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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第七章 東の果てからきた男
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第113話 第七位魔術・核撃

 俺の読み上げる『魔術の巻物(マジックスクロール)』、それは世界を構成する地水火風、『四大の精霊』を召喚する魔法陣を、それぞれ同じ位置、同じタイミングで重ねるという、理屈だけなら単純な魔術の巻物だと聞いている。


「誘うは炎舞。爪弾く風琴。律動の大地。謳え水姫――――」


 同じ座標に同時に呼び出された精霊たちは互いに干渉しあい、相克と相生を一時(いっとき)に発生させ、即時に消滅する。その時に生じる力の暴走。それが『第七位魔術・核撃』の魔術原理だ。


「至高なる者の紋章をもちて、祝祭の時、来たれり」


 魔導院での授業で聞いた話では『核撃』の威力は、ちょっとした砦くらいなら一撃で吹き飛ばすほどの破壊力があるらしい。そんな大魔術を街中で発動させたら、トシマの街が壊滅しちまうかも知れない。

 俺は魔術発動の場を正門の上空に定めた。狙いは直撃では無く、空中で発動させた『核撃』の余波で正門を破壊する。その崩壊に敵勢力を巻き込み、奴らに第七位魔術の威力を見せ付けることだ。御陵の名を聞いただけでオシッコちびるくらいに心と身体に刻んでやるぜ。


「ぬぅおおっ! 一番乗りぃい!!」


 バキバキバキッ、と木材の砕ける音が辺りに響き、野獣のような雄叫びが上がる。そして、手に手に大なり小なりの刀を持ち、簡素な防具に身を固めた男たちが、破壊された門の残骸を乗り越えて侵入してきた。


「いたぞ! 例の大陸モンだ!」

「あいつ、何しとるんだ」

「何かの構えか?」


 道場の敷地に足を踏み入れた男たちは、ひとり中空に手を掲げる俺の姿に足を止めて顔を見合わせていたが、そのうち誰彼とも無く吹き出し、腹を抱えて笑い始めた。


「ぐははっ、なにやってんだ、ありゃ」

「へへっ、あれだ、大陸のお祈りかなんかだろ?」

「ぶはははっ! 恐怖でおかしくなっちまったか!」


 ……俺は知っている。人間、緊張の糸が切れると笑えてくるもんだ。

 だがな、戦闘ではその気の緩みが命取りになる。あの世で後悔の火に灼かれろ。


「第七位魔術――――」


 詠唱は完了した。

 俄かに夜空が明るくなる。

 男たちの爆笑が止み、動揺が波のように広がる。


「おい、見ろ! なんだありゃあ」


 男の一人が門の上空を指差すと、釣られるように全員が夜空を見上げた。

 そこには花火とは違う、鮮やかに輝く魔術紋様が広がっていた。だが、互いに重り合う四色の魔法陣は、早くも崩壊の明滅を繰り返している。


「――――核撃」


 魔術の完成を宣告した。

 激しくぶつかり合う魔法陣が一際強い光を放ち、それこそ花火の様な残光を残して砕け散った。

 キィイン、と耳鳴りにも似た金属音が耳を打ち、大気が震える。


 ……あれ? 核撃ってのは爆炎が吹き荒れるような魔術を想像していたが、これはいったい何事だ?


 消滅した魔法陣の代わりに門の上空に出現したのは、七色の放電を繰り返す輝く球体だった。俺は次の作戦行動に移るのを忘れ、夜空に広がる異様な状況に目も心も奪われた。


「なんだこりゃあっ!? 身体が浮き上がる!?」

「ひぃいやあっ! たすけっ、助けてえ!」


 男たちが悲鳴を上げながら門柱や扉の基部にしがみ付く。輝きの中心に向かって、砕けた材木や割れた屋根瓦の破片が吸い上げられていくのが見て取れた。

 魔術発動の場を上空に定めて正解だ。危うく街に大きな被害が出るところだった。


「……何が始まるんだ?」


 独り()ちた瞬間、不意に覆い被さるような圧力が頭上から()し掛かってきた。見えない『重さ』に抵抗出来ずに膝を突く。


 ズドウゥン!!


 腹に響く爆発音が地を揺るがす。俺は膝を突いたままの姿勢で空に見上げ、そして絶句した。

 見上げた夜空を支配していたのは想像していた炎を伴った爆発では無く、『力の奔流』としか表現出来ない光景だった。七色の光の洪水が渦巻き、光と光が衝突する度に不可視の衝撃が身体を襲う。

 

 ――――門は!?


 正門があった場所に目を向けると、そこには門の残骸が(うずたか)く積み重なり、山になっていた。

 すぐに気を取り直して、敵残存勢力を確認する。瓦礫に圧し潰されて身動きの取れない者が殆どだが、油断は禁物だ。

 ここまではシナリオ通り。俺は予定していた作戦行動に入った。次は指揮者を討つ。

 瓦礫の山の中から四、五人の見るからに屈強な男たちが這い出してくるのが見えた。

 情報通りなら、腕が立つのは十人未満。広範囲攻撃よりも威力の高い、ピンポイント攻撃が有効だ。この距離から先手を打てば勝てる。

 立ち上がるのももどかしく、ズダ袋の中から次の『魔術の巻物』を取り出した。

 刀を掲げ、迫りくる男たちの中で最も背の高い奴に当りを付ける。ウン尺ウン寸がどれくらいなのか分からないが、たぶんアレだ。ヤマトの国の人間にしては珍しく、俺よりも頭一つ分は背が高い。

 俺は取り出した巻物の封を切り、浮かぶ文字を読み上げた。


「清明なる大気の精霊よ。昏き天より来たれ」


 敵単体に対する攻撃力は、広範囲攻撃魔術である『核撃』をも上回るとも言われる『第六位魔術・神雷』。直撃させれば人ひとり、瞬時に消し炭と化す。


「其は天駆ける神馬。其は雷帝の伝令者。其は神威の鉄槌」


 狙いを付けた大男の足元、その頭上に魔法陣が展開する。

 俺は魔導院で一度だけ『神雷』の、その恐るべき威力を見た事がある。容赦はしないぜ。覚悟しろ。


「第六位魔術!」


 術式が完成し勝利を確信した瞬間、迫り来る男たちの背後から大気を切り裂き『何か』が凄まじい速度で飛来してきた!


 ――――矢か? 違う!!


 投槍(ジャベリン)!? 咄嗟に槍の軌道を読み、回避行動を取る。

 だが、十分避けられると踏んだ投槍は、先頭を走る男の頭を吹き飛ばし、その穂先は俺に向かって進路を変えた。

 マジかっ!? と思った直後に太腿に激痛が走る。

 大幅に軌道を変えた投槍は、俺の腿を深く(えぐ)っていた。


「ぐうぁあぁっ!」


 魔術の完成を諦め、すぐに止血帯を取り出して足の付け根をきつく縛った。とにかくこの場を離れなければ。

 だが、立ち上がろうとしようにも、血を流し過ぎたか自分の足とは思えないくらいに力が入らない。

 激痛に眩む目で、投槍が飛んで来た方向を目で探った。


「妖かしの術を使うか」


 悠然と歩いて来たのは、まるで人喰鬼(オーガ)のような巨体を誇る大男だった。


「き、貴様は……」


 傍らに転がる、俺の腿を抉った投槍に目をやった。それは、投槍どころか長槍だった。しかも握りは通常の倍はある。あの距離からこんなん投げたのか、化物め。


「簓一刀流、簓染之介だ」


 ぬらりとしたスキンヘッドに親友のマッチョを思い出したが、マッチョを三割、いや二割増に凶悪度を増量させたそのツラには、ペイントなのか刺青なのか知らないが、恐ろしげな模様が描かれている。


「ウチの門弟を随分と殺ってくれたな」

「っざけんな。一人分は勘定から抜け」

「喋る口は残っているようだな」


 言いながら簓染之介と名乗った大男が、俺の前に立った。


「御当主の首を頂戴したく馳せ参じた。どちらに()らせられるかな」


 顔面刺青は、その巨体に見合った大刀を抜き放ちつつ、俺の背中を踏みつけた。

 みしみし言う背骨と肋骨の痛みに身動きが出来ないまま、首だけ捻って敵の親玉を見上げた。


「……はっ、花火の見物に出かけてるよ。俺は留守番だ」

「ふん、庇ったつもりか」


 顔の刺青の形が変わった。嗤ったのだと後から分かった。


「あの姫若子(ひめわかご)に垂らし込まれた口か。どうだ、具合は良かったか?」


 後から駆け付けた男たちから卑猥な笑いが沸き起こった。その数六人。俺を踏みつけてる刺青巨人を入れたら七人。この状態では手も足も出ない。シロウ、混乱に乗じて逃げてくれ。

 薄い望みを胸に抱いたその時、ヒュウッ、と夜闇を貫いて、どこからか飛んで来た矢が、俺を囲む男の一人の背に突き立った。


「ってえ!? どっからだぁ?」


 背に矢を受けた男はすぐさま矢を引き抜いたが、突然、「ぐ、がぁあ!」と、苦鳴を上げて胸を掻き毟ったかと思うと、口から血泡を噴き出して膝から崩れた。

 驚いた男たちは、腰を落として辺りを警戒し始めた。


「下郎ども! その方から離れなさい!」


 凛とした女の声が庭に響く。

 ……ミサキさん、何で出てきちまったんだ。


 気色ばむ男たちに向けて二の矢を(つが)えるミサキ。揺るぎ無いその構えは、昨日今日で身に着けた代物では無さそうだが、相手が悪すぎる。


「この矢尻には、熊をも殺す猛毒が塗られています! 死にたくなくば、今すぐに退散なさい!」

「ミサキさん! 俺は良いからそのまま逃げるんだ!」


 駄目だ。ミサキの思惑には致命的なミスがある。奴らが毒矢にビビっている間に逃げてくれ。


「お嬢さん。あんた、肝は据わっているようだが考え足らずだ」


 簓の当主が、詰まらなそうに口を開いた。


「俺たちは御陵流当主の首を取りに来たんだ。大陸モンの命なんてどうでも良い。あんたが弓を引いた瞬間、コイツの首が飛ぶ」


 俺の背を踏む圧力が増す。

 その重圧と悔しさに奥歯を噛み締めるしか無い。


「それに、女の毒矢で俺を倒したと巷に知れては、御陵流もお終いだろう」


 くっ、と呻いて弓を下したミサキの周りに、男たちが群がった。


「女は服を剥ぎ、吊るして晒せ。当主を(おび)き寄せる餌にする」


 そう命令された男たちだが、毒矢を手にしたミサキに近づくのは躊躇しているようだった。それでも、「ほれ、お前が行け」「いや、テメェが先に行けよ」と罵り合いながらも、ミサキを囲む輪をじりじり狭めていった。


 ――――駄目だ、打つ手が見当たらない。目の前が暗くなって……

 くそうっ! まだだ! 俺の目はまだ開いている!


「……頼む、最後に話をさせてくれ」


 ほんの少しでも時間が稼げるかと思い、俺に刀を向ける巨漢に声を掛けた。


「良いだろう。この国には『武士の情け』という言葉がある」


 俺の背から足を除けながら、簓の当主は言った。

 微かだが、ジャリッ、と刀を握り直す音が聞こえた。いつでもその大刀を振り下ろす準備は出来ている、という事か。

 腰のベルトには投げナイフが四本、それでミサキを囲む男を二人は斃せるかも知れない。

 だが、どうシュミレーションしても、それが限界だ。


「どうして、逃げなかったんだ」


 ミサキに向かって極力ゆっくりと話しかけた。

 俺の意を汲んだのかは知れないが、ミサキは毒矢を男たちに向けたまま、しばらく黙り込んでいた。


「……私にはもう、帰るところは道場(ここ)しか残っていないから」


 ミサキの目から、ぽろりと涙が零るのが見えた。


「両親も弟も友だちも、みんな殺されちゃったから。だから、私には士郎さましかいないの」


 訥々と語るミサキの姿に、男たちの殺気が削がれたように感じた。

 投げるか? 意識を腰の投げナイフに向けた。だが、それは俺にとって『避けられない死』を意味する。

 情けない事に、俺は動くことが出来なかった。


「お許しください。貴方様を時間稼ぎに利用しました」


 俺に向けられた言葉だったが、「時間稼ぎだと?」と簓染之介が唸った。


「士郎さまには隠し通路で外へと逃げていただきました」


そうか、それで出てきちまったのか。シロウを逃がす時間を少しでも稼ぐために。


「大した女だ」


 簓染之介は、俺の気持ちを代弁するように言い、笑った。


「だがな、お前を生餌に御陵の当主を釣るのは変わらぬ」

「承知の上。だから、こうするまで」


 ミサキは手に持った毒矢を自分に向け、喉元に押し当てた。


「クロちゃんさま、ごめんなさい。私、こんな手段しか思いつきませんでした」

「やめろ! やめるんだ! ミサキさん!」

 

 遠くに爆発音が聞こえ、大輪の花火が夜空に咲く。

 俺が、男たちが制止するよりも早く、ミサキは毒矢を喉に突き立てた。

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