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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第七章 東の果てからきた男
115/206

第115話 抜けば玉散る氷の刃

 *


 ザワザワざわめく男たちの声。

 トントン断続的に続く打撃音。

 ジージー絶え間ない蝉の鳴き声。


「……うっせ」


 (やかま)しいったらありゃしない。まだ寝足りねえんだっての、こっちは。

 文句の一つでも言おうと思って薄目を開けると、思わぬ眩しさに涙が出てきた。

 部屋の明るさに目が慣れてくるまで、しばらく瞼を(しばた)いていると、布団の中で横になってる俺の傍らで、何者かが舟を漕いでいるのに気が付いた。

 顔は天井に向けたまま横目で確認。おぅ、さらりとした黒髪の中々な美少女だ。長い睫がピクピクしているところを見ると、転寝(うたたね)しちゃったばかりかな。

 すぅすぅと寝息を立ててるオリエンタル美少女をニヤニヤ眺めながら、ここはどこで、この子は誰で、自分は何をしているのかを良く考えてみた。えーっと、たしか縁側で花火見物をしながらスイカを食べた後、布団に入って……いや、何か違うな。


「あ……クロちゃん、起きた?」


 オリエンタル美少女改めオリエンタル美少年は、こしこしと目を擦りながら、ふぁーっ、と欠伸をして、むうーん、と伸びをした。


「あは。僕も寝ちゃってたみたいです」

「誰かと思ったよ。髪下したらまるで別人だな」


 女の子かと思った、とは言わずにおいた。


「ここ……屋敷ン中か」


 この部屋は見覚えがある。御陵道場の中でも一番大きな建物の一室だ。

 例の植物を編んで作った「タタミ」とかいう柔らかな床材からは、野っ原に寝転がった時のような青っぽい匂いがした。


「足の具合、いかがですか?」


 身を乗り出しながら、心配そうな顔をしてシロウが訊いてきた。

 足? 足がどうしかしたのか? ああ、俺の足か。参ったな。まだ頭がはっきりしない。


「痛いは痛いけど……あれ、傷がふさがってる?」

「良かった。経過は順調みたいですね。医師に薬師に法力僧まで呼んだ甲斐がありました」

「ホーリキソーってなんだ?」

「法力で傷や病を癒す僧侶です」


 神聖術師みたいなもんか? とりあえず納得しておいた。


「そうだ。ミサキさん、どうした? 無事なのか?」

「心配ありません。ここ数日、未咲と僕と交代交代でクロちゃんの看病に当たっていました」

「ここ数日? 俺、どんくらい寝てた?」

「丸二日ほどです」


 二日!? そんなに寝てたのか? 駄目だ。ピンと来ない。


「空気を入れ替えましょう」


 シロウはそう言って立ち上がり、外と室内を隔てている、紙と木で出来た戸をスライドさせた。すると、一度に蝉の声が大きくなったように感じた。


「うおっ、眩しっ」


 きつい日差しに照らされた、庭に敷き詰められた玉砂利の白さは目に痛いほどだ。

 あぁ、今は昼だったのか。ようやく自分を取り巻く時間の流れを把握した。それと同時に、俺が破壊した正門の辺りに多くの人夫が集まって、足場を作ったり木材を切り出しているのが見えた。トントンいってる音の正体はあれだったか。


「悪りぃな。門、ぶっ壊しちゃって」

「形ある物はいつかは必ず壊れます。直せる物は直せば良いんです。でも貴方は、僕が失ってはいけないもの、無くしてはいけないものを沢山救ってくれました」

「よせよ、照れるし」

 

 布団の傍らに座り直して深々と頭を下げたシロウから目を離し、天井に視線を移した。


「クロちゃんは、どうして命を懸けてまで僕たちを助けてくれようとしたのですか」

「ん……そうだなぁ」


 天井の木目を眺めながら、俺が失った物、俺が無くした物、俺にはもう取り戻せない物を思い浮かべた。


 騎士への憧れ。

 つまんねえ講義。

 当たり外れの激しい学食。

 アホな寮生仲間とのバカな寮生活。

 命と青春を懸けた地下訓練施設での戦い。

 その全てが掛け替えの無い学院で過ごした日々。


 不細工だけど良いヤツだったアイツ。

 恋愛小説家志望のミステリアスな黒い子猫。

 乱暴でお下劣だったけど兄貴みたいな筋肉バカ。


 そして、青い瞳の……海みたいな色した瞳の、俺の聖女。


 あんまりにも遠くに置いてきて、

 あんまりにも遠くまで来てしまった。

 

「……俺ね、凄くいっぱい後悔してきたんだ。いま思い出しても頭抱えるくらいに。鼻血吹き出そうなくらいに」

「鼻血ですか」


 シロウの笑い声が聞こえたが、俺は天井から視線を逸らさなかった。


「もう、これ以上の後悔は抱えていられない」


 返事は返ってこなかったが、聞いてくれていると思って話を続けた。


「でもさ、俺ってホント大したこと無い人間なんだ。知り合った相手、全てに手を差し伸べられるとは思っていない。だけどさ、せめて自分が好きになった人には全力で関わりたい。そう思ってる」

「それが貴方の覚悟ですか」

「覚悟? こういうの、覚悟って言うのかな?」

「亡き父に『サムライとはどのような人物の事を指すのか』と訊いたことがあります」

「その答え、興味あんな」


 なんせサムライに会いたくて、俺はヤマトまで来たんだからな。


「父は『サムライとは、覚悟を決めた者である』と答えました」

「うぅん……分かるような分かんないような」

「覚悟の強さがサムライの強さを決める、とも言ってました。だからクロちゃん、貴方は強いサムライです」

「ははっ……だったらわざわざヤマトまで来なくても良かったな」


 俺とシロウは二人して笑い合った。こんなに笑ったのも久しぶりな気がする。そしたら、笑ったついでに腹が鳴った。


「腹が減ってた事実に、いま気が付いた。人間って凄いな」

「何か食べたい物はありますか?」

「そうだなあ……スイカが食べたいな。あの日、あんまり味わって食べれなかったし」


 すぐ用意します、と言って立ち上がりかけたシロウを、「いや、ちょっと待った」と引き留めた。


「やっぱ、あの小豆を甘く煮たのがいっぱい入ったヤツ。あれ食べたい」


 ふっ、と笑みを浮かべたシロウは「饅頭ですね」と、嬉しそうに返事をして部屋から出て行った。

 その後ろ姿を見送ってから、ふとシロウが昔飼っていたという犬の話を思い出した。確か饅頭喰わせたら死んだんじゃなかったか、その犬? 今からでもスイカにしてもらった方が良くないか? だってこう言うの、死亡なんとか、って言うんだろ?

 寝っ転がりながらそんなしょうも無いことを考えていると、再び眠気に襲われた。

 そして俺は、まさに死亡フラグが発動したかのように、深い深い眠りの渦に吸い込まれていった。



 *****



 そこまで話し終えて、グラスに残った果実酒の残りを飲み干した。おぅ、俺にしては珍しく最後まで飲み切ってやったぞ。


「その後、悪党どもの嫌がらせは無かったですか? 僕なら一人残らず殲滅して後顧の憂いを断ちますが」


 顔色一つも変えないで、恐ろしい事をアッシュは言う。


「ホントにお前、しれっと物騒なこと言うな。でもね、俺も同じことをシロちゃんに言ったのよ。そしたらさ、何て言ったと思う? 『その都度、撃退すれば御陵の名が上がる』なんて言ったんだぜ」

「その考え方、良いですね。守る事が攻める事に繋がっています」

「そうだな。簓一門を生かすことによって、御陵の名を広めたんだ。実際、出て行った門弟たちも噂を聞きつけて戻って来たんだ。御陵真刀流、未だ健在ってな」


 なっ、と隣りに顔を向けると、いつの間に火を点けたのか、シロウはつまらなそうな顔をして煙管を咥えていた。


「より強くなって、再び挑んでくれば良い。拙者にとっても良い鍛錬になる」

「シロちゃん、お前……色んな意味で変わったな」


 そりゃあ、あれから何年も経っているんだ。見た目も考え方も変わっていて当然だ。だけど、この変わり様ったら何だ? まるで別人じゃないか。か弱い少女のような頼りない風貌から「凄腕の剣客」ってな感じに成長したのは親友としても喜ばしい事なのだが……。

 半ば無意識にシロウの腰の物に目がいった。その柄、その鞘はどう見ても真剣だ。木刀には見えない。だが、俺が覚えている限り、シロウが真剣を振うところを目にしたことは無い。


「では、悪党どもを成敗してのち、お二人で諸国を回られたのですね」

「ああ、留守を預けられる高弟も戻ってきたし、俺はヤマトを見て回りたかったし」

「……拙者は修業したかったし」


 背もたれに深くもたれかかり、天井から吊り下げたランプに吹きかけるようにして、シロウは紫煙を吐き出した。

 その絶妙の合いの手に、アッシュは感心したような顔をした。


「友情パワーですね」

「ゆ、友情パ、パワー? お前、何か変なモンでも読んだか? それともセハトあたりに何か吹き込まれたか?」

「近頃、パーティを組むようになった騎士科の女性が教えてくれたのです。『勝利』を得るには『努力』と『友情パワー』が必要だと」


 アッシュは拳を握り、興奮気味に妙な事を語りだした。


「そりゃあ、間違ってるとは言わないけど……」


 高いステータス数値を要求される騎士科は、そもそもの生徒数が少ない。しかも、戦闘職である上に『騎士道』みたいな独特な精神性から、男女比率は圧倒的に男子に傾いている。

 俺の覚えている限り、騎士科の女の子はみんな「変わった子」たちだった。あ、そう言えば清掃部隊のネイト隊長も元騎士科か。


「って事は、お前のパーティにゃ『騎士』が二人もいるのか。豪華だけど随分と守備力に特化したパーティ編成だな」

「そうですね。でもその女性、騎士科の生徒ではありますが、厳密に言うと『戦乙女』なんです」

「ほほう、そりゃまたレアな子、見つけたな。良いねえ、戦乙女かぁ」


 羽兜を被り、金色の装備に身を固めた六英雄『金色(こんじき)の戦乙女』を思い浮かべた。想像しただけで胸が熱くなるね。


「彼女、とても槍の扱いが上手いのですよ。その突破力には目を見張ります。僕が傭兵をやっていた頃にも、あれほどの長槍突撃(チャージスピア)は目にしませんでした」

「へぇ、お前がそんなに言うなら、大したモンなんだろうな」


 守備に重きを置き、徹底したカウンター狙いが身上の重装騎士(アーマーナイト)のアッシュ。こいつの実力は痛いほどに知っている。その彼にそこまで言わせる女性たぁ、多分、ゴリラみたいな女の子なんだろうな。実に残念だ。


「ええ、素晴らしい戦闘力の持ち主ですよ。ただ、やはり槍の特性上、仕方が無いのですが多勢が相手では手こずります」


 そこでアッシュは言葉を切り、椅子ごとシロウに向き直った。


「いま、僕のパーティは優秀なアタッカーを募集しています」

「……拙者に言っているのか」

「ちょ、ちょっと待てよ。シロちゃんをスカウトしてんのか? シロちゃんは生徒じゃないんだぞ」


 俺は二人の間に割り込むようにして口を挟んだ。


「そもそもシロちゃんは学院都市になぁ……あれ? 何しに来たんだっけ? 俺より強い奴に会いに、だっけ?」

「それですよ! 魔導院の地下には強力な魔物が蠢いています。修業には持って来いです!」

「お前、その押しの強さを気になる女性とやらに発揮しろよ」

「えっ、えぇ!? そんなこと恥ずかしくて出来ません」

「知り合ってすぐの人間を、いきなり自分のパーティに誘うことは出来てもか?」

「それとこれとは話しが違います!」


 俺たち二人の遣り取りを前に、シロウは腕を組んで目を瞑っていた。

 俺と喋ってもラチが空かないと思ってか、アッシュは話の矛先をシロウに戻した。


「ね、シロウさん。僕のパーティに入って腕を磨きませんか」

「拙者は修業の場を探しに来たのでは無い。強者を求めに参った」

「魔導院には腕が立つ人がたくさんいます。必ずシロウさんの期待に沿えますよ」

「……その魔導院とやらには、アッシュ殿よりも強い者がいるのか?」

「僕よりも、ですか?」


 今度はアッシュが目を瞑って腕を組んだ。

 俺が思うにアッシュは学院の生徒の中でもトップクラスの実力の持ち主だ。鉄壁とも言える防御力と剣の腕も兼ね合わせ、更には若干の神聖術まで操る。多少の攻撃には動じないどころか、回復の神聖術まで使われてはまともに戦っても勝ち目は薄い。それに加え、もしも英雄遺物「竜鱗の盾(ビオライン)」を発動した場合には、院生を始め教官陣ですらもアッシュを打倒するのは難しいだろう。


「自分で言うのも何ですが、僕よりも腕が立つ人は学院にもそうそういないと思います。だからこそ僕と一緒に――――」

「他を当たってくれ」

「いや、しかし!」

「拙者は強い者を求めて来た。悪いがそういう事だ」


 つまらなそうに言い放つシロウの態度に、アッシュが眉を寄せた。和やかだった店内の空気が変わる。


「まぁまぁまぁ、二人とも落ち着けよ。まずアッシュ、お前、強引過ぎだぞ。会ったばかりの相手に失礼だと思わないのか?」


 そう窘めると「……確かに仰る通りです」と、アッシュは気まずそうに頭を下げた。

 恐縮して小さくなってしまったアッシュを横目に、シロウは鷹揚に頷いてから席を立った。


「馳走になったな」

「シロちゃん、もう行くのか?」

「あぁ、長旅で疲れたからな」


 ふっ、と笑った顔は、あの頃の面影を強く残していた。


「学院都市にはいつまで滞在するつもりなんだ?」

「さあ、な。北部の戦況次第か」


 そう言ってシロウが柄頭に手を乗せると、その痩せた身体に(まと)わりつく呪いの気配が濃くなった。

 ……最悪だ。この感じ、死の呪いか。


「なぁ、シロちゃん。その刀、ちょっと見せて貰って良いか? 知っての通り武器屋やってんだ、俺」


 俺の申し出に、シロウは左目の眼帯に手をやって思案していたが、腰帯に差した刀を鞘ごと引き抜いた。


「軽々しく他人(ひと)に見せる物では無いが、他でも無い友の頼みだ。無下には出来ぬ」


 ぐいっ、と差し出された刀を恐る恐る両手で受け取る。レイピア程度の重量を想定していたが、思っていたよりもずっしりくる。そして、後頭部にズキリとくるこの鈍痛。間違いない。


「二尺七寸八分、七分反り。鞘を払わずに地刃を見てやってくれ」


 俺は意を決して、ほんの少しだけ鞘から刀身を抜いた。冷たく冴えた銀色の輝きに息を飲む。まるで露が浮いたような刀身は、例えるならば氷の刃。

 腰で鋼玉石の剣が激しく震える。俺の脳裏にヴィジョンが突き抜けた。



 ◇



 木刀を手に、左目から血を流すシロウ。解けた長い髪を振り乱すその姿は、俺と旅をしていた頃に近い。

 流れる血もそのままにシロウが何事か叫んでいる。だが、俺の耳には何も届かない。

 手に握った刀に目をやった。冴え渡る氷の刃。浮かぶ結露。切っ先には鮮やかな赤。

 まずいな。呪いに魅き込まれそうだ。

 

 ――――強くなれ 


 これは刀の意思か? いや、違う。


 ――――誰よりも強くなれ


 直感した。これは刀の()所有者の意思だ。

 消え入りそうな意識の中、ただひたすらにそれだけ(・・・・)を強く念じていた。


 ――――誰よりも強くなってくれ 誰よりも強くならねば お前は



 ◆ 



「刀銘は村雨。かの名刀『村正』の雌雄刀。これこそ我が御陵の一族に伝わる大業物だ」


 シロウの声にヴィジョンが途切れ、俺は軽く頭を振った。危うく呪いに飲まれるところだった。


「良いモン見せてもらったよ。ありがとな」


 渡された時と同じように刀を捧げ持つようにして差し出すと、シロウは受け取った刀を腰帯に差し直し、俺とアッシュに向き直った。


「久々に美味い酒を飲んだ。礼を言う。そしてアッシュ殿、先ほどの非礼を詫びる。失礼した」


 「あぁ、いえ」と戸惑うアッシュと、「じゃっ、またな」と手を振る俺を背にして、シロウは店を出て行った。

 後に残された俺とアッシュは、しばらく無言でカウンターに並んで座り、甲斐甲斐しく働くマリィさんを目で追った。


「……僕、シロウさんを怒らせてしまいましたか?」


 ようやく口を開いたアッシュだったが、その口調は心なしか元気が無い。


「ありゃあ、ちっと強引だったな。まともに口説くんだったら、もっと下準備と正しい順序ってのが必要だ。次に活かせ」


 しゅん、とするアッシュ。だが、今はコイツに構っている場合では無い。

 参ったな。あの刀、「第七等級」に匹敵する呪力を感じるが、ある意味では「第一等級呪物」程度に害が無いかも知れない。

 だが、俺ではあの呪物は破壊出来ないだろう。どうすれば良いんだ……。

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