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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第七章 東の果てからきた男
119/206

第119話 ハード・プロブレム

 ***


「こら、エレクトラ。降りてきなさいっ!」


 天井近くにある小窓の桟に身体を伏せ、実に(くつろ)いだ風にして外を眺めていた愛猫を(たしな)める。すると彼女はビクッとして目を見開き、俺の方に顔を向けた。


「まったく……どうやってそんなトコまで登ったんだ」


 エレクトラは返事をするように、にゃあ、と高い声で鳴き、素軽い動作で窓の桟から棚の天板に飛び移る。それから積んだ木箱の上を伝って、音も無くカウンターに降り立った。なるほど、そうやったのね。


「お前さあ、女の子なんだから、もうちょっとお淑やかにしなさいな」


 活発過ぎる娘に呆れながら、彼女が寝そべっていた明り取りの小さな窓に目をやると、それこそ猫の目のような金色の満月が窓枠の中に浮かんでいた。

 

「今夜の月は、やけにデカく見えるな」


 エレクトラがウチに来てから、独り言が増えたと良く言われる。独身者(ひとりもん)が猫や犬を飼う気持ち、ってのが最近分かってきた。


「さて、そろそろ行くか」


 愛猫を抱え上げて顔を寄せると、彼女は甘えるようにして狭い額をすり寄せてきた。

 念の為にいつもより多めに餌を置き、飲み水もたっぷり用意した。店の合鍵はエフェメラに渡してある。これで最悪、俺が戻らなくてもエレクトラが困る事は無い。

 使い慣れた革鎧、言い換えれば草臥(くたび)れたレザーアーマーを着込み、その上から防寒の為の薄手の外套を羽織った。

 木刀で岩をも砕くシロウが相手では、生半可な装甲で防御を固めても足を殺すだけだ。俺はいつもの長剣すら持たずに、護身用の短剣(ショートソード)だけを腰に差した。間合いを無視する零距離攻撃(ゼロ・レンジ)の前ではモーションの大きい武器は不利だ。


「じゃ、エレクトラ。留守番頼むな」


 俺は店のドアをそっと開け、一度だけ後ろを振り返ってみた。すると、黒猫はカウンターの上にちんまり座り、静かに俺を見つめていた。その真ん丸な瞳に、何となく彼女の名の由来となった少女を思い出した。


 *


 強い風に思わず外套の前を合わせた。乾いた冬の匂いがする。夕食時をとっくに過ぎた時間帯のせいか、それとも季節外れの北風のせいか、外を出歩く人は少ないようだ。

 ふと西の空に目をやった。目線の高さに浮かぶ月。吐く息は(ほの)かに白い。

 先日、冒険者ギルドに出向いて「討伐依頼(クエスト)」の詳細を確認したが、指定の時間は「満月の夜」としか無かった。『左目に包帯を巻いたサムライ』が現れるのは何時(いつ)頃になるのかは分からないが、学院都市広しと言えどもシロウを倒せるほどの腕を持つ者がそうそう居るとも思えない。それに、参加希望者が殺到しがちな高額報酬のクエストを受領するには、受ける側もそれなりの補償金を納める決まりになっている。金貨十枚分の補償金だ。尻込みする金額に違いない。


「急いては事を仕損じる、ってな」 


 冷たい風に肩を(すぼ)ませながら呟いてみた。確か東洋の(ことわざ)だ。あれ? マッチョに教わったんだっけか? それともシロウから聞いたんだか。

 アッシュとの待ち合わせ場所の北門前までは徒歩でも三十分と掛らない。急ぎこそすれ、慌てることも焦る必要も無い。

 考え事と近道をする為に狭い路地に入った。外套のハンドウォーマーに手を突っ込みながら歩くと、履きなれたブーツの立てる音が、(ひし)めくように立つ家々に反響する。俺はそのリズミカルな音を耳で楽しみながら、考えに考え抜いた作戦をもう一度頭の中でシミュレートした。

 

 ――――ぶつかり合う二人の隙を突き、横撃する。


 ただそれだけの単純な作戦だ。橋の上、ってのも好都合。動ける範囲を制限された戦場(バトルフェールド)で、直線的に攻撃せざるを得ないシロウに対し、アッシュはあまり移動せずに防御からのカウンターを狙うはずだ。

 サムライってのは、基本的に攻撃的な思考が先行する。攻撃を避けられた場合は、防御や回避よりも二の太刀を優先する。そこで防御に秀でた重装騎士(アーマーナイト)の本領発揮だ。サムライの一撃さえ凌げればアーマーナイトにも勝機は十分にある。しかし、相手は只のサムライでは無い。


 ――――シロウの突撃を盾で受け流し、カウンターを仕掛けるアッシュ。

 ――――だが、当然の様に反撃を読んだシロウが返す刀で連続攻撃を仕掛ける。


 幾度とシュミレーションを繰り返しても、アッシュがシロウに勝利するのは難しいと踏んだ。

 確かにアッシュの腕は一流だ。しかし、誇り高き竜人族の青年騎士は、無意識だろうか人間族を始めとした他の種族を軽視している。あの驕りが抜けない限り、今のあいつでは超一流(シロウ)の域には届かない。だが、それこそが俺の狙いだ。


 ――――激突した直後、互いの体勢が崩れた瞬間を狙い、鋼玉石の剣(コランダム)で呪物を砕く。


 きっとシロウからは「卑怯者」と(なじ)られるだろう。アッシュからは「決闘を汚した」とか言われて(さげす)まれるだろう。だが、それが何だ。謝って済むならどれだけでも頭を下げよう。絶縁されたって構うもんか。これも「覚悟」っていうのかな。

 狭いが長い路地を抜けると、こじんまりとした北門が見えてきた。普段から通行量の少ない北門だ。さすがにこの時間にこの寒さでは警備員以外に人通りは……って、あれ?


「何だ? あの人だかりは……」


 北方に向かう商隊(キャラバン)や冒険者たちの待ち合わせ場所としても使われている北門前広場には、さまざまな武具で身を固めた一団、ざっと見て四十人以上が、いくつも設えられた篝火(かがりび)の前に(たむろ)しているのが見えた。ある者は大盾を手に全身鎧(フルプレート)に身を包み、またある者は胸当て(ブレストプレート)を身に着け、念入りな様子で長槍にバンテージを巻いている。

 その物々しい姿に、セハトたちと猫の森に出かけた時に見た風紀委員会の検問を思い出したが、警備員にしては余りにも装備がまちまちだ。


「おい、サムライってのはまだかよ」

「あぁ、寒みぃ寒みぃ」

「早く酒が飲みてえなぁ」


 近づいてみると、防御を固めた重装備の者、長槍などの間合いを取る武器を手にした軽装備の戦士が半々、と言ったところか。それから何の変哲も無い平服の連中が、篝火の前に集まって暖を取っていた。

 こりゃ一体、何の集まりだ? これから遠征に出かける為に集まってる冒険者のパーティに見えなくもないが、全員が全員、ゴリッゴリの戦闘員にしか見えない。普通のパーティには杖持った如何(いか)にもな魔術師とか、聖書片手に修道服でも着た神聖術師でもいるもんだが、弓を携えたレンジャーや盗賊(シーフ)らしき姿すら見当たらない。

 俺は一先(ひとま)ずアッシュの姿を探すことにして、男臭い集団の中に足を踏み入れた。すると、ゴツい男たちに紛れ、所在無さ気な顔して突っ立ってたイケメン騎士を直ぐに見つける事が出来た。真っ赤な鎧に金髪が映える色男はそうそういない。


「何なんだ? この騒ぎは」


 一癖ありそうな男どもの顔を見渡しながら軽く右手を上げて挨拶すると、アッシュは「ちょっとこちらに」と手招きして、俺を人気の無い広場の外れに連れ出した。


「完全に盲点でした」


 周りに人がいないのを確認してから、アッシュは重い口を開いた。


「盲点? どういう事だ?」

「見ましたか? 彼らの装備」


 アッシュは、そのアイスグリーンの瞳を集団に向けた。


「ガチガチに重そうなヤツと、長いの持ってる軽そうな……って、まさか」

「そのまさかです」

「あの連中、集団で掛る気か」

「討伐依頼には、単に『左目に包帯を巻いたサムライを討て』、としか書いてありませんでした」

「参ったな。こっちの都合で考えちまってた」

「横一列に並んだ重装歩兵で進撃し、その後ろに控えた槍兵で射程外(アウトレンジ)攻撃する算段です」


 傭兵時代でも思い出したか、アッシュは手で中空に陣形のようなものを描いた。


「んでもって、報奨金を山分け、ってか」

「それでも一人頭、そこそこ良い金額にはなるでしょう」


 思わず舌打ちが漏れた。俺としたことが……すっかり呪物破壊に気を取られて、他の連中がどう動くか意識から抜け落ちていた。

 俺は耳の後ろをボリボリやりながら、人混みをザッと見渡してみた。


「普段着の連中は観客(ギャラリー)としても、前後列を合わせて二十名くらいになるか」

「僕が見たところ、重装の者が八、槍兵が十です」

「その人数ならギリギリ横一杯に広がれるな」


 橋幅いっぱい並列に組み、前衛が守備に徹し、後衛が長槍で突く。実にセオリー通りの攻城戦法だが、よもや人ひとりに取る作戦では無いでしょ。


「弓兵がいないだけでも救いですね」

「橋の上はまだ魔導院の敷地内、風紀委員会の管轄だ。飛び道具なんぞ使った日には現行犯で即逮捕」


 あと、攻撃魔術もね、と付け加えておいた。

 その点からも魔術偽典プセウド・エピグラファの使用は無しだ。目に付きにくい補助的(サポート)魔術を使おうにも、魔術偽典を展開している余裕は無いだろう。開封した直後にバッサリやられるのが目に見えている。


「あとは一対一の決闘と思い込んできた人も数人いるようですね」

「ああ、俺たちみたいな間抜けがな」


 自嘲めいた俺の愚痴をアッシュは苦笑いで返してきた。それから瞬きの少ない目で武装した男たちを見渡し、口の端に薄い笑いを浮かべた。

 

「見る限り、シロウさんがあの程度の者どもに敗れる様では、僕の出る幕はありませんね」

「まったくだ、と言いたいところだが油断すんなよ。見た目の印象で判断すんのはお前の悪い癖だ」

「相変わらずの慎重なご意見ですね。でも、『千の刃(エッジス)』先輩のご忠告、真摯に受け止めておきます」

「おい、茶化すなって」


 強く窘めると、アッシュは叱られた子供のように肩を竦めた。

 この無邪気とも言える気の良い青年を利用するようで、俺の中に僅かに残った搾りカスみたいな「良心」ってのが疼いた。

 だが、アッシュの言うように、俺は元・海星傭兵騎士団(シーザスターズ)特殊介入班の「千の刃のエッジス」だ。作戦遂行の為ならば、使う武器を選びもしなけりゃ迷いもしない。

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