表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第七章 東の果てからきた男
120/206

第120話 隻眼のサムライ

 そんな企みにも似た決意を胸に、短剣用の鞘に収めた鋼玉石の剣(コランダム)に触れる。


「……来たか」


 コランダムを握った俺の手は、確かな振動を感じ取っていた。

 刻むような振動はアッシュの「竜鱗の盾(ビオライン)」に対する共鳴では無い。これは強力な「呪物」が近くにある時の反応だ。

 それは幾百幾千と呪物を砕いてきた俺にとって、あまりにも慣れ親しんだ感覚。


 ――――コワセ

 言われるまでもない。


 ――――クダケ

 それが俺の望みだ。


 俺の鼓動と鋼玉石の剣の振動が一致する。そう感じた瞬間、溢れんばかりの活力が全身に漲り、言い様の無い高揚感が脳内を駆け巡った。

 俺の「能力(ステータス)」を英雄遺物が底上げしている。それが「鋼玉石の剣」というアイテムの効果の一つ。だが、それは加護でもなければ祝福ですら無い。むしろ真逆、単純にして強大な呪い、英雄の抱いた憎悪の力だ。


 ――――シロウが死の呪いに囚われて刀を振るっているというなら、俺だって似たようなモンか。


 そんな馬鹿げた考えが頭を過ぎった時、武装した集団の一人が大声で喚きながら橋の方を指差した。


「おい、アレじゃねえか!?」

「賞金首だ! 金貨十枚だ!」

「手前らぁ! ぬかるんじゃねえぞ!」


 俄かに騒がしくなった男たちの頭の上を見越すと、橋の欄干に設置された魔陽灯の光に浮かび上がる人影が目に入った。


「あれはやはり……シロウさんです」


 時折吹く冷風にも瞬かない眼で橋上を見据えながらアッシュが言う。やたら目の良い青年にちょっと驚きながら、「あの距離が見通せるのか?」と声を掛けた。


「東洋の着物の上に黒い外套。顔を覆う包帯。それに刀を二本……いや、一本は木刀のようです」


 俺の質問に答える代わりに、アッシュは見たまんまを説明した。


「お前、たまに眼鏡してなかった?」

「はい。日のあるうちは遠くの物が見え難いのですが、竜人族(ドラゴニュート)は夜目が利くのです」

「へえ、俺は最近、近くの物が駄目だけどね」

「ああ、それは老眼という現象……あ、動き出しましたよ!」


 俺たちが見ている前で、武装集団が慌ただしく隊列を整えだす。

 老眼というキーワードが俺の心のセンシティブなトコを刺激したが、とりあえず聞かなかったことにしておこう。


「なかなか統制が効いていますね。陣を構えるのが速い」

「ああ、そうだな。普段は武装商隊か傭兵団でもやってんじゃないかね」


 夜目にも鮮やかな銀色の鎧に身を包んだ男が指揮を執っているようだ。小まめに指示を出しているその男だけは、長剣に盾を携えたオーソドックスな出で立ちだ。


「あいつがリーダーか? お、良い鎧を装備してんな」

「さすがは武器屋さん。見るところが違いますね」

「へへっ、まあね。あれは多分、ミスリル銀だろう」


 見る角度によって様々な色に変化するミスリル銀の鎧は、今は篝火の光を受けて炎の色に輝いている。


「ミスリル銀の鎧ですか。剣や盾は見たことはありますが、鎧とは珍しいですね」

「ああ、ミスリル銀ってのは加工が難しくてね。剣身や盾みたいに平面的な物はまだ成型しやすいんだけど、鎧みたいに立体的な構造の物は相当に腕の良い職人じゃないと作れないんだ。ちょっと曲げるのすら難しいんだぜ」


 昔、世話になったドワーフ族の職人からの受け売りを、そのままアッシュに伝えた。


「実に興味深い話ですね」

「俺も薀蓄(うんちく)垂れたい気持ちで一杯だが、またにしよう。見ろ」


 顎でしゃくってみせた先では、重装の戦士を前列にした小隊が隊列を整えて前進する様子が見て取れた。

 

「これだけの騒ぎに、門衛は何も言わないのでしょうか?」


 整然と行進する武装集団を眺めながら、アッシュは至極真っ当な疑問を俺にぶつけてきた。


「どうだろうな。真昼間ならともかく」


 大陸一の大都市である魔導学院都市の正門の一つにしては、あまりにもショボイ北門は普段から交通量が少ないだけあって、深夜間近なこんな時間帯では門衛も数えるほどしかいない。よくよく人数を数えてみると、せいぜい五人くらいしか居ないんじゃないだろうか。しかも、揃って腕組みしつつニヤニヤと小隊の行進を眺めている。


「見ろよ、あいつら見物決め込んでるぜ」

「むむぅ……学院都市の治安を守る風紀委員会の構成員が、そんな体たらくで許されるのですか?」


 アッシュは顎に手を当てて(しか)め面をした。まったく真面目な男だね。


「仕方ないさ。俺が産まれてこの方、学院都市で大きな事件なんて一度たりとも起きて無いんだ」

「そう仰いますが、治安の維持は大切ですよ」

「そりゃあ、この街にも殺人やら強盗やらは毎日のように起きてるよ。だけど、その点では海王都のほうが物騒だったろ?」


 婆ちゃんの妹、大叔母さんの店で修業した日々、海星傭兵騎士団で過ごした日々を思い出しながら言った。

 海王都はとにかく「個の自由」を最大限に尊重する素敵な街だ。海洋貿易と水産資源で潤いまくっているので市民の生活も豊かだし、人々の表情は明るく快活だ。だが、自由ってのは時に危うい側面を持っている。

 度を超した自由ってのは無秩序と同義だ。特に人間族はいとも容易く快楽原則に走る。


「だからこそ、海王都には強力な警兵部隊があります」

「ああ、あったねえ。『シーバード』とか言ったか」


 有能であるとさえ認められれば入団が適う海星傭兵騎士団(シーザスターズ)とは違い、実力があるのは当然として、人品から素養までが考査されるエリート部隊、それが「海鳥騎士警察隊(シーバード)」だ。それは司法の裁定すら待たず、即座に容疑者の逮捕、投獄、処刑などを行う権限を持つ、ろくでもない超法規的強権組織でもある。

 「疑わしきは罰せよ」を是とするこの治安維持部隊は、その絶対無比な権力でもって「自由という名の無秩序」を、海王都の支配者「ラティスレイア」の名をもって制圧する。

 

「やはり、街の治安を守るには、騎士警察くらい規律正しい組織が必要ですよ」

「そう? 俺は嫌だなぁ。なんかアイツら、おっかないもん」


 俺がまだ海星傭兵騎士団に在籍していた頃、海鳥騎士警察隊を相手に一悶着やらかしたのを思い出した。まあ、そのおかげで可憐にして聡明なる海女王陛下とお近付きになれたんだけどね。可愛かったなあ、ラティス様。最後にお会いしたのは何年も前なのに、まるで昨日のように思い出す……って、あれ?


「あ、先陣が門を潜りました」

「よし、俺たちも移動するか」


 何かが頭ン中に引っ掛かったが昔話を切り上げて、続々と門を潜り橋の(たもと)に集結する小隊の後ろについた。そんな俺たちと同じように見物客も移動する。


「一糸乱れぬとは言えないまでも、良く訓練されていますね」

「そうだな。だが……」


 ずらりと横並びした武装集団を前にしても、意に介せずに歩みを止めない黒い外套を羽織った男。左目を包帯で覆ったその人物は、俺の残念な視力でもシロウだと確認できた。


「貴様が賞金首のサムライか!!」


 暗い湖面が波立つような大音声(だいおんじょう)が響く。ミスリル銀の鎧の指揮官が剣を抜き放ち、芝居がかった仕草でシロウに切っ先を向けた。その動きに合わせるように前衛が大盾を構え、後衛は槍の穂先を揃えた。


「いかにも」


 何の感情も籠らないシロウの返答。

 俺の距離からでも、魔陽灯に照らされたその無表情は見て取れた。これだけの人数を前にしても怯む素振りすら見せない。(むし)ろ、木刀を担いだまま立ち止まろうともしない隻眼のサムライの行動に、男たちは面食らっているようだった。


「どうした。掛ってこないのか」


 シロウの澄んだ低い声は良く通る。だが、指揮官は最初、その意味が分からなかったようだ。一拍遅れてから「殺せ!! 金貨十枚だ!!」と叫んだ。


 しかし、御陵士郎を前にその一瞬の遅れは、もはや取り返しの付かない一瞬。


 造作の無い木刀の一振りで、己に向けられた槍を薙ぎ払ったシロウは、そのまま前列中央の重装戦士の一人を突き通した。まるで破城槌の一撃に匹敵するかのような猛烈な突きの勢いに、大盾を構えた姿勢のまま全身鎧(フルプレート)を着た男が後列を三人ほど巻き添えにして吹っ飛んだ。


 動きの止まった武装集団と無言になる観客たち(ギャラリー)


 グワングワンと音を立てて俺の足元まで転がってきた金属製の大盾は、貫通こそしないまでも鉄球でもぶつけられたかのように大きく凹んでいた。


「ど、どうなってんだ?」

「あの木刀でやったんか? 嘘だろ?」

「ばっ、化物だ……」


 驚きの声があちこちから漏れる。それは完全に戦意を喪失した小隊の男たちからも聞こえた。


「あっ! 待て、手前ら! こらっ!」


 金で動く連中は利に聡い。指揮官の制止も聞かずに小隊は散り散りになって逃走した。ある者は観客を掻き分けては街中へと逃げ、またある者はこの寒空の下、橋の欄干を跨いで湖に飛び込む始末だ。


「後は貴様だけだ」


 湖を渡る強い風に、はためく黒い外套。ぼそりと言い放ったシロウの一言は、まるで黒衣の死神の最終宣告のように聞こえる。

 歩いてきた時と同じように木刀を担ぎ直し、シロウは指揮官の返答を待った。


「おっ、おのれぇええ!!」


 上ずった声で奇声を上げながらも、円形の盾(ラウンドシールド)を突きだし、長剣を振りかぶった指揮官の戦闘姿勢は堂に入ったものだった。並みの相手ならば、その勢いだけでも押し通せていただろう。並みの相手ならば。


「その意気や、良し」


 呟きと共に、シロウは担いだ木刀を上段に構え橋板を蹴った。二人が交差した瞬間、ガガァン! と鈍い金属音が響き、盾が円盤のように宙を舞う。

 ミスリル銀の鎧は着用者の命を守り得たのだろうか。指揮官は引っくり返るように仰向けに倒れた。


「まだ息はある。誰か手当をしてやれ」


 足元に物のように転がった敗者を、何の感慨も籠らない目で見下ろしながらシロウは言う。だが、誰もが尻込みをして野次馬の中から名乗り出る者はいなかった。

 意を決して素早く目で合図を送ると、アッシュは真剣な顔をして頷き返してきた。

 門の辺りで雁首揃える観客を掻き分け、シロウの前に二人して進み出た。


「……主らか。驚いたな」


 そう口にしながらも、シロウは大して驚いてもなさそうな顔をして、夜風に吹かれていた。


「シロちゃんよ。次は魔導院戦闘訓練科随一の正統派、重装騎士(アーマーナイト)のアッシュが相手だ!」


 時間稼ぎも兼ねて適当に思い付いた口上を張り上げると、俄かに観客が沸き立った。

 ……こういうの好きだよね、男ってのは。なんて思いながら、橋板の上でだらしなく転がってる小隊の指揮官に目をやった。


「ミスリル銀が……?」


 驚きの余り、思ったことがそのまま口に出てしまった。

 肩鎧から胸鎧にかけて、ベッコリと凹んだ跡は木刀の打撃によるものか?

 特殊な技法でしか加工が出来ないはずのミスリル銀を変形させたのか? 木の棒で!?


「アッシュ! 頼むぞ!」


 俺はもう、祈るような気持ちでアッシュに声を掛けた。それに応えるようにして、彼は愛用の「竜鱗の盾・レプリカ」を左手に掲げる。


「任せて下さい。勝つのは僕です」


 気を失ったままのオッサンを邪魔にならない場所まで引き摺る俺に、振り向くこともせずにアッシュは剣を抜き放った。だが、アッシュが構えた長剣は、いつもの幅広の剣身のそれでは無く、一掴み程度の幅しかない細身の剣だった。

 あれは両手持ちの刺突剣(エストック)か? いや、それにしては短か過ぎるし、レイピアと呼ぶにはゴツ過ぎる。

 そんな変わり種、どこで見つけて来たかは知らないが、反撃にはスピードを優先した刺突の一本に絞る気か? 正統派騎士のアッシュにしては随分と思い切った得物だ。

 この数日の間、俺の話を元に策を練った、って事かよ。参ったな、呪物を粉砕しなくちゃならんのに……血が騒ぐじゃないか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ