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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第七章 東の果てからきた男
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第125話 おやこのきずな

「悪りぃ。話の途中に」


 生理現象とはいえ話の腰を折ったのを謝り、人差し指の背で鼻の下を擦る。「んで、何の話だっけ?」


 ネイトは何か言いたそうに小さく口を開いたが、「いや、何でも無い」と薄い笑みを浮かべた。


「これは私の問題だから」


 その女性でしか持ち得ない柔らかな表情に、ちょいと胸が高鳴った。


「そっか。まっ、なんか悩みでもあったら相談してくれよ。俺、人生経験は豊富だから」


 胸を叩いてドヤ顔を作ってみせると、ネイトは呆れた顔をして何事かを呟いた。

 俺が「ん? 何か言った?」と訊くと、「何でも無い。バカ」と返ってきた。


「ちょ、馬鹿とか言うなよ。俺、何か変なこと言ったか?」

「だから、何でも無い。バーカ」


 ……意味が分からん。人生の達人を自負するこの俺でも、女心と秋の空は読めないもんだ。こういう時は豊富な人生経験上、とりあえず謝っておくに限る。


「何か良く分からないけど悪かった。それから、本当にありがとう。あの時、お前が来てくれなかったらシロちゃんはどうなってたか分からない」


 深々と頭を下げると、ネイトは急に真面目な顔になった。


「いや、私も楽しませてもらった。あのサムライ……シロウと言ったか? あいつはもう、『死にたがり』では無いのだな」

「ああ、彼は呪刀の呪縛から解放されたんだ」

「ひとつ教えてくれないか。あの呪物は一体なんだったのだ?」

「そうだな……どう説明したら良いだろう。『村雨』という呪物は、分かりやすく言えば『強い者を求める』ため(・・)の道具だったんだ」

「強い者を求めるため(・・)の?」

「正確に言えば、『強い物を求める』といった願望が、永い時をかけて凝り固まった挙句に、腐り果てて呪物と化したんだ」


 俺は、エフェメラに朗読して貰った古文書の内容を思い出しながら、ネイトに語った。


「お前も大スキな『六英雄』の一人、隻眼のサムライの愛刀『村正』は知ってるな」

「当然だ。私の『ドラゴン・トゥース』は、村正から放たれる『竜牙』という剣技を参考にして編み出したんだ」


 ネイトはベンチに座ったまま右手で手刀を作り、勢い良く突きだした。何気ない動作なのに、空気を切る音が後から聞こえた。


「隻眼のサムライはな、名刀村正でもって並み居る敵を突き倒し、その背を預けた金色の戦乙女と共に……」

「熱くなるなっての。六英雄物語(あれ)は史実を元にした創作(フィクション)だって」

「……夢が無い奴」

現実主義者(リアリスト)、って言ってくれよ。歴史ってのはな、ただ鵜呑みにするよりも、真実を知ってる方が楽しめるってもんさ」

「そういう物か? あんまり深く知ってしまっては、がっかりする事も増えそうだが」

「それも含めての歴史さ。そんでその村正なんだが、五百年前の大乱の後は、どういうことだか史実に上らなくなっちまったんだ」

「無くなってしまったのか?」

「……ま、そういう事なんだろうね。困ったのは『隻眼のサムライ』の子孫たちさ。なんせ、英雄の末裔である証が手元に無いんだからな。そこで彼らは作ったんだよ。村正の模造品(レプリカ)を」

「そうか。それが『村雨』なんだな。では、隻眼のサムライの子孫たちと言うのが……」

「そう。それがシロちゃんの、御陵の一族なんだ」


 俺はそこで喉の渇きを覚え、コーンの中の溶けかけたアイスを啜った。「うわ、あまっ」


「甘い物を控えろ、と医者から言われていたのでは無かったか?」

「たまには良いだろ? たまには」


 言い終わらないうちに、伸びてきた手にコーンを掻っ攫われる。俺が文句を言う間もなく、ソフトクリームの残りをコーンごと食べ尽くしてしまったネイトは「うーん、甘いっ」と肩を(すく)めた。


「お前、何だかんだで殆ど一人で喰っちまったな」

「ダラダラ食いは良く無いぞ。虫歯の元だ」

「良く言うよ、まったく」

「良い事を教えてやる。エルフ族は虫歯にならないんだ」

「へえ! そうなんだ。知らなかったよ」

「嘘です。全部ウソです」

「……ルルモニかよ」


 互いの顔を見合わせて俺たちは笑った。こんな気分は久しぶりだ。遊園地って場所には、人を愉快な気持ちにさせる、そんな効果があるのかもな。

 一頻(ひとしき)り笑った俺は、喉に絡んだ甘さを追い出す様に咳払いをしてから言った。「では、話を戻そうか」


「シロちゃんの流派、御陵真刀流って言うんだけど、どうやらヤマトの国ではあんまり褒められた剣術じゃあないらしい」

「そうなのか。あれほどの剣技が評価されていないとは惜しいな」

「御陵流ってのは、そもそもが鬼手を好手とする暗殺剣から派生した剣術で、正々堂々と戦う事を良しとするサムライの流儀に馴染まないんだと」

「正々堂々と、か。まるで騎士道精神だな」

「そうそう、サムライの精神ってのは、どうやら騎士道に近い物があるらしい」


 俺の説明に、ネイトはエルフ族らしい小さな顎を斜めに傾けて怪訝な顔をした。


「待て、それはおかしくないか? 私が知る騎士の教えでは、『死にたがり』は最も恥ずべき行為のはずだ」

「その通り。だからこそ前置きしたんだけど、あくまで『近い』だけで全く別物だと考えた方が良い」

「近いだけで別物?」

「お前、言ってたよな。『守る為に強くなる』って。俺、久々に感動しちゃったよ」


 彼女にとって思いがけない言葉だったか、ネイトは驚いたような顔で目を泳がせた。「やめろ、恥ずかしい」


「これっぽっちも恥ずかしい事なんて無いさ。俺も一生に一度はあんな台詞、吐いてみたいと思ったよ」

「分かったから、もう良いだろう。話を続けろ」


 怒ったような顔のネイトの耳がピコピコと上下している。


「じゃあ、続けよっか。お前さんの言う『騎士道』ってのは、『信念の為に生きる道』だ。だが、あいつらサムライは『信念の為に命を捨てる』んだ」

「馬鹿な……死んでしまったら、もう何も守れないじゃないか」

「そうだな。俺もそう思う。だけど彼らはそうは思わないんだ」


 ――――どう生きるか、じゃない。どう死ぬかを考えて生きていくんだ


 からりと笑う、少年の日のシロウの顔が目に浮かぶ。俺は軽く頭を振り、その笑顔を振り払った。

 俺には分かんないよ、その笑顔の意味は。


「御陵の一族は、英雄の子孫である名誉と家名を守るために、誰もが認めるような後継者を得る必要があった。そこで『村正』のレプリカに過ぎない『村雨』を家宝に仕立て上げたんだ。『この刀の持ち主こそが、天下無双のサムライである』、なんてな」

「なるほど。そして後継者の座を巡りって『村雨』の奪い合いが始まった、と言うことか」

「そう言うこと。そして『村雨』は、後継者争いに敗れた者を斬り、流れた血を吸うだけ吸って呪刀と化した」


 俺の言葉を聞いていたネイトは、分かったような分からないような、釈然としない顔を俺に向ける。


「上手く言えないが、何だか妙な話だな。村雨に呪いをかけたのは、『後継者争いに敗れた者』たちだろう? だとしたら、敗者が呪うのは勝ち残った『刀の所有者』ではないか?」

「それが普通だと思うだろ? でも、サムライってのは違うんだよ。多くの敗者が『村雨』に斬られることで、一族の(いしずえ)に成る悦びに浸り、より強い力を持つ子孫の手に『村雨』が渡ることを願って死んで逝った。己の死が、一族の未来を護ると信じて」

「そんな……馬鹿げてる。死んで何になるんだ。死んだ者は……喋る事も、傍にいる事も、もう何も出来ないじゃないか」


 長い睫を伏せ、ネイトは寂しそうに言った。


「ああ、とんでもない馬鹿さ加減だな。だがな、多くの人間の抱いたその馬鹿げた考えが、レプリカに過ぎない刀を呪物に変えたんだ」


 ◇◆◇


 呪刀「村雨」、それは英雄遺物の模造品(レプリカ)にして第七等級呪物。

 呪物にかけられた呪いは「強い者を求める」

 そして、その呪いの内容は「より強い者を求めて闘い、そして必ず敗死する」


 ◇◆◇


 (しばら)く無言になった俺たちの前を、女の子を肩車した男性が通りがかった。

 少女は甘えた声で「パパ、もっと速く! パレードが始まっちゃうよう!」と強請(ねだ)り、パパと呼ばれた青年は「駄目だって。走ると危ないって」と困ったような、だが嬉しそうな声で答えた。

 ネイトは目を細めて父娘(おやこ)の姿を眺めている。俺はそんな彼女の横顔から目を逸らして言った。


「俺は今から独り言を言う」


 彼女は何も言わず、ただ真っ直ぐを見つめていた。


「シロちゃんには娘がいるんだ。その子、百年に一人の天才、ってくらいに剣の才能に恵まれているんだってさ」

 

 通り過ぎていく幸せそうな父娘の後姿が、人混みに紛れて見えなくなるのをネイトは静かに見送った。そして彼女は、「カース、行こう! パレードだ!」と、俺の手を取り立ち上がった。

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