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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第七章 東の果てからきた男
118/206

第118話 使用上の注意をよく読み用法、用量を守り正しくお使い下さい

 ***





 長く続く石畳の道を歩いていた。

 これは夢だとすぐに分かった。何度か見た事のある夢だったからだ。だけど、この夢を最後に見たのは何時(いつ)だっただろう? ま、そんなモン、いちいち覚えてるワケないか。なんせ夢だもんな。


「しっかし、ここドコだろ?」


 つい声に出して一人、凸凹した石畳の上をトボトボ歩いた。学院都市の街中だと思われるが、どうも見覚えのない道だ。

 心細さに立ち止まりそうになった時、誰かが俺の右手を握っていた事に気が付いた。

 包み込むような大きな手に驚いて見上げてみると、頬のこけた青年が弱々しく笑いかけてきた。だけど、節くれだったその手の意外な逞しさに心強くなる。

 痩せた青年に向けて笑い返すと、今度は左手を誰かに握られていた事に気が付いた。首を捻って見上げると、銀色の髪を長く伸ばした女性が俺を見下ろしていた。

 冷たい印象に反した柔らかくて暖かい手を強く握り返すと、彼女は整いすぎた感のある美貌をくしゃくしゃに崩して微笑みかけてくれた。

 俺はもうそれだけで、何とも言えない幸せが胸に満ちるのを感じた。


「さあ、行こうか」


 痩せた青年か、銀髪の女性か。どちらが先に言ったのだろう。もしかしたら二人が同時に言ったのかも知れない。そして俺は、二人に手を引かれるまま歩き出した。

 そうか、二人が死んだのは現在(いま)の俺と同い年くらいだったんだな。  だが、待てよ。何であんたらがその制服を――――







「……ん……さん!」


 るっせえなぁ。いま良いトコなんだよ。


「……さん! 大丈夫ですか!?」


 久々の親子水入らずを邪魔すんなっての。


「聞こえますか!? 気を確かに!」


 身体を強く揺すられる度に、途切れがちな意識が繋がってきたが、どうにも上手く焦点が合わない。制服姿の若者が、俺の身体を揺さぶりながら顔を覗き込んでいるようだ。えーっと、こいつ誰だったっけ?


「お願いです! しっかりして下さい!」

「……んん? ああ、お前か」


 ひとつ欠伸をして、総合戦闘科の制服を着た若者に返事をする。


「よう、アッシュ。制服たぁ珍しいな」


 いま一つ意識がハッキリしない。ぼんやりと答えると、アッシュは「良かった、気がつきましたか」と、俺の肩から手を離した。


「何だよ大袈裟な。単なる居眠りだって」

「居眠り? あれが居眠りなもんですか!」

「でかい声出すなよ。エレクトラがビックリすんだろ」


 大声で捲し立ててるアッシュを椅子に座ったまま見上げ、なんとなくムズムズする鼻の下を擦った。

 何だろう、このヌルリとした感触は。俺は鼻を擦った指の背をまじまじと眺めてみた。


「うおうっ!? 何じゃ、こりゃあ!?」


 手の甲に赤い物がベッタリと!? 乾きかけて粘度が増しているが、これは間違いなく血液だ。

 アッシュは心配気な顔をして、血を見て動揺する俺に向かって身を乗り出してきた。


「ずっと目を見開いて天井を見上げたまま、鼻から血を流していたんですよ! 半笑いで」

「半笑い? ……いつ頃から?」

「知りませんよ! 僕、今来たばかりですし」


 言われて時計の針を確認する。えーっと、アリスって恐ろしい子が店出てった後に昼の弁当喰って、食後にルルモニン飲んで、あれ? そっから記憶が無い?


「ああ、生きていて良かったです」

「は……はははっ……やめろよ。大袈裟だなぁ」


 俺は何だか怖くなってきて、飲んだはずのルルモニンの瓶を探してみた。すると、どうした事だか空き瓶は床に転がっていた。

 椅子に座ったまま手を伸ばして茶色い小瓶を拾い上げる。掲げてみるとまだ少し中身が残っていた。改めて床に目をやると、瓶が倒れていた場所には小さな水溜りが出来ていた。

 何が何だか訳が分からないまま、瓶に貼られたラベルを確認してみた。


 


 ***必ずお読み下さい***


 *効能・効果、 用法・用量・使用上の注意

 ルルモニンは肉体疲労・病中病後の栄養補給や滋養強壮、虚弱体質に優れた効きめとドロリとした喉越しが特長の栄養ドリンク剤です。


 *用法・用量

 成人(15才以上)1日2本を限度に服用して下さい。

 

 *注意






 ……注意?

 俺は、自分の指に隠れて見えなかったラベルの続きに目を凝らした。




 定められた用法・用量を厳守してください。特に服用する者が人間族の場合には過剰摂取等に注意してください。限度量を超えて摂取すると死にます。





「死にます?」


 手から滑り落ちた瓶が床に落ち、カツーン、と思いの外に大きな音がした。

 ……俺は死ぬ寸前だったのか? じゃあ、さっき見た夢は、もしかして両親がお迎えに来てた、って事か!?


「なんてこった……」


 呆然とする俺の前にトコトコ歩いて来たエレクトラが、転がる瓶の口元に顔を寄せてフンフン嗅ぎだした。


「ちょいっ! ダメダメダメ!」


 慌てて愛猫を抱え上げて、「ちと頼む」とアッシュに預けてから、ルルモニンの瓶をゴミ箱に捨て、床に零れた劇薬を念入りに拭き取った。


「あの、大丈夫ですか? まだ顔色が悪いですよ」


 一心不乱に床を拭く俺に、エレクトラを抱えたアッシュが声を掛けてきた。


「……毒殺される恐怖ってのを、生まれて初めて味わった」

「それは貴重な経験を」

「お前、身体なんとも無いか? 人間は一日三本飲むと死ぬらしいぞ、ルルモニン」

「僕、人間族じゃないですし」

「あ、そうか。そうだったな」

 

 とりあえず落ち着こう、俺。



 *



 自分の分とアッシュの分、二人分のコーヒーを淹れてカウンターの上に置くと、アッシュは「いただきます」とマグに手を伸ばし、美味そうに一口啜る。

 俺はと言えば、自分で淹れたのも何だけど、イマイチ飲む気が起きずに香りだけを味わった。


「さっきは助かったよ。もしかしたら、俺はあのまま死んでたかも知れない」


 俺がそう言って頭を下げると、アッシュは大仰に首と手を振って答えた。


「いえいえ、お礼を言われるほどの事はしていませんよ。でも、無事で良かったです」


 マグカップ片手に微笑むアッシュの姿に何かが引っ掛かる。何だろう、この違和感。


「ああ、そっか。お前さんの制服姿は初めて見たな」


 軍服にも似た総合戦闘科の制服が似合うなぁ、腹立つほどに。


「言われてみたらそうですね。ちょっと急ぎでしたので」

「急ぎ? 何かあったのか?」

「はい。シロウさんの事で、すぐにお知らせしたい情報があります」


 俺は思わずカウンター越しに身を乗り出した。「シロちゃんの事でか?」


「おそらくですが……学院で妙な話を耳にしまして」

「妙な話? そりゃあ、どんな話なんだ?」

「冒険者ギルドに信じられないくらいに高額報酬の『討伐依頼(クエスト)』が入ったそうなんです」

「高額報酬のクエスト? それがシロちゃんと何の関係があるんだ?」

「先ほど急いでギルドに確認に行ったのですが、討伐対象(ターゲット)になっているのが『左目に包帯を巻いたサムライ』なんですよ」

「な、なにぃ!?」


 思わずルルモニンの瓶のようにマグカップを取り落としそうになってしまった。


「誰だ!? そんな依頼を出したのは!?」

 

 鈍った頭をフル回転させて考える。高額報酬を用意してまでシロウを討伐したいヤツがこの学院都市にどれだけいる? いや、待てよ。


「そのクエストの依頼者ってのはもしかして……」

「残念ながら依頼者の氏名は伏せられていました。でも、僕も同じ事を考えましたよ」

「信じられない高額報酬ってのは幾らなんだ?」

「金貨十枚です」

「きっ、金貨十枚? 金貨十枚ってこたぁ、一〇万Gって事か!?」


 手にしたマグのコーヒーが波立った。


「何てこった……ウチの年間売上を余裕で超えてるぞ」

「ギルドには既に全額が収められているそうです。成功報酬の一割が手数料としてギルドに渡りますから、ギルド側も喜びこそすれ断る理由は無いですね」

「討伐の期日は何時(いつ)だ?」

「次の満月の夜、北門の橋の上にてサムライが待つと」


 あの長い橋の上か。確かにあそこならば奇襲も奇策も関係無いだろう。


「次の満月ってのは……」

「三日後です」


 自分を落ち着かせる為に温くなったコーヒーを口にした。中途半端な温度が苦さを強く感じさせる。だが、お陰で少しは頭が冴えた。


「シロちゃんは自分を討伐するクエストを出したんだな」

「多分、そうですね。でも、何の為に?」

「手っ取り早く『強い者』に会いたいんだろう」

「シロウさんは、その『強い者』に会ってどうしたいのでしょう? 腕試しですか?」

「さあな。俺には分からんよ」


 ――――「強い者を求める」、確かにそれこそが呪刀「村雨」の呪いだ。


「俺の情報も聞いてくれるか? 聞いた上で、出来たら手を貸して欲しい」

「頼られるのは嬉しい事です。聞きましょう」


 俺の頼みに強い眼差しで返答するアッシュ。悔しいけど味方にいれば頼りになるんだよな、コイツ。


「御陵の一族は、六英雄『隻眼のサムライ』の末裔だ」

「やはりそうですか。初めて会った時にそんな気がしていました」

「そっか。俺はまさかと思ったけどね」


 俺はエフェメラが読み上げてくれた例の古文書の内容を()い摘んでアッシュに伝えた。

 六英雄の一人、隻眼のサムライの編み出した秘技の数々を継いだ御陵の一族は、五百年前の大戦の最中に失われた英雄遺物『村正』の代わりに、忌まわしい(いわ)れを持つ姉妹刀『村雨』を一族の守刀として代々受け継いだ。


「忌まわしい謂れ、とは?」

「村雨の所有者は事故死や病死でも無い限り、必ず戦死しているんだ。一人と違わずに」


 俺の言葉にアッシュが眉を(ひそ)めた。


「では、村雨の呪いとは『死ぬまで強者を求め続ける』。そんなところですか」

「……ああ。だから俺は、呪物『村雨』を粉砕したい。シロちゃんの為にもな。だが、俺の実力では万に一つ、いや、億に一つも勝ち目は無い」

「最後まで言わないで下さい。僕がシロウさんと闘いましょう」


 俺がカウンターに手を突いて頭を下げると、アッシュは俺の肩に手を置き「顔を上げて下さい」と言った。


「でも、()るからには勝ちにいきますよ、僕は」

「ああ、呪物破壊はその後だ」

「ふふっ、腕が鳴りますね」


 アッシュは右手を顔の前に持っていき、強く握った。

 確かにアッシュの実力は折り紙付きだ。特にその防御力は鉄壁と呼ぶに相応しい。だが、瞬間移動にも等しい零距離攻撃(ゼロレンジ)を操り、圧倒的な剣技を誇る御陵士郎が相手では、その防御力を発揮できるだろうか。


 ――――拙者は強い者を求めて来た 悪いがそういう事だ。


 エトセトラの店内で、シロウは刀の柄頭に手を置いてそう言い放った。彼はあの時、アッシュの実力を推し量ったのではないだろうか。


 村雨の呪いは「刀の所有者よりも強い者を求める」だ。

 そして、その呪いの内容は――――


「頼りにしてるぜ、アッシュ」


 俺がそう言うと、アッシュは自信に溢れる笑顔で応えた。だが、青年の底抜けに明るい表情とは裏腹に、俺は頭の中で後ろ暗い算段を講じていた。

 如何なる手段を用いても呪物を破壊する。それが俺の一族の宿命だ。

 そして、どんな汚い手を使ってでも村雨を粉砕してやる。大切な親友を救うために。

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