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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第一章 お前ら!武器屋に感謝しろ!
12/206

第12話 婆ちゃん伝説

*****


 しまった。少し寝てしまっていたらしい。東の空が白み始めていた。

 しかし、何だ? この血生臭さは? 肉屋か? 屠殺場か? そんなの、この辺にあったか?


 ニチャニチャッニチャニチャッニチャ


 背中に気配を感じ、ゆっくりと振り返る。


「よう、ビーフィン。酷い様だな」


 俺は、かつてビーフィンだった肉塊に話しかけた。


「おやゆびがないときりにくいよう」


 人の形をした生肉は、血と脂を滴らせながら、逆手に持った短刀で自らの腹を切り裂いている。親指を立てて見せたつもりだろうが、そこにあるべき指は無い。

 俺が座っているベンチの周りに、かつては人間だった生肉たちが集まってきた。

 奴らは手に手に持った短刀で、互いの胸を腹を背を顔を腕を足を、ただ無心に切り裂きあっている。


 ニチュニチュグチュッニチャニチャッグチッニチャッニチャッ


 ベンチはまるで、血の海に浮かぶ筏みたいだ。






 しまった。少し寝てしまっていたらしい。東の空が白み始めていた。

 あんな夢を見るなんて、いよいよ呪いに冒されてきた証拠だろう。俺の周りに漂うモヤは、殆ど人の形に見え始めていた。


 馬鹿め、手前ぇらの思い通りなんかにさせるかよ! お前らの一団になんて入ってたまるか! 

 彼女をあんな無限の地獄に堕とさせるものか! 人間を、俺を舐めるなよ!


 ……最後に婆ちゃんに会おう。旅に出るとでも言えば良い。

 『聖なる騎士と魔法の竜』を抱いて、湖の底に沈もう。なあに、リーザ姫が勇気を与えてくれるさ。


 迷いが消えると、足取りも軽くなるもんだな。




 ◇◆◇


 ところでお前ら、俺が「婆ちゃん、婆ちゃん」って言うから、シワシワの小っさいのを想像してないか? 

 婆ちゃんは、二十歳そこそこで母さんを産んで、母さんは二十歳前に俺を産んでいるから、婆ちゃんは世間の常識的な尺度からみれば、かなり若い婆ちゃんだ。しかも、俺と変わらないくらいの背丈がある上に異様に姿勢が良いから、元気な頃は四十代に見られる事もしばしばだった。

 そういえば、ちょっと彼女に似た顔立ちだったな。彼女を好きになったのも、俺がお婆ちゃん子だったからかも知れない。


 ◇◆◇




 武器屋の朝は早い。夜明け前に装備を整え、出立する冒険者が多いからだ。

 地下訓練施設には魔導院の関係者以外は立ち入り出来ないが、学院都市の周りに広がる広大な湖や豊かな草原、荒涼とした岩場は、研究には欠かせない貴重な動植物や鉱石の宝庫だ。良い素材は魔導院が高値で買い上げてくれるから、自然と学院都市には冒険者が集まる。

 学院の卒業生も学院都市に留まって、冒険者に転身する者も少なくない。これが学院都市が大陸一の大都市になった理由のひとつだ。




「婆ちゃん、帰ったよ! 朝早くからゴメンな」


 店の扉を空け、俺は務めて明るく振舞った。そうでもしないと婆ちゃんの顔をみた途端、涙が溢れちまいそうだ。

 さして広くは無い店内だが、見やすく綺麗に陳列された武具がセンス良く並べられている。使い込まれ、磨き込まれた木材のカウンターが、また良いアジを醸し出していた。


「すまないね。まだ開店前……」


 カウンターの向こうにしゃがみ込んで作業をしていた婆ちゃんが、ひょっこり顔を出す。俺の顔を見て、にっこり満面の笑みを浮かべた婆ちゃんの顔が突然、鬼のような凄まじい形相に変わった。


「ばっ……婆ちゃん? はっ、半年も連絡しなくてスイマセン」


 婆ちゃんは、ゆっくり立ち上がりカウンターからフロアに出てきた。

 俺に向かってにじ寄るその足捌きは、まるで熟練の戦士みたいだ。それは正に近接戦闘用の歩様じゃないか。

 婆ちゃんの長いスカートとエプロンが擦れ合い、スルスルと乾いた衣擦れの音を立てる。


「あっ、あのっ、俺……いや、ぼっぼっ僕、たっ、旅に出ようかなー、とか何とか言っちゃったりして……」


 慌てて手を振ろうとして、絶句した。いつの間にか俺の手には「第七等級呪物・赤い短刀(レッドキャップ)」がしっかりと握られていた。


「なっ、何で……これが俺の手に?」


 取り出した覚えは無い。ズダ袋はカウンターの上だ。


「つまらん土産を持って帰って来たな」


 氷の刃みたいな声。婆ちゃんがこんな声を出すのを始めて聞いた。


 赤い短刀(レッドキャップ)を握った手が震える。いや、震えているのは赤い短刀(レッドキャップ)か?

 黒いモヤが俺の全身にまとわり付く。一瞬、意識を乗っ取られかけた。その感情は狂気。いや、恐怖? 赤い短刀(レッドキャップ)が、このクソ呪物が怯えているのか? 婆ちゃんに?


 婆ちゃんは両手で剣柄を握り、ゆっくりと『雄牛の構え』を取った。

 婆ちゃんのクセの無い、真っ直ぐな銀髪がサワサワ揺れる。


 ――――婆ちゃん、カッコイイ……


 俺は婆ちゃんに見蕩(みと)れた。その姿には微塵の隙も無い。学院にも、これほど完璧な戦闘姿勢が取れる教官はいなかった。

 ただ、婆ちゃんが構えるその剣には剣身が無かった。


 ――――婆ちゃん、いよいよボケが来たのか……


 俺の手の中で赤い短刀(レッドキャップ)が暴れ出す。俺は引っ張られるように婆ちゃんに突きを繰り出した。


 ――――避けて! 婆ちゃん!


 俺は心の中で叫ぶしかなかった。


 婆ちゃんは長い銀髪を翻し、いとも容易く俺の突きを避ける。

 婆ちゃんの戦闘姿勢が『雄牛の構え』から『長き切っ先の構え』に変化した!


「その呪い!」


 裂帛(れっぱく)の気合いと共に剣身の無い剣を振り下される。


「粉砕してくれる!」


 婆ちゃんの持った剣柄から、まるで剣身の代わりとでも言うように灼熱の炎が(ほとばし)る!!

 ごうごうと音を上げる猛炎に視界が覆われ、見える物の全てが真っ赤に燃え上がる。追って、叩きつけるような炎の袈裟斬りが襲い掛かってきた。


「婆ちゃん……』


 俺は悲鳴を上げたのだろうか。

 身を灼かれる苦痛を最後に、意識が途絶えた。

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