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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第七章 東の果てからきた男
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第123話 少年は強くなりたかった

「他者を護る……ただそれだけの為に、己を研ぎ澄ましたのか」


 痛みを(こら)えるような表情と声で、シロウは強敵に問いかけた。

 大きく肩を上下するシロウを前に、ネイトは(くび)れた腰に手を当てて、出来の悪い生徒に呆れる女教師のように答えた。


「君は見た目よりも、ずっと子供だな。何も分かっていない」


 女性にしては抑制の効いたネイトの声と、シロウの荒い呼吸音だけが聞こえてくる。俺とアッシュは固唾を飲んで見守るだけだ。


「大切な他人(ひと)を守りたいと願う者が、他人より弱くてどうする。私は愛する者を、(あら)ゆる敵から護り切ると決めた。だから、私はどんな敵よりも強くなくてはならない。簡単な事だ」


 子供を諭すような口調で答えたネイトの返答は、いったい誰に向けられた言葉だったのか。シロウか? それともネイト自身か? ただ、その真っ直ぐな想いは俺の心にも染みこんだ。ネイトの最大の弱点は、「身内に執着し過ぎる」ことに他ならないと思っていたが、彼女はそれすらも自分の「強さ」に変えたのか。


「……馬鹿な」


 苦々しげな声と、ギリリッと何かを磨り潰すような奇妙な音が、すぐ傍から聞こえてきた。ふと、隣に立つアッシュの顔を見上げると、彼は苛立たしさを隠そうともせずダークエルフの後姿を睨み付けていた。


「他人の為に強くなるだと? そんなものは欺瞞だ。僕は認めない」


 そして、こいつ(アッシュ)の弱点は「自分の信じた物、認めた者しか受け入れない」ところだ。

 一つ説教でもしてやろうと思ったが、今ここに揃った面子の中では確実に俺が一番弱い。そんな俺が何を言っても説得力に欠ける。

 俺は怒りに震えるアッシュに掛ける言葉を思い付かないまま、シロウとネイトに視線を戻した。


 右腕を回し、左拳を胸元に構えて再びステップを始めるネイト。正確に刻まれるビート。

 村雨を肩に担ぎ、(うずくま)るようにして身を低くするシロウ。静かに膨れ上がる殺気。


「剣で斬り拓いた道も征くのも(ようや)く此処まで……黒妖精よ、拙者に善き最期(おわり)をくれまいか」


 シロウの言葉に耳を疑った。どういう事だ? 村雨の呪いに関わらず、シロウは死を求めているとでもいうのか? ネイトの背中越しに、シロウの顔が見えた。殺し合いの真っ最中だってのに、なんて清々しい顔してやがるんだ。


「私の愛して信じる者が、君を倒せと私に願った。サムライ、それで足りるか?」

「ああ、逝き掛けの駄賃には十分だ」


 地を這うほどに低い戦闘姿勢、あれは先ほどルルティアの錬成した盾を破壊し、アッシュに手傷を負わせた必殺の構えだ。「間合い」という概念を無効にする「零距離攻撃(ゼロ・レンジ)」には、さすがのネイトも即応回避するのは難しいはず。そして、それが俺に残された最後の機会だ。

 俺は意識的に瞬きを忘れ、対峙する二人を注視した。黒衣のサムライとダークエルフの間に、見えるはずの無い殺気の色が――――その時、湖のどこかで魚が跳ねた。目が、耳が、肌がその気配を感じ取った一瞬、瞬きをするその間に、シロウの姿が消え失せた。


「その身に刻め! 絶刀・龍牙!」


 信じがたいほどの金属音に、殺気を孕んだ大気が揺れる。

 風に吹かれて揺れていたネイトの長い髪が、ふわりと赤い華のように拡がった。夜に咲いた鮮烈な美しさに目を奪われたのも束の間、斬り込んだ姿勢のまま動かないシロウと、両足を伸ばし踏み留まるネイトの姿に釘付けになる。彫像のように静かな二人の周りに流れる時間までもが動きを止めていた。


「その技、知っているぞ」


 凍ったような沈黙を破ったネイトは、十字に組んだ腕に食い込む銀の刃を振り払い、「錬金仕掛けの腕」の動作確認をするかのように五指を動かした。


「六英雄の一人『隻眼のサムライ』は、技量では『銀髪の剣士』に及ばず、速さでは『金色の戦乙女』に届かず、強さでは『青銅の竜騎士』に敵わなかった」


 必殺の一撃を防がれたシロウは、よろけるように二、三歩後退した。


「だからこそ『隻眼のサムライ』は練ったのだ。人の虚を突く策を。そして、彼は編み出した。その妙技を」


 ネイトの手首から肘までが大きく裂けた傷口から歯車や機械が垣間見えた。彼女はその傷ついた左腕を目一杯に伸ばし、指先をシロウに向けた。


「君は、人が集中を切らした一瞬、目を盗み、死角に潜るのが上手い」


 そして、指を数本欠いた右手で手刀の形を作り、身体を弓形に仰け反らせる。あれはネイト最大の攻撃、「ドラゴントゥース」だ。今こそ俺が動かないとシロウが――――


「だが、目を逸らさなければ()れる」


 殺気ともまた違う、闘気とも言うべき凄まじい気迫。その威圧感に背後に立っているだけでも身がすくむ。これが「錬金術の騎士団(アルキャミスツ)」のエース、「錬金仕掛けの腕(アームズ)のネイト」の実力か!!


「さあ、これで終りにしよう」


 振り上げたネイトの右腕に雷電のような光が出現した。その腕から伸びた一筋の光は、かつての彼女が失くしてしまった「戦乙女の証」にも似ていた。

 極限まで鍛え上げた闘士の拳には、魔力にも等しい力が宿ると学院の授業で教わった覚えがあるが、実際に目にするのは初めてだ。


「……まるで伝説に聞く『女神の聖槍』のようですね」


 やっとの事でそれだけ言えた、そんな風に呟くアッシュの一言が頭の隅に引っ掛る。


 ――――黄金の聖槍。金色の戦乙女。幼さを残した金色の髪の少女。

 

 何かを仕組まれたような薄気味悪さを感じながらも、ネイトの「ドラゴントゥース」を前に再び戦闘体勢を取るシロウの姿に目を疑った。もう、対抗する手は残っていないはず。やはり彼は、ネイトの言うような「死にたがり」なのか。


「強く……強くなりたかったんだ。誰よりも、誰よりも」


 シロウは左手を真っ直ぐに伸ばし、人差し指をネイトに突きつけた。


「だが、愛し護るべき存在が己を必要としない。そんな場合にはどうしたら良い?」


 ネイトの構えが僅かに揺れる。彼女の手に収束する雷光すら一瞬だけ減滅したかに見えた。それはシロウの言葉によるものなのか、それとも自分と同じ構えを取ったサムライの姿に動揺したのか。

 その微かな揺らぎを見逃さず、半身を反らしたシロウの右目に凄惨な色が宿る。

 

「身は散れども士魂は死なず。散り際くらいは……心得ておる」


 そう言って、シロウは村雨の切っ先を左手に添えて刺突の構えを取った。すると、澄んだ湖面のような輝きを湛えていた銀色の刀身が、見る間に赤黒く変色していく。それと同調するかの様に「鋼玉石の剣」に絡み付いていた黒蛇が目を覚まし、俺の右腕に巻き付いた。(まと)わりつく濃厚な呪いの気配が、肌に刺すような痛みを(もたら)した。


「呪物の完全破壊までコランダム封印術式、解除開始!」


 ついに始まりやがった。もう、後先考えている余裕は無い。今の二人の間に割り込むのは、猛獣の檻に飛び込む様なモンだが知るもんか! 


「一つ策があります」


 俺の手の中で形を変えていく「鋼玉石の剣」を見て驚いていたアッシュが、気を取り直すように言った。


「ただ、騎士道に反する卑怯な作戦です」

「アッシュ……お前、助けてくれるのか」

「勘違いしないで下さい。あの女とシロウさんを倒すのは、この僕です」

「意地っ張りもそこまで行きゃあ、立派なもんだ。だが……恩に着る」

「作戦完了後を楽しみにしてますよ。エッジス先輩!」


 お道化(どけ)るように言ったアッシュは、折れた左手首を無理やりに振りかざした。


「我が左手に携えしは青銅の盾! 其は女帝を護りし絶対不可侵の聖壁!」


 瞬く間に左手を鱗が埋め尽くし、英雄遺物「竜鱗の盾(ビオライン)」が発動する。

 膨れ上がった左腕が装甲を弾き飛ばし、恐ろしくも逞しい竜の前足がその姿を現した。


「僕がシールドラッシュでダークエルフを弾きます。その間にシロウさんを!」

「お、お前、そりゃいくらなんでも無茶苦茶だ!」

「迷っている暇はありませんよ!」


 アッシュの切羽詰まった、しかし、もっともな意見にまたも舌打ちをしてしまった。本日何回目だ?

 シロウとネイトの間には、ぎりぎりまで引き絞った弓のような緊張感が(みなぎ)っている。確かに躊躇している場合では無い。


「私が編み出した『竜牙(ドラゴントゥース)』で君を屠ろう。それが君に対する私からの最大の賛辞だ」

「千を鍛え、万を練ろうとも未だ完成に至らず。されど見せよう。我が最期の剣閃を」


 切れるか。放たれるか。張りつめた弦が限界に達する直前に、猛然と突撃したアッシュのショルダータックルが、ネイトの背を襲った!


「失礼っ!! せいやぁあ!」

「えっ、あっ!? ひゃあ!」


 絶叫にも似たアッシュの雄叫びと、絶叫にも似たネイトの悲鳴。

 もつれ合い、勢い余った二人の身体は、橋の欄干を破壊してそのまま真っ暗な夜の湖に落水していった。


「くそったれっ! やるしかねえかっ! 鋼玉石の剣(コランダム)・第六式まで限定解除!!」


 すでに剣体の形を失くした鋼玉石の剣は、まるで輝石が散りばめられた手甲(ガントレット)のように俺の右腕を包み込む。そこに巻きつく螺旋の蛇が、待ちきれないように口を開く。


「シロちゃん! 悪いがこれが俺の()り方だ!」


 俺はもう、これ以上は無理ってくらいの全力で走った! 奇策も秘策も計算も駆け引きも無い。そして、ただただ夢中で繰り出した一撃は、目に焼き付いたネイトの「ドラゴントゥース」に似ていたと思う。


「その呪いを――――」


 ほんの一瞬だけ集中を切らしたシロウの握る呪刀に、俺の拳は辛うじて届いた。

 禍禍しく(あぎと)を開いた黒蛇が、呪刀に喰らいつく。


「粉砕する!!」


 硬貨(コイン)が石畳の上に落ちたような音と共に、村雨が根本から二つに折れた。血濡れたように赤く染まった刀身が、子供の投げたブーメランのように明後日の方に飛んでいく。


「村雨が……」


 呪刀の本体とも言える刀身が、ぽちゃっ、と間抜けな音を立てて湖に沈んだのを見届けたシロウは、力無くその場に座り込んだ。その手に残った柄と鍔は、ボロボロと脆く崩れて指の隙間から漏れ落ちていく。

 乾いた砂のようになって崩壊していく村雨の残骸に目を落としたシロウは「兄上……」と一言呻き、そのまま顔を伏せた。俺は、肩を震わせるシロウの傍に立つ、東洋の装束を纏った男の(ヴィジョン)を見た。



 *****



 男は歩いていた。長い長い道を歩いていた。

 男が歩みを進めるたびに、耳障りな粘着音が後から付いてきた。

 彼の足元には多くの男が倒れ伏し、彼の歩いてきた道は赤く濡れていた。

 そんな男の後から、切り揃えたおかっぱ頭の少年が駆け寄ってきた。


「待って!」


 男は少年を、弟を愛していた。

 およそ荒事には向かない心根の優しい弟を、心の底から慈しんでいた。

 だから、逃げた。


「兄上! 待って!」

 

 男は知っていた。

 弟の、その少女のような華奢な身に秘めた恐るべき力を。

 だから、逃げた。


「お願いですから、兄上!」

 

 男が弟から逃げ切るには、二つの道しか遺されていなかった。


 弟よりも強くなるか。

 弟の前から姿を消すか。


 サムライを自負する男には、自死は許されない。

 だから、逃げた。


「行かないで」


 だが、弟は執拗に追ってきた。

 男はそんな弟を憎み、怒り、悲しみ、そして愛した。


「やっと、追いついた」


 男の胸から鋭い切っ先が飛び出した。

 男に追い付いた少年が、手にしていたのは呪刀。


「兄上、僕を置いていかないで」


 背後からの兇刃に貫かれながらも男はゆっくりと振り向き、血を吐きつつ微笑んだ。


「誰よりも強くなってくれ。誰よりも強くならねば、お前は――――」



 *****


 

 シロウの掌から全ての砂粒が零れ落ちると、男の幻も消え失せた。終始伏し目がちだった男の面持は、俯いたまま掌を見つめるシロウの横顔と良く似ていた。

 複雑な想いを胸に、村雨を砕いた右腕に目をやると、鋼玉石の剣はすでに普段の姿を取り戻していた。


「悪いな。真剣勝負に横槍入れちまって」


 腰に下げた短剣用の鞘に英雄遺物を突っ込みつつ声を掛けると、シロウは、はっとしたように顔を上げた。


「あ……クロちゃん」

「おう。ようやくクロちゃん、って呼んでくれたな」

「僕は……? いま、そこに兄上が……」

「さあな。幻でも見たんじゃないか」

「幻だったのか……そうか、幻か」


 シロウは座り込んだまま、満月を仰ぎ見て呟いた。歯を食いしばり、身体を震わせていたのは、冬の厳しさを含んだ北風のせいだけでは無いだろう。


「なに我慢してんだ? 誰も見てねえし、誰も馬鹿にはしないさ」

「……ありがとう、クロちゃん」


 シロウは、もう何も残っていない掌で顔を覆った。

 俺は親友に背を向けて、暗い湖面に目を落とした。

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