金色の瞳。その目は見紛う事の無い、殺意の色を帯びていた。


「ディミータさんっ!?」


 苦痛の声を上げる俺に、ディミータは猫が獲物をいたぶるような嬉々とした顔を向ける。


「何してんのぉ?」

「俺は別に……」

「ねえ、何してんのぉ?」

「ぐあぁ! 腕がっ、俺っ、折れっ!」

「ねえ、二人して何してんのぉ?」

「ディミータさんには、関係無い……」


 くいっ、とディミータの腕が動くと、今まで感じた事の無いタイプの痛みが身体中に走った! 余りの激痛に悲鳴を上げると、ようやく異変に気付いたか、ネイトが慌てたようにディミータを制止した。


「ディミータ! 何をしている!」

「害虫駆除よぅ。私、掃除屋だものぉ」


 堪らずしゃがみ込んだ俺は、ようやく解放された腕を(さす)りながら、言い合う二人を見上げた。


「ネイトぉ……なんでカースなんかと遊園地なんかでデートなんか楽しんでベンチなんかで並んでくっついてアイスなんか交換なんかして手ぇ繋いだりしてパレードなんか観たりなんかしてんのかなぁ。お姉さん、全然分からない」

「ち、違う! こ、これはデートなんて浮ついた行動では無くて……あの、その……し、視察?」

「まあ。休日返上してまで視察されているとは恐れ入りますわぁ。カースを連れてねぇ」

「だ、大体だな、ディミータ! そう言うお前は勤務時間中だろう! なんだ、その格好は!」


 ネイトの言う通りだ。見上げる俺の前には、真っ白いタイツに包まれたスラリと伸びた脚。そして、パニエで膨らませたフリルスカートに、これまたフリフリなビスチェ。頭にゃティアラまで被っていやがる。一体、何の冗談だ。


「カース……貴様、なにスカートの中を覗いているんだ。このド変態が」

「覗いてないし! お前こそ、何のつもりだっての。仮装パーティーか!?」

「リーザ姫だ」

「はぁ?」

「リーザ姫のコスプレ」

「そんなデカいリーザ姫がいるか!!」


 俺とそんなに身長の変わらないネイトよりも、やや背の高いディミータのプリンセスドレス姿。決して悪いとは言わない。だが、似合っているとは言い難い。だいたい、猫耳にティアラはクドい。


「この遊園地ねえ、コスプレして来ると入場無料なのよぅ」

「え!? そうなの? 知らなかった!」


 俺に向けられた言葉だったが、いち早くネイトが反応する。

 ……お前もやんのかよ、コスプレ? やっぱダークエルフの女将軍か? なんて思ったが、口に出すのは止めておこう。


「で、ディミータさん。仕事中なんだろ? 何しに来たんだよ?」


 よっこいせ、と立ち上がり、腕をグルグル回してみる。未だに残る鈍痛に顔を(しか)めた。


「ああ、ルルティアから召集が掛ったんだ。ネイト、休日で悪いけど魔導塔に来て」

「分かった。すぐに行こう。だが、どうしてこの場所が分かった? 誰にも告げてはいないはずだが」

「さあ? 遊園地にいる、ってルルティアが言うものだから」


 ディミータの言葉に怪訝な顔をして首を捻っていたネイトは、俺に向き直り「済まない。そういう事だ」と、さも残念そうに言った。


「いや、良いよ。機会があったら、また」

「ああ、今日は楽しかった。チケットが手に入ったら、また一緒に……って押すな、ディミータ!」


 名残惜しそうに振り返るネイトの背をグイグイ押すディミータが、殺意を込めた眼差しを俺に放ってきた。何だよ、俺が何したってのよ。

 そうこうしている間に、ドラゴンの巨体は遠くに行ってしまっていた。パレードに合わせて観客も移動したようで、辺りはすっかり閑散としていた。何か、一人取り残されたような。


「ま、いいか」


 いまさらリーザ姫を追う気にはなれず、誰もいないベンチに目星を付け、そこまで歩く事にした。シロウとの待ち合わせまで、随分と時間が出来ちまったな。

 しかし、シロウの奴め。せっかく呪いが解けたんだから、少しでも早く嫁さんと娘の元に帰れば良いのに。

 そんな事を考えながら、日当たりの良いベンチに座り込んだ。


「こらぁ! 待ちなさい!」


 俺が苦手とするキャーキャーと高速で走り回る子供、そして、それを追いかける母親の姿が目に入る。シロウの娘かぁ……父母のどっちに似ても可愛いんだろうなぁ。会ってみたいなぁ。

 まだ見ぬオリエンタル美幼女に想像を膨らませつつ、何となく鋼玉石の剣に触れてみた。石っころの塊みたいな英雄遺物からは、石っころみたいな冷たさしか感じない。

 俺はこれから店の地下倉庫に眠る英雄遺物をシロウに渡す。それは、正当な権利を持つ英雄の子孫の元にあるべきだからだ。そして、それはいつかシロウの娘の手に渡るのだろう。それが善い事なのかどうなのか、俺には分からないけど。


 ――――鋼玉石の剣(コランダム) 辰砂の杖(シンナバル) 竜鱗の盾(ビオライン) そして、村正。


 六英雄の遺物のうち、四つが俺の前に姿を現した。残りの二つ、黄金の槍「女神の聖槍(トリプティカ)」と、その形状すら知れない「聖女の救済(エウフェミア)」の全てが集まった時、何が起こると言うのだろう。

 そんな形にならない疑念を抱えながら、からりと晴れた空を見上げた。


 抜けるような青に、白ペンキを試し塗りしたような擦れた雲。


「冬が、近い」


 あえて口に出してみた。そうでもしないと独りの寂しさに負けそうだ。まったく、こんな天気の良い日に、いい歳こいた男がひとり、遊園地のベンチで座ってるモンじゃないよな。


 一陣の冷たい風が吹き、俺はマフラーに顔を(うず)めた。


 

 ***第七章・終わり***

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