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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第七章 東の果てからきた男
116/206

第116話 たまには甘い日常を

***


「これじゃない、な」


 乱暴に扱ったらバラけちまいそうな黄ばんだ紙面を捲っては本棚に戻し、その隣りの本を抜き出してはまた捲る。

 そんな果て無き反復作業を、俺はかれこれ二時間は続けていた。


「これも違う、か」


 暗い地下室ではランタンの明かりだけが頼りだ。だが、ルルティアが作ってくれた錬金ランタンは、松明なんかよりも優しく、それでいてランプよりも明るい光を放ち、俺の手元を照らしてくれていた。


「刀、刀……と」


 シロウと別れてから三日、方々手を尽くして例の刀「村雨」について調べていた。一般人の立ち入りが許されていない魔導院図書館はアッシュに任せ、俺は近所の図書館を巡り、冒険者ギルドの資料室にまで足を延ばした。そしてたどり着いたのがここ、エフェメラ堂の地下書庫だ。

 しかし、ヤマト関連の古書が揃えてある、とエフェメラから聞いてはいたが、目の前に立ちふさがるようなデカい本棚にずらり並ぶ古本、もとい古文書の膨大な量にさすがに心が折れそうだ。

 

「これは……料理の本か」


 ヤマト料理の本を元あった場所に戻すと、肩と腰に鈍い痛みを感じた。ぐっ、と背伸びをすると肩甲骨の辺りがゴキゴキ鳴る。すると、時を同じくして階段の方からは、コツコツと小さな足音が聞こえてきた。


「……あった?」

 

 エフェメラ堂の主人、エフェメラその人が、ランタン片手に階段を下りてきた。


「無い」


 そっけなく返事をして手近な椅子に腰を下ろし、ドッカリと足を延ばした。

 横柄にも見えるこの態度、俺とエフェメラの間柄を知らない人から見たら、なんて女性に失礼なヤツだ、なんて思われるかも知れない。だけど俺たち二人は、親友とはまた違った決して切れない太い糸で結ばれている。それは幼馴染という固いかたーい絆だ。


「悪いな。営業後に無理言って開けてもらって。先に休んでてくれよ」


 目元を抑え、ふーっ、と溜め息を吐く。すると、ランタンを書見台の脇に置いたエフェメラが、すーっ、と俺の座る椅子の後ろに回りこみ、突然、背後から俺の頭を抱きしめ、頬を摺り寄せてきた。


「なっ? おい、エフェメラ?」


 後頭部に柔らかでいて実に幸せな感触が!?

 エフェメラ、俺とお前はそんな甘い関係じゃ無い……と思ったのも束の間、彼女の肉の付きの悪い細腕が俺の首に巻きつき、グイグイと締め上げてきた!


「く、苦しいって! 何してんの!?」

「……東洋に伝わる『整体』と言う名のマッサージ術」

「違う! これ絶対違う!」


 やばい。頸動脈に手首が食い込んでいる。このままでは締め落とされる!!

 無理無理無理、と(うめ)き、エフェメラの身体をタップすると一旦は腕が解かれたものの、今度はその小さな両掌のどこに秘められていたのだろうか、押し潰さんばかりの圧力が俺の側頭部を挟み込んだ!

 一度に戻った血流と、ミシミシ軋む頭蓋の痛みにクラクラしてきた。


「ちょっ! 死ぬ死ぬ死ぬマジで死ぬ!」

「……いま、整体の勉強中なの」

「これ、マッサージじゃないっ! 強いて言えば抹殺だ!」

「……最近、会いに来てくれなかったから大サービス」


 底冷える地下室に、血も凍るような冷たい台詞が響き渡る。


「痛いたいたいたいたいっ!!」


 逃れようにも万力で挟み込まれたかのように、首から上が動かせない。どうなってんだ!?


「ご、ごめん! 最近忙しくって!」

「……髪を切る時間はあるのに」

「うっ」


 返す言葉もございません。


「……私、見たの」

「な、何を見たの?」

「……私の店で買わないで、余所で本を買っていたでしょう」

「そ、それはだな……」


 エフェメラよ。この広い世界には、レジに女の子がいると買えない本、ってのがあるんだ。


「ごめん! 俺が悪かった!」

「……これからはエフェメラ堂で買って」

「そ、それは」

 

 圧が増した。致死の圧が。


「うぐぉう……わ、分かった。約束する」


 蟀谷(こめかみ)を締め上げていた剛力が、ふっと緩み、俺は魂が抜けたかのように椅子に深く沈みこんだ。


「……それで、どんな本?」

「う。いやあ、大人向けの恋愛物、とでも言いましょうか」

「……違う。いま、探している本の話」

「ああ、そっちの本ね」

「そっちじゃない本、って、どんな本?」

「ま、まあ、そりゃ置いといて。俺が調べているのは、ある刀についてでね……」


 危ねえ、ヤブヘビだ。俺は『そっちじゃない本』から話題を逸らす為にも、わざと村雨について細かく説明をした。

 俺の長い話をコクコクと頷き聞いていたエフェメラは「村雨……」と呟き、本棚に並ぶ古本の背表紙を左から右へとなぞり始めた。

 何故だろう。撫でるように背表紙に這わすその指に、何とも言えない色っぽさを感じる。好奇心からエフェメラの顔を覗き込むと、まるで熱病に(うな)されるように呟き続ける彼女の表情に、俺は思わず生唾を飲み込んだ。

 ついには四つん這いになり、本棚の下段を舐め回すようにして本を探すエフェメラ。いよいよ心配になって声を掛けそうになった時、彼女は突然に立ち上がり、俺に一冊の(すす)けた古書を手渡してきた。


「これは?」

「……たぶん、それだと思う」


 半信半疑に汚い表紙を捲ってみると、読めなくはないのだが所々にヤマト独特の文字が使われていて、すぐには解読出来そうには無い。だが、俺はその読みにくいヤマト文字の一つに『御陵』と書かれているのを見つけた。これは当たりだ!


「凄い! 凄いよエフェメラ! 良く見つけたな!」

「……何となく」


 本バカもここまでくると特殊能力みたいなモンを発揮するのだろうか。何にせよ助かった。


「これ、借りてっても良いか?」

「……駄目。持ち出し厳禁」

「すぐに返すからさ」

「……建物の外には出しちゃ駄目」

「頼む。人の、友だちの命がかかっているかも知れないんだ」


 エフェメラは少し悩んでいるようだったが、すぐに悪戯っぽい表情で俺の顔を見上げてきた。


「……昔みたいに泊まっていって。私、ヤマトの文字、読めるから朗読してあげる」

「なぬ!? 助かるけど、さすがにそれは……」

「……ねえ、泊まってって」


 エフェメラは俺のシャツの袖を引っ張った。幼い頃の彼女が、俺に甘える時のお決まりのポーズ。そして俺は、女の子のこういった仕草に弱い。


「ったく……ホントは駄目なんだからな。嫁入り前の女の子が、男を家に泊めるなんて」

「……私、先にお風呂に入ってくる」

「お、おいっ! 聞いてんのか!」


 返事を返さずにエフェメラは、くすくす笑って階段を駆け上がって行った。


「……今夜は寝かさないから」


 え? いま、何て言った?



 ***




 おう、お前らか。元気にしてたか? なに、疲れてるから回復ポーション買いに来たって? おいおい、回復ポーションは健康ドリンクじゃないんだぞ……って、ああ、ルルモニンが欲しいのか。あれは確かに健康ドリンクみたいなもんだな。俺も今朝、二本も空けちまったよ。

 え? 疲れてるのかって? へへっ、昨夜、ちょっとね。久しぶりだから燃えたよ。そりゃあもう、凄いテクニックでさ。どこであんなの身に着けたんだろう。まるでプロみたいな手付きに翻弄されれちゃって……。

 まぁ、俺の事は 別にいいだろ? そんな事よりどうなんだ? 最近の学院の事情は? 

 ……そうか。生徒の流出に歯止めがかからないのか。「訓練」じゃ物足りなくて「実戦」ってのを味わってみたくなるんだろうな。しかし、魔陽石の採掘権争いなんて小さな火種が、見事に燃え上がりやがったな。誰かが裏で糸引いてる、そんな気がするんだよね。俺としては。

 で、お前らはどうすんだ? そうか、まだ暫くは学院に籍をおくか。うん、それが良いよ。

 ようし、ルルモニン、おごってやるよ。遠慮しないで飲め。ま、あんま美味いモンでも無いけどね。


 

 常連の生徒たちが帰ったあと、自分の昼飯の前にエレクトラの水皿に新鮮な水を継ぎ足し、高級猫缶の蓋を開けた。その間、エレクトラは俺の足首にひたすら顔を擦り付けては「なーうー」と甘えた声で鳴き続けていた。


「はいはいはい、ちょっと待っててくれよ」


 猫の成長は早い。彼女はもう子猫とは呼べないくらいに成長していた。


「昨日は留守番ありがとな」


 アッシュから貰った「ねこまっしぐら」なアレを猫皿に出して床に置くと、エレクトラはそれこそまっしぐらにガッつき始めた。その黒くてツヤツヤした背中を見ているだけで、なんとも幸せな気分になる。

 俺はしゃがみこんだまま、可愛いエレクトラを眺めてニヤニヤした。


「エレクトラ。お前、女の子なんだから、もうちょっとおしとやかにさ……あ、いらっしゃい」


 人の気配を感じ、夢中で猫缶を平らげる愛猫から顔を上げると、そこには意外な人物が立っていた。


「おう、久しぶり。珍しいな、一人か?」


 しなやかでいて鍛えられた肉体のラインを強調するようなノースリーブのハイネック。俺のヘソ辺りに股下がくるほどの長い足を際立たせるハイサイブーツ。全てを黒で統一したからこそ映える褐色の肌と真紅の髪。


「その子がエレクトラか」


 カツカツと靴音を響かせ、俺の隣りに膝を突いた清掃部隊の隊長は、脇目も振らずに皿を舐め取るエレクトラに手を伸ばした。


「そいつ、食事中に手ぇ出さない方が良いよ。あれ? 隊長、その手は……」


 彼女の代名詞とも言える、全てを破壊する鋼鉄の腕「錬金仕掛けの腕(アームズ)」、それはまるで全身鎧(フルプレート)の騎士が装着する手甲(ガントレット)のように重厚な代物だったはずだ。だが、ノースリーブの剥き出しの肩から伸びる引き締まった腕は、長手袋に包まれているとはいえ、一般的な女性のそれとなんら変わり無いように見える。


「これか? 『錬金術の騎士団(ウチ)』の研究主任、いや研究所長が作ってくれたんだ」


 そう言いながら立ち上がり、嬉しそうに手を何度もニギニギするネイトの顔は、いつもの冷徹な掃除部隊隊長のそれとは違い、歳相応な女性の笑顔にしか見えない。うん? ネイトはエルフ族だから歳相応とは言わないか。


「まだ慣れていないから、細かい動作の練習中なんだ」

「へえ、でも見た目は凄く自然だよ」


 同じく立ち上がった俺はネイトの手を取って、しげしげと眺めてみた。


「……い、いきなり手を握るな」


 慌てて手を引っ込めたネイトは、己の両手をモミモミしながら、はにかんだような表情を浮かべる。なんだ? こいつ。調子狂うな。


「ところで研究所長、ってのはルルティアの事か?」

「ああ、彼女が魔導塔に入ったのは知ってるな?」


 俺が頷くと、ネイトも同じように頷いて話を続けた。


「彼女、魔導塔の設備と人材を使い、常識を覆すような研究成果を次々と完成させて、あっと言う間に魔導院錬金術科の頂点に立ったよ」

「なんか、ピンとこないな」


 そこのカウンターに肘突いて、ファッション誌を捲っていた姿を思い出す。そんなに遠い昔じゃないんだけどな。


「そんでその腕、わざわざ見せに来てくれたのか?」

「ち、違う! お前のために換装したんじゃない!」

「なんでムキになんの」


 どうして赤くなんの? まったく意味が分からん。

 どうにも収まりの悪い気持ちになってエレクトラに目を移すと、彼女は実に満腹に満足した表情で大欠伸(おおあくび)をするところだった。俺も釣られて欠伸する。


「どうした? どうも寝不足に見えるが」

「ん、そうなんだよ。昨夜、幼馴染んトコで夜更かししてね」

「そうか。何をしていたんだ?」

「トランプだよ」


 そう言って、俺はもう一度欠伸した。

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