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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第七章 東の果てからきた男
112/206

第112話 誰がために

 *****


「友の為に戦う、素敵ですね」

 

 アッシュは持ち上げたタンブラーを透かして、俺を見ながら言った。


「僕も友だち欲しいです」

「一定年齢以上の男が真顔で言うと、なんか怖いセリフだな。いま初めて気付いたわ」

「僕は至って本気です」

「さっきも聞いたけどさ、シンナバルは友だちじゃないのか?」


 シンナバルからは、アッシュと共に都合を合わせては『地下』に挑んでいると聞いている。そのパーティにはセハトや、たまにルルモニも混ざっていると言ってたな。そして……そこには何故かリサデルも。


「彼は友だちでしょうか? 僕の認識では、シンナバル君は『仲間』です」

「友だちと仲間って、そんな風に分けて考えなくちゃいけないモンか?」

「友だちと仲間の違いって何でしょう?」


 アッシュが真剣な顔で聞いて来た。どうやら酔っ払いが絡んできたのでは無さそうだ。


「そうだなぁ、友だちってのは……」


 半分ほどしか減っていない自分のグラスをシロウに向けると、彼はこちらを見もせずに、無言でタンブラーをそこに軽くぶつけてきた。キィン、と冴えた音が耳に残る。


「こんな感じが友だち、かな?」

「じゃ、じゃあ僕は、武器屋さんにとって、何ですか?」

「客」

「そ、そんな、ご無体な!」

「何がご無体だ。ご無体なのはお前だろうが。こないだウチで何を仕出かしたか、胸に手を当ててよーく考えてみろ」


 すいません、と言って項垂れてしまったアッシュに「ま、友だちってのは気張って作るモンじゃないさ」とフォローしつつ、「ところでお前、ヤマトの花火って見た事ある?」と訊いてみた。


「花火、ですか? 普通の花火とヤマトの花火は何か違うのですか?」

「お前が考えてんのはアレだろう。祭事とか大会とかが始まる時の合図にドーン! って音がするヤツ」

「その後、色の付いた煙が上がりますね」

「そうそう、それ。ところがね、ヤマトの花火ってのは違うんだよ、夜に上げるんだ」

「夜では煙が見えませんし、上げるとはいったい何を上げるのですか?」

「花火だよ。そりゃあキレイなんだ。夜空にパァッ、とさぁ、こう……色の付いた火花が散ってね」


 俺は両手で夜空に開く花火を表現してみたが、アッシュはどうにも不可解な顔をしている。まぁ、ムリも無いか。


「失礼しますね」


 そのタイミングでマリィさんが空いた皿を片付けにやってきた。すっ、と伸ばされたその腕の白さに、ちょっとドキッとした。


「マリィさんは、ヤマトに行った事があるんだよね。花火って見た?」

「はい。あれはとっても綺麗なものですね。毎年、夏が楽しみでした」

「毎年? そんなに長く向こうにいたの?」

「ええ……私、母がヤマトの人間なので」


 上品に微笑んだマリィさんからは、ほんの少し寂しさのような物を感じた。あんまり深入りするのはよしておこう。


「そのうちさ、余裕が出来たら皆で行ってみないか? 花火見物にヤマトまで」


 途切れてしまった話を繫ぐように、俺は明るく振る舞ってみせた。すると、すかさずアッシュが話に乗ってきた。


「ぼ、僕も御一緒しても良いですか?」

「不本意ながら」

「不本意でも良いです!」


 嬉しそうに(はしゃ)ぐアッシュ。その姿を見て、薄く笑うシロウ。

 友だちってのは慌てて作るんじゃない、気が付いたらなってるもんさ。


 すっかり温くなってしまった果実酒に口を付けながら、俺はあの日の花火を思い出していた。


 

 *****




「大丈夫ですかー!?」


 だいじょぶだいじょぶー、と俺は、地上から心配そうに俺を見上げているシロウに向かって返事をした。

 嵐で折れてしまった松の枝を剪定する為に、俺は建物にして三階くらいの所まで木登りしていた。


「俺さー、高いとこー、得意なんだよー!」


 昨夜に吹き荒れた嵐の為に、夏祭りは今日の日没後に順延になっていた。だが、それは俺にとって好都合だ。簓道場の奴らが祭りに乗じて襲撃を企てていたのがハッキリしたからだ。

 この松の木からは、背の低い建物が多いトシマの街が一望出来る。簓道場(ヤツラ)の庭も丸見えだ。さすがに破門槌までは確認出来なかったが、ここ数日の間、奴らは組織だった急襲訓練を重ねている。


 ――――簓道場の構成員は総勢八十、そのうち、まともな使い手は十名に満たない程度だな。


 街一番の事情通、酒屋の爺さんの言葉を、頭の中でもう一遍反芻(はんすう)して情報を整理してみた。

 訓練の様子を見る限り、襲撃に割く人数は三十名ってところだろう。使い物にならんチンピラをお留守番にして、少数精鋭で襲撃する腹か。そうなると率いるのは、例のウン尺ウン寸の『簓染之助』だと思っておくに越したことは無い。

 対するこちらの戦力は、俺を除いて殆ど皆無と言っても過言じゃない。御陵道場の門弟たちの稽古を見る限り、個人対個人ならともかく、ありゃあ集団戦は無理だ。下働きの使用人たち共々、避難させた方が良いだろう。

 俺は策を練るだけ練った。その場凌ぎでは無く、金輪際、御陵道場にケンカを売るようなヤツが出てこなくなるような策を。

 簓一門の狙いは、この道場の乗っ取りだ。完全に乗っ取る為には当主の首、すなわちシロウの命が必要だろう。そうなると、シロウを隠したところで第二、第三の襲撃が繰り返されるだけだ。要らん被害が増えるのは避けたい。

 俺の策はこうだ。


『シロウを餌に、連中を完膚なきまで叩きのめす』


 先日、シロウから教わったヤマトの(ことわざ)『肉を斬らせて、骨まで断たれる』だ。あれ? 何か違うか?

 しくじったら全てを失う危険な策だが、圧倒的に戦力差のある戦いを引っくり返すにゃ大胆な作戦が必要だ。俺はまず「門弟たちに小遣いやって、自由に祭りを楽しませてやろうじゃないか」と提案した。シロウは何の疑いもせず、それは名案です、と乗ってきた。


「僕たちも祭りに出かけましょうよ」


 シロウの申し出には「いや、この庭で花火を楽しみたい」と(うそぶ)いた。俺は、使用人の中に簓に通じている内通者がいるのに気が付いていた。ここは逆に情報を流してやる方が策がスムーズに運ぶ。


「では、スイカを冷やしておきますね。三人だけで食べちゃいましょう」


 予想はしていたが、ミサキが残ると言い出した。シロウはその気になれば自分の身は守れるだろう。だが、彼女は別だ。

 『彼女を守りつつ、襲撃者を殲滅する』。出来るだろうか。だが、やるしかない。


 ――――護るべき者を守りきる。


 それこそが騎士の……焦がれるほどに憧れて、どんなに手を伸ばしても届かなかった騎士の、その本懐だ。



 *



「すっ、(すげ)えなぁ……綺麗なもんだ……」


 初めて見るヤマト流の花火は、夜空を彩る星々が爆発して散華するような、信じられない美しさだった。そして、篝火に照らし出された御陵道場の庭園は、最早この世の物とは思えないくらいに幻想的だ。

 あいつにも見せてやりたいな。こんなん見たらどんな顔するんだろうな? 泣くだろうな。あいつ、泣き虫だもんな。


 ……こんな時に別れた彼女を思い出すとはね。ヤキが回ったな、俺も。


「はーい、スイカ切れましたよー」


 縁側に並んで花火を眺める俺とシロウの間に、スイカを乗せたお盆を置いたミサキがまず俺に、次にシロウに切り分けたスイカを手渡してきた。ヤマトのスイカは大陸のそれと違って甘味が強い。俺はさっそくスイカにかぶりついた。

 スイカを受け取りミサキに礼を言ったシロウは、「ところでそれ、どうしたんですか?」と、脇に置いた俺の愛用ズダ袋に目をやりながら訊いて来た。普段、持ち歩く物では無いので不思議に思ったのだろう。


「ああ、これ? これは大陸の花火なんだ。後で見せてやるよ」


 ホントはこんなモン、使わないに越した事が無い、と思いながらも、とりあえず笑っておいた。

 ドォーン! と花火の打ちあがる音、そこから一呼吸おいて人々の歓声が上る。

 だが俺は、祭りの喧騒の裏に不穏な気配が近づいて来ているのを感じていた。


「……何だろう? この感じ」


 袖で口元を拭ったシロウが立ち上がった。ミサキはそれを見て「こら! 袖で拭かない!」とシロウを(たしな)める。 

 シロウも察したのだろう。闘争の空気を、その気配を。彼はきっと、まともな訓練と経験を積んでいれば良い戦士になっていたはずだ。

 俺は立ち上がり、ズダ袋を手に取った。何事かと驚く二人に俺は「大事な話がある」と戦いを前に逸る心を抑えて言った。


「これから戦闘が始まる。簓の連中がここを襲撃してくるんだ」


 息を飲む二人。「クロちゃん、君は……何故それを」


「理由は後だ。だが俺は、必ず奴らを殲滅する」

「そんな……君が、クロちゃんが戦う理由なんて無いでしょう!」

「あるよ。『一宿一飯の恩』って言うんだろ、ヤマトでは。宿賃メシ代の分くらいは働かないとな」


 俺はズダ袋を担いで縁側から下り、草で編んだヤマト風サンダルを履いた。これも慣れれば快適なモンだ。


「でもさ、もしもの時はシロちゃん、何があってもミサキさんだけは守ってくれ」


 シロウの袖にしがみ付くようなミサキの姿を見て、俺は言った。


「クロちゃん……僕は、僕はどうしたら良い……」


 シロウは俺じゃなく、自分に問いかけているようにも見えた。


「悪いな、そいつは自分で考えてくれ。ただ、友だちとしてこれだけは言っておく」


 正門の方からドォーン! と花火が打ちあがる音に似た、だが、確実に異なる打撃音が聞こえてきた。奴ら、来やがったな。


「覚悟を決めろ!」


 俺はシロウに、そして自分の魂に向かって叫んだ。それから俺は二人に背を向けて、連続して落ちる雷のような轟音が鳴り響く正門に向けて駆け出した。


 *


 俺の読み通りに奴ら、正門を破って乱入するつもりだ。こちらに抵抗するだけの戦力が無いと踏んでの行動だ。当然、勝手口を始め、他の通用口は塞がれていると思って良いだろう。重要施設の襲撃・占拠、要人の暗殺。授業で習った通りだな。

 だが『イレギュラーな存在』の、この俺がどれほどの障害になるか計算しきれなかったのが奴らの運の尽きだ。情報の命は早さ、そして正確さだ、ってのを思い知らせてやる。

 俺はズダ袋から一本の巻物を取り出して、すぐさま開封した。


「へへっ、見てろよ。特大のをお見舞いしてやるぜ」


 紙面には輝く文字が長々と記されている。さすがは現存する最高位魔術、第七位魔術の巻物だ。魔術詠唱が長い。


「火の五芒、水の五芒、地の五芒、風の五芒――――」


 ドーン! ドーン! と正門に破門槌が叩きつけられる音が続き、ついにはバキリ! と大きな破砕音と共に門の一部が砕け、向こうが覗いてみえた。男たちの歓声が上る。


「大いなる四大、我は求める。来たりて集え――――」


 門扉(もんぴ)ってのは、一度決壊してしまえば、破れるのはすぐだ。破門槌の一突きの度に門の亀裂は広がっていく。

 だがな、一歩でもこの庭園に踏み込んでみろ――――それがお前らの最後だ。

だが我々は愛のため

戦い忘れた人のため

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